役目を終えた小学校を舞台に、地域の魅力発信の拠点へ

海と空の青に映える真っ白な校舎。外観は小学校そのままだ。ユクサおおすみ海の学校は、2018年7月15日、開校式を迎えた。旧菅原小学校の歴史を、新たな形で紡いでゆく海と空の青に映える真っ白な校舎。外観は小学校そのままだ。ユクサおおすみ海の学校は、2018年7月15日、開校式を迎えた。旧菅原小学校の歴史を、新たな形で紡いでゆく

少子化による児童数の減少や過疎化による統廃合で、毎年約500もの公立学校が廃校となっているという。(平成14~27年度の廃校数は6811校。文部科学省「みんなの廃校プロジェクト」より)
明治以来、学校は地域の中でも重要な役割を担ってきた。子どもたちの教育の場のみならず、地域の寄り合いや年中行事、あるいは防災時の拠点など、地域の社会的な拠点も兼ねている。特に小学校は、地域コミュニティの原単位と言っても過言ではない。廃校は免れないとしても、何か別の形で、その土地の人々の共有資産を、拠り所を、残していくことはできないだろうか…。

今回訪ねたのは、鹿児島県鹿屋市の「旧菅原小学校」跡地。大隅半島の中ほど、鹿児島空港から車で約1時間走ったところにある同校は、平成25年3月、統合により明治25年から120年続いた小学校としての役割を終えた。しかし、2018年年7月、閉校から5年の時を経て、旧菅原小学校は「ユクサおおすみ海の学校」(以下、ユクサ)として新しいスタートを切った。大隅半島の素朴で魅力あふれる日常生活を、暮らすように泊まって体験する、体験滞在型宿泊施設だ。地域の人々と連携し、様々な体験プログラムを提供する。

地域の小学校から、地域と織りなす新たな体験と観光の拠点を目指すというユクサが描く未来について、お話を聞いてきた。

地域の日常こそ最大の資源

左から、鹿屋市長の中西茂氏・カタスッデ代表の川畠康文氏・ブルースタジオ代表の大地山博氏左から、鹿屋市長の中西茂氏・カタスッデ代表の川畠康文氏・ブルースタジオ代表の大地山博氏

旧菅原小学校は、錦江湾を望む高台にあり、三方を海に囲まれた抜群のロケーションを誇る。再生に乗り出したのは、全国で数多くのリノベーション事業を手がけるブルースタジオ(本社:東京)と、鹿屋のまちづくりに力を注ぐ大隅家守舎。2社の役員による出資で運営会社の株式会社カタスッデを設立し、公募を経て、同校を鹿屋市から借り受けた。

「訪れたとき、閉校から数年経つのに、校庭の花壇のコスモスが咲き誇っていたんです」
そう語るのは、カタスッデ代表の川畠康文さん。いまだ地域の人々に大切にされ続けている場所なのだろう。これをヒントに、彼らはここを"地域の人々が活躍するおもてなしの拠点"にしようと思いつく。

施設内には大隅の地元食材を使った料理を振る舞う食堂を備え、BBQや釣り・SUP・シーカヤック・サイクリングなどの体験プログラムを提供。今後は地域の人々と連携し、さらなるアクティビティの充実と、一次産業や文化などの学習・体験プログラムの構築を図る。

大隅半島は雄大な自然や豊かな食、文化、それらを楽しむ遊びの宝庫だ。これまであまり観光と縁がなかった場所で、地域の日常こそ最大の資源と捉え、地域の人々と共に「おおすみ」を体験する、そんな次世代ツーリズムをつくるのがユクサの構想。彼らが目指すのは高級リゾートではない。地域の人が手づくりで、みんなでおもてなしする「場」である。ちなみに、社名の「カタスッデ」は、大隅の言葉で「あなたも一緒に仲間になろう!」という意味だそう。

食べる・つくる・遊ぶ・買う・学ぶ。まるごと楽しむ大隅の滞在拠点

宿泊スペースは、主に校舎の2階部分。グループで泊まれる貸し切り大部屋が5部屋と、1人旅向けのドミトリーが2部屋、個室2部屋を合わせると最大116名が宿泊できる。修学旅行やスポーツ合宿など、団体ニーズの受け皿としても期待されている。

宿泊料金は1人あたり3900円〜(朝食付き)とリーズナブル。ならば、ここはぜひ泊まってゆっくりと満喫したいところ。例えばこんな具合だ。
チェックインの後、歩いて10分ほどの荒平天神までお散歩。その後夕食はクラウドファンディングで完成したテラスでBBQを楽しみ、暗くなったらそのまま天体観測。体育館で本気の卓球勝負をして、クタクタになって就寝。朝、食堂で朝食をしっかり食べた後は、海へ。SUPやシーカヤック、はたまた自転車を借りて佐多街道のロングライドに出かけてもいいだろう。想像するだけでも、1日や2日では遊び尽くせない。
食堂(さのぼい)と、みやげ物店(いえづと)は、カタスッデの直営。さのぼいでは大隅の海のもの・山のものを日替わりでランチ提供している。いえづとにはいずれ、地元生産者さんの委託販売コーナーを設ける予定だという。

さて、施設には、カタスッデ直営以外にも3つのテナントが入居する。
フロント横に入居するkiitos(キートス)は、カカオ豆からチョコレートができるまでの全工程を自社で行う全国でも珍しい”ビーン・トゥ・バー“チョコレートの製造工房&ショップだ。風味や舌触りに一切の妥協を許さないこだわりのチョコレートは、すでに各地からの引き合いも強いそう。

1階の元音楽室に入居するのは、シルクスクリーン印刷工房のsuddo/(スッド)。Tシャツやトートバッグに自ら製作したデザインで印刷できる。子どもが描いた絵を転写するワークショップが人気のよう。kiitosとsuddo/は、障害者支援施設のNPO法人Lankaが運営し、障がいのある方の就労支援も担っている。

そして、体育館の一角に入居するのが、サイクルショップ鹿児島FunRide(ファンライド)。本格的なロードバイクのレンタサイクルや販売、様々なサイクルツアーイベントを企画する。実は、大隅半島はロングライドツーリングに最適な地。ユクサ周辺の佐多街道は、車通りも少なく海岸沿いを走る絶景のコースだ。マリンスポーツとともに、ユクサのアクティビティを盛り上げる。

kiitosの工房と販売ブース。チョコレートの包装は桜島を模した形だ(写真上)いえづとで販売するお土産物には、それぞれに物語があるという。スタッフこだわりのセレクト品ばかりだ(写真左下)suddo/のシルクスクリーン体験。この日は子どもたちがそれぞれママと一緒に製作していた(写真右下)kiitosの工房と販売ブース。チョコレートの包装は桜島を模した形だ(写真上)いえづとで販売するお土産物には、それぞれに物語があるという。スタッフこだわりのセレクト品ばかりだ(写真左下)suddo/のシルクスクリーン体験。この日は子どもたちがそれぞれママと一緒に製作していた(写真右下)

廃校活用の留意点

さて、ここで少し収支の話に触れよう。先に述べたように、カタスッデは旧菅原小学校を鹿屋市から賃借し、ユクサを運営している。民間の相場よりも安く借りてはいるが、施設の規模も大きく経年劣化もあるため、賃料よりも工事費や維持管理費がかかる。
旧菅原小学校の校舎は、約40年前に移転新築されたもの。構造は鉄筋コンクリート造だ。しかし、潮風にさらされた建物は、通常よりも老朽化が進んでいた。
貸主の鹿屋市が基本性能改修工事(外壁劣化部分の修繕、体育館屋上防水補修、浄化槽入替工事、電気引き込み工事など)を行い、引き渡しを受けたうえで、カタスッデのリノベーション工事には約7000万円がかかった。補助金は使わず、民間都市開発推進機構の出資1500万円と、クラウドファンディングによる731万円の支援の他、自己資金と融資を利用。集めた資金の多くは、用途変更にかかる設備の投資に回った。例えば学校は建築基準法の排煙規定にかからないため、転用するには排煙設備の設置は必須である。その他、配管・配線・設備機器などを一新した。ぱっと見た感じ、内装は大きく変化しているように見えないが、その実、多くの費用がかかっている。

再生に関して苦労した点を聞かれ、川畠さんは「苦労ばかりですが…(苦笑)一番大変なのはやっぱり資金調達です」と振り返った。
土地・建物は鹿屋市から賃借しているもののため、担保にできない。(仮に譲渡であれ、廃校には不動産としての担保価値がつかないことが多い。)したがって融資の際に評価されるのは、資金力と今後の収益が見込める事業計画のみ。場合によっては融資が下りずに事業が起ちあがらなかったかもしれないのだ。

ユクサの今後の収益については、観光客やスポーツ合宿等の受け入れを見込んで、年間延べ5400人の利用を目標とするという。
「これからここでどういうことができるのか、ニーズの発掘も含めて、ニュートラルに進めていきたい」(川畠さん)

宿泊スペースの様子。左上から順に、校長室(個室)、共用洗面スペース、シャワーブース、ドミトリー、大部屋、職員室(個室)。設備は一新し、黒板や床・壁などの小学校の面影は極力残した。壁の画鋲跡や傷を見つけると、なんだか懐かしさを覚える(写真提供:カタスッデ)宿泊スペースの様子。左上から順に、校長室(個室)、共用洗面スペース、シャワーブース、ドミトリー、大部屋、職員室(個室)。設備は一新し、黒板や床・壁などの小学校の面影は極力残した。壁の画鋲跡や傷を見つけると、なんだか懐かしさを覚える(写真提供:カタスッデ)

子どもたちのために。子どもだった大人たちのために。そして大隅のために

取材で訪れた開校式の日、校庭にはたくさんの地元の方が訪れていた。一緒にテーブルを囲んだご夫婦との会話と、「私も、うちの子どもたちも、この学校の卒業生なんだよ。」という誇らしげな笑顔が忘れられない。既に筆者も、地元の人からの「おもてなし」を受けていたようだ。

「ここは【おおすみを知る】【おおすみへ来る】【おおすみを体験する】きっかけになる場です。ここを拠点に生まれる様々な体験を楽しんで、美味しいものを食べて、色んな人たちと出会って、心に焼き付く思い出をつくってもらいたい。そもそも地元の人間ですら、大隅の日常の魅力に気付いていない人も多いと思います。ここに訪れる人たちと交流することで、ここで働くこと、ここで暮らすことが、とても誇りあることであると気付いて欲しいと願っています。」(川畠さん)

併せて、鹿児島県が行う錦江湾しおかぜ街道景観整備の一部として、ユクサの駐車場部分と、海岸沿いの遊歩道、海に下りる道が今後数年のうちに整備される。遊歩道ができれば、海岸のフェンスが一段下がり、ユクサのBBQテラスからは錦江湾と桜島、開聞岳を眺めながら食事ができるようになるだろう。
来年、5年後、10年後と、ユクサを中心に起こる変化が楽しみである。

ユクサの開校を祝して、鹿屋市漁協の方々が行った大漁旗パレードの様子。海岸沿いの遊歩道ができたら、校舎側からさらに海が見えやすくなるだろう。
ところで、「ゆくさ」とは、「ようこそ」を表す大隅の言葉だ。施設名の「ユクサ」は「ようこそ」と「ゆく(Let's go)」2つの意味から付けたそうユクサの開校を祝して、鹿屋市漁協の方々が行った大漁旗パレードの様子。海岸沿いの遊歩道ができたら、校舎側からさらに海が見えやすくなるだろう。 ところで、「ゆくさ」とは、「ようこそ」を表す大隅の言葉だ。施設名の「ユクサ」は「ようこそ」と「ゆく(Let's go)」2つの意味から付けたそう

公開日: