まちの変化が見える路面店を作ろう

松戸駅(千葉県松戸市)から新京成線で4駅。八柱駅は武蔵野線新八柱駅と隣接し、2駅が利用できるまちである。と聞くと利便性の高さが想起されるが、残念ながら両駅を合わせて1日の乗員客数は5万人を切るほど。さほどに繁華な場所ではない。元々は農村で、有名なのは東京都から離れた場所にある都立八柱霊園だろうか。日本の道100選に選ばれた、八柱駅から常盤平駅前を経て五香駅付近まで伸びる常盤平さくら通りも知る人ぞ知る名物だ。

5年前からそのさくら通りに店を構えるomusubi不動産の殿塚建吾氏は以前、松戸駅周辺のまちづくりに参加していた。アーティストインレジデンスなどを中心に多くのクリエイティブ層を誘致してきたと評価される活動だが、殿塚氏にはひとつ、ジレンマがあった。2階以上にアトリエなどを構えることが多いアーティストの場合、人が増えてもまちの風景は変わらない。変化が変化として感じられないのである。であれば、もっと変化が実感できる路面店を増やす仕事をしよう。その舞台として選んだのが高校時代に通った八柱である。

「この人口規模だと大手のチェーン店は出店しにくいようですし、店舗賃料は駅近くでも坪(3.3m2)1万円を切り、少し離れれば5,000円くらいということも。若い人が個人ででも店を出せるまちなのです。ただ、地元の不動産会社は空き家、空き店舗を積極的に貸そうとしておらず、事務所として借りた物件も不動産会社店頭にチラシが貼られていただけでした」。

店舗があるのは桜並木に面した6軒長屋。omusubi不動産が入居する前は入居しているのはわずか2店舗という寂れた建物だった。だが、omusubi不動産の隣に建築事務所、反対側には多肉植物や古材などを扱う工房などができた。同じ長屋に入居する店舗で曜日替わりで営業するカフェをはじめて、現在は満室状態。店舗から徒歩15分圏にはカフェやパン屋、本屋など新しく15軒の路面店が増えた。

桜並木沿いにある店舗。カフェなどが並ぶ楽しげな一画だ桜並木沿いにある店舗。カフェなどが並ぶ楽しげな一画だ

築60年近い社員寮を1棟借りてDIYで活用

古さを感じさせない外観に温かみと手作り感のある建物正面、2階への入り口古さを感じさせない外観に温かみと手作り感のある建物正面、2階への入り口

徐々にまちに面白い路面店が増えてきたわけだが、次に考えたのは地元のシンボルになるような施設を作りたいということ。そんな思いを抱いていた時に見かけたのが現在のせんぱく工舎となる、元社員寮である。

「ランニングをしていた時に偶然通りかかり、これは!と思って謄本を閲覧したところ、隣接する工場と同じ、神戸船舶装備株式会社という会社が所有していることが分かりました。そこですぐに工場に連絡し、隣の建物を使わせて欲しいと頼みました」。

そこから時間をかけての交渉がスタートした。1960(昭和35)年に建設された約400m2の建物は、平成に入ってから使われていなかった。そのため、電気、水道は繋がっておらず、ガスはプロパン。トイレは汲取り式で、当然ながらはネットは不通。室内も床が抜けるなどしており、そのままではとうてい使えない状態だった。

最終的には外壁、屋根やライフラインの復旧、新設はオーナー負担で行うことになった。その費用を6年間の家賃で回収できるように貸す、内装はomusubi不動産から転貸した入居者がやるという契約に至ったのだが、それが2017年2月のこと。1年ちょっと交渉し続けたわけである。

個人、副業でも始められるという大きなメリット

オーナーサイドの改修が終わり、建物が引き渡されたのは2017年6月。それから入居者募集、改装を経て2018年6月末にはようやくグランドオープンに漕ぎつけたが、これだけゆっくり進んできたのには理由がある。入居者にはここの店舗以外に本業を持っているなどの人が多く、DIYを含めた改装に時間がかかったのである。

「1階6部屋は元2DKのファミリータイプを利用したもので、広さは30m2前後。賃料は多少ばらつきがありますが、相場の70%ほど。2階12部屋は元々が単身向きの10m2ほどの部屋でこちらは1万円台から入居可能。仲介手数料、礼金もなく、入居時に必要なのは敷金のみ。この金額であれば副業として、ネットショップのリアル店舗としてなど気軽に借りられ、毎日開けていなくてもやっていけます。そのため、本業を持っている人が借りていることが多く、DIYできるのは週末だけなど限定される。入居が決まってからオープンするまでに半年以上かかったカフェなどもありました」。

賃料が安く、気軽に使えることから、ある種のインキュベーション施設(硬くいえば創業支援施設)として役立っているのである。世の中にはいずれカフェや店を開きたい人と思っている人は数多くいるはずだが、たいていの場合、家賃がチャレンジを阻む。だが、ここではそれが可能になる。個性的で面白いビジネスが生まれるチャンスがあるのだ。

もちろん、グランドオープンまでの間、何もしていなかったわけではない。建物見学を含めたイベントやウッドデッキを作るワークショップなどが2~3ヶ月に1回程度開催されてきたし、グランドオープン前に開業した店が個別にイベントを開くことも。そうした積み重ねによって地元を中心にせんぱく工舎の認知度は上がり、グランドオープン時のイベントは大賑わい。新しい場の出航を祝った。

オープニング時の様子。建物全体で盛り上がった(写真・加藤甫、川島彩水)オープニング時の様子。建物全体で盛り上がった(写真・加藤甫、川島彩水)

店舗ごとに全く違う内装に見応えあり

実際の建物を見せていただこう。通りから見るせんぱく工舎はブルーグレーの外観が今どき風で外から見ているだけでは築年数は不明。広い庭にウッドデッキのある1階には3軒のカフェと新刊・古書店が入居しており、面白いことにすべて店内の様子が異なる。

a号室のレトロサイクル&カフェは店主自らがDIYをしており、古さを活かしながらも大胆な使い方が印象的。押入れの中板を抜いてお籠もり感のある空間にするのは他でも見かけるが、天袋に梯子をかけてロフトにする使い方は初めて見た。また、テーブルの脚代わりに自転車を見せるやり方もお茶目だった。それ以外にもDIY好きなら、「これは使える」とにやりとしそうなアイディアが満載で、これを見るだけだけでも訪れる価値はある。

そのお隣の俵珈琲はご夫婦のDIYによるもので、さらにそのお隣の星子スコーンは一転、プロの手によるキレイ系の改修が行われており、前者はナチュラルな、後者は白とブルーを基調にしたヨーロッパ風な内観。最初に聞いた時には同業が3軒並ぶのはどうかと思ったが、インテリアはもちろん、提供されるコーヒーや食べ物も異なり、それぞれに違うファン層がいるのだとか。確かに内装を見るだけでそれがうかがえ、逆に順に訪ねてみたいという気になった。

もう1軒は新刊、古書ともに扱う書店で日替わりで店主が変わるという面白い経営方式のせんぱくBookbase。書籍はテーマごとに並べられており、この本がここに並ぶか!という一般の書店にはない驚きがある。また、書店内部にはかつての和室がきれいになって残されており、ここを利用してイベントが開かれたり、ママたちの一休みの場になったりもするとか。

1階はもう一部屋改修中の部屋があり、近いうちに地元の若い店主によるバルが誕生する予定。こちらもおそらくは全く違うテイストの部屋になるはずで、開店が楽しみだ。

左上から時計回りにレトロサイクル&カフェ店内、せんぱくBookbase店内、その畳スペース、星子スコーンの店内左上から時計回りにレトロサイクル&カフェ店内、せんぱくBookbase店内、その畳スペース、星子スコーンの店内

家賃の安さと不動産会社がまちを変える

2階の廊下と入居されている方の室内。レトロな雰囲気がたまらない2階の廊下と入居されている方の室内。レトロな雰囲気がたまらない

通常は非公開の2階も見せていただいた。こちらは入った途端から古さを感じる空間で階段を上がると広い廊下の両側に窓が並び、まるで学校のような雰囲気。6畳ほどの個室はあみぐるみ作家のアトリエ、建築デザイン事務所、フランス額装のアトリエ、イラストレータの工房などとして使われており、現在は3室が空いている。うち、1室は学生などの若者を中心に最長1年間は安く貸す予定となっているそうで、一般に向けて募集されているのは2室。どこかにいずれは創作の場を持ちたいと思っているならチャンスだろう。

ところで、安くDIY可物件が借りられるのはせんぱく工舎、店舗だけではない。

殿塚氏が扱っている物件の大半は、せんぱく工舎同様、自ら所有者にアプローチしたもの。空き家の中には所有者が改修する費用が負担できないがために空き家であり続けるしかない物件が多数あるが、殿塚氏はそうした物件を自社負担で改修、市場に出しているのだ。

「雨漏りしていたり、水道、給湯が使えない部屋や10年以上空いているのにローンを払い続けているという家など、所有者が絶対に貸せないだろうと思っている不動産を出費は負担するから貸して欲しいと頼み、固定資産税額程度の家賃で貸してもらうこともあります。自社で最低限の改修をし、あとはDIY可として貸しているのですが、住居プラス工房やアトリエとして使いたいというアーティストやモノ作り系の人たちには逆にそれが喜ばれる。たまにキレイでそのまま住める部屋の場合には、DIYできないけれどいいですか?と聞くくらいです」。

八柱周辺でなら、家賃が安く好きにDIYができる部屋が探せるのである。これを魅力と感じている人が少なくないことは路面店増加の様子からもよく分かる。今後もこの流れが続けばこのまちはまだまだ変わるはず。家賃の安さと不動産会社がまちを変える。そんな、これまで無かったようなことが起こるかもしれない。

2019年 03月28日 11時05分