経済安定成長期に誕生した“約40歳のホテル”をリブランディングで再生

軽井沢を代表する繁華街『旧軽井沢銀座』にほど近く、メインストリートから一歩奥まった木立ちの中の静かな別荘街区に、2018年4月『旧軽井沢KIKYO(キキョウ) キュリオ・コレクションbyヒルトン 』がオープンした。

もともとこの場所では、旧軽銀座の象徴的な存在として地元で愛され続けた老舗ホテル『旧軽井沢ホテル』(1979年築)が営業を行っていたが、“40歳の節目”を前に東急不動産が建物を取得。ヒルトングループとのフランチャイズ契約を結ぶことによって、日本初進出となるヒルトンの新ブランド『キュリオ・コレクション』を館名に掲げたリノベーションとリブランディングを完了させた。

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現在、大都市圏では高度経済成長期に建てられた築50年前後の古ビルたちのリノベーションが注目を集めているが、同じように、経済安定性長期に誕生した築40年前後の“アラフォー世代のホテル”たちが耐震メンテナンスを含めた設備更新期を迎え、リニューアルを検討しなくてはいけない時期に突入した。今回の『旧軽井沢KIKYO(キキョウ) キュリオ・コレクションbyヒルトン 』のケースでは、老舗ホテルの機能をリニューアルするだけに留まらず、“リブランディングによるホテル再生”を目指した点が業界内外から注目を集めている。

▲2018年春に開業した『旧軽井沢KIKYO キュリオ・コレクションbyヒルトン 』。キュリオ・コレクションは、いわゆるヒルトンのメインブランドとは異なり、より“地域特性を尊重するコレクションブランド”としてホテル単体の名称にこだわりを持っている。今回『KIKYO(キキョウ)』と名づけられたのは、もともと火山灰地で草花が育ちにくい軽井沢で身近に親しまれてきた『桔梗』の花にちなんだもの。リノベーションデザインを担当したのは数々の高級ホテルを手がけてきた橋本夕紀夫氏。「元の建物には極力手を加えずに、軽井沢らしさをどこまで出せるか?どうやってブランド性を演出するか?」を追求した▲2018年春に開業した『旧軽井沢KIKYO キュリオ・コレクションbyヒルトン 』。キュリオ・コレクションは、いわゆるヒルトンのメインブランドとは異なり、より“地域特性を尊重するコレクションブランド”としてホテル単体の名称にこだわりを持っている。今回『KIKYO(キキョウ)』と名づけられたのは、もともと火山灰地で草花が育ちにくい軽井沢で身近に親しまれてきた『桔梗』の花にちなんだもの。リノベーションデザインを担当したのは数々の高級ホテルを手がけてきた橋本夕紀夫氏。「元の建物には極力手を加えずに、軽井沢らしさをどこまで出せるか?どうやってブランド性を演出するか?」を追求した

今の時代ではもう造れない豪華な設計は“古いホテル”ならではの強み

「私共が『旧軽井沢ホテル』を取得する前、物件情報を得てからは、覆面調査を含めて何度も現地へ通いホテルの状態をリサーチしたのですが、外観も、ロビーも、廊下も、室内も、今の時代ではとても造れないような豪華な設計で、築年数が経っているわりには非常に良好な状態。“適切なお手入れがきちんと行われてきたホテルだな”という印象を持ちましたね。7年前に前オーナー様が耐震補強工事を実施されたばかりだったので、この点も大きな魅力でした」

「東急不動産が取得させていただくことが決まってからは、約2年かけてブランディングを含めたリニューアル計画を練りました。特に、ヒルトンとの提携が決まった後は、コンセプトづくりにじっくりと時間をかけました。フロント・ロビー・レストランにかけてゆったりとした一体感が広がり、いかにも軽井沢らしい中庭の緑の木立は、各客室からも眺めることができます。もともと空間の使い方が非常に贅沢だったので、それを極力生かしながら“この場所に長く滞在したくなるホテルづくり”を心がけました」と話すのは、リノベーションを担当した東急不動産の蛭田俊之さんと白倉弘規さんだ。

全50室の客室はもともと広く設計されていたため、家具やテレビを更新したのみ。基本的に間取りは変えず、今風のグレーの壁紙と、オレンジ&キキョウパープルのコンセプトカラーを巧みに配置して空間イメージをモダンに一新した。

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ところで、東急不動産といえばウェルネス事業の一環としてホテル・リゾート部門を持っている。そのため“自社の冠を掲げたホテル”としてリブランディングする方法もあったはずだが、あえて今回は同社初の試みとなる「ヒルトンと手を組む道」を選んだ。

「近年の軽井沢は冬でもスキー客が増え、一年を通して外国人観光客の方に人気のリゾート地となっていますから、当社としてはもっとインバウンドを増やしていきたいという狙いがありました。選択肢はいろいろありましたが、やはりインバウンド需要に力を注ぐためには外資と組んだほうが効果的だろうということで、ヒルトンとフランチャイズ契約を結んだのです。世界中でホテル運営を行っているヒルトングループの知見を生かせるのは大きな強みですから、改めて今回の選択は正解だったと考えています」(蛭田さん・白倉さん談)

▲館内の随所に見られる桔梗の花の装飾は伝統工芸・軽井沢彫りでできている。客室に用意されたお茶類は、地元・軽井沢の人気店のアイテムで揃えており、「軽井沢のモノ・コト」にこだわっている点が特徴だ▲館内の随所に見られる桔梗の花の装飾は伝統工芸・軽井沢彫りでできている。客室に用意されたお茶類は、地元・軽井沢の人気店のアイテムで揃えており、「軽井沢のモノ・コト」にこだわっている点が特徴だ

「そのホテルに滞在できることの価値を高める」ためのリブランディング

▲ホテル館内を案内してくださった総支配人の杉木義章さん。もともと都内の一流ホテルに勤務しており20年以上のサービス経験を持つベテランホテルマンだ▲ホテル館内を案内してくださった総支配人の杉木義章さん。もともと都内の一流ホテルに勤務しており20年以上のサービス経験を持つベテランホテルマンだ

今回のホテル再生を行う上で、実は建物の耐震性能についてはまったく問題が無く、リノベーション工事自体は担当者にとって大きな難題とはならなかったようだ。

「もちろん、細かな苦心点はいろいろありました。自分たちが建てたホテルではありませんから、既存の建物を受け継いだ時点で“実際に壁を開いてみないとどんな状態になっているかわからない”ということはあらかじめ覚悟を決めていたのですが、前オーナー様による直近の耐震工事の効果もあって、躯体はほとんど手を加えなくても良い状態でした。また、私共がホテル事業の3つの柱に掲げている客室・レストラン・ウェディング会場についても、そもそも以前の『旧軽井沢ホテル』時代から非常にポテンシャルが高く、デザインコンセプトを変更するだけで従来の空間を生かすことができました。

ただし、レストランの厨房に関してはかなり大がかりな機能更新を行っています。お客様へ上質なサービスを提供する上で、厨房は重要なスペースとなりますから、外部から見えない部分ではあるものの、今回最も力を注いだ箇所となりましたね」(蛭田さん・白倉さん談)

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あえて“宿泊客から見えない部分に費用をかける”という点に、同社のリブランディングへの並々ならぬ熱意が感じられる。というのも、『旧軽井沢KIKYO』の宿泊費はオフシーズンのスタンダードルームで一室3万円台、夏のハイシーズンには8万円台。軽井沢エリアで1.2を争う高級ホテルとして、まさにその“ブランド力=サービス力”の中身が試されることになるからだ。

「ホテル業界はいま、国内外の富裕層のお客様からのニーズを受けて、“これまで想定に無かった高級志向の価格帯”へと向かっています。単に“旅先でホテルに泊まる”という消費行動だけでなく、“そのホテルに滞在できることの価値”を、ホテル側が創り出さなくてはいけない時代なのです。そのため、当ホテルでも事前に想定客層のペルソナ分析を行い、レストランのメニューや客室のアメニティについてもひとつひとつ思い入れを持って厳選しました。

“このホテルでの滞在時間をいかにお客様にご満足いただくか?”を最大のテーマとして、サービスクオリティの向上にも力を注いでいます」(杉木総支配人談)

いろいろな企業が参入することで、“いろいろな建物の残し方”が増えるはず

▲客室のバスアメニティは『メゾンマルジェラ』。地下大浴場の脱衣スペースには、女性用の『ドゥラメール』、男性用の『アラミス』が惜しげもなく「ご自由にお使いください」と置かれている。「特に女性のお客様からは“アメニティが素晴らしかった”とのお声をいただいております。贅沢な時間を過ごしに軽井沢まで来てくださっているので、こういうちょっとした演出でご満足いただけたら嬉しいですね。“アメニティが楽しみ”とか“レストランが楽しみ”とか、『旧軽井沢KIKYO』への宿泊を楽しみにして軽井沢を訪れてくださるお客様が増えたら、私共のリブランディングの成功だと思います」(杉木総支配人談)▲客室のバスアメニティは『メゾンマルジェラ』。地下大浴場の脱衣スペースには、女性用の『ドゥラメール』、男性用の『アラミス』が惜しげもなく「ご自由にお使いください」と置かれている。「特に女性のお客様からは“アメニティが素晴らしかった”とのお声をいただいております。贅沢な時間を過ごしに軽井沢まで来てくださっているので、こういうちょっとした演出でご満足いただけたら嬉しいですね。“アメニティが楽しみ”とか“レストランが楽しみ”とか、『旧軽井沢KIKYO』への宿泊を楽しみにして軽井沢を訪れてくださるお客様が増えたら、私共のリブランディングの成功だと思います」(杉木総支配人談)

ちなみに、不動産会社としての事業性を考えると、「今回のように恵まれた条件でリブランディングに取り組めるケースはなかなか少ないかもしれない」と蛭田さん・白倉さんは分析している。

「もう2度と造ることができないような歴史ある建物を、新しい形にしていくというのはとても大切な事業で、私共の部署でも今後積極的に取り組んで行きたいと考えているのですが、残念ながら歴史ある建物というのは“京都の町家”に代表されるように小ぶりな規模のものが多いので、企業の事業性を突き詰めていくと難しい課題が残ります。そのため、弊社が担うことができるリブランディング事業としては、この『旧軽井沢KIKYO』の全50室のホテル規模がミニマムサイズになると考えています。

ただし、近年はインバウンドニーズを受けてホテル業界にも様々な企業が参入していますから、今後いろいろな会社がリノベーションやリブランディングに参画することで、“いろいろな建物の残し方”が広がっていくことを期待したいですね」(蛭田さん・白倉さん談)

ホテル再生は地域活性の1ツール、地元の雰囲気を守り続けることも使命

歴史ある『旧軽井沢ホテル』のリブランディングオープンから4ヶ月。観光ハイシーズンを迎えた軽井沢では、地元住民らから「駅の北側(旧軽地区)に外資系のホテルブランドが登場したことで話題性を集め、エリアの活性化につながった」という好意的な意見が挙がっているそうだ。

最後に、今回のリノベーション・リブランディングを担当したお2人に『古い建物を残していくことの意義』について聞いてみた。

「物件取得交渉の段階からこのプロジェクトに携わってきましたが、私自身は“建物を残していく意義”というよりも、建物を再生することによって“地域の活性化”や“地方創生”のお手伝いができる点に大きな意義を感じています。あくまでも『ホテル』というのは地域の中のひとつのツールですから、それを使って会社としてどうやって地域に貢献できるか?という点が私共の事業の肝であり、個人的にはそこが仕事のやりがいとなっています」(白倉さん談)

「この『旧軽井沢KIKYO』のチェックアウト時間は正午なのですが、かなりの数のお客様がチェックアウトギリギリまで滞在し、このホテルで過ごす時間を楽しんでくださっているというデータがあります。そういったお客様の過ごし方は『旧軽井沢ホテル』時代から変っておらず、既存ホテルの独特の雰囲気をリブランディング後も引き継いで存続できているという点が“建物を残す意義”につながっているのかもしれません。その地域にとって大切な存在を残していく、その地域ならではの雰囲気を大切に守り続ける…これを私共の使命として、また今後も良いホテルとの出会いがあれば新たなリブランディング事業に挑戦していきたいですね」(蛭田さん談)

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古いオフィスビルや古いマンションの場合は、耐震性能・設備機能に加えて「見栄え」さえ回復させればある程度の価値を取り戻すことができるが、ホテルの場合は部屋のしつらえやサービスも含めて「その建物全体から漂ってくる空気感」のリニューアルが求められるため、その再生こそが『リブランディング』の醍醐味となるのだろう。

地域の中での存在感を守りながらも、リブランディングによって新たな再生を果たした『旧軽井沢KIKYO(キキョウ) キュリオ・コレクションbyヒルトン 』。すべてのシーズンを終えた1年後にどのようなブランド評価を有しているのか?今後に期待したい。

■取材協力/『旧軽井沢KIKYO(キキョウ) キュリオ・コレクションbyヒルトン 』
http://www.kyukaruizawa-kikyo.com/

▲メインダイニングは1階ロビー奥にある『ソノリテ』。宿泊客だけでなく、レストラン利用を目的に訪れる地元客も多いという。料理長の中西隆氏(写真)は『旧軽井沢ホテル』時代からこのホテルの顧客ニーズを知り尽くしている若き凄腕シェフだ。<br />ソノリテとはフランス語で『共鳴』の意味。料理のメニューには「温故知新」「ヴェールにつつまれて…」などの詩的なフレーズが並んでおり、“次はどんな一皿が出てくるのか?”とワクワクさせてくれる。「その日のオススメ食材とシェフのイマジネーションが共鳴しあいながら絶妙な一皿を作り上げます。“お料理を想像する時間”も楽しんで頂きたいですね」と杉木総支配人▲メインダイニングは1階ロビー奥にある『ソノリテ』。宿泊客だけでなく、レストラン利用を目的に訪れる地元客も多いという。料理長の中西隆氏(写真)は『旧軽井沢ホテル』時代からこのホテルの顧客ニーズを知り尽くしている若き凄腕シェフだ。
ソノリテとはフランス語で『共鳴』の意味。料理のメニューには「温故知新」「ヴェールにつつまれて…」などの詩的なフレーズが並んでおり、“次はどんな一皿が出てくるのか?”とワクワクさせてくれる。「その日のオススメ食材とシェフのイマジネーションが共鳴しあいながら絶妙な一皿を作り上げます。“お料理を想像する時間”も楽しんで頂きたいですね」と杉木総支配人

2018年 08月08日 11時05分