所有者の世代交代によって消えゆく“まちの資源”を活用したい
大分県南西部に位置する竹田市は、瀧廉太郎の名曲『荒城の月』で知られる岡城の城下町だ。人口約2万3000人の小さなまちではあるが、近年は地元の隠れキリシタン伝説にまつわる『竹田キリシタンのミステリー』が全国的に注目を集め、まちを訪れる観光客の数が年々増加している。
また、竹田市のもうひとつの観光資源となっているのが、古いまち並み。市街地からほど近い殿町地区には、江戸時代の武家屋敷の土塀や石垣が連なる『武家屋敷通り』が残されているほか、賑やかな商店街が広がる本町地区には、明治・大正・昭和の戦前まで各時代の意匠性が際立つ古い建物が建ち並び、今も現役で使用されている。さながら“まち全体が日本建築の博物館”だ。
しかし、竹田市街ではちょうどいま建物の所有者の世代交代期に入り、愛着の薄れによって古い建物たちが少しずつ姿を消しはじめている。そんな“消えゆくまちの資源”たちを守り、再び息を吹き込んで利活用しようと新たな取り組みをはじめたのは、高校時代からこのまちにライブハウスを作ることを夢見ていたひとりの青年だった。
竹田が“ここにしかない魅力のあるまち”でありつづけるために
▲「リノベーションをはじめた当初は、地元の人たちも“一歩引いて様子を見ている”という感じでしたが、今は“お店にはなかなか行けないけど、応援してるからね”って言ってくれる人が増えました。特に、他からの移住者の方々は“この店があって良かった”と言ってくれますね。どうやらうちの店は、竹田のまちにはちょっとお洒落すぎるようで、地元の人たちからは“店に入るのにハードルが高い”と言われます。もっといろんな世代の人に来てもらえるように努力しなくちゃ(笑)」と小林さん。竹田に戻ったあとは偶然友人の結婚式で出会ったという建築関係の仕事をする奥さまと結婚。一児のパパとして子育ても頑張っている竹田市中心街にあるイタリアンレストラン『リカド』のオーナー、小林孝彦さん(36)は地元の有名人。まちを歩けば世代を問わず多くの人たちから声をかけられる“竹田のヒーロー”的な存在だ。
東京での経験を活かして古い建物を今風にリノベーション。ライブも開催できる『リカド』のオープンをはじめ、クラウドファンディングによる古民家再生プロジェクト『イミルバ』など、竹田が“ここにしかない魅力のあるまち”でありつづけるための多彩なリノベーションアイデアを立ち上げながら、小さな城下町にこれまで無かった新しい風を吹き込んでいる。
「僕が、生まれ育った竹田を出て東京で一人暮らしを始めたのは18歳の時でした。上京前はバンド活動や遊びに明け暮れていて、特に行きたい大学も決まっていなかったんですが、感受性だけは強い地元の仲間たちが多かったので、いつもお互いに刺激し合いながら夢を語っていた気がします。
当時、仲間たちのあいだで流行っていたのが『クローズ』という漫画で、その中の登場人物のセリフに『この小さな町にライブハウスを作ることが夢なんだよな』というセリフが出てきたんです。それに心打たれて、“よし!俺もいつか竹田にライブハウスを作る!そのために音楽関係の仕事をする!”と決意して、東京の音楽大学に進学しました。
大学を出た後は音響関係の仕事に就いたんですが、実は途中で“この仕事向いてないかも”ということに気づいてしまったんです。何より、音楽では稼ぐことができなかったので、“これでは竹田に戻ってもライブハウスを作るなんてとても無理だ…”と自信を無くしていた時期もありました。
そんなときにバイト先の人から、“じゃぁ、普段はカフェとかレストランをやって、週末とか好きな時にライブをやるお店なら成り立つんじゃない?”とアドバイスをもらって“それだ!”と決めました。僕、単純なんですよね(笑)」
古い建物に息を吹き込む。建築は「リノベーション」が面白い
▲竹田市では『竹田市景観条例』に基づき、景観保全のための建物修繕を行う場合に工事費の一部を市が負担してくれる補助金制度がある。『リカド』でもその補助金をリノベーション費用の一部に充てて工事が進められた。「古い建物なら何でも良いというワケではありません。利活用したい物件を決めるのは、結婚相手を見つけるようなものですね。その建物が建っている場所と中に入った時の空気で、自分の感覚を信じてアリかナシかを決めます」と小林さん自分の目標を決めてからは、飲食店経営のノウハウについても学びたいと思い様々な店で経験を積んだ。23歳の時に出会ったイタリアンレストランのシェフの料理に惚れ込み、頼み込んでスタッフとして働かせてもらったこともあるという。“いつか自分で店を持ちたい”という想いから、レストランに限らず、古着店やアメリカンダイナーなど東京で話題の店舗を見てまわるうちに、古い建物を壊さずに活かす『リノベーション』に関心を持つようになった。
「リノベーションっていうモノに初めて興味を持ったのは、東京・蔵前にあるホステル『Nui. HOSTEL & BAR LOUNGE』のリノベに関わったときからです。その日から世界が変わったような衝撃を受けました。“古い建物を使ってこんなことができるのか”と気づいたら、それを自分でもやりたくなっちゃった(笑)。そこから、“建築はリノベが断然面白い。いつか竹田に戻って東京のカッコいいデザイナーと一緒にリノベをやりたい”と夢が膨らみました」
東京でリノベーションの面白さを知った小林さんだが、あの日、故郷・竹田へ戻る決断をした。2011年3月11日。東日本大震災が起こったからだ。
都会への憧れや羨望が、地元の評価を低くしてしまう
12年ぶりに地元・竹田へ戻ってみて気づいたのは「これまで地元のことを何も知らなかった」という反省だった。「離れている時はあまりわからなかったんですけどね、300年の歴史を持つ城下町で、古い建物が取り壊されずに残っていて、キレイな湧き水があちこちに湧いていて…こんなに魅力溢れるまちだったんだって、心から地元のことを誇りに感じました。
逆に、こんなにスゴいまちなのになんでこんなに評価が低いのか?世の中の価値基準って何だろう?と疑問を感じたんです。10代の頃の僕自身がそうでしたが、地方の人たちは都会への憧れや羨望みたいなものが強すぎる。それで地元の評価を自分たちで低くしちゃうんですね。だからこそ、“別に都会じゃなくても、竹田のまちの中だってこんなことができるんだよ”ということをみんなに気づいてもらいたいと思って、東京時代の仲間たち、そして、地元の同志たちと一緒に、古い建物の再生に取り組むことにしたんです」
こうして、故郷の“まちの価値”に気づいた小林さんは、竹田市街で『リカド』を含む3つの古民家リノベーションを成功させた。建築を専門的に学んだわけではなく、ただただ自分の夢を追いかけながらリノベーションにチャレンジしている小林さんにとって、2012年の帰郷以来3物件の再生を達成するのはかなりのハイペースだ。
「リノベーションは、他の誰にも味わうことのできない“ここだけの空間”を創り出せるから楽しい。小さい頃に作った秘密基地みたいな感覚ですね。秘密なんだけど、仲間を呼びまくっちゃうような…自分たちの大事な基地です(笑)」
▲イタリアンレストラン『リカド』のオープンで感触をつかんだ後、クラウドファンディングで資金を集めて着手した『イミルバ』は、築70年超の古民家をリノベーションしたもの。満ちる・溢れる・増えるという意味を持つ大分弁の「いみる」と場所の「バ」を合わせて「たくさんのひとの出会いと想いで満ち溢れる場所になるように」という願いを込め『イミルバ』と名づけられた。竹田市の玄関口であるJR『豊後竹田』駅の駅前という立地を活かし、ホステル、ベーカリーカフェ、土産物店を出店。各店のオーナーは、小林さんの同志でもある移住者たちだ。「竹田には今のところ大きな宿泊施設がないので、ずっとホステルをやりたいという思いがありました。この『イミルバ』ができてから駅前ホステルの存在を多くの人に知ってもらえるようになり、宿泊客が増えてきたのが嬉しいですね」と小林さん結局、まちや建物の再生に欠かせない一番大切なものは“同じ志を持った仲間”
「小さなまちで生まれ育った僕らからすると、世の中は知らない事だらけで、しかも、時代はどんどん変わっていく。今の都会のスピード感や情報量は、正直なところついていくことすら難しいです。だからこそ、いま地方で暮らしている僕らに必要なものは、信頼できる友人や仲間たちだと思っています。地元の仲間たち、仕事の仲間たち…自分でちゃんと経験を積んで来た人たちの情報には“信頼”がありますから、その仲間同士の結束によって、最高のリノベーションや最高のまちづくりができるのではないかと考えています」
信頼できる仲間づくりこそが“小さなまちの再生の第一歩”だと語る小林さんは、いま地元の若者たちに自身の熱い生き様を示しながら、竹田の未来を創ろうとしている。これから小林さんの仲間づくりがどのように広がり、どのようにまちが変化を遂げていくのか、小さな城下町の今後に注目したい。
■取材協力/Osteria e Bar RecaD
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