熊本地震の爪痕。100年続いたビルの解体

2016年4月に起きた熊本地震は、記憶に新しい。観測史上初めて、短期間に2回も同じ地域で震度7の地震が発生した大地震だ。家屋の倒壊・山崩れ・土砂災害・道路の分断など各地に甚大な被害をもたらし、その後も長期間にわたって揺れが続いた(震度5以上が25回・通算4000回超)。街は大きなダメージを受けた。

熊本市だけで見ても、発行された罹災証明は、住家が総数135,013件(全壊5,763件・大規模半壊8,955件・半壊38,819件・一部損壊81,466件・損壊なし10件)・店舗事務所が29,417件にのぼる。[2018.1月末時点]
発生当初はライフラインが大きな損害を受け、中心商店街のほぼ全ての店が休業した。順次再開し、現在はほとんどの店が営業している。しかし、損傷・倒壊したビルも少なくはない。上通アーケード街にあったOMOKIビルもその一つだ。

OMOKIビルは、一部は大正時代からの建物で、オーナーの面木健(おもきたけし)さんの祖父の時代に漆塗りの工場として建てられたもの。戦後は靴屋として、その後テナントビル業として、業態を変えながら100年間、上通のマチと関わってきた。面木さん自身も幼少期はここに住んでいたそう。2011年にOMOKIビルを相続してからは、サラリーマンと大家業の二足のわらじ。ビルへの愛着と、まちづくりへの興味もあり、以来密接にマチと関わっている。
しかし、熊本地震後OMOKIビルは大規模半壊の被害を受け、安全上の理由から解体を余儀なくされた。

大正から昭和前期「面木漆工場」(右上)昭和30年頃「面木屋靴店」(左)テナントビル業の「OMOKIビル」震災前のH28.3.31撮影(右下)(写真提供:面木氏)大正から昭和前期「面木漆工場」(右上)昭和30年頃「面木屋靴店」(左)テナントビル業の「OMOKIビル」震災前のH28.3.31撮影(右下)(写真提供:面木氏)

空き地となった場所の再生のきっかけは「建てない」こと

アーケード内に整然と建ち並ぶビル。両隣の建物に挟まれ、OMOKIビルの跡地はぽっかりとした更地になった。間口6m・奥行き30m・面積180m2の空間。この場所が更地になるなんて、西南戦争以来の出来事だったのだそう。
地震の復旧工事等の影響で、建築費が高騰している。ビルの再建は考えたが、小さなテナントビル業の見通しは暗そうだ。さて、どうしたものか...。

そこへ、面木さんはかねてからの知人だった「建てない建築家」の坂口恭平氏と再会した。氏が考えるモバイルハウス(簡単に言えば、車輪のついた家)を、試してみてはどうだろう。空き地となったこの場所を使えば、ちょうどいいではないか。面木さんは、坂口氏に「ここで実験してみないか。」と誘った。同時に面木さんも、「今はここで、『建てずにできること』を追いかけてみよう」と思ったという。

2017年8月の丸1ヶ月、「モバイルハウス計画in上通 〜建てずに都市を変える〜」という社会実験イベントを行った。震災後の廃材を使って空き地に2台の小屋をつくる。マチにもっと緑をと、植栽も行った。通りに面した小屋の1台には地元のハンバーガーショップが入った。道行く人達は、最初は訝しみながらも気になっていた。8月の初旬に、養老孟司氏を招いてのトークイベントを行うと、定員の100名を大幅に超え大盛況だったそう。テーマは「都市に森をつくる」だ。その後の期間中は憩いの広場として、マチに開いた。

坂口氏のイベントをきっかけに、面木さんのもとへ「この場所を使いたい」という申し出もちらほら。土木学会とコラボした「土木カフェ」や、熊本現代美術館と連携してアート作品の屋外展示なども催された。

通りから眺める通行客も、何が行われているのか気になる様子(オモケンパークin上通 写真:吉本遥)通りから眺める通行客も、何が行われているのか気になる様子(オモケンパークin上通 写真:吉本遥)

「建物づくりの前に場づくり」面木さんが考えたこと

オモケンパークオーナーの面木健さん。OMOKIビルを引継いでからは、サラリーマンと大家業のパラレルワーカーだ。趣味はアウトドアとまちづくり。街で唯一の「ライフスタイルリサーチャー」でもある(写真:山口)オモケンパークオーナーの面木健さん。OMOKIビルを引継いでからは、サラリーマンと大家業のパラレルワーカーだ。趣味はアウトドアとまちづくり。街で唯一の「ライフスタイルリサーチャー」でもある(写真:山口)

面木さんが「建てない」空き地再生を考えた大きな要因は、経済的な問題だった。

「今、ビルを再建した場合、建築費は2億円と言われました。現在の建築費は平常時の3倍くらいには高騰しています。仮に家賃を坪2万円に設定して、50坪で換算すると、1階は100万円。2階はその1/2・3階は1/3くらい。空中階は空室リスクも高いので試算からは省くかシビアに見ます。そうすると1階がずっと埋まっていたとしても、20年以上は全額が返済になります。億の借金をしてテナントビルを再建すると、家賃も高く設定するしかない。
その高い家賃を払えるのはナショナルチェーンなどの体力のあるお店だけでしょう。結果として、マチはつまらないものになってしまう。しかも、僕は一生借金の返済をするだけ。そんなのは違うと思ったんです。」

2012年から2016年の4年間に、上通内のチェーン店の数は12件増加した。下通・上通を合わせると全体の店舗の約1/4を超える店がチェーン店だ。大きな店がテナントになれば、オーナーは安定した高い家賃収入が見込めるだろう。しかし、マチとしての魅力は果たしてどうだろうか。裏手の通りなど、少し路地に入ったところにある店がおもしろいと言う面木さん。

「路地の若い人たちにアーケード街にも出てきてほしい。地域の頑張っている若い人や、これから何かやりたい人と一緒にやる方が、僕はワクワクします。」

震災直後にマチナカで見た光景が大きく影響している。無事を喜び、励まし助け合うマチの人々の姿に、人が出会って心を通わす場であることがマチの魅力だと感じたのだそう。そのためにも、今焦ってビルをつくるのではなく、今あるこの場を使い倒そう。

「建てなければ、出ていくお金は年間150万円(固定資産税や組合費など)です。ぐっと支払いのハードルは低くなる。やれることも広がりました。」

「空き地」から「オモケンパーク」へ。再生のプロセス

もう1人重要な人物がいる。熊本で活動するフリーのディレクター/PRプランナーの椿原真さんにも話を伺った。椿原さんは、マチのために何かしたいという面木さんの想いを知り、「マチナカの『公園』を作りたい」と手を挙げたそう。正確には、「民営の公園を作りたいから、実験とヒアリングのために場所を借りたい」と。

仕事でもプライベートでもマチに関わっている椿原さんだが、子どもが生まれて、子連れで行くのはいつも郊外のショッピングモールばかりになったという。郊外のショッピングモールにはあって、マチにないものを棚卸ししてみたところ、マチには子連れで気軽に休憩できるスペースが本当に少ない。おむつ替えや授乳に困るし、飲食店で休憩するにも気兼ねする。子ども連れで買い物をする場合、駐車場・授乳スペース・キッズスペース併設のフードコートなどがあるショッピングモールが楽なのだ。
マチが、そういう不備で子ども連れの親子にバリアを張っていると考えると、少し寂しい。
「駐車場は少しハードルが高いでしょうけど、子どもも大人も安心してゆっくりと過ごせる場所があったら、マチにもっと子どもを連れて来やすくなります。アパレルショップの試着室を授乳で利用できるようにするとか、マチ全体でできる取り組みなんかもあると思うんです。」(椿原さん)

面木さんの快諾で、11月に2日間限定の私設公園「オモケンパークin上通」を開園することになった。

椿原さんとタッグを組んだのは、熊本出身の学生建築家荒木幸一郎さん。東日本大震災を契機に考案された「ベニヤハウス」の研究をしている。特殊な工具がなくても、パーツを組み合わせて家でさえ作れてしまうというスグレモノだ。これを、市民参加型のまちづくりに活用したいと考えていた。工具のいらないベニヤハウスは、イベントとの親和性も高い。

ベニヤハウスは当日の朝テキパキ組み立てられ、青空書店になった。モバイルハウスは、こだわりの豆のコーヒースタンドに早変わりした。人工芝に寝転んだり足を投げ出したりして、子どもたちは自由に遊ぶ。大人はそんな子どもを見ながら、ゆっくりと美味しいコーヒーを味わう。死角になった場所に隠れて、授乳やおむつ替えもできる。予想以上に多くの人が訪れ、マチナカに小さなこどもの声が響いた。

ちなみに「オモケンパーク」は面木さんと「おもしろ研究所」をかけ合わせたもの。公園の企画段階で思いつき、この場所の新たな名前になった。

プロジェクトメンバーとモバイルハウスコーヒースタンドの前にて。右から2人目から荒木さん・面木さん・椿原さん(写真:吉本遥)プロジェクトメンバーとモバイルハウスコーヒースタンドの前にて。右から2人目から荒木さん・面木さん・椿原さん(写真:吉本遥)

「上通の縁がわ」を目指す

椿原さんは、オモケンパークの2日間の試験運用でわかったことや得た意見を整理し、今後の取組みに活かしていくそう。すでに別の場所でも新たな企画が上がっている。小さく動き始め、周りの意見を取り込みながらフレキシブルに変化し育てていくのがモットーだという。

「フレキシブルに」というのは面木さんも同じだ。約4ヶ月の「建てない」社会実験を通して、次のフェーズも見えてきた。もし建物が無事であれば、こうはならなかっただろう。既存のストックがあるなら、上手に使いつづける方が望ましいと彼は言う。奇しくもなくなってしまったからこそ、その段階での成功例を作りたいそう。「こういう答えの出し方もある」と。

望むのは、街行く人の活気があり、面白い「マチナカ」がずっと続いていくこと。
「人口減少時代だからこその価値を作りたいですね。縮小衰退ではなく『縮充・成熟』と僕は伝えたい。」(面木さん)

次は、強度・耐震性など鉄筋に劣らないCLT(木材)を使った憩いの場を作るそう。CLTの可能性についてにも目をキラキラさせながら語ってくれた。順調にいけば、年末から来年にかけて完成する予定だ。街行く誰もにとって温かな場所であること。坂口さんや椿原さんらの想いもふんだんに取り込んで、目指すのは「上通の縁側」のような場所だという。できあがったら、またぜひ見に行きたい。

面木さんのここ10年のテーマは「多様性・寛容性」各イベントで得たイメージから「上通の縁がわ」を目指す(写真:吉本遥)面木さんのここ10年のテーマは「多様性・寛容性」各イベントで得たイメージから「上通の縁がわ」を目指す(写真:吉本遥)

2018年 03月14日 11時06分