日本で唯一の瓦をテーマにした美術館【高浜市やきものの里かわら美術館】

前回、瓦シェア日本一を誇る三州瓦の産地・愛知県高浜市で、瓦に情熱を注ぐ『瓦伝道師』にその想いを伺った。(三州瓦の産地・愛知県高浜市で、瓦への想いを訊く①~瓦伝道師~
同市には、全国有数の瓦産地ならではの施設がある。
それが【高浜市やきものの里かわら美術館】。
瓦の文様や造形を「やきもの」の観点から観るという、日本唯一の瓦をテーマにした美術館だ。

瓦を美術的に鑑賞すると共に、地域の芸術文化活動拠点として1995年に開館した【高浜市やきものの里かわら美術館】</br>
昔は海だったこの場所から瓦を運んでいたこともあり、美術館の建物は「千石船」をイメージして造られたとか</br>目前に広がる「森前公園」は海に見立てた瓦庭で、三州瓦を代表する「いぶし瓦」がうねった波のように敷き詰められている瓦を美術的に鑑賞すると共に、地域の芸術文化活動拠点として1995年に開館した【高浜市やきものの里かわら美術館】
昔は海だったこの場所から瓦を運んでいたこともあり、美術館の建物は「千石船」をイメージして造られたとか
目前に広がる「森前公園」は海に見立てた瓦庭で、三州瓦を代表する「いぶし瓦」がうねった波のように敷き詰められている

アジア最古の瓦・織田信長が作り出した瓦も・・・

瓦を紹介する場合、“歴史展示”として見せることが多いかと思うが、今年度開館20周年を迎えた【高浜市やきものの里かわら美術館】は「瓦を美術品として見てみよう!」がコンセプト。
国内外の瓦文化を一堂に集めており、中国古代から現代の瓦、また瓦そのものでなく瓦を描いた絵画や浮世絵・書などの関連美術品も常設展示。その中には7世紀・白鳳時代の古代瓦や、紀元前11世紀中国の「アジア最古の瓦」などの所蔵もあり、“ここでしか見られない瓦コレクション”にも出会える。
時代によって姿形を変える瓦の中でも、筆者が興味深く思ったのは安土桃山期の瓦。
後でご紹介するが、日本における瓦は仏教の普及により寺院が建てられることで利用が全国に広がり、そんな中で城郭に初めて本格的に瓦を用いたのが織田信長。そして、派手好きの信長は瓦を金箔で飾った・・・そんな「ナットク!」のエピソードを物語る実物も常設展示室で間近に見ることができる。

そのような常設展や企画展での瓦関連展示をはじめ、同美術館では様々なテーマの特別展も年4回開催。取材時には絵本原画の展覧会が行われていたが、陶芸や平和に関する内容の展示も多く開催されているのだとか。
館内にはろくろや手びねりで作陶を楽しめる陶芸創作室や、ホール・スタジオ・会議室などもあって貸館としても利用可能。フレンチレストランも併設しており、単なる美術館ではなく、地域の文化・芸術発信拠点となる複合施設として親しまれている。

時代によって表情や造形を変える鬼瓦(上)や、アジア最古の瓦(中右)と日本最古級の瓦(中左)、</br>絢爛豪華なものを好んだ織田信長が最初に採用した金貼りの瓦(下)など、様々な瓦が常設展示されている時代によって表情や造形を変える鬼瓦(上)や、アジア最古の瓦(中右)と日本最古級の瓦(中左)、
絢爛豪華なものを好んだ織田信長が最初に採用した金貼りの瓦(下)など、様々な瓦が常設展示されている

学芸員に訊く、瓦の歴史

高浜市やきものの里かわら美術館・学芸員の金子智氏。背後にあるのは「日本で一番大きな鯱瓦」でもある三州瓦の鯱だ高浜市やきものの里かわら美術館・学芸員の金子智氏。背後にあるのは「日本で一番大きな鯱瓦」でもある三州瓦の鯱だ

これまでの取材で「瓦を作る人」「瓦の魅力を発信する人」に出会い、瓦とは、屋根材であり・歴史文化であり・日用品と知った。そして今回、同館の展示を見て美術品でもあることが分かった。

実にさまざまな見方や捉え方ができるアイテムだが、「瓦を見る」専門家が想う瓦とはどんなモノなのだろうか?
「飛鳥時代の後半の瓦は文様が美しい。江戸時代になると芸術性としては高くないですが、一般に馴染み深い瓦が私は好きですね」と“瓦愛”にあふれる、かわら美術館学芸員の金子氏に改めて瓦について説明頂いた。

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「日本書紀には『飛鳥寺を建てるにあたって、朝鮮半島の百済という国から4人の瓦博士(かわらのはかせ)が渡来した』との記載がありますが、瓦というのは、昔からお寺に使われていたものでした。それが庶民の家にも葺かれるようになっていきます。
私は学生の頃から15年ほど東京で江戸時代の遺跡発掘(北町奉行所跡など)に携わってきましたが、江戸時代は瓦が一般庶民に普及していく時代。それまで大名や旗本などの大きな家で葺かれていたものが、江戸時代中期・徳川吉宗の時代には江戸で“瓦葺き化”が進み、庶民に広がったのです。
奈良~平安~室町時代まで“お寺のもの”だった瓦が一般化するキッカケになった大きな出来事は、織田信長が安土城を瓦葺きにしたこと。
それまでのお城は、高い場所に建てる戦のための物見櫓のようなものが多かったのですが、キッチリと石垣を築いて天守も建てて…とのスタイルにしたのが信長で、その後一気に全国的に流行ることになりました。それが武家に使われるようになっていくのです。
やがて庶民の間へと広がる訳ですが、火事の多い江戸では瓦の防火性が注目され、耐火性に優れた瓦を屋根に葺くよう命令が出されたことも普及に拍車を掛けました。『家が火事で焼けた再建時には瓦を使え』との命で、今でいう補助金も出して積極的に瓦屋根へと変えていったのです。

その一つのベースになったのが三州。
お城に使うために城下町の職人が納めていた瓦を、特定の産地で作って『商品』として瓦が流通していったのが江戸時代で、三州瓦はその典型例ということになります。
丸瓦と平瓦の2枚を組み合わせた重い瓦を職人仕事として葺いていたものが、軽くて葺きやすい『桟瓦(さんがわら)』が発明されたことで扱いやすくなり、一般的なものになっていきました」(金子氏)

学芸員に訊く、瓦の魅力

かわら美術館の北側には、焼成の最後に塩を投入して光沢のある発色をさせる昭和30~40年代にかけての三州瓦主力製品・塩焼瓦を焼成していた『塩焼瓦窯』が残されている。通称「赤窯」は、高浜市指定有形民族文化財。美術館周辺には、瓦のまちを物語るスポットが数多くあるかわら美術館の北側には、焼成の最後に塩を投入して光沢のある発色をさせる昭和30~40年代にかけての三州瓦主力製品・塩焼瓦を焼成していた『塩焼瓦窯』が残されている。通称「赤窯」は、高浜市指定有形民族文化財。美術館周辺には、瓦のまちを物語るスポットが数多くある

「瓦の魅力は『素材としてかなり優れたもの』だと私は思います。最近、建物まで使い捨てのような安普請になってきて、瓦も重厚長大として避けられてきた感がありますが、モノをキッチリと丁寧につくる時代がまたやってくると思うのです。だからこそ、100年も200年ももつ瓦が再注目され、その良さが改めて評価されてもいいのではないかと。特に最近の瓦は高温で焼成して耐久性も更に上がっていますし。

瓦と聞いてもピンとこない方が多いと思いますし、高浜市は観光資源が少ないので当館だけを見に来るというのは難しいかもしれませんが、美術館に訪れる方は、『瓦はみな同じに見えていたけれど、説明を聞きながら展示を見ると奥深さがよく分かるし面白い』と仰る方が多いです。
発掘をしていた時も感じましたが、三州の瓦は質が良いんですよね。良質な三河土に恵まれていることもありますし、いぶし・陶器・西洋風・平板などバリエーション豊富で技術革新を怠らず良い瓦を作り続けている最先端の産地でもあると思います。一度見ると興味を持って頂けると思いますし、今後もさまざまな方向から発信を続けていきたいと思っています」(金子氏)

瓦の魅力を共有し、磨き上げ、広く将来へ語り継ぐために・・・

三州瓦の産地・高浜市では、市内各所で瓦のオブジェなどを見ることができる。そんな、瓦のまちならではの散策コースが『鬼みち』だ三州瓦の産地・高浜市では、市内各所で瓦のオブジェなどを見ることができる。そんな、瓦のまちならではの散策コースが『鬼みち』だ

「瓦って身近なモノのはずなのに、じっくり見ることってなかったなぁ・・・」と改めて思った同館の探訪。
今回は金子氏に解説頂きながら展示品を見たが、説明を受けながら見る瓦は、やきものとしての魅力も然り、その時代背景も垣間見えて、筆者もとても興味深かった(音声ガイドもあるので観覧の際はお勧めしたい)。
古より馴染んできた瓦ゆえだろうか、知るほどにその奥深さを掘り起こしたくなるものだが、かわら美術館開館20周年の節目にあたり、市では「高浜市みんなで三州瓦をひろめよう条例」も施行。県内の大学と連携し、学生達が三州瓦に関わる人々にアプローチし、彼等の語りを通して魅力発信・継承にも努めているのだとか。
そのような公民学による取組みも進む中、気軽に・自由に瓦に親しめる街づくりも続いている。
その一つが、かわら美術館もルートに含まれる散策路【鬼みち】。
瓦関連のポイントを巡り、一緒に散策しながらガイドをしてくれる『三州高浜 鬼みち案内人』の方にも話を伺えたので、次回ご紹介したい。

高浜市やきものの里 かわら美術館
http://www.takahama-kawara-museum.com/index.html

2016年 02月28日 11時00分