“静かな下町”から“お洒落な下町”へ…地元の変化を追い風にしたまちづくり

▲「大江戸線が開通したときも何も変化はなかったのに、ブルーボトルコーヒーがオープンしたことで『清澄白河』のイメージは大きく変わりましたね。もともと面白いお店はたくさんあったのですが、ブルーボトルコーヒーの登場はこのまちが注目を集めるきっかけになったと思います。ちょっと前までは“清澄白河に住んでいる”と言っても、“それってどこ?”と聞き返されたものですが(笑)メディアの影響はやはり大きい。我々地元住民にとっては大きな追い風だと思っています」と椎名さん▲「大江戸線が開通したときも何も変化はなかったのに、ブルーボトルコーヒーがオープンしたことで『清澄白河』のイメージは大きく変わりましたね。もともと面白いお店はたくさんあったのですが、ブルーボトルコーヒーの登場はこのまちが注目を集めるきっかけになったと思います。ちょっと前までは“清澄白河に住んでいる”と言っても、“それってどこ?”と聞き返されたものですが(笑)メディアの影響はやはり大きい。我々地元住民にとっては大きな追い風だと思っています」と椎名さん

『ブルーボトルコーヒー』の日本一号店のオープンをきっかけに、サードウェーブコーヒーの専門店が多く集まるまちとして注目度が高まっている東京都江東区『清澄白河』駅周辺。

これまでは“静かな東京の下町”だったはずのこのエリアだが、今や連日のように外国人観光客を乗せた大型観光バスが大挙して押し寄せ、テレビや雑誌などのメディアで特集が組まれるなど、“お洒落な東京の下町”として認知されるようになった。また、知名度のアップに伴いここ数年は「住みたい街」としても人気が急上昇。他のエリアから移り住む若い世代の住人たちも増えている。

そんな活気ある『清澄白河』で、新旧の住人同士の交流を深めながら新しいまちづくりに取り組む人物がいる。地元で三代続くガラス加工所『椎名硝子』の長男であり、江戸切子の魅力を国内外へ発信する会社『GLASS-LAB(グラスラボ)』の代表でもある椎名隆行さんだ。

江戸三大祭のひとつ富岡八幡宮の『水かけ祭り』がこのまちの強い絆を作った

「清澄白河エリアは深川の『富岡八幡宮』の氏子地域にあたります。3年に一度、江戸三大祭のひとつ『富岡八幡宮例大祭』通称水かけ祭りが開催されて、各氏子衆の神輿がまちの中を盛大に練り歩くのですが、その祭りに参加することでこの地域の人たちの強い絆が結ばれてきたような気がします。

僕も物心ついた頃から祖父や父が神輿を担ぐ様子を見てきましたし、家の中には当たり前のように祭りの半纏が用意されていましたから、水かけ祭りは家族にとっても大切な行事でした。

でも、大学を卒業して不動産会社で働いていた頃、水かけ祭りの当日にお客様との重要な契約が入ってしまい、1回だけ神輿を担ぐことができなかった年があったんです。その一件をきっかけにして7年間勤務した不動産会社を辞めました。人に話すと笑われますが、それぐらい僕にとって“祭りで神輿を担ぐこと”は大きな意義のあることなんです」(以下「」内は椎名さん談)

不動産会社を退職後、大手商社、IT企業と転職を繰り返しながらキャリアアップを重ねてきた椎名さんだが、36歳で『GLASS-LAB』を立ち上げて独立。地元で会社を起こしたことによって地域とのつながりもより深くなった。

「それまではずっと平凡な会社員として生活してきましたが、いざ独立して地元へ戻ったら、まわりにいろんな肩書きを持った変わった人たちがいることに気づいたんですね(笑)。ちょうどその頃豊島区では、地元のおもしろいひとたちにスポットライトを当ててスピーカーになってもらい地域の未来を考える『としま会議』という地域活性イベントが注目を集めていたので、ここ『清澄白河』でもやってみたいな、と。そんなイベント企画がきっかけで、地元のひとたちとのネットワークが徐々に広がっていったんです」

▲赤坂・日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭に並び「江戸三大祭」に数えられる富岡八幡宮例大祭、通称水かけ祭り。本祭りは3年に一度開催され、大小約120基の神輿が氏子町内を練り歩く(椎名さん提供写真)▲赤坂・日枝神社の山王祭、神田明神の神田祭に並び「江戸三大祭」に数えられる富岡八幡宮例大祭、通称水かけ祭り。本祭りは3年に一度開催され、大小約120基の神輿が氏子町内を練り歩く(椎名さん提供写真)

“神輿会メンバーの不足”で気づいた、新旧住民同士の交流不足

もうひとつ、椎名さんがまちづくりに携わるきっかけとなったのは、水かけ祭り当日の運営を仕切る神輿会のメンバーの高齢化と人員不足に直面したことだった。住みたいまちとして注目を集めるようになった『清澄白河』は、他のエリアから移り住む単身者や若いファミリーが増え、地域の世帯数は増加していた。しかし町内会の幹部として祭りの運営への参加を希望する若者たちの数はなかなか増えなかった。

「なんでかな?と考えたのですが、これは僕らが“リクルート活動”を怠っていたからなんですね。古くからの住人たちがどこかで壁を作り、新しくこのまちへ移り住んできた人たちを上手に地域の中へ取り込むことができていなかったんです。

そこで、祭りの運営に関わる地元の重鎮、この地域の自営業者、そして、最近この街に引っ越して独自の活動をはじめていた若者を集めてトークセッションを行う『コウトーク(こうとうく)』というイベントを2016年に立ち上げました。このイベントへの参加をきっかけにして、“街とつながることができた”という声をいただけたのが嬉しかったですね」

▲江戸時代の長屋をイメージしたシェアオフィス『NAGAYA清澄白河』でも定期的に交流イベントを行っている▲江戸時代の長屋をイメージしたシェアオフィス『NAGAYA清澄白河』でも定期的に交流イベントを行っている

イベント開催を通じて深川エリア全体に“新旧の仲間たち”が増えた

▲椎名さんたち『フカガワヒトトナリ』実行委員のメンバーがすべて手弁当で作成したという『フカヒトエリアマップ』には100を超えるスポットがプロットされている。グルメ、専門店、体験工房など参加店舗は実に多彩で、改めて“地域の財産”とも言うべきまちの魅力を再発見できる▲椎名さんたち『フカガワヒトトナリ』実行委員のメンバーがすべて手弁当で作成したという『フカヒトエリアマップ』には100を超えるスポットがプロットされている。グルメ、専門店、体験工房など参加店舗は実に多彩で、改めて“地域の財産”とも言うべきまちの魅力を再発見できる

椎名さんは、月に一度・毎回4人のスピーカーを集めて実施する『コウトーク』のイベントを1年間毎月開催し続けた。

年間のゲストスピーカーは48人。定員数約40名の客席は常に満席。イベントを運営していく過程でスピーカーや来場者との信頼関係が構築され、あっという間に深川エリア(門前仲町・清澄白河・森下・木場・菊川)全体に“地域のまちづくり”への関心を持つ仲間たちが増えていった。

「独立して地元へ戻ってきたとき、“家業を継がなかった自分を受け入れてもらえるだろうか?”という不安も内心あったのですが、イベントを通じて仲間の輪が広がっていくにつれ“自分がここに居ても良いんだ…”と安心させてもらえました。今はまちの中を歩けば知り合いの仲間ばかり。だから悪いことはできません(笑)」

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『コウトーク』の流れで椎名さんが2017年に立ち上げたのが『フカガワヒトトナリ』。深川エリアで地域文化を発信し続けている伝統工芸の職人や、地元で長年商いを続けている店舗・店主など、まちの中の“人と業(ひととなり)”を知ることでお互いの距離を近づけ合い、“人隣(ひととなり)”とするための街歩きイベントだ。

初回開催時は椎名さん自ら仲間たちに声がけを行い、実行委員の数は30人に膨れ上がった。人海戦術で参加店や協力店を増やしながら、スタンプラリーとしても楽しめる『フカヒトエリアマップ』を制作。これまで一見(いちげん)では訪れにくかった老舗工房や店舗の敷居を低くして、まちのなかを散策しやすくするための仕掛けづくりもおこなった。この『フカガワヒトトナリ』は現在も続いているが、昨年限りで椎名さん本人は実行委員を卒業。次の若い世代に運営を託している。

「まちづくりに取り組む場合、そこに携わるひとたち全員が主役になるべきだと思っているんです。僕ひとりに注目が集まっても仕方ないので、今年からはお役御免です」

まちづくりは地元愛を育てること、地元愛が強くなれば地域全体が強くなる

こうしたイベントに加えて、いま椎名さんが力を注いでいるのは『シェアオフィス事業』の展開だ。人気カフェが多く集まる清澄白河であれば、カフェワークをする場所には困らないはず。しかし、『フカガワヒトトナリ』などのイベントで知り合った新しい住人たちからは「カフェで仕事ができるのはせいぜい1時間程度。ちゃんとオフィスとして拠点にできる場所がこのまちにあったら嬉しいのに…」という要望が多く聞かれた。

「カフェが集まる場所にはリモートワークをする人たちが集まってくる…つまり、シェアオフィスのニーズも存在しているということに気づかされましたね。そこで、2018年8月に11人の地元の仲間たちと出資しあって『合同会社カツギテ』を発足し、10月からシェアオフィス事業をスタートしました。当初は『NAGAYA』に入居した方と地域をつなぐことで何かお役に立てるのでは?と思っていましたが、入居者さんたちが面白い方ばかりで、むしろこちらが教えてもらう事の方が断然多かった。改めて、地域の絆や仲間たちのありがたさを痛感しました。

東京って希薄なイメージがあると思いますが、下町はまだまだ田舎で村社会も残っています。特にこのエリアは、ちゃんとスジさえ通せば“おせっかい”なぐらい新しい人やコトを受け入れてくれる地域。こうした地元のひとたちの人情深さも、水かけ祭りの神輿担ぎで培われた結束力の土壌があってこそ、なのかもしれません」

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「面白いまちづくりが進めば、住民同士の絆や地元愛が強くなります。すると、まちの治安が良くなり、さらに人が増え、それが資産価値にもつながっていく…地域全体がどんどん強くなっていくんです。これからもこのまちの変化を楽しみながら、みんなでまちづくりを頑張っていきたいと思います」と語る椎名さんは現在41歳。

上の重鎮世代とも下の若者世代とも円滑に人間関係を育むことができる地域の接着剤的な世代だからこそ、エリア全体を巻き込んでいく推進力がある。この先もきっと、地元の更なる発展のために“神輿を担ぎ続ける”に違いない。

■取材協力
GLASS-LAB
https://glass-labo.com/
NAGAYA清澄白河
https://www.nagayaoffice.com/nagaya-ks/

▲もともと空き倉庫だったところを賃貸リフォームした『NAGAYA清澄白河』。2階オフィスのシェアメンバーは1階のイベントスペースを入居者料金で利用可能。ここで展示会やファッションショーを開催するなど“情報発信もできるシェアオフィス”として注目を集めている▲もともと空き倉庫だったところを賃貸リフォームした『NAGAYA清澄白河』。2階オフィスのシェアメンバーは1階のイベントスペースを入居者料金で利用可能。ここで展示会やファッションショーを開催するなど“情報発信もできるシェアオフィス”として注目を集めている

2019年 07月09日 11時05分