廃寮をリノベーションし、リーズナブルな宿として再生

江戸川の西岸に位置し、古きよき東京の下町情緒を今に伝える葛飾・柴又。江戸時代より柴又帝釈天の門前町として栄え、昭和40年代からは、国民的人気を誇った映画シリーズ『男はつらいよ』の舞台として一世を風靡した。
だが、1995年公開の第48作をもってシリーズが終了すると、柴又の”寅さんブーム”にも陰りが見え始める。このままでは先細りになるとの危機感から、葛飾区と柴又帝釈天の参道商店街は景観保全の取り組みを強化。参道の店先に格子や灯り、庇を設置するなど、町並みの整備が進んだ。今では、柴又帝釈天の門前町は大正・昭和期の面影を取り戻し、寅さん映画のオールドファンのみならず、下町情緒を求める多くの観光客を惹きつけている。

現在、柴又では、インバウンド振興に向けた取り組みが進められている。
その一環として、外国人や若い世代の旅行者をターゲットにした、新たな観光の拠点作りに着手。区の意向を背景として、2017年3月18日、柴又帝釈天から徒歩3分の場所に、バジェットトラベル(低予算旅行)向けの宿泊施設(ホステル)、『Shibamata FU-TEN Bed and Local(柴又ふーてんベッドアンドローカル)』がオープンした。
この宿を運営するのは、未活用不動産をリノベーションした宿泊施設やイベントの運営を手掛ける株式会社R.project。『Shibamata FU-TEN Bed and Local』も、10年間使われていなかった築40年の葛飾区の職員寮をリノベーションし、宿泊施設として再生したものだ。

「このホステルを拠点として、地域の魅力を発信し、柴又に人が集まる1つのきっかけになればと考えています」と、同ホステルのマネージャー・佐藤あずささんは語る。

大正・昭和のレトロな雰囲気を色濃く残す、柴又帝釈天の参道大正・昭和のレトロな雰囲気を色濃く残す、柴又帝釈天の参道

「滞在型観光」の拠点として、外国人観光客の誘致を目指す

柴又駅前にある寅さんと妹・さくらの銅像。映画『男はつらいよ』は全48作。1969年に第1作が公開され、観客動員数は延べ7957万3000人。日本映画史上の金字塔ともいえる超メガヒット・シリーズとなった柴又駅前にある寅さんと妹・さくらの銅像。映画『男はつらいよ』は全48作。1969年に第1作が公開され、観客動員数は延べ7957万3000人。日本映画史上の金字塔ともいえる超メガヒット・シリーズとなった

同社が東京に進出したのは2015年秋。以来、日本橋の馬喰横山で2つのホステルを運営し、ノウハウを蓄積してきた。『Shibamata FU-TEN Bed and Local』は、同社が手がける都内のホステルとしては3例目。今回、第3の開業地として柴又を選んだ理由について、佐藤さんはこう語る。

「柴又は東京23区内(葛飾区)にあるとはいえ、東京駅からは電車を乗り継いで40分以上もかかります。都心からの交通が不便なので、柴又帝釈天や『こち亀(※こちら葛飾区亀有公園前派出所)』の亀有などの有名観光地がある割に、実際に訪れたことのある人は少ない。その点に観光地としてのポテンシャルを感じたのが、柴又で開業した理由です」

同社が柴又に白羽の矢を立てた理由は、それだけではない。
意外なことだが、実は柴又には、旅館やホテルなどの宿泊施設がない。かつて参道で営業していた旅館は、時代の趨勢とともに廃業。以来、柴又は有名観光地でありながら「宿泊施設ゼロ」という”異常事態”が続いていた。遠方から来た観光客は日帰りしなければならないので、おのずと滞在時間も短くなる。
もし柴又に宿泊施設があれば、旅行者の滞在時間が長くなり、下町情緒を好む外国人の長期滞在者も増えるだろう。そうなれば、地域の人々とふれ合いながら、柴又という地域の魅力を世界に発信してもらうきっかけにもなるのではないかーー。

同社の提案は、外国人観光客の誘致を目指す葛飾区との思惑とも一致。廃止された職員寮は、外国人向けのホステルとして生まれ変わることとなった。『Shibamata FU-TEN Bed and Local』は、いわば葛飾区のインバウンド振興に向けた、官民挙げての取り組みとして始動したのである。

コンセプトは「昭和の香りとモダンデザインの融合」

『Shibamata FU-TEN Bed and Local』の客室は全33室。2名用の洋室18室と和室10室、シャワー付きのツインルーム1室、4人用の和洋室4室からなる。外国人観光客をメインターゲットとしているため、大浴場の代わりにシャワールームを設置。トイレは共用で、自炊用キッチンやラウンジ、ライブラリーなどもあり、宿泊者同士の情報交換や交流の場となっている。

Wi-Fi完備の客室にはテレビや家具が一切なく、「学生時代の下宿」といった雰囲気。洋室にも畳ベッドが置かれ、自分の部屋のようにくつろぐことができる。
洋室の入口には土間のような空間があり、コンクリート打ちっ放しの天井や壁がモダンな印象だ。銀色の塗料に灯りが反射し、温かみのある落ち着いた雰囲気を醸し出している。

リノベーションのコンセプトは、「昭和の香りとモダンデザインの融合」。寮の雰囲気を活かしつつ、エキゾチックな「日本」を感じさせる工夫が凝らされている。たとえば、客室のドアはオリジナルの色を部分的に残し、白地に緑やオレンジのラインが入った襖のようなイメージに仕上げてある。

「狙ったのは、柴又帝釈天の参道と宿が“つながる”イメージ。参道から帰ってきたお客様が、宿に帰って、1日の旅の余韻に浸ることができる。そんな建物にしたいと考えました」(佐藤さん)

(左上)4人用の客室。(右上)客室の灯り。(左下)襖をイメージした客室の扉。(右下)共用ラウンジ。照明は傘型に配置され、温かみのある団欒のイメージを演出(左上)4人用の客室。(右上)客室の灯り。(左下)襖をイメージした客室の扉。(右下)共用ラウンジ。照明は傘型に配置され、温かみのある団欒のイメージを演出

寅さんを知らない世代や外国人にも、イベントで地域の魅力を発信

『Shibamata FU-TEN Bed and Local』代表の佐藤あずささん『Shibamata FU-TEN Bed and Local』代表の佐藤あずささん

柴又という歴史ある土地に誕生した、国際色豊かな「ホステル」スタイルの宿。それは地域活性化という点でも、大きな可能性を秘めている。
現在、柴又を訪れる観光客の多くは中高年世代やシニア世代。「柴又といえば寅さん」というイメージが刻印された世代だ。だが、今後、寅さんを知らない世代は増える一方。“寅さん需要”がなくなれば、観光地としての柴又が斜陽化することは目に見えている。こうした危機感から、葛飾区や地元の商店会は、「寅さん」一辺倒ではない観光地への脱却を目指して、町並み整備に取り組んできた。

だが、前述の通り、柴又のウイークポイントは、都心からのアクセスが必ずしもよいとはいえない点にある。同じ下町でも、浅草寺や隅田川、東京スカイツリーなどの観光資源が集中する浅草周辺とは違い、限られた日程の中で、柴又まで足を伸ばしてもらうのは容易ではない。特に、寅さんを知らない若い世代や外国人観光客を呼び寄せるためには、ハード面のみならずソフト面での工夫も必要となる。

そこで、『Shibamata FU-TEN Bed and Local』では、地元有志団体と連携して宿泊者向けのイベントを企画。その第1弾として、今年4月、柴又の暮らしを体感する”朝活イベント”が行われた。
当日は国内外からの宿泊客20名が参加。江戸川の土手で朝日を眺めた後、柴又帝釈天を観光がてら、境内で毎朝行われている朝のラジオ体操を見学した。その後は宿に戻り、キッチンで、日本の伝統的な朝食の作り方を学ぶ講習会を開催。参道店舗に協力を求めて講師役を務めてもらい、参加者に出汁のとり方や味付けのコツなどを伝授した。
ユネスコ無形文化遺産に登録された「和食」の世界を体感できるとあって、参加者からの評判も上々。「今後も少しずつ、地域の人々と連携しながらイベントを続けていきたい。共用スペースを活用して、宿泊のお客様と地元の人々が交流できる場を作っていきたいですね」と、佐藤さんは語る。

インバウンド成功の鍵は、地域との連携と「体験」の提供

滞在型観光の拠点としての期待がかかる『柴又ふーてんベッドアンドローカル』。素泊まりツイン8000円~、1名宿泊の場合4000円~。シャワー・トイレ共用滞在型観光の拠点としての期待がかかる『柴又ふーてんベッドアンドローカル』。素泊まりツイン8000円~、1名宿泊の場合4000円~。シャワー・トイレ共用

現在、建物のリノベーションは3階まで完了。今年は4階のリノベーションを予定しているが、14人のアーティストにデザインを競作してもらうことも考えているという。

「オープンしてまだ1ヶ月ですが、全体の4割が外国人。来日が2回目、3回目というリピーターの方が多いですね。初めて日本に来た人は浅草や新宿、渋谷に行き、2回目以降に柴又まで足を伸ばす、というパターンが多い。特にフランス人やスペイン人の方は、日本文化に関心が深いと感じますね」

この宿の存在が、柴又という地域の魅力を知る1つのきっかけになって欲しい--そう語る佐藤さんだが、地域との連携という点では課題も残る。
その1つが、宿泊者に夕食を提供できる店をいかに確保するかという点だ。宿では食事を提供していないため、宿泊者は食材を持ち込んで自炊するか、外食をするかの二者択一を迫られる。ところが、参道店舗の多くが5時に閉店してしまうため、「参道で夕食を楽しみたい」という宿泊客のニーズに応えられないのが実情だという。

「この宿ができたことで、柴又に滞在する観光客が増えれば、さまざまな需要があることを地域の人たちにもわかっていただけるのではないか。そうなれば、参道商店街のおもてなしも一層充実し、シニア世代のみならず、外国人や若い世代にも愛される町になっていくでしょう。この宿の存在がきっかけとなって、柴又で何か新しいことができれば、と考えています」

ホステルを泊まり歩く外国人旅行者が求めているのは、通り一遍の「観光」ではない。バジェットトラベルの真骨頂とは、1ヵ所に長く滞在して、旅先での体験や地域の人々とのふれあいを楽しむことにある。そのためには、地域が一丸となって、浅草とも上野とも違う柴又ならではの魅力を磨き上げていくことが必要だ。
これまでに蓄積した運営ノウハウを活用しながら、地域と連携して、旅行者を魅了してやまないおもてなしの形を作り上げること。『Shibamata FU-TEN Bed and Local』が葛飾区のインバウンドの牽引役となれるかどうかは、まさにそこにかかっているといっても過言ではない。

2017年 06月04日 11時00分