不動産会社もお手上げ状態、三重苦物件再生に至るいきさつ

改修前の室内。一般の人だと、これだけ見てもどう変わるかは想像できない改修前の室内。一般の人だと、これだけ見てもどう変わるかは想像できない

今回、リノベーションの舞台となったのは東急目黒線武蔵小山駅から少し離れたところにある林試の森公園近くの木造アパート。この周辺は細い路地に古いアパートなどが残されている地域が多く、この物件も築50数年、1階、2階にそれぞれ1室のみという小さなものだった。しかも、物件が面している道は元水路で建築基準法上の道路ではない。そのため、再建築不可、つまり、建替えのできない物件である。そのうえ、土地の所有形態は借地権で購入後も借地料を払う必要があるし、契約には年限もある。さらに水道管、ガス管が他人の敷地内を通っており、交換などが難しいという、言ってみれば三重苦を抱えていた。

所有していた不動産会社は1階に居住していた前所有者から買いはしたものの、賃貸できずにお手上げ状態だったという。それを見つけたのが自身も不動産会社鈴元に勤務する岩崎祐一郎氏である。「空室のリスクの低い都内で、10年でならして10%以上の利回りが取れる物件を探しており、そこでこの物件に目を付けました」。

最近、首都圏ではこうした、マイナス条件のある物件を投資用として購入する例が多く、再建築不可程度のマイナスならあっという間に売れる。だが、今回の物件はその他にもデメリットがあったため、百戦錬磨の不動産投資家も二の足を踏んでいたものと思われる。

もちろん、一人だけでなんとかできるわけではない。頼もしい味方がいた。リノベーションを手掛けるルーヴィスの福井信行氏である。「RC造と比べ、木造住宅はいくらでも修理は可能。ただ、掛けた費用にふさわしい賃料が取れるかどうかが問題で、この場所ならそこそこの賃料で貸せると踏んだ。そこで見に来てすぐに買い付けを入れてもらいました。売り主の不動産会社は『本当に買うんですか?』と驚いていたようです」。

福井氏は建築の知識、経験があるだけでなく、賃貸管理に携わっていたこともあり、こうした場合、建物ではなく、不動産的観点から考えるのだという。懸案の水道管、ガス管が平成13年敷設でまだ新しく、万が一交換となっても、現在道路として使われている水路を利用できることが内々ではあるものの、確認できたことも大きかった。

カリアゲは物件所有者の費用負担のリスクを軽減する仕組み

カリアゲの資金的な仕組み。ルーヴィスでは以前、ユニットを組んで同様の仕組みで古いアパートを再生したこともあり、実績があるカリアゲの資金的な仕組み。ルーヴィスでは以前、ユニットを組んで同様の仕組みで古いアパートを再生したこともあり、実績がある

物件価格は1,000万円を切るくらい。そこにリノベーションを施すわけだが、今回、その費用はルーヴィスが負担する。その代わり、リノベーション後6年間は所有者である岩崎氏から安く借上げ、それを貸した賃料差からリノベ費用を回収するという形になる。これをルーヴィスではカリアゲという名称の仕組みとして今後、推進していきたいと考えている。

リノベーション費用は独自の方法で見積もった。「具体的には延べ床面積×13万円の改修費をベースにそこに不測の事態を想定してみました。ここは上階、下階で50m2ほどなので650万円+100万円ほどでできるかと思っていたら、建物は腐っているわ、床は傾いているわ、土台も溶けたような状態でジャッキアップして基礎を作り直すことに。最終的には850万円くらいかかりました」。

古い家は開けてみないと分からないとよく言われる。開けてみたら当初想定より多く費用が掛かるということも多く、その部分を負担しなくて良いのは所有者からするとありがたい限り。岩崎氏も「改修費用のリスクを軽減できるカリアゲが利用できなければ、物件購入には至らなかったと思います」と言う。

とはいえ、この仕組みが成り立つのは限定された地域だけなのではないかと聞いてみると、「東京なら一部のエリアを除けば、たいていの地域の空き家を解消できると思っています。ただ、当初は賃料相場の高い品川区、目黒区、谷根千エリアなどでの成功例を作り、それを広めていく形にしたいと思っています」。すでにいくつか相談も来ているそうで、こうした形で空き家が活用されるのは面白い。

だが、所有者の中には費用負担のリスクを軽減してもらっているにも関わらず、より高く貸したいと欲張る人もいらっしゃる様子。「その際には請負で工事だけをすることになりますが、借り上げる形と請負のみでは6年間で見て所有者に入るお金は空室期間も考慮すると1割増えるか、増えないか。どの方法を選択するかは人それぞれですね」。リノベーション実績の豊富な福井氏の情報発信力を考えると、個人の所有者が借りる人を選ぶリノベ物件を一般の不動産会社で募集するのは不利だろうと思うが、それでもより収益を高くしたいと考える人も少なくないわけだ。

10年後、20年後も住み続けられる物件を念頭にリノベーション

1階室内。左が全景。左側のタイル部分のみ手を入れられないが、その他はいくらでも可。右はトイレ、洗面。バスルームはなく、シャワーブースが用意されている1階室内。左が全景。左側のタイル部分のみ手を入れられないが、その他はいくらでも可。右はトイレ、洗面。バスルームはなく、シャワーブースが用意されている

リノベーションにあたっては構造に予算を割いた。「再建築不可の物件なので、今回手を入れることで10年後、20年後も住み続けられる物件にしようと考えました。請負でやる時は、多くのお客さんは予算の大半を仕上げに使われます。でも、木造の改修を自分でやるなら耐震、断熱、遮音などの性能を上げるため、構造にお金をかけようと考えたのです」。

だが、収益を考えて行うリノベーションのため、予算は限られる。「建物全体をジャッキアップして持ち上げ、基礎を打ち直して土台を作り、ジャッキアップした建物を下げ、柱、梁に金物を入れ、断熱、遮音。ここまでで設備備品も入れると予算の7~8割を使ってしまったので、仕上げは入居者に委ねようと思いました。だから内装は最低限しかやっていません。上階は断熱材が見えている状態のままなほどです」。

構造、仕上げ、どちらに予算がかけられた物件を良しとするかを入居者に問いたいという気持ちもあったという。また、最近増えつつあるDIY可物件としてもチャレンジしてみたかったという。

「『なんでもかんでも自分でやってください』では入居者も困ると思う。そこで、そのままでも住めるけれど、DIYしても住めるという状態にしてみようと思ったのです。やりたければ色を塗ったり、棚を吊ったり、壁を抜いたり、付けたり、なんでもOK。原状回復も必要ありません」。

物件に共感を覚える人だけに告知、入居へ

2階。天井には断熱材が見えている。右側にキッチン、この部屋にはバスルームが設置されている2階。天井には断熱材が見えている。右側にキッチン、この部屋にはバスルームが設置されている

もうひとつ、募集でもチャレンジをしてみたという。一般的には広く多くの人に告知したほうが入居者を集めやすくなる。だが、今回はカリアゲのフェイスブックページだけで告知、会社のホームページなどには全く掲載しなかった。「なるべくコアな人に借りて欲しかったので、個人のフェイスブックに投稿して、その投稿を友人数名がシェアしてくれただけで、ひっそりと募集をしました」。

だが、解体が終わった時点で連絡をしてきたカップルがおり、取材直前に上階の部屋を契約したという。「リノベーション終了まで3カ月以上はかかるので、それでも良ければと、予約申し込みという形で受け付けました。完成までの間に気になる物件が出てきたら、そちらで決めていただいていいですからとも伝えてありましたが、完成をずっと待っていていただき、形が見えてきたところで下見に来てくれ、予想以上に反応が良く、そのまま契約になりました」。

建築設計などに携わるカップルだそうで、彼らがどのようにこの部屋を変えていくのかが楽しみと福井氏。「住む人が代々部屋をグレードアップしていくような形になれば面白いと思う。こういう物件が100件ある時代になったら、妙な改装をする人が出る可能性もあるものの、前例のないような物件であれば共感してくれる人しか借りようとは思わないはず。であれば、この物件をより良くする手の入れ方をしてくれるんじゃないかなと思います」。

空き家が時間とともにグレードアップする部屋に。そして所有者に収益をもたらす物件に。こうした仕組みが一般的になってくれば、空き家は厄介者ではなく、宝の原石と思わるようになるかもしれない。そんな日が来ることを楽しみにしたい。

ちなみに1階の部屋は取材時には募集中だったが、その後、3週間しないうちに契約に。福井氏の試みはうまく行ったわけだ。

ルーヴィス
http://www.roovice.com/

2015年 05月25日 11時06分