建築的思考でアフターコロナの世界を解き明かせるか。ブランディングデザイナー・西澤明洋氏が切り込む

上/隈研吾氏 下/左がエイトブランディングデザインを主宰する西澤明洋氏。対談は、エイトブランディングデザインと、寺田倉庫が運営する建築倉庫ミュージアムのコラボレーション企画だ。背後に置かれているのは、建築倉庫が保管している隈氏の作品模型(写真提供:寺田倉庫)上/隈研吾氏 下/左がエイトブランディングデザインを主宰する西澤明洋氏。対談は、エイトブランディングデザインと、寺田倉庫が運営する建築倉庫ミュージアムのコラボレーション企画だ。背後に置かれているのは、建築倉庫が保管している隈氏の作品模型(写真提供:寺田倉庫)

新型コロナウイルスの影響による社会の変容を受けて、これから建築やデザインはどう変わっていくのか。建築家はどんな役割を果たすのか。日本を代表する建築家・隈研吾氏に問うイベント「隈研吾・西澤明洋が語るアフターコロナの建築とデザイン」が、5月14日、「建築倉庫ミュージアム公式YouTube」でライブ配信され、のべ9000人近い視聴者を集めた。

聞き手はブランディングデザイナーの西澤明洋氏。西澤氏は近著「アイデアを実現させる建築的思考術」(日経BP刊)でも隈研吾氏と対談している。西澤氏は大学で建築を学んでおり、建築の思考法を他のジャンルに応用するために同書を書いたという。

西澤氏は冒頭、次のように切り出した。
「デザイン業界では、デザインは“つくる”ものと考えるが、建築家はよく、“解く”と表現する。それはつまり、“問題”を理解したうえで、いかにして“解く”かを思考しているということ。この建築的な思考でアフターコロナの世界を解き明かしていけるのか、隈さんと一緒に考えたい」

以下、対談のダイジェストをお届けする。対話の順番は一部入れ替えた。

仕事を失ったとき、新たな挑戦ができた。アフターコロナは変化の契機になる

西澤:アフターコロナのキーワードは“変化”だと考えています。隈さんのご意見はいかがですか。

隈:僕自身、自分の事務所を立ち上げた4年後に、大きな変化を体験してね。原因はバブル崩壊です。事務所設立後の4年間はたくさん仕事があって、ものすごく忙しかったのに、バブルがはじけた途端にすべてキャンセルされてしまった。直後の1990年代はまったく仕事がなかったんです。

西澤:隈さんでも、そんな時期があったんですね。

隈:でも、その変化のおかげで違う自分を発見できた。時間がたくさんあったから、あちこち地方を回って、いろんな人に出会えた。それがきっかけになってできたのが、那須の「石の美術館」(2000年、下の写真)です。

西澤:隈さんの特徴的な作品のひとつとして、「アイデアを実現させる建築的思考術」でも取り上げました。

隈:このプロジェクトは、友人に誘われて出掛けて行った那須で、地元の石材店の主に紹介されたのが始まりだったんですよ。「お金はないんだけど、石の美術館をつくりたいんです」と切り出されてね。最初は冗談かと思ったけど「材料の石はふんだんにあるし、うちの職人を自由に使ってもらっていい」と言うので、これはおもしろいと思った。熟練の職人から直接、石の切り方や積み方など、様々な技術を教えてもらいながら、石を使った新しい表現にチャレンジしました。ふつうはそんなことできないでしょう。

西澤:ふつうは現場で試行錯誤する時間なんてないけれど、お金がないぶん、時間をかけることが許されたわけですね。こんなに贅沢に石を使った空間は、なかなかありません。

隈:オフィスビルやマンションの壁が大理石仕上げで表向き豪華に見えても、実はコンクリートの上に薄い石板が貼ってあるだけ。あれは貧しさの象徴だと思う。石の美術館は、すべて石を積んでつくっています。しかも、石積みでありながらところどころ隙間があるという、これまでにないディテールが実現できた。

西澤:お金のないプロジェクトだけれど、出来上がったものは非常にリッチ。まさしく逆転の発想ですね。

隈:バブルがはじけてヒマになって、だから石とじっくり向き合えた。職人と直接話し合いながら設計するなんて、東京でのバブルの4年間には考えられなかったことです。このとき、自分は変われたと思う。人間、調子がいいときにはなかなか変われないもの。ひどい目に遭ってはじめて変われる。今回のコロナも、変化のきっかけになるでしょう。

石の美術館(2000年、栃木県那須郡那須町)
</br>那須の白井石材が運営する「STONE PLAZA」。築80年の石蔵に増築した。地元の芦野石を使った「石の水平ルーバー」(上の写真、左手の建物の壁)と、石積みなのに隙間がある「ポーラスな組積造」(下の写真)が特徴だ
</br>(写真提供:隈研吾建築都市設計事務所 ©Photography by Mitsumasa Fujitsuka)
石の美術館(2000年、栃木県那須郡那須町)
那須の白井石材が運営する「STONE PLAZA」。築80年の石蔵に増築した。地元の芦野石を使った「石の水平ルーバー」(上の写真、左手の建物の壁)と、石積みなのに隙間がある「ポーラスな組積造」(下の写真)が特徴だ
(写真提供:隈研吾建築都市設計事務所 ©Photography by Mitsumasa Fujitsuka)

マテリアルに着目した建築デザイン。中国では民家の古瓦をスクリーンに

西澤:「石の美術館」では、石というマテリアルに着目することによって斬新な建築表現が生まれました。隈さんの設計プロセスの真骨頂は、このマテリアルにあると思うんです。一般的な設計プロセスでは、まず建物の構造やプランを考え、最後にマテリアルを選ぶ。しかし、隈さんの場合はマテリアル選びが先行しています。もう一つ実例を見てみましょう。中国で手掛けられた美術学院の民芸博物館(2015年、下の写真)です。

隈:ここは中国の杭州にある国立の芸術大学で、敷地はもともと茶畑だったんです。現地を見に行ったとき、周囲にある民家の瓦がなんともいえずかっこよくて、これを建築の主役にしたいと思った。手で焼いているから、色もサイズもバラバラで、実におもしろい。聞けば中国では今、各地で民家が解体されているから、こうした古瓦が格安で手に入るというんです。

西澤:屋根だけでなく、壁も瓦でつくられています。しかもこの瓦、浮いていますよね?

隈:大量の瓦をワイヤーで吊ってあるんです。瓦に一つ一つ穴を開けて、ステンレスワイヤーでつないでいる。

西澤:ものすごく手間暇がかかっているわけですね。

隈:材料が格安だから、手間をかけても全体では予算内に納まる。これも現地で職人に方法を相談したら、彼らも喜んで乗ってくれましたね。

中国美術学院民芸博物館(2015年、中国、杭州)
</br>
中国美術学院キャンパス内のクラフト・ミュージアム。起伏のある敷地になじませるため、小さな瓦屋根をつないでいる。外壁は瓦をステンレスワイヤーで吊ったスクリーンで覆った
</br>(写真提供:隈研吾建築都市設計事務所 ©Photography by Eiichi Kano)中国美術学院民芸博物館(2015年、中国、杭州)
中国美術学院キャンパス内のクラフト・ミュージアム。起伏のある敷地になじませるため、小さな瓦屋根をつないでいる。外壁は瓦をステンレスワイヤーで吊ったスクリーンで覆った
(写真提供:隈研吾建築都市設計事務所 ©Photography by Eiichi Kano)

アフターコロナの鍵は“箱”からの脱出。建築家も“箱”の外を真剣に考えるべき

西澤:一般的な設計プロセスとは異なり、先にマテリアルを決める。いわばプロセスそのもののデザインが、隈さんの独自性だと思います。そこで、本題のアフターコロナです。アフターコロナのプロセスを、どのようにデザインすればいいとお考えですか。

隈:アフターコロナの鍵は、“箱”からの脱出だと思いますね。現代の建築は、箱をより大きく、より高く積むことを志向してきました。こうした箱への志向は、ルネサンスの頃に始まったことです。なぜかというと、14世紀にペストの流行を経験して、不潔な場所から逃れるために、箱と大通りの都市をつくるようになったからです。それが何百年と続いて、どんどん箱が大きくなっていき、箱の中で仕事をすれば清潔で効率がいいと思い込むようになった。しかし、実は箱の中に閉じ込められるのが一番危険だった、というのが今回の教訓だと思います。

西澤:建築そのものがよく箱にたとえられますが、そこから出ていくことになるんでしょうか?

隈:例えば、箱の時代は、箱の中だけ空調すればいいと考えていた。箱の外に熱気や汚れた空気を吐き出して、それが積もり積もって地球温暖化の問題につながっている。これからは、箱の外をいかに快適にするかを考える必要がある。建築が、箱の外を真剣に考えなくてはならない時代になります。

西澤:建築家は箱をつくる仕事だと思われているのに、もう箱をつくるな、とおっしゃっているようにも聞こえるんですが。

隈:箱の外こそ、デザインすることは山ほどあると思うよ。国立競技場の設計では、箱の外を意識した部分がたくさんあるんです。例えば、地上約20mのところに、競技場をぐるりと取り巻く「空の杜」を設けて、外の景色を眺めながら一周できるようにしています。ほかにも、外から吹き込む風を空調に利用したり、雨水をリサイクルしたり。あのとき、外のことをずいぶん考えたのは、何か予感があったのかもしれないな。

隈氏と西澤氏の接点は、日本の最高級手織り絨毯「山形緞通」にある。西澤氏がブランディングデザインを手掛ける「山形緞通」で、隈氏は「KOKE」(左の写真) 「ISHI」「MORI」という絨毯をデザインした。隈氏と山形緞通の出会いは歌舞伎座建て替えの折り。吉田五十八が設計した第四期歌舞伎座の竣工当時(1950年)の写真に写っていた、見事な絨毯が山形緞通だった。「苔がひとつひとつ異なる固体の集合体であるように、一本一本色合いも長さも異なる糸で織れるという。創作意欲をかき立てられた」と隈氏</br>(写真提供:エイトブランディングデザイン、オリエンタルカーペット)隈氏と西澤氏の接点は、日本の最高級手織り絨毯「山形緞通」にある。西澤氏がブランディングデザインを手掛ける「山形緞通」で、隈氏は「KOKE」(左の写真) 「ISHI」「MORI」という絨毯をデザインした。隈氏と山形緞通の出会いは歌舞伎座建て替えの折り。吉田五十八が設計した第四期歌舞伎座の竣工当時(1950年)の写真に写っていた、見事な絨毯が山形緞通だった。「苔がひとつひとつ異なる固体の集合体であるように、一本一本色合いも長さも異なる糸で織れるという。創作意欲をかき立てられた」と隈氏
(写真提供:エイトブランディングデザイン、オリエンタルカーペット)

建築家の仕事は“社会のOS”をつくること。アフターコロナの新たなOSをつくる義務がある

西澤:視聴者からも質問が来ています。「住まいはどう変わりますか?」これは誰もが気になるところでしょうね。

隈:これまでは、家から箱に通って仕事をしていた。しかし今は多くの人が家でリモートワークしていて、そのほうが能率が上がるという人もいる。これからは、自分の仕事の仕方に合った住まいをデザインできるかどうかが問われるでしょうね。

西澤:自宅が仕事に適した環境になっていないから、早く出社したいという人もいます。住む場所と職場を分けるのが当たり前だと思っていたけれど、そういう時代ではなくなるのかもしれませんね。

隈:住処と職場を分けるというのは、歴史的にはごく限られた時代の人間の生き方なんですよ。家の一角や外の田畑で働くほうがふつうだった。オフィスにまとめて閉じ込められて仕事をするのって、実はすごく不自然なことだと思うな。

西澤:建築で、動線(人の動き)をコントロールできるんでしょうか、という質問も届いています。

隈:動線というと空間を考えるけれど、これからは、時間における動線をどう考えるかが重要だと思う。箱の時代、人間は時間にコントロールされていました。例えば、この箱に朝9時に来て、夕方5時まで働きなさいと。人間を箱に運ぶ交通機関も、時間に従って運行している。これから建築家に問われるのは、時間から自由になれるデザインでしょう。建築家は、“社会のOS”をつくる仕事だと思っています。人間の生活や社会のありかたの基本的なシステムをつくるのが建築家の重要な役割。これまで追いかけてきた箱のOSが否定された今、新しいOSをつくる義務があるはずです。これからあらゆるプログラムが、想像もしない形で変化する。それは今の僕の想像を超えて変わるだろうから、そこに挑戦したい。

西澤:最後に、僕からの質問です。隈さんにとって、建築家とはなんですか?

隈:建築家とは、ひねくれ者である。

西澤:その心は?

隈:建築家は、絶えず変化する社会の、先を読めなければいけない。そのためには、既存の価値観をフォローしていてはいけないんです。ひねくれている必要がある。それが“建築的思考”だと僕は解釈しています。

上記ライブ配信の一部は、建築倉庫ミュージアムのYouTubeチャンネルで公開されている。
https://www.youtube.com/channel/UCFsTAjn8DGxmfruioEtHllA

隈研吾建築都市設計事務所 https://kkaa.co.jp
エイトブランディングデザイン https://www.8brandingdesign.com
建築倉庫ミュージアム https://archi-depot.com

建築倉庫ミュージアムの模型保管庫。設計の過程で制作される模型を、竣工後も設計者の手元に残すのは困難だ。建築倉庫は、建築模型に特化したユニークな展示・保管施設。現在、600点以上の模型を収納している。ミュージアムでは、さまざまな企画展を開催。企画展来場者は、模型保管庫も見学することが可能だ(企画展チケット予約時に模型保管庫の見学申し込みが必要)。現在は、企画展「クラシックホテル展 -開かれ進化する伝統とその先-」と高山明/Port B「模型都市東京」 展が開催中(2020年8月23日まで)。</br>(写真提供:寺田倉庫)建築倉庫ミュージアムの模型保管庫。設計の過程で制作される模型を、竣工後も設計者の手元に残すのは困難だ。建築倉庫は、建築模型に特化したユニークな展示・保管施設。現在、600点以上の模型を収納している。ミュージアムでは、さまざまな企画展を開催。企画展来場者は、模型保管庫も見学することが可能だ(企画展チケット予約時に模型保管庫の見学申し込みが必要)。現在は、企画展「クラシックホテル展 -開かれ進化する伝統とその先-」と高山明/Port B「模型都市東京」 展が開催中(2020年8月23日まで)。
(写真提供:寺田倉庫)

2020年 06月28日 11時00分