カフェのない町・水窪にできた『ライオンカフェ』

面積1,558km2。岐阜県高山市に次いで全国2位の広さを誇る静岡県浜松市。オートバイ産業や楽器産業が有名だが、今回訪れたのは産業集積地としてのイメージとは正反対の小さなまち・天竜区水窪町(みさくぼちょう)だ。
市の最北に位置する水窪町までは、浜松市街から車で約2時間。山々に囲まれた人口2,000人あまりの小さなこのまちに、倉庫を改築した一軒のカフェがオープンした。

町の中心を走る国道152号線沿いに『ライオンカフェ』がオープンしたのは2018年5月。外観は普通の倉庫のように見えるが、店内は木の温もりがあふれ、おしゃれな空間にリノベーションされている。オーナーの冨士川凛太郎氏は神奈川県から移住してこのカフェを作った。人口減少が進み、高齢化率は2018年4月の時点で58.6%という好条件とはいいがたい地域に、彼はなぜカフェをオープンさせたのだろうか。

水窪川沿いの『ライオンカフェ』。コンクリートと木材を組み合わせた開放的な空間が広がっている。写真左はソファ席とその隣に設けられたキッズスペース。右上はバーカウンター水窪川沿いの『ライオンカフェ』。コンクリートと木材を組み合わせた開放的な空間が広がっている。写真左はソファ席とその隣に設けられたキッズスペース。右上はバーカウンター

子育て世代の満足度を上げることがまちの活気に

カフェの立ち上げに携わったメンバーと水窪町の仲間。中央のビール瓶を持っているのが冨士川氏。その右隣、白いシャツを着ているのが後述する小松屋製菓の小松さん(写真提供:ライオンカフェ)カフェの立ち上げに携わったメンバーと水窪町の仲間。中央のビール瓶を持っているのが冨士川氏。その右隣、白いシャツを着ているのが後述する小松屋製菓の小松さん(写真提供:ライオンカフェ)

市場調査やシステム開発などを行う合同会社simpleAの代表を務める冨士川氏。親戚の法事で訪れた際に、このまちの魅力にふれたという。

「水窪川という綺麗な川が流れていて、景色は最高。何度か訪れるうちに、この場所で子育てしたいと考えるようになりました。当時は神奈川県の川崎市に住んでいて、毎日満員電車で通勤する日々。もう少しゆったり過ごしたいという思いもありましたし、水窪町はのんびりしていて子育てしながら暮らすには理想の場所だと思いました」。

冨士川氏は2012年に水窪町に移住を決めた。

電車は1時間に1本、最寄りのコンビニまでは車で50分という、一見不便に思える場所だが、そこに不安はなかったという。ただ住んでみて不便に感じたのは、「カフェがない」ということ。

「おじさんたちが集うちょい呑み処はありますが、女性が集まれる場所がない。まちの人が集うのは誰かの家か協働センターで、子育て世代のお母さんたちが気軽に行けるカフェがなかったんです。カフェを作って、お母さんたちの満足度を上げることはまちの活気にもつながるのではないかという想いもありました」
と振り返る。

通常のカフェ営業だけでなく、企業合宿などの受け入れも

写真下は改装前。上が改装後。国道沿いを走るとこのライオンマークが見えてくる写真下は改装前。上が改装後。国道沿いを走るとこのライオンマークが見えてくる

役場の紹介で見つけた25坪の空き倉庫は、傷んでいた屋根や壁、床をすべて張り替えてリノベーション。地元の人や冨士川氏の仕事仲間の協力を得て行われた。断熱材を入れるなど専門家でないとできない部分の費用を補うため、クラウドファンディングで資金集めをし、創業90年という地元の老舗和菓子店「小松屋製菓」とのコラボレーションという形で、カフェをオープンさせた。
メニューは山間の清流で煎れたハンドドリップコーヒーと、小松屋製菓が作る地元の和菓子がメイン。水窪の雑穀を使ったパンなども並ぶ。

「できるだけ地元のものを使っています。遠くから訪れた人がここで一休みして、ここでしか食べられないものを食べる、そんな場所にしたい」と話す。

店内には暖炉やキッズスペースが完備されているほか、大型スクリーンやバーカウンターなども設置されており、通常のカフェ営業だけでなく、予約制で企業合宿などの受け入れも行っている。
「先日もプログラマーの団体が、ソーシャル課題解決のための合宿を行っていました。会議室とは違って、自然の中で川のせせらぎを聞きながらとか、カウンターでお酒を飲みながらだといいアイデアが浮かぶこともあります。そういったクリエイティブな空間でありたいと思っています」(冨士川氏)

ただ、現在は毎週日曜日のみの営業。毎日稼働させる人材の確保が課題となっているようだ。
「地元の方の協力も必要ですが、ほかの地域から移住してカフェを運営してくれる人がいれば理想」と冨士川氏。
また、共同運営する小松屋製菓の小松裕勤(ひろのり)氏は、
「カフェができたからといって、まちが急ににぎやかになるわけではない。でも何か仕掛けを作らなければ、まちは死んでしまう」と厳しい現実を話す。

「カフェという拠点=コミュニティの受け皿となる箱はできた、あとは有効活用してくれる人が出てきてくれたら」というのが現状のようだ。

有名和菓子店との共同プロジェクトが発足。水窪産雑穀でまちの再起を図る

町内の休耕地を耕して春華堂のブランド「五穀屋」で使用するアワ、キビを育てるNPOメンバーたち(写真提供:小松屋製菓)町内の休耕地を耕して春華堂のブランド「五穀屋」で使用するアワ、キビを育てるNPOメンバーたち(写真提供:小松屋製菓)

ところで浜松のお土産といえば、“夜のお菓子”のキャッチフレーズでおなじみの春華堂「うなぎパイ」。水窪町ではこの春華堂との共同プロジェクトが始まっているという。

冨士川氏、小松氏の2人が所属するNPO法人「こいねみさくぼ」と、春華堂との共同で「五穀栽培プロジェクト」が2015年よりスタート。雑穀や発酵をキーワードにした春華堂の新ブランド「五穀屋」で使用するアワ、キビを栽培している。

スーパーフードとして人気の高まりをみせる雑穀。
「水窪は古くからアワ、キビ、ヒエなど雑穀の栽培が盛んな地域で、各家庭で栽培されていましたが、今はもうあまり食べませんし作る人もほとんどいません。全国的に有名な春華堂さんとの共同プロジェクトをきっかけに、地元の高齢者がもう一度畑を耕して雑穀を作るようになってくれたら健康寿命も延びるでしょうし、地元民や移住を考える人のモチベーションにもなると考えています」(小松氏)

休耕地を利用でき、地元民の働く意欲にもつながる。願ったり叶ったりのプロジェクト。
さる9月3日には、雑穀の生産地・水窪町の魅力発信を図るイベントを開催。雑穀畑にテントを張ったダイニングを設置し、一流シェフが作る雑穀料理を雑穀研究者や企業役員、市の関係者、町の自治会長らに振る舞った。

「プロジェクトの立ち上げから4年。まちで大きなイベントが開催できたということが、ひとつの成果。プロジェクトに対するまちの人の認知度もあがり、このプロジェクトの意義を理解してもらうきっかけになったと思います」と小松氏は話す。

また、冨士川氏が取締役を務める、腸内細菌の研究企業「AuB(オーブ)」でも、水窪産雑穀を用いた実験に着手。

「男女20人ほどのメンバーに1ヶ月間1日2回、水窪産の雑穀を摂取してもらい腸内の細菌を検査したところ、美肌菌とされる菌が増加しているという結果がでました。食物繊維が豊富で栄養価が高いといわれる雑穀の新たな可能性が示されたと思います」と冨士川氏。

「雑穀の里・水窪」としてのまちの再起に期待が寄せられている。

人が少なくなった地域だからこそビジネスチャンスがある

水窪に移住した冨士川氏。高齢化が進み人口が減った地域に住むことをこう話す。

「今の時代、もうまちの人口増を目指さなくてもいいと思うんです。人が少なくなった分、好きなことをやりやすい環境になったと考えればいいのではないでしょうか。
とにかく都心に比べると家賃が安い分、リスクが少なくて済む。『ライオンカフェ』もそうですが、ビジネスアイデアがある人にとっては手軽にスタートを切れる場所ではないかと思います。
細かい制約もありませんし、新しく人が入ってくるだけで喜んでもらえる、何かを始めるだけで喜んでもらえる、というのもこういった人口減の町に暮らす良さ。高齢化が進んだ地域の課題にこそビジネスのチャンスがあるとも思っていて、それを身をもって感じられるのもメリットのひとつだと考えています」。

小松氏は
「大きな市に合併されていく中で、小さなまちは助成金がもらえずまちの運営を行政に頼るのはもはや不可能。何が当たるかわからない時代ですしね、成功するかどうかはやってみなければわかりません。とにかく行動を起こさなければ」と話していた。

新たなコミュニティ作りの拠点となる『ライオンカフェ』はまだオープンしたばかり。水窪産雑穀とともにその可能性は未知数だ。
水窪町には以前お伝えした、天空の里『農家民宿 ~時忘れの家~ほつむら』や、1300年続く祭事「西浦(にしうれ)の田楽」、青崩(あおくずれ)峠などの観光資源もある。にぎやかになっていく、まちの今後に注目していきたい。


【取材協力】
・ライオンカフェ
https://cafe-15062.business.site/
・小松屋製菓
https://5028seika.com/

水窪駅からの眺望。のどかな風景が広がる水窪駅からの眺望。のどかな風景が広がる

2018年 10月24日 11時05分