需要が増える宿泊施設と遊休不動産の活用

1964年に建てられたレトロビルをリノベーションした「HOSTEL 64 Osaka(ホステルロクヨンオオサカ)」1964年に建てられたレトロビルをリノベーションした「HOSTEL 64 Osaka(ホステルロクヨンオオサカ)」

全国に空き家が増える中、同じように課題となっているのが増加している遊休不動産の活用である。
老朽化した中小ビルは、ビルスペックの問題などがあり、事務所等のビジネス用途としては、そのままではテナント誘致が難しい。そんな中、近年増える傾向にあるのがリノベーションやコンバージョンを行い、初期投資金額を抑えつつ、店舗や宿泊施設として活用して収益化を図るモデルである。

特に宿泊施設としては、海外からのインバウンド需要が増える中、民泊の動きなども含めて、遊休不動産の活用が増えつつある。2016年2月29日に観光庁が発表した宿泊旅行統計調査によると、大阪府内の宿泊施設の客室稼働率は85.2%となり、2年連続で全国都道府県で1位。外国人客中心に延べ宿泊者数は増え、日本人客を含む全体で3000万人を突破したという。大阪や京都中心部のホテルは、通年予約が取りにくい状況となっているようだ。政府が進める民泊との動きとあわせて、宿泊施設は需要を見込んだ拡大の方向にある。

今でこそ古い建物を活用しての宿泊施設へのリノベーションの動きは活性化しつつあるが、2010年いちはやく大阪の古いビルをリノベーションし、宿泊施設を立ち上げた会社がある。まだ、“リノベーション”という言葉も一般的でなかったころからリノベーションやコンバージョンを手掛けてきた、株式会社アートアンドクラフトである。アートアンドクラフトが手掛けたその施設の名前は「HOSTEL 64 Osaka(ホステルロクヨンオオサカ)」。当初から、海外からの宿泊客を意識し、その割合は現在9:1で、圧倒的に海外からの旅行客が多いという。稼働率もほぼ100%となっており、現在も予約は困難だ。

そのアートアンドクラフトの代表である中谷ノボル氏が新たに沖縄に宿泊施設を手掛けた、という。2015年12月に沖縄にオープンしたばかりの『SPICE MOTEL OKINAWA』(スパイス モーテル オキナワ)で中谷氏にお話を伺った。

圧倒的なセンスを感じる沖縄『SPICE MOTEL』のリノベーション

『SPICE MOTEL』のもとは、1972年までアメリカの占領統治下にあったかつてのOKINAWAに建てられたモーテルである。場所は沖縄本島の中部地域、今も多くの米軍基地が残る沖縄で、まちには日米のカルチャーが混じった雰囲気が残っている。前の建物…場所の地名にちなんでつけられた「HOTEL KISHABA」は、車で入る休憩可のモーテルであった。

ロビーラウンジに飾られている以前の写真は、セピアで撮られているが、容易にそういった施設であったことがわかる。沖縄でなくてもインター沿いのラブホテルであれば、よく見かけそうな建物だ。ところが、リノベーション後のその姿は、ノスタルジックな雰囲気は残しながら、オールディーズが流れる映画に出てきそうな“横文字のOKINAWA”にふさわしい建物となっていた。

かつてのチェックインカウンターであったであろう離れの建物は、同じくカウンターとしての機能を果たしながら、カフェとしても活用されている。カフェの壁には、「HOTEL KISHABA」の時代に集客のために屋上に掲げられていたネオンサインの一部が飾られている。不思議なことに『SPICE MOTEL』は、かつて「HOTEL KISHABA」であったことを否定しているのではなく、時代を受け継ぎながらそれを超えて洗練された建物となっているのだ。

中谷氏に話を聞いた。
「この物件を見たとき、正直うちの会社でないと活用するのは難しいだろう、と感じました。外から見るとあまり手を加えていないように見えますが、実際は構造もかなり手を入れています。細やかなところまで、残すもの残さないものを精査して、部屋に置くものまでひとつひとつ吟味しました。結局オープンまで一年という準備期間を費やしています。

僕は物件をリノベーションする際、そこに行って何日も何時間もその場所に座っているんです。“よし、これでいこう”と思った最初のインスピレーションから、最後に出来上がるものは実際ほぼ変わりません」という。

物件と向き合いながら、中谷氏の頭の中にストーリーが生まれ、それが細やかなところまで再現されていく…そのプロセスを経なければこういったリノベーションは生まれないのだと感じた。

かつての「KISHABA HOTEL」の外観(写真:左上)チェックインカウンターもリノベーションされた(写真:右上)</br>2階の各部屋への通路は外からの光で明るい印象(写真:左下)</br>部屋はミッドセンチュリーの雰囲気が漂う落ち着いた空間(写真:右下)かつての「KISHABA HOTEL」の外観(写真:左上)チェックインカウンターもリノベーションされた(写真:右上)
2階の各部屋への通路は外からの光で明るい印象(写真:左下)
部屋はミッドセンチュリーの雰囲気が漂う落ち着いた空間(写真:右下)

中谷ノボル氏と住まいとリノベーション

「SPICE MOTEL」の建物一階にあるロビーラウンジ。「ひとつひとつの家具も僕が選んだんです」と中谷ノボル氏。壁には、かつての「KISHABA HOTEL」の写真が飾られている「SPICE MOTEL」の建物一階にあるロビーラウンジ。「ひとつひとつの家具も僕が選んだんです」と中谷ノボル氏。壁には、かつての「KISHABA HOTEL」の写真が飾られている

中谷氏は大学で建築を学んだ後、デベロッパーに入社した、その後転職して建築会社で現場監督を経験したのち独立をする。

「いつかは独立しよう、と思っていたので、大学を出て設計事務所…というのは考えませんでした。まずは、様々な経験を積みたかった。営業を経験し、その後転職し、工事の工程が分かる現場監督を経験させてもらいました。大学を卒業して5年ほどした1994年に独立しました。もともと住宅に興味があって、"住まいはもっと自由でいいのになあ"と思っていたんです。でも独立するときには、勉強を積んだとはいえ、なんのビジネス戦略もなく、仕事のあてもなく、強みもなく、ただ“独立する”という気持ちだけでしたね」という。

「そんな僕の転機は2つあったと思います。
ひとつは、自宅のために古い物件をリノベーションしたこと。独立したてで、お金がないので、全てをきれいにするということができず、残すところは残して…という手の入れ方でボロボロの家を住みやすいように変えた。そうしたら、新しくしたところよりも、残したところの方が味わいがあって、住まいの居心地を高めてくれていることに気がついたんです。すべてを新しくつくるとなるとお金がかかる…でも中古マンションの一室を改装して販売するならできるな、と思って手がけました。最初からすべての人に受け入れてもらわなくてもいい、感覚的には5%くらいの人が反応してくれたらいいな、と思って。そういう人がターゲットなら広告も普通の間取り図やスペックを推す物件広告じゃなく、写真のみで案内を作ったんです。そうしたら、意外に300組もの人が反応してくれて…まだ、リノベーションという言葉も聞かれなかったころです。

もうひとつは1995年の阪神淡路大震災です。あの経験は僕を“家とは何か”という内省に向かせるきっかけとなりました。神戸市と住宅供給公社がつくった施設で働かせてもらったんですが、建物が倒壊し、権利関係の錯綜や建物の構造、耐震補強・部材や建材など総合的な知識が必要となり、現場も営業も設計も知っている自分の知識が役に立つことを実感しました。震災からの復興の時期は、僕にとって、すごく真剣に住まいに向き合い、一生懸命働いた時期となりました」。

宿と住まい、旅と暮らしの境界線とは?

そんな中谷氏が"住まい"ではなく、"宿泊施設"を手掛けるようになったのはどういった経緯だったのだろう?

「大阪でいくつかのマンションの一室をリノベーションしていいましたが、ビルオーナーさんの"オフィスの空き室に困っているが、お金はないし、新しいものは建てられないし"というニーズを聞いて、古いビルの一棟リノベーションの成功例を作ろうと思ったんです。新しい設備がないとオフィスとしては難しいのかもしれませんが、宿泊施設へのリノベーションであれば、全てに手をいれなくても心地よい空間を作ることで、なんとかいけるのではないか、と。

『HOSTEL 64 Osaka』は、1964年に建てられたメーカーの倉庫+事務所+従業員宿舎として使われた建物でした。オーソドックスな外観や建物なので、できるだけ当時の面影を残しながら、宿泊施設として用途変更を伴うリノベーションを施すことにチャレンジしたんです。運用も自分たちで手掛けることで、古いビルで再現したいことを自ら示したかった。

もともと、旅好きの僕は、宿と住まい・旅と暮らしの境界線って何だろう…と興味があったんです。自分も旅をして、泊まるときに想い出となって残っているのは、清潔できれいなだけのホテルではなく、B&Bやドミトリーのような施設だった。土地に行って過ごす空間が、その土地の暮らしとかけ離れているものでなく、その空気が味わえるということが必要だと思っていました」。

土地にあるべき建物の価値…"不動産屋だから"こその視点

『HOSTEL 64 Osaka』は、ユーザーからの人気と支持、高い収益力という成功の道を歩みながら、アートアンドクラフトはこのモデルを大阪で増やしていない。また、沖縄でも今のところ『SPICE MOTEL』の第二弾を増やすつもりはない、という。
普通は、うまくいった成功例を横に展開し、会社としての収益を上げることを考えるのではないだろうか?

「そうですよね。社員は大変だなあ、と思います(笑)。うーん、それは、ぼくが飽きっぽい、というのもありますが…たぶん、僕が“不動産屋だから”、だと思います。」

土地に今ある建物と向き合い、土地にあるべき、求められる建物として再生する…そういったプロセスで活用方法を考えると、前の建物のキャラクターがもつ価値を無視はできない…横展開ができないのは、一つ一つに向き合って考えると、それはそれぞれ違った価値を生むものになるからの必然なのかもしれない。

「部屋のスリッパをまだ何にするか考え中なんです。薄い紙のようなタオル地の使い捨てのスリッパだと違うなあ…と」。ひとつひとつをとことん吟味して“過ごす部屋”を創り上げていることがよく分かる。

また新たなリノベーションの可能性を見せてくれた中谷氏の『SPICE MOTEL OKINAWA』。
このあとは、何をするのですか?と尋ねたら
「いや、次に何をするかは今は考えていません。一年間、これにかかりきりだった。いったんゆっくり休もうと思います(笑)」と答えてくれた。

「HOTEL KISHABA」だったころのレトロな雰囲気は残しながら、生まれ変わって洗練された『SPICE MOTEL OKINAWA』(スパイス モーテル オキナワ)。夕暮れに見ると映画のワンシーンのような風景となる。(photo/大城 亘)「HOTEL KISHABA」だったころのレトロな雰囲気は残しながら、生まれ変わって洗練された『SPICE MOTEL OKINAWA』(スパイス モーテル オキナワ)。夕暮れに見ると映画のワンシーンのような風景となる。(photo/大城 亘)

2016年 03月28日 11時05分