建てたがらない建築士・いしまるあきこさんが考える「名建築」とは?

いしまるさんがシェアオフィスとして運営している中銀カプセルタワービルのカプセル(部屋)<br />写真:蔵プロダクションいしまるさんがシェアオフィスとして運営している中銀カプセルタワービルのカプセル(部屋)
写真:蔵プロダクション

古い建物や空き家を活用している、一級建築士のいしまるあきこさん。その活動範囲は建築にとどまらず、解体が決まった建物でその建物の記憶をたどる展覧会を開いたり、「空き家開き」と称して空き家でトークイベントを開いたりといった、イベントプランナーのような仕事まで多岐にわたる。
その根底にあるのは、「この建物を残したい、活かしたい」という想いだ。

「自分にとっては当たり前のことすぎて、今では名乗っていないのですが…」と言うように、いしまるさんはこれまで一貫して「建てたがらない建築士」というスタンスを取ってきた。きっかけは、同潤会アパートとの出会いだった。

「1996年の予備校時代、同潤会代官山アパートを案内してもらう機会がありました。その際に、『ここは壊されて、新しい建物が建つんだよ』と聞かされて、こんなに素敵な建物がなぜ壊されてしまうんだろう、と思ったんです」

その後、大学生になったいしまるさんは、2003年に解体された同潤会青山アパートにも魅せられ、一時は保存運動にも参加していた。建物を解体するのは、新しく建て替えるためだと分かり、その頃には設計製図の課題の架空の設定の中ですら、何かを壊して建てることをせず、空地や駐車場などを活用する提案をしていたそうだ。
こうした記憶と経験が、いしまるさんが行っている”建物を活かす”活動につながっている。

「名建築って何だと思いますか? 私は、いまでも使う人がいて、『残したい』と積極的に思われ、そして誰かが行動することで実際に残されている建物のことだと考えています」

だから、いしまるさんは建物を”使うこと”で”残そう”とする。黒川紀章が設計した集合住宅、中銀カプセルタワービルの部屋を借りて使用しているのも、その一環だ。

「中銀カプセルタワービルを使い始めた当初は、建物内に人けがなく、廃墟のような雰囲気が漂っていました。そこをシェアオフィスとすることで、定期的に人が来る状態を増やしています」

中銀カプセルタワービルのわずか10m2のカプセル(部屋)を借り、しばらくはそこに住んでいたが、猫と暮らすため引越すことに。自身の事務所として使っていた時期を経て、現在では2部屋をシェアオフィスにしており、合計15名の会員がその部屋を入れ替えで利用する。会員には、この建物の保存・維持に貢献したいという人もいれば、立地のよさで借りている人もいるという。理由は様々だが、いしまるさんからすれば、中銀カプセルタワービルの建物と部屋が使われること自体に意味があるといえる。

中銀カプセルタワービルは分譲マンションのため、複数のオーナーがいる。一部のオーナーたちによって保存・再生プロジェクトが立ち上げられたが、最近いよいよ建替えが現実的になってきている。
「ここがどうなるかはまだわかりませんが、使い続けることで活かして、ここを使った人たちの中にカプセルの記憶を、いままさにつくっています」と、いしまるさんは語る。

ペットOKなのに入居できない?猫と引越す難しさ

5年前、いしまるさんは猫を保護したことで中銀カプセルタワービルを出て、平井にある夫が住む築50年の元写真店の家へ移り住み、2匹の猫と暮らしはじめた。
しかし大家の都合で引越しが必要になり、猫たちと暮らせる家を探し始める。保護して一緒に暮らす猫たちは5匹まで増えていた。いしまるさんにとっては初めての、猫と暮らせる家探し。そこでわかったのは、猫を飼う人にとって物件探しはとても難しいという現実だった。

「猫が飼える物件というのは本当に限られているんです。そもそもペット可の物件が少ないのに加え、ペット可の中でも、飼えるのは小型犬だけというケースがあります。また、飼えるとしても猫1~2匹までという物件が多く、5匹の猫と暮らせる家を普通に探しても、見つけるのはほぼ不可能です」

物件情報サイトで探しても条件に合う物件がなく、平井のまちを歩いて探した。そんな中、数年前に見かけた空き家をふと思い出し、家主と直接交渉。猫5匹の入居やDIYを許可してもらい、借りられることになったのだという。

物件は築60年ほど。戦後に建てられた木造の2軒長屋だ。外壁は板の端を少し重ねて貼っていく下見板張りで、「防火などの面で、いまでは新築で使うのが難しいものです」といしまるさん。
都内では、戦前の建物は関東大震災の影響などで残っていないことが多い。一般住宅であっても、こうした木製の建材や建具は今や貴重だ。

「この家を残したいと思って、ここに住むことを決めました。もちろん古い木造家屋なので、暑さ・寒さが厳しいといった問題もありますが、それがわかったうえで住んでいますし、できる範囲で断熱をして対策しているので、そこまで困ってはいません」

「平井ねこのいえ」内観。壁に設置された「ねこだな」が特徴的だ <br />写真:蔵プロダクション「平井ねこのいえ」内観。壁に設置された「ねこだな」が特徴的だ
写真:蔵プロダクション

猫も人も快適な住まい

壁・天井ともに漆喰で白いため、光が全体に回って室内は明るい。ねこだなは棚に穴が開いており、階段のように使って上まで登ることができる <br />写真:蔵プロダクション壁・天井ともに漆喰で白いため、光が全体に回って室内は明るい。ねこだなは棚に穴が開いており、階段のように使って上まで登ることができる
写真:蔵プロダクション

この物件は、10年間空き家のままだったこともあり、まずは住めるように修繕するところから始まった。いしまるさんはそのすべてを自分たちで行ったという。

雨漏りの修理のために、天井を抜き、梁が見えるようにした。猫たちが上まで登れるよう、棚の数か所に通り穴を開けた「ねこだな」を壁に設置。家具は、床面積と猫たちのことを考えてほとんど置いていない。居間は3畳と4畳半の続き間だが、天井が高いのと、物が少ないために広々と見える。「和室は、猫たちと視線が近く、猫が安心できるので、猫たちと仲良くなりやすいと思っています」といしまるさん。確かに、テーブルや椅子中心の生活よりも、猫との距離が近く感じられる。

「壁には、水に強く、消臭効果も高い土佐漆喰を塗りました。それから、猫が破ってしまいがちなふすまや障子は、猫の爪にも強い丈夫なものに変更しています」

5匹の猫たちは、それぞれに居心地の良い場所を見つけ、思い思いにのびのびと過ごしている。建築士であるのに加え、ペットシッターであり、猫の習性をよく知るいしまるさんだからこそ、猫も人も気持ちよく暮らせる部屋を作ることができているのだろう。

猫と暮らせる物件探しの苦労を実感したいしまるさんは、「自分たちで猫向け賃貸を作ろう」と、住居の奥の家を改装し、貸し出している。
こちらの家は猫3匹まで入居可。飼い主の不在時には、いしまるさんに餌やりなどの世話をお願いすることもできる。洗濯機置き場は外、トイレは和式など、古い家ならではの不便さはある。それでも、猫と一緒に暮らしたいという人が次々と見学に訪れているそうだ。
さらに、数年前に購入していた大田区羽田の空き家を「羽田ねこのいえ」として制作中だ。こちらは築50年、延床面積25m2の2階建て。「ねこだな」などの家具、漆喰の壁など猫向けの仕様は同じ。コツコツと少しずつ、自分たちの手で作業を進めている。

家を活かし、生かすのは人。残したい家は自ら使う

いしまるさんが開催した「空き家開き」のようす。空き家を使ってトークイベントを行った <br />写真:蔵プロダクションいしまるさんが開催した「空き家開き」のようす。空き家を使ってトークイベントを行った
写真:蔵プロダクション

「建物は、残したいと思う人がいて、なおかつ行動する人がいないと残りません。残したいと思ったら、自らが所有するか、使うべきだと思うんです」と、いしまるさんは言う。

「形だけ残っていて人が使っていない建物は、私にとっては、魂の抜けた抜け殻のように感じられます。そのような状態で残す意味はあるのかなと疑問に思います。それよりは、使う人・住む人がいてくれた方がいいのではないでしょうか。建物を残すときに、竣工当時のままの姿で残すやり方もありますが、それでは現代の生活スタイルに合わないこともありますよね。今は和式トイレを使えない人も増えてきていますし…。建物を活かすには、使う人の適応力や使い方に応じて、必要な部分だけ変えることも必要なのかなと思います」

ただし、いしまるさんは、「せっかくお金をかけてリノベーションしても、何も問題を解決しないこともあります」と言う。
「本来は、住む人や使う人が決まってから、その人にはリノベーションする必要があるかどうか、するとしたらどの程度変えるのか、などを決めるべきなのではないでしょうか。改装やリノベーションは手段であって、目的ではありません。なぜかリノベーションでお金をかけたがる人が多いですが、お金をかけるところを間違うと、かえって悪くなることすらあります。お金の使い道はよく考えた方がいいですし、かけなくていい場合も多いと思っています。今は目的と手段が逆になってしまっていることが多いように感じられますね」

誰もが考える名建築だけではなく、「平井ねこのいえ」のような、まちに溶け込んだ建物の中にも残すべきものはある。
「今後、残したい建物が見つかったら、ここを誰かに貸して、自分たちがそちらに移り住むこともあるかもしれません」といしまるさん。建物を残すための活動は、これからも続いていく。


■取材協力先
いしまるあきこさん
http://ishimaruakiko.com

カプセル1972
http://capsule1972.com

2018年 10月18日 11時05分