西成で生まれた、西成ライオットエール

南海電鉄萩ノ茶屋駅から徒歩5分程度。ブロックとガラスドアが開放的な外観南海電鉄萩ノ茶屋駅から徒歩5分程度。ブロックとガラスドアが開放的な外観

40年程前の大阪をコミカルに描いたマンガ「じゃりン子チエ」の原作の舞台”西荻”のモチーフとなったエリア、大阪・西成区。その花園北本通会商店街の一角に、周囲の風景と相反する際立ってスタイリッシュな外観のお店がある。「西成ライオットエール」「新世界ニューロマンサー」など、数種類のクラフトビールを楽しめるビアカフェバー『Ravitaillement(アビタイユモン)』がそれだ。
入り口のレジ横に生クラフトビールを注ぎ込むためのタップハンドルが並んでいる、本格的なビアバーだ。オープンは、平日8時〜18時、土・祝は9時〜18時。お酒だけではなく、モーニングや和定食なども提供している。取材に訪れたのは、13時前後。男性女性、一人客、女性グループなど様々な年代の方が思い思いのランチタイムを過ごしていた。
店内に並ぶビールは、全てDerailleur Brew Works(ディレイラブリューワークス)というクラフトビールの製造販売会社によるもの。2018年4月に初ビールを販売してから、早速インターナショナルビアカップ2018で受賞をするなど、今大阪で最も勢いのあるクラフトビール会社といっても過言ではない。

西成という土地に育てられた、福祉事業

合同会社シクロの代表・ディレイラブリューワークスのプレス山﨑昌宣さん。趣味は、プロ並みのサイクリング合同会社シクロの代表・ディレイラブリューワークスのプレス山﨑昌宣さん。趣味は、プロ並みのサイクリング

アビタイユモンとクラフトビール製造所ディレイラブリューワークスを運営しているのは合同会社シクロさん。大阪西成区で11年間、介護医療、在宅介護の事業を行っている会社だ。アビタイユモンは、シクロに勤める介護員たちによる勉強会なども定期的に行われている。飲食店として機能するだけでなく、この西成エリアで働く介護員同士が集える拠点になっているのだ。時には、軽度の障がい者の方が内職仕事をしていたりと雇用支援の場としての機能もしている。とはいえなぜ、山﨑さんは、西成で起業を試みることにしたのだろうか?

「前職の介護関係の会社に勤めていた際、西成エリアの担当だったんです。でもある時、会社が不良債権で潰れることになって...。請け負っている患者さんの引き継ぎを考えていた時に、担当していたお爺ちゃんお婆ちゃんに言われたんです。”あんたがここで会社立ち上げたらいいやん”って」と代表の山﨑昌宣さん。神輿を担がれてとご本人は言うが、患者の方から期待をされて、この場所で起業をすることを決意したのだそう。

西成区は、生活保護受給者や高齢独居で身寄りがない方が多い。他の区では、在宅で暮らせる認知症レベルの方でも施設に入ることもある。そのためか、行政の見栄や家族の思惑などがあまり影響することなく、福祉や介護の仕事をするうえでは、純粋に本人を満たしてあげることが主なミッションとなることが多い。サービス中に、クレームを大きな声で言ったりする人も多いが、それ自体が良くも悪くもダイレクトでわかりやすい、世間体を気にせずにいられる状態はいいことだと山﨑さんは前向きに捉えている。

「”わしらが養ったるから大丈夫や”と言われたんです。福祉や介護って、こちら側が支えていると思っていたんですが、その既成概念が覆されましたね」と山﨑さん。

「おまえががんばらんかい」の一言に奮起して

山﨑さんがディレイラブリューワークスを始めるきっかけとなったのも、介護福祉の文脈からだった。ライフワークとして、障がい者の就労支援を3、4年前から行っていた。既存の内職のような仕事ではない他のアイデアを探している中、障がい者の人たちから言葉をもらったそう。
「”西成は朝から酒を飲む、酒のまちや。だから社長が酒をつくってくれたらわしらが売ってやる。がんばらんかい”と。昔、お酒の販売をしていた障がい者の方が話してくれたんです。どちらかというと、売り言葉に買い言葉に近いかもしれませんが(笑)、じゃあやろうと。それがきっかけとなってビール事業をスタートしました」。

製造する酒は、日本人が最初に飲むお酒として身近なものであり、ワインや日本酒などよりも比較的に少ない量で醸造許可免許が取れて、町中に醸造所を置くことができるビールを選んだ。2017年12月にアビタイユモンを先にオープンしたのち、すぐに徒歩5分程度の場所に醸造工場を構え、ショールームのような感覚で店に足を運んでもらえるようにした。地元で事業をやっていることから、西成ならではの広がりも見せている。インバウンドの受け入れもスムーズで、よそ者扱いもお客さま扱いもなくフラットなのもこの地域の強みだという。

「 クラフトビールとしては、原価ギリギリの価格設定をしています。それでも、お店に来て”高いわー!”とだけ文句を言って出て行く地元のおっちゃんもいますよ(笑)。バックパッカー、海外旅行客、生活保護を受けている地元の人やカフェ使いするマダムもいます。ビールマニアばかりが集まるのではなく、バランス良く客層がいてくれて、ビールを楽しんでくれる人や面白がってくれる人がいてくれます。最近、近所のスナックやカラオケ居酒屋さんが、うちのビールを仕入れて売ってくれるという流れが自然発生的にうまれていて、他のエリアや関東なども含めてあまりない動きだと感じています。それはすごく面白いなと思っています」。

(左上)朝ビールというメニューがあるのが、この場所ならでは。(右上)カウンターから1人席まで幅広い席(左下)受付・ビール提供窓口。ビール銘柄のポスターが貼られている(右下)軽度の障がい者がこの場で内職仕事をしていることもある。様々な用途で活用されている場所なのだ(左上)朝ビールというメニューがあるのが、この場所ならでは。(右上)カウンターから1人席まで幅広い席(左下)受付・ビール提供窓口。ビール銘柄のポスターが貼られている(右下)軽度の障がい者がこの場で内職仕事をしていることもある。様々な用途で活用されている場所なのだ

ビールを軸に広がる関係性

工場長のアブサル・アーロン氏と醸造所の様子。1樽400L。現在10ブランドを展開で、再生産が追いつかないものも既にある。今後は月に1つずつ新作を展開していく予定だそう工場長のアブサル・アーロン氏と醸造所の様子。1樽400L。現在10ブランドを展開で、再生産が追いつかないものも既にある。今後は月に1つずつ新作を展開していく予定だそう

ディレイラブリューワークスは、フットワークが軽い。新店オープンやオリジナルビールなどのオーダーに、小ロットで軽やかに対応できる。南海電鉄が主催する食イベントとの期間限定コラボレーションビール「星空セゾン」やカレー店専用のオリジナルビールなど、地域に根ざしたビールも企画している。

2019年の春からは、大阪府箕面市の山奥に用意している民家と畑で、ビールの一度の製造で出てしまう麦芽カス100kgの処理をなんとかするために、養豚養鶏の飼料やフードの原料にできないかを研究するラボラトリー『MUD(マッド)』をつくる予定だとか。この場所で、障がい者の人向けの仕事をつくる計画もある。もともとこのクラフトビール事業を始めたのは、障がい者の方の就労支援の一環から始まったので、彼らに新しい役割りや仕事がつくれたらと考えているそう。

「私たちのメイン事業はあくまで医療・福祉と介護です。クラフトビール事業はまだ始まったばかりですが、私たちの他の事業に新しい広がりを生むきっかけになるのではと期待しています。事業というものは、タイミングが合わないと進まないというのを10年やってきて感じています。そのとき出会うチャンスや人との縁を大切にして、僕たちの動きに気づいてくれた人に、きちんとパフォーマンスをしていきたいと思っています。そこだけなんですよね。自分と人の意見がズレていても、相手や状況にゆだねて進めながら、多少の修正を繰り返していけばいい。それはこの土地で学んだ哲学です」。

2018年 12月02日 11時00分