大阪・堺に始まる、茶の湯の文化

写真上:ガラス張りのモダンな外観が目を引く、堺の文化観光拠点『さかい利晶の杜』写真下:施設内にある「さかい待庵」。千利休の茶室で唯一現存する国宝「待庵」の創建当初の姿を想定復元した。(写真提供:さかい利晶の杜)写真上:ガラス張りのモダンな外観が目を引く、堺の文化観光拠点『さかい利晶の杜』写真下:施設内にある「さかい待庵」。千利休の茶室で唯一現存する国宝「待庵」の創建当初の姿を想定復元した。(写真提供:さかい利晶の杜)

主が客をもてなし、お互いに心を通わせる―。
堺市では、今、茶の湯を通じて“おもてなしの心”を広げる条例の制定をめざしている。

日本独自の文化である侘び茶は、15世紀から16世紀にかけて堺で生まれた。この歴史は、千利休を抜きにして語ることはできない。西欧ルネサンス時代に、時を同じくして対外貿易の中心地であった堺。進取の精神あふれる自由・自治都市であり、経済力を背景に町人文化が花開いた。

千利休はこの堺で生まれ育ち、北向道陳に茶の湯を学び、豪商で茶人の武野紹鴎(じょうおう)に師事。その後、茶会の形式や点前作法、茶道具、茶室露地などを創意工夫によって革新。侘び茶のスタイルを大成させた。

そんな“侘び茶”発祥の地である堺に、観光とまちづくりの拠点となる施設ができ新名所となっている。
今回は「茶の湯体験」に焦点を当て、まちづくりについて迫りたい。

堺の歴史・文化の魅力を伝える「さかい利晶(りしょう)の杜」

「さかい利晶の杜」は、茶聖・千利休と文学史に名を残す歌人・与謝野晶子からそれぞれの一文字をとって名付けられた。堺ゆかりの偉人と文化を紹介するほか、茶の湯体験施設、観光案内展示施設から構成され、和食レストランやカフェ、観光バス駐車場も備えた堺市運営の施設である。オープンは2015年3月で、2017年11月には、総来館者が100万人を超えている。

「この施設の目的のひとつは、堺から“茶の湯文化”を発信すること。多くの人に茶の湯を楽しんでもらいたいと考えています」そう語るのは、さかい利晶の杜・茶の湯体験施設担当の宮本雅代さん。施設内には利休と堺のかかわりを読み解くミュージアムのほか、立礼席から本格的な畳敷きの茶室、利休作でただひとつ残されている国宝「待庵」の創建当初の姿を復元した『さかい待庵』がある。

「なかでも椅子に腰かけてお点前をいただく『立礼呈茶(りゅうれいていちゃ)』が人気ですね。気軽に茶の湯に触れられるとあって、地域のリピーターをはじめ、たくさんの家族連れや外国人観光客、小中学校や高校の体験学習でも使われています」
訪れた日も、中国人の団体客が立礼呈茶を体験中で、鮮やかなお点前の姿を背筋を伸ばして見入っていた。

大阪観光局によると、2017年に大阪を訪れた外国人観光客は初の1千万人を突破し、消費額も1兆円を超えた。「爆買い」が話題になった2015年をピークに、消費額のうち買い物に占める割合が2年連続で減少。旅行者の需要はモノからコト消費に移っている。茶道が初めてという日本人をはじめ、「体験型旅行」のニーズが増える訪日客にとっても魅力的なことに違いない。

写真左上:三千家の茶道に親しむ、茶の湯体験施設担当の宮本雅代さん。右上:与謝野晶子の生家、和菓子商「駿河屋」をほぼ実際のサイズで再現。左下:千利休茶の湯館にて。日本に初来航し、堺にも来たというオランダ商船の模型。黄色いジャンパーが目印の観光ボランティアガイドが案内する姿も。<br>右下:茶の湯体験施設の「立礼呈茶」。予約なしでも抹茶と堺の和菓子がいただける。(大人500円 写真提供:さかい利晶の杜)写真左上:三千家の茶道に親しむ、茶の湯体験施設担当の宮本雅代さん。右上:与謝野晶子の生家、和菓子商「駿河屋」をほぼ実際のサイズで再現。左下:千利休茶の湯館にて。日本に初来航し、堺にも来たというオランダ商船の模型。黄色いジャンパーが目印の観光ボランティアガイドが案内する姿も。
右下:茶の湯体験施設の「立礼呈茶」。予約なしでも抹茶と堺の和菓子がいただける。(大人500円 写真提供:さかい利晶の杜)

全国初、三千家の茶室が一堂に

茶道には、一般的によく知られる「表千家」「裏千家」「武者小路千家」という流派がある。いずれも千利休の孫である千宗旦の子どもが興したもので、これらを総じて「三千家(さんせんけ)」と言う。この三千家の家元が命名された茶室が一堂に集まるのは、全国でもここ「さかい利晶の杜」だけ。利休ゆかりの地だからこそ叶った茶室の並びがある。

「茶の湯は“茶道”と呼ばれるように、禅の影響を大きく受けています。言わば、道場のようなところですね。お茶室には、畳や床の間、掛軸、中柱、炉などがあり、流派によって多少の違いはありますが、いずれも『もてなし』と『しつらい』の美学があります」(宮本さん)

千利休屋敷跡に面した「茶の湯体験施設」には、家元命名による八畳の茶室がそれぞれ設けられている。予約をすれば、三千家の指導のもと、にじり・正座・床の観賞・お菓子やお茶のいただき方だけでなく、自らお茶を点てることも。抹茶の点て方や作法にも違いがあるので、いずれも興味深い。

江戸時代、茶の湯文化は堺衆に浸透し、町家にも茶室があったと聞く。「京の着倒れ。大阪の食い倒れ」に続き、「堺の建て倒れ」とまで言われるほどだ。

現在もまちなかで気軽に呈茶を楽しめる場や、お茶席に欠かせない和菓子店が多く見受けられる。「さかい利晶の杜」の来館者100万人記念イベントでは、地元の和菓子ナンバーワンを投票で決める「堺W-1グランプリ~堺の和菓子を食べつくす~」が開かれ、大盛況だったようだ。

写真左上:本格的な茶室、表千家「西江軒」、裏千家「風露軒」、武者小路千家「得知軒」が並ぶ。右上: お抹茶と堺の和菓子。堺には何百年も続く和菓子銘菓が多い。左下:流派を超えてお茶会が開かれる茶室 右下:茶室お点前体験(予約制・10名以上 写真提供:さかい利晶の杜)写真左上:本格的な茶室、表千家「西江軒」、裏千家「風露軒」、武者小路千家「得知軒」が並ぶ。右上: お抹茶と堺の和菓子。堺には何百年も続く和菓子銘菓が多い。左下:流派を超えてお茶会が開かれる茶室 右下:茶室お点前体験(予約制・10名以上 写真提供:さかい利晶の杜)

おもてなしの心が息づくまち、堺

堺市堺区宿院の千利休屋敷跡。利休が愛用したという椿の井戸が残る。堺市堺区宿院の千利休屋敷跡。利休が愛用したという椿の井戸が残る。

かつて茶の湯は、戦国武将のたしなみであった。その後、千利休が登場し、一部の階級のみならず町衆におよび、やがて庶民に広がっていった。お茶は時代によって変化を遂げながらも、日本のあらゆる伝統的な文化を内包し、受け継がれている。

堺市では「さかい利晶の杜」を起点として、おもてなしの心を育み広げようと、まち全体で取り組んでいる。
毎秋開かれる「利休のふるさと堺大茶会」では、三千家による南宗寺の本席、大仙公園では大学生と幼稚園児による野点(のだて)や煎茶席がありたくさんの人が一服のお茶を楽しむ。市役所では、訪れた人を抹茶でもてなすイベントもある。また、小さなころから茶道に親しんでもらおうと市内すべての市立小学校で茶の湯の体験授業を行っている。

同日、施設に隣接する千利休屋敷跡を訪れると、ガイドさんがすっと現れて「椿の井戸」の歴史について教えてくれた。聞くと、「堺観光ボランティア協会」の一員で所属ガイドは200人以上もいるらしい。こんな出会いからも、さりげない心配りを感じた。まさに千利休が生んだ、もてなしの美学「一期一会」である。

百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産登録へ向けて、観光の機運が高まっている同市。
市長が進める「茶の湯おもてなし条例(仮称)」は、市民に茶の湯の精神を浸透させる一方、茶の湯のふるさとであることを堺から世界に広くアピールしたい思惑があるようだ。

「さかい利晶の杜」は、そこかしこに“堺らしさ”を感じられる施設である。
千利休が極めた“侘び茶の精神”に思いを馳せ、一服の茶を味わってほしい。

取材協力:さかい利晶の杜
http://www.sakai-rishonomori.com/

2018年 04月25日 11時05分