第3回リノベーションスクール和歌山がきっかけで誕生
リノベーションスクールをきっかけに、まちなかの空き家を活用して魅力的なコンテンツが誕生している和歌山市。平成25年度から6回のスクール実施で輩出した受講生は約180名、誕生した家守会社も5社に上る。スクール実施時の提案案件から事業化されたものが7件。そのほかスクール受講生が携わり事業化されたものも11件あり、まちなかのコンテンツが充実してきている。
その魅力的なコンテンツの1つが、南海「和歌山市駅」から徒歩2分にある日本酒バー「水辺座」だ。和歌山県内の10蔵の地酒をすべて揃えるというこのバーでは、オープンから約2年、地域の人々をはじめ県外からのビジネスマンや観光客で賑わう。
「第3回リノベーションスクール和歌山」の対象物件だったこの場所で、見事事業化までこぎつけたのは、「水辺座」のマスターであり、家守会社を立ち上げ運営する武内淳さんだ。リノベーションスクールへの参加から事業化までの道筋、そして自身の家守会社による地域活性への今後の展開などをうかがってきた。
参加者全員が泣いたリノベーションスクール@和歌山
「遊休資産が多いといった課題もありますが、何よりも危機感としてあったのは和歌山市内には圧倒的に魅力的なコンテンツが少ないこと。なんとかしなくてはという思いがありました」と語る武内さんだが、実は、建築の技術職を務めた元県の職員だ。
「和歌山には、大学が少なく9割以上が県外進学を行います。私自身も大学進学時には、県外に進学しました。しかし出てみると逆に和歌山の良さを感じたのです。大都市に比べ人はほがらかで、農林水産物は鮮度のいいものが手に入る。でも、その良さを十分にアピール出来ていない。無い物ねだりしても仕方ないので、あるものを上手く編集して衰退する地元和歌山をなんとかしたいという思いを漠然と持っていました。大学卒業後は都市計画の専攻で学んだことを活かそうと県の職員として就職しました」(武内氏)
空き家対策などを職務として進める一方で、冒頭のコメントにあるようにまちにコンテンツがないことへの危機感を感じていた武内さんは、地域活性化を目指す若手のキーマンたちとともにイベントの開催や空き家を独自にリノベーションする草の根的な活動を続けていた。その中で開催されたのが平成25年からスタートしたリノベーションスクールだ。スクールの誘致にも携わるほか、武内さんは第1回のスクールに、一市民として参加をする。
「和歌山で開催されたスクールは、非常に手ごたえを感じました。最終日の不動産オーナー様へのプレゼンテーションでは、会場が感動の渦に包まれました。このまちをなんとかしたいという思いが溢れる参加者たちが多く集っていたため、具体的な空き家活用案を作成するユニットワークでは、受講生たちがぶつかることもしばしば。しかし、それだけ真剣に意見を闘わせたからこそ魅力的なプレゼンテーションが実現したのです」
実際にスクール後には、参加者の手によりプレゼンテーションで提案した事例の事業化が進んでいった。第2回のスクール後には、活気を失っていた「ぶらくり丁商店街」でクラフトビールフェスなども開催し、武内さんも積極的に参加をしている。
隠れていた水辺の魅力を引き出す提案
そして、3回目のリノベーションスクールで出会ったのが、現「水辺座」となる空き家だ。築約50年の建物は、全国でも有名なIT企業の創業の地で、和歌山で初めて携帯ショップが出来た場所でもある。企業発祥の地として賃貸や売りに出されることなく大切に保有されていたが、地元のためならばとリノベーションスクールの対象案件として提供してくれたものだった。
「10年以上空き家となっていたのですが、元が携帯ショップですから、まさに事務所といった空間」だったとこの場との出会いを振り返る武内さんだが、なぜ日本酒バーとなるのか。また「水辺座」という名前が付けられたのか。アイデアが浮かび上がってきたのは、物件調査時に店舗ビルの屋上に上った時のことだったという。
「屋上から見えたのは、建物の背後に隠れていた和歌山城の外堀「市堀川」の姿でした。実は地元の人もこの通りの裏に城下町のお堀の美しい景観が隠れていることを知らなかったのです。昭和の頃は水質がよくなかったことも影響して、どの建物も水辺に背を向けて建ち、堀に接する面を壁でふさいでしまっていました。もったいない、この景観を活かしたいという思いが生まれました。このまちの裏側になってしまった水辺をオモテにしたい! まちを水辺側に開きたい! そして、開いた水辺の先には、地元の歴史ある酒蔵「世界一統」様の建物も見えました。この空き家を建物単体で再生するだけではなく、地元のお酒とともにエリアを活性化していけたら、そんな思いから和歌山の地酒と水辺の景観を楽しめる水辺座のコンセプトを考えました」
水辺座は入り口を入ると、まず8席ほどのカウンターが並ぶ。その先には最大20人が座れる小上がりがあるのだが、西向きの水辺に面した一面はガラス張りで市堀川を臨める特等席だ。武内さんおすすめは夕暮れ時、一直線に夕日が市堀川に沈む景観はまさに絶景。そして川べりには手作りのいかだまでつながれている。京都の納涼床のような風情も堪能できるこの仕掛けで、春にはいかだを漕いで向かいの蔵元に咲き誇る桜並木を堪能したのだとか。夏には七夕の乾杯など様々なイベントが企画されている。
店舗の改装は可能な限りDIYを行った。「第4回リノベーションスクール和歌山」のカリキュラムにも組み入れられ、3日間受講生たちがその手を動かした。亡くなった仲間のお祖母さんの嫁入り道具の和ダンスをリノベーションした日本酒のディスプレイ、存在感のあるカウンターなどもセルフリノベーションコースでの成果である。
取材時に伺ったのは営業時間前の午後の早い時間。バーの営業時とは景観が異なるのだろうが、小上がりでお話をきいていると、市堀川の水面のきらめきが室内の天井に反射をして美しい揺らぎの光と影を描いていた。工事中にこの水面が反射することに気が付いた武内さんは、より天井面の内装をシンプルになるように心掛けたという。さりげなく天井に埋め込まれたガラス素材がキラキラと煌めいている。日暮れの美しさはもちろんのこと、夜には、川面に向けた照明が反射する独特の空間でおいしい地酒を楽しめるという。
単なる空き家再生でなく地域内経済循環を
和歌山には、日本酒の蔵元が10蔵ありそのすべての日本酒を扱う店はない。酒屋ですら揃わない状況にも関わらず、水辺座では10蔵50種類の和歌山の地酒を取り揃える。世界で唯一の和歌山の地酒バー。いわば民間でありながら県の地酒アンテナショップの役割を担う。
「和歌山にはこんなにおいしい地酒があったのかと言われる地元の方も多くいらっしゃいます。ありがたいことにオープン時にはわざわざ、蔵元様、杜氏様や蔵人の方も足を運んでくださいました」
リノベーションスクールで「水辺座」の企画を提案した際も、単なる店舗のリノベではなく、地域内経済循環を生み出すことを念頭に置いた武内さん。ただの飲食店と一線を画すのが以下の点だという。
「日本酒は勿論、ビールでさえ大手のビールは置かず、地元産のクラフトビールしか置いていないんです。これによって、大手企業が潤うのではなく、地域内でお金が回る仕組みを作りたいと考えたからです。地域が自立して持続可能な経済となることを目指しています」
その構想は、今、確実に実を結んでいるといっていいだろう。しかし、武内さんの構想はここで終わらない。立ち上げた「家守会社」を中心に、今後はさらに「点を線に、人々の動きを回遊させる魅力的なまちづくりをしていきたい」と語る。
「建物単体だけでなく、公共空間との連携を視野に入れています。例えば堀というのは、初めから点ではなく線としてのインパクトがあります。和歌山市では市堀川に面した京橋駐車場を親水公園にといった新たな展開も動きだしています。市堀川には、仲間の店舗もいくつかありますので一緒に協力して、水辺を活かしたコンテンツやアクティビティをつくっていきたいと思います」
そのほかにも、水辺座のすぐ裏手にある和歌山市駅とその周りや公道は再開発が予定されている。水辺座の前の道もどのように人の回遊をつくるのか。さまざまなアイデアを練っている段階だ。
東洋のアマルフィ「雑賀崎」で集落再生
さらに、武内さんは、市内の漁村として有名な「雑賀崎」の空き家の再生にも乗り出す計画だ。雑賀崎は昔ながらの漁村。路地が細く、階段が多く、車が入り込めないため特に高齢者が生活に困りこの地を離れる人も多い。
「一方で、海岸線の傾斜に家々が連なる景観は“東洋のアマルフィ”と呼ばれるほどに景観の美しい漁村集落です。人工的な開発で形成されたものではない自然にできたまち並みの魅力があります。現在、空き家を宿にリノベーションして行こうと計画中。“暮らすように旅する、その延長として、実際に住んで見る”そんな外部との交流拠点として集落再生に寄与できれたらと考えています」
和歌山市は今、大いに変わろうとしている。時代を変えるその一人は間違いなく武内さんだろう。次々と新たな試みを行われるのも楽しみだが、まずは和歌山市を訪れたのならこの「水辺座」に立ち寄ってほしい。
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