江戸の町並みを残す高山三町地区

中央の赤い部分が伝建地区。地区内に12の保存会が結成されていて、祭礼や防災訓練など独自に町並み保存活動を行っている。青で記された景観保存地区にも13の保存会がある。伝建地区、景観保存地区すべての保存会で景観町並保存連合会を組織。横のつながりも強い中央の赤い部分が伝建地区。地区内に12の保存会が結成されていて、祭礼や防災訓練など独自に町並み保存活動を行っている。青で記された景観保存地区にも13の保存会がある。伝建地区、景観保存地区すべての保存会で景観町並保存連合会を組織。横のつながりも強い

いつ訪れても、情緒あふれる風情で迎えてくれる岐阜県高山市は、その趣から小京都とも称されている。
江戸時代の面影を残す三町地区は「古い町並」と呼ばれ、国内だけでなく外国人も多く訪れる有数の観光地。
江戸後期から明治にかけて建てられた、伝統様式の建物が連なるこの地域は、昭和54年(1979年)には国の重要伝統的建造物群保存地区(以下、伝建地区)に選定。その後平成16年(2004年)には、三町北側の下二之町、大新町(おおじんまち)が加わり、南北に2つの伝建地区が連なる形となった。

町並みが保存されてきたのには、行政や住民の努力があったことは想像に難くないが、具体的にどんな取り組みがなされてきたのだろうか。
高山市を訪れて取材してきた。

【重要伝統的建造物群保存地区とは】
昭和50(1975)年の文化財保護法の改正により定められた制度で、城下町、宿場町、門前町など全国各地に残る歴史的な集落や町並みの保存を目的としている。市町村から国に申請し、国にとって価値が高いと判断されれば、重要伝統的建造物群保存地区に選定される。選定地区には、修理・修景事業、防災設備の設置事業等に対しての補助や税制優遇措置を設ける等の支援が行われる。
平成29年11月28日現在、伝建地区は、97市町村で117地区。約28,000件の伝統的建造物及び環境物件が選定され保護されている。(文化庁による)

「宮川に清流を」市民運動が町並み保存の発端

①高山市教育委員会文化財課の牛丸さん(左)と、のちに紹介する「上三之町町並保存会」会長の大野さん(右)<br>②「宮川の朝市」でも有名な宮川。今は鯉が泳ぐ美しい川だ①高山市教育委員会文化財課の牛丸さん(左)と、のちに紹介する「上三之町町並保存会」会長の大野さん(右)
②「宮川の朝市」でも有名な宮川。今は鯉が泳ぐ美しい川だ

まず、まちの歴史について、高山市教育委員会文化財課伝統文化係 係長・牛丸岳彦さんに話を聞いた。

「高山は、天正14(1586)年から金森長近により建設された城下町です。城を囲む東の高台を武家の住まい、西の少し低くなったエリアが町人地として区割りされ、宮川と江名子川に囲まれた東西約500m、南北約600mのエリアに城下町が形成されました。
町人地は一番町、二番町、三番町と南北を走る3本の通りを中心にした地区が作られ、これが今の一之町、二之町、三之町となっています。

元禄以降、飛騨は幕府直轄となり高山陣屋において177年にわたり幕政が敷かれました。春・秋の高山祭が始まったのはこのころです。高山は、旦那衆と呼ばれる商人を中心に、明治初期には人口1万4,000人と岐阜県下一番の都市に発展していきました」

その後、昭和9(1934)年の高山線開通を機に、他の地区に遅れながらも高山の近代化が始まった。徐々に観光客が増え始めたのは昭和30年代後半のことだという。

高山の町並み保存を紐解くと、昭和30年代後半から始まった市民運動にさかのぼる。観光客の増加が目立ち始めたころだ。
発端は「宮川に清流を」という子どもたちの活動。今は鯉が泳ぐ清流として観光客の目を楽しませてくれる宮川だが、実は一時期、汚水やゴミが流れる川だったという。

「生活用水として利用していたころは川の清掃も盛んでしたが、暮らしの変化と人口の増加により宮川は汚れが目立ち魚の姿も少なくなってしまいました。危機感を覚えた有志たちが始めたのが子ども会をあげての宮川の清掃でした。清流を取り戻した川に子どもたちのお小遣いで買った魚を放流。岐阜国体の開催も相まって、次第に大人も巻き込み市民運動へと発展していったのです」(牛丸さん)。

祭りで培った連帯感を基盤に12の保存会が活動

川を美しくする活動と時期を同じくして町並み保存の気運も高まりを見せ、保存会の発足にもつながっていくこととなった。

高山祭はご存知の方も多いだろう。春は12台、秋は11台の絢爛豪華な屋台の曳き揃えが目玉となっているが、町並み保存会はおよそこの屋台組ごとに結成されている。昭和40(1965)年ごろの「上三之町(かみさんのまち)町並保存会」発足にはじまり、現在は伝建地区内だけで12もの保存会が活動していることになる。

牛丸さんは
「高山の町並み保存は、高山祭で培った連帯感なしには語れません。屋台組は祭りのときだけでなく日常生活の中でも地域の共同体としての意識が高いのだと思います」と話す。

祭りが終わればすぐ翌年の祭りの準備が始まる。結婚式や家を建てたり引っ越しをするといった家庭の行事も、祭りを基準にしてスケジュールを組み、屋台組を中心に協力し合うのだとか。当然、祭り以外の行事もみな積極的だという。

例えば、防災訓練。これだけの木造建築が建ち並んでいると、恐ろしいのは火災だ。伝建地区は特に隣家との隙間がほとんどなく、初期消火に手間取ると一気に燃え広がる恐れがある。各町並み保存会では独自に自衛消防隊を結成し、有事の訓練を行っている。

さらに上三之町を含む三町地区では、10年前からグループで連携して初期消火にあたれる火災近隣通報システムを導入。
地区内約100戸に火災モニターを設置。5~8軒を1つのグループとし、モニターをケーブルでつなげているため、火元の家で煙探知機が作動すると非常ベルが鳴り、通報ボタンを押せばグループモニターに「火災です、助けに来て下さい」という音声が流れる仕組みになっている。火元の家人が留守の場合でも、煙を感知してから2分経過すると火災の可能性を近隣住民に知らせてくれる。

「上三之町町並保存会」消防隊長の中林彰さんによると、システム導入から何度か火事を未然に防ぐことができたという。

「昔に比べると、新しい店舗や空き家など夜間は無人になる建物が増えてきました。こうした場所から発火した場合でも、このシステムがあれば大きな火災になる前に食い止めらます。
また、上三之町には全部で6班ありますが、2班ごとに消火栓が3ヶ所、第1班については各戸に消火器を設置。火事の際は、住民がより迅速に初期消火にあたれるようにしています。年に一度の防災訓練には、ほぼすべての住民が参加していますし、ここでも祭りの連帯感が生きていると思います」(中林さん)

①高山祭の最大の魅力、屋台の曳き揃え。この屋台組を母体に町並み保存会が作られている<br>②保存会独自で自衛消防団を結成しており、年に一度は住民参加の消防訓練が行われる<br>③各戸に取り付けられた火災近隣通報システムのモニター。左側の赤いパネルを押すとグループに通報される。ほかにも上三之町では、伝建地区に選定されて以降、可搬ポンプと半公設消火栓を設置し防火対策を行っている<br>④火防(ひよ)け・火伏の神として信仰されている①高山祭の最大の魅力、屋台の曳き揃え。この屋台組を母体に町並み保存会が作られている
②保存会独自で自衛消防団を結成しており、年に一度は住民参加の消防訓練が行われる
③各戸に取り付けられた火災近隣通報システムのモニター。左側の赤いパネルを押すとグループに通報される。ほかにも上三之町では、伝建地区に選定されて以降、可搬ポンプと半公設消火栓を設置し防火対策を行っている
④火防(ひよ)け・火伏の神として信仰されている"秋葉様"。火の用心の意識を高めるために建てられた祠は、伝建地区とその周辺に66もあるという。こちらも町並み保存会ごとで年に3度祭礼が行われている(①②④写真提供:高山市役所)

独自マニュアルで統一感を保つ

高山の“高山らしい”風景といえば、軒を連ねる町家だが、この町並みひとつとってみても保存会の尽力なしには語れない。
伝建地区であるから当然、建物のちょっとした工事も市や保存会の了解を得る必要があるが、「上三之町町並保存会」ではさらに「美しい町並を保存するために」という独自のマニュアルを作り、町並みの維持に努めている。

内容を見てみると
・道路に面する住居、店舗の屋根は3/10勾配以内とする。
・住居、店舗は1階の道路に面する部分には、その場所にふさわしい格子またはしとみを設けるものとする。
・旗差物は使わない。
・長椅子は木製で単純な形とする。6尺以内、濃茶色に塗る。
など。建物の高さ、色といった外観から、看板にいたるまで細かい保存基準が掲載されているのに驚いた。しかし、これは強制ではなく基準。

同保存会会長の大野二郎さんは
「あくまで申し合わせ事項ということです。くみ取ってください協力してください、ということなんですよね。昔から住んでいる人が商売をたたんで、家を貸したり売ったりすることも増えてきました。新しく入ってきてお店を出す人にとっては物が売れればいいわけですが、私たちはそうではない」と話す。

建物の保存優先という前提が常に頭にある住人と、新規参入者の意識をすり合わせることは簡単ではない。37ページにわたる申し合わせ事項には、高山の沿革であるとかこれまで町の人々がどのように暮らしてきたのか、このまちの歴史的な意味合いといったことも掲載されており、新しくまちに入ってきた人たちにも連帯感をもって町並みの維持に協力してほしいという意図を感じさせるものとなっていた。

「上三之町町並保存会」で発行している「美しい町並を保存するために」。保存基準がイラストや写真入りでわかりやすく提示されている「上三之町町並保存会」で発行している「美しい町並を保存するために」。保存基準がイラストや写真入りでわかりやすく提示されている

当たり前の生活を続けることが町並み保存につながる

歴史ある町並みを維持していくための住民の苦労について大野さんに尋ねてみると

「町並みに対する誇りはあるけれど、“守る”ということをそこまで強く意識しているわけではないと思います。高山の人は、ほかより派手にしてやろうとか、抜きん出ようとする人はいません。“構わない”というのが正しいのかもしれませんね。つまり、あれこれ新しくする必要はないということ。昔からやってきたことを普通に続けているという感覚なんじゃないですかね。

例えば、毎朝家の前の道を掃いたり、水路の水をひしゃくで掬って水まきをするといったことは、われわれにとっては当たり前の習慣のようなもの。こうした日々の暮らしが、おのずと町並みの保存につながっているのだと思います」
と話してくれた。


どんどん新しいものを取り入れて変化を遂げるまちもあれば、大きな変化を好まずマイペースでいたからこそ維持されてきたまちもある。
祭りを中心に連綿と続いてきた生活を、当たり前に紡いでいく。それがこの先も変わらない高山の町並み保存の本質なのだろう。

軒を連ねる町屋。大野さんは、一級建築士として伝統建築の保護修復を手掛けている。「屋根が小庇よりも大きく、通りに向かって出ているから、向かい合った家々の屋根が通りを包んでいるような雰囲気にも思える。家の前に水路があることで、深みと面白味がでているのも特徴的です。あとは道幅。上三之町の場合、水路を含めて道路幅はおよそ二間(約4m)以内とだいたい決まっています。これは玄関を出て向かいの家の人と普通の声でしゃべることができる距離」と教えてくれた。計算されて造られたのかどうかは不明だというが、町が醸し出す一体感や淑やかな風情はこういったことに由来するのだろう軒を連ねる町屋。大野さんは、一級建築士として伝統建築の保護修復を手掛けている。「屋根が小庇よりも大きく、通りに向かって出ているから、向かい合った家々の屋根が通りを包んでいるような雰囲気にも思える。家の前に水路があることで、深みと面白味がでているのも特徴的です。あとは道幅。上三之町の場合、水路を含めて道路幅はおよそ二間(約4m)以内とだいたい決まっています。これは玄関を出て向かいの家の人と普通の声でしゃべることができる距離」と教えてくれた。計算されて造られたのかどうかは不明だというが、町が醸し出す一体感や淑やかな風情はこういったことに由来するのだろう

2018年 11月14日 11時05分