明治期以降、ガラスの加工所が集まるようになった『清澄白河』

▲『ブルーボトルコーヒー』をはじめとする話題のコーヒースタンドが多数登場し、近年「住みたい街」としても注目を集めている清澄白河エリア。寺社が多いため再開発の手が届きにくく、昔ながらの江戸下町風景が残されている点も人気の理由だ。そんな清澄白河の住宅地の一角に『椎名硝子』加工所と『GLASS-LAB(グラスラボ)』がある▲『ブルーボトルコーヒー』をはじめとする話題のコーヒースタンドが多数登場し、近年「住みたい街」としても注目を集めている清澄白河エリア。寺社が多いため再開発の手が届きにくく、昔ながらの江戸下町風景が残されている点も人気の理由だ。そんな清澄白河の住宅地の一角に『椎名硝子』加工所と『GLASS-LAB(グラスラボ)』がある

東京都の伝統工芸品『江戸切子』は、江戸時代後期の天保5(1834)年、江戸大伝馬町(現在の日本橋エリア)でびいどろ問屋を営んでいた加賀屋久兵衛が、南蛮人によって持ち込まれた硝子製品に細工を施したのが始まりとされている。

この頃、隅田川一帯では水運の利点を活かして様々な地場産業が発展。明治期に入るとガラス製造が行われるようになり、理化学器などを造るガラス工場が錦糸町界隈にひしめいて、周辺にはガラス加工を施す加工所が集まるようになった。そのため、現在も墨田区・江東区にはガラス関連の会社が多い。

その中のひとつが、清澄白河で三代続くガラス加工所『椎名硝子』だ。『椎名硝子』では、代々培われたガラス加工技術の素晴らしさを幅広く伝える目的で、これまで部外者が立ち入ることはなかった工場を一般公開し、ガラス加工体験などの様々な取り組みを行っている。その仕掛け人である『GLASS-LAB(グラスラボ)』代表の椎名隆行さんにお話を聞いた。

一度は離れた家業をサポートする決意で『GLASS-LAB』を設立

▲「IT企業勤務時代、上司の送別会のプレゼントで、うちの弟が加工した上司のシルエットを彫刻したグラスを贈ったら、ものすごく喜ばれたんです。“ひとつのグラスにオリジナル加工をしただけでこんなに喜んでくれるものなんだな”と感じたのも『GLASS-LAB(グラスラボ)』立ち上げのきっかけになりました」と椎名さん▲「IT企業勤務時代、上司の送別会のプレゼントで、うちの弟が加工した上司のシルエットを彫刻したグラスを贈ったら、ものすごく喜ばれたんです。“ひとつのグラスにオリジナル加工をしただけでこんなに喜んでくれるものなんだな”と感じたのも『GLASS-LAB(グラスラボ)』立ち上げのきっかけになりました」と椎名さん

「実は僕自身は長男ですが家業を継いでいるわけではなくて、『椎名硝子』は弟が三代目として継いでくれています。

昔から弟のほうが細かい作業が得意で職人向き、飽きっぽい僕はガラス職人には向いてないなと思っていたので、迷うことなく“弟よ、ありがとう”という気持ちで社会へ出たんです(笑)」(以下、「」内は椎名さん談)

「家業を継がないこと」を決意した椎名さんは、大学卒業後に不動産会社へ入社。その後、大手商社、IT企業へと転職を重ねながらキャリアアップを続けてきた。しかし、最後に勤めたIT企業で“ある気づき”があったという。

「そのIT企業では若くして独立していくメンバーが多かったのですが、そういう企業風土を僕自身はどこか冷めたスタンスで眺めていました。人事の評価面談のときも“別にお金は要らないから評価なんて勝手に決めてください”と当時の上司に話していたんです。でも、その上司がとても熱い人で、“椎名くん、男は夢、夢、夢!”と毎回面談のたびに言うんですよね(笑)。その言葉を受けて“夢ってなんだろう?”と考えていたときに、上司は自身の夢を叶えるべく独立。でも・・・その後突然亡くなってしまったんです。

その上司が残してくれた“夢、夢、夢!”という言葉に背中を押されるような形で、僕は独立を決意しました。そして、独立して何をしようか?と考えたとき、真っ先に思い浮かんだのが実家のガラス加工の仕事でした」

清澄白河でガラス加工を営む工場は年々減少傾向にある。他からの新規参入も少ないため今後ライバルがどんどん増える業界でもない。そこに着目した椎名さんは、二代目の父と三代目の弟の承諾を得て、従来BtoBであったガラス加工を一般カスタマー向けのBtoCとして販路を広げる企画会社『GLASS-LAB』を36歳で立ち上げた。

これまで気づかなかった加工所の価値、日本で唯一残る手作りの研磨機

「僕が独立してすぐに、近所にブルーボトルコーヒーのアジア1号店ができるという噂を聞いて営業にも行きました。それまでは友人からも“清澄白河ってどこだっけ?と聞かれることが多かったのに、ブルーボトルコーヒーの登場によってこのエリアの認知度が一気に上昇し、外国人観光客も増え、清澄白河自体がメディアで特集される機会が増えました。その地域情報の一環としてうちのガラス加工所もいろいろなメディアに取り上げてもらいましたから、独立1年目の追い風になりましたね。とてもラッキーでした(笑)」

『椎名硝子』のガラス加工所がメディアの注目を集めたのには実は理由がある。工場内にはガラスを磨き上げるための4台の研磨機が並んでいるのだが、これらは昔ながらの手作りの木製機械で、一個のモーターでいくつもの研磨機を同時に動かす仕組みになった旧式のもの。つまり、この研磨機自体が大きな価値を持っているのだ。

「工場の建物は戦後間もなく祖父が建て替えを行ったんですが、中で使っている機械はもう日本国内ではほとんど見られなくなった貴重なものだそうです。確か経産省の方だったと思いますが省庁の方がうちの工場へ視察に訪れたとき、“日本中を探してもこの機械を使っているガラス加工所は他に無い。今も現役とは素晴らしい!”と絶賛してくれました。

僕自身は子どもの頃から見慣れていましたから、まさかそんなに珍しいものだとはつゆ知らず…“だったら観光客も増えていることだし、皆さんにも見ていただきたい”ということで工場内の一般公開を行うことにしました。近所の皆さんからは“ずっと吹きガラスの加工所だと思っていたけど違うんだね”と驚かれましたし、見学された方は“ジブリのアニメに出てくる工場みたい”と下町らしいノスタルジックな雰囲気を楽しんでくださっているようです」

▲今や貴重な存在となった工場内の研磨機は一個のモーターで4台の研磨機を動かす仕組みになっている。4台の機械はそれぞれ目の細かさが違っており、徐々に細かく磨いていくそうだ。最後の台は仕上げ用。金属ではなく木材で磨いてガラスの美しいツヤを出す▲今や貴重な存在となった工場内の研磨機は一個のモーターで4台の研磨機を動かす仕組みになっている。4台の機械はそれぞれ目の細かさが違っており、徐々に細かく磨いていくそうだ。最後の台は仕上げ用。金属ではなく木材で磨いてガラスの美しいツヤを出す

代々継承された父と弟の自慢の技術にスポットライトをあてたい

実はもうひとつ、椎名さんが独立するまで知らなかった“家業の自慢”があった。それは『椎名硝子』が代々得意としてきた『平切子(ひらぎりこ)』の技術だ。

「江戸切子というと、矢来・籠目・市松などの模様を採り入れた“線”のように細いガラス加工を思い浮かべる方が多いと思いますが、実はうちの祖父や父はガラスの“面”を磨く江戸切子の技法のひとつ『平切子』もできる職人でした。『平切子』の技術を継承している職人は今や10人ほどしか残っていないので、この技術こそがうちの強みであることがわかったんです。

また、三代目の弟は手先がとても器用なので『サンドブラスト』を得意としています。このサンドブラストは、平切子のガラス面にマスキングシートを貼ってコンプレッサーで磨きをかけていく手法なのですが、0.09ミリの極細表現ができる弟のサンドブラストの精密さは「世界レベルだ」と他社さんから言われたことがあります。

父の『平切子』と弟の『サンドブラスト』を掛け合わせると、水しぶきや雲などの繊細な表現が可能となりますから、こうした職人技術にもスポットライトを当てたくて、『椎名硝子』のオリジナルアイテム『砂切子』として販売をスタートしました」

▲椎名硝子伝統の平切子に三代目のサンドブラストの技術を組み合わせて誕生した『砂切子サクラサク』。お酒を注ぐと硝子の色彩が変化しサクラが花開いたように見える。※東京都内限定発売/砂切子サクラサク▲椎名硝子伝統の平切子に三代目のサンドブラストの技術を組み合わせて誕生した『砂切子サクラサク』。お酒を注ぐと硝子の色彩が変化しサクラが花開いたように見える。※東京都内限定発売/砂切子サクラサク

自分がやりたいことを見つけたら、自分の“夢”が広がった

ガラス職人である父と弟が伝統技法を使って江戸切子をつくる。椎名さんは得意のITスキルを活かして商品企画や発信を行う。この『椎名硝子』と『GLASS-LAB』の強力タッグは多彩な効果を生み出し、海外のグランメゾンからオリジナル商品の発注を受けたり、世界的展覧会への作品出展依頼を受けるなど、家業の幅も広がっているという。

「独立してから、どんどんやりたいことが見つかるようになりましたし、やりたいことを見つけたことで“夢”が広がるようになりました。今は自分を育ててくれたうちのガラス加工所と、そして、自分がずっと育ってきたこの街に恩返しをしたいと考えています。それが僕の“夢”です」

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これまで当たり前と思っていたものを一歩離れて見てみてみると、その真価に気づかされることは多い。椎名さんの場合はそれは『家族』であり、『代々受け継がれた技術』と『生まれ育った街』こそが自身の人生に新たな“夢”を与えてくれる存在となったようだ。今後の椎名さんのさらなる“夢の実現”に期待したい。

■取材協力/GLASS-LAB
https://glass-labo.com/

▲『椎名硝子』のガラス加工所では一般見学のほか、『醤油差しのガラス加工体験』や『万華鏡制作体験』なども実施。地域の子どもたちや外国人観光客の間でも好評だ。※要予約(体験時間は30分~60分程度)体験料は4000円から/予約は03-6318-9407へ▲『椎名硝子』のガラス加工所では一般見学のほか、『醤油差しのガラス加工体験』や『万華鏡制作体験』なども実施。地域の子どもたちや外国人観光客の間でも好評だ。※要予約(体験時間は30分~60分程度)体験料は4000円から/予約は03-6318-9407へ

2019年 06月02日 11時05分