築60年を超える長屋を改修したゲストハウス「界音」

築60年の長屋を改装したゲストハウス「界音」。外観からは想像しにくいが、中に入ると鰻の寝床を思わせる長い通路があり、非常に開放感のある空間が広がっている築60年の長屋を改装したゲストハウス「界音」。外観からは想像しにくいが、中に入ると鰻の寝床を思わせる長い通路があり、非常に開放感のある空間が広がっている

九州を代表する繁華街である天神に近く、中洲まで徒歩10分以内という場所にある「須崎町」。毎年7月に開催され、福岡市民の夏の風物詩ともなっている博多祇園山笠のクライマックスを飾る廻り止め(ゴール)として知られる須崎問屋街には、戦後間もなく建てられた昭和の建築が今も数件残っている。ここに、築60年を超える長屋を改修し、現在はバックパッカー向けの宿泊施設として活用されている建物がある。それがゲストハウス「界音(かいね)」だ。
オープンは2008年。今でこそ、アジアをはじめとする海外旅行客の増加に伴い、ホステルやゲストハウスが市内各地に多く見られるようになったものの、当時は海外旅行者向けの低料金で宿泊できる施設は数える程しかなかった。つまり、福岡ゲストハウスの"老舗"というわけだ。

「初めていらっしゃる方は、昭和の古い外観の建物を見た瞬間にびっくりされます。でも、玄関を開けて、中の佇まいを見た途端に安堵の表情に変わります」と笑うのは、常連の宿泊客から"おかみ"の愛称で親しまれる界音のマネージャー原瑞枝さんだ。

「"界音"という名前には、『天神や中洲のにぎやかな街中から少し離れた"界隈"の"音"に耳を澄ます』から来ていて、お客様にゆっくり流れる時間を過ごして頂きたい、という想いが込められています」。
界音周辺は問屋街ということもあり、繁華街が徒歩圏内であることを忘れてしまう程、夜間は閑静な場所である。

建物の雰囲気と女将のおもてなしが織りなす居心地の良さ

2008年のオープン時から「界音」のマネージャーを務める原さん。外国人宿泊客からの観光に関する質問に対して、親身に応える姿が印象的だった2008年のオープン時から「界音」のマネージャーを務める原さん。外国人宿泊客からの観光に関する質問に対して、親身に応える姿が印象的だった

この界音を立ち上げたオーナーの紹介で、オープン当初からマネージャーとして界音を見守り続けてきた原さん。
「この一角は、外観に同じタイルが使われた建物がいくつか残っていることから、戦後すぐに同じような建物が並んでいたんだと思います。そのほとんどは建替えが進んでしまいましたが、界音は当時の外観をそのまま活かしており、最近の建物では見られないレトロなタイルが私のお気に入りのポイントでもあります」。
この長屋はもともと住居として使われており、1階部分は当時、車庫として使われていたという。当時のスタッフや友達を中心に改修をし、うどん屋を併設したゲストハウスとしてオープンした。その後、1階部分が手狭になったこともあり、うどん屋は隣の建物に移動しているが、今も界音の名物メニューとして人気があるそうだ。

「建物が古いため、すぐに建物の中が冷えてしまったり、隙間が多く埃が溜まりやすいなど、手間がかかるのが正直なところです。でも、この古い雰囲気が気に入って、繰り返しいらっしゃるお客様もいます。改修するときも砂利道に敷く石をいただいてきたり、個室を作るために壁を作ったり…。こうした一つひとつに界音の歴史があり、愛着があります。この建物を残すために、これ以上傷まないように、こまめなお手入れを心がけています」と原さんは語る。
原さんのホスピタリティは、ゲストハウスの運営面にもあらわれている。
「お越しになる時間に合わせて部屋を暖めた状態にしておくために、宿泊者の方にあらかじめチェックインのお時間をお伺いしておいて、お部屋の中が暑すぎたり寒すぎたりしないように気をつけています」。

一般的にゲストハウスと聞くと、外国人旅行客が多く滞在する様子を想像する。しかし界音の場合は、意外にも宿泊客の半分近くが日本人だといい、中には毎月訪れるというリピーターも少なくないそうだ。建物が持つ懐かしい雰囲気だけでなく、原さんのおもてなしが生みだす居心地の良さが、繰り返し訪れたくなる空間を生み出しているのかもしれない。

宿泊者にとって、良い旅になるための場所を目指して

(写真上)個室と女性ドミトリーは畳に敷布団のスタイル※写真は個室の様子<BR />(写真下)ドミトリーの部屋は2段ベッドが並べられている(写真上)個室と女性ドミトリーは畳に敷布団のスタイル※写真は個室の様子
(写真下)ドミトリーの部屋は2段ベッドが並べられている

「界音」は、男性用ドミトリー、女性用ドミトリー、個室合わせて全5部屋があり、17名が宿泊できる。個室と女性用ドミトリーは畳になっていて、靴を脱いでくつろぐ体験は、外国人旅行者にとっても新鮮な体験なのではないだろうか。
界音の魅力の半分は、宿泊するお客様によって生みだされる、と原さんは語る。
「私自身、どこかに旅するときはできるだけゲストハウスを選ぶようにしています。そこで学んだことは、旅が素敵な経験になるかならないかは、"運"に寄る部分も大きいということです。宿泊したゲストハウスの共有スペースに集まる人達が楽しければご飯もおいしくなるし、同じ部屋に泊まった人がいい人だったらいい宿になる。こうした体験は、運営者側からは起こそうと思ってもなかなか難しいことだと感じています。1日~2日の宿泊で気の合う人を見つけるのは難しいかもしれませんが、できるだけ長く滞在してもらい、素敵な旅の出会いに結びつけられるような場所を目指しています」。

安価な宿泊費だけではないゲストハウスの魅力とは

今回の取材にあたっては、筆者も実際に宿泊をし、男性6人のドミトリー部屋を体験した。私の他に、韓国、台湾、そしてトルコの旅行者と同じ部屋になったのだが、お互い外国人同士にも関わらず、「すみません」という日本語を話しながら、スマートフォンの灯りや物音に気を遣っている姿が印象的だった。
翌朝のチェックアウトの時間には、原さんへの観光名所や交通アクセスについての相談も多く、文化や習慣も違う見知らぬ人同士が一つの屋根の下に集い、旅立っていく様子から、界音が外国人旅行者にとっても地域の起点になっていることを感じた。
ゲストハウス界音の宿泊料金は、2017年1月現在、ドミトリー2,600円~、個室は4,500円~となっている。多くの宿泊者が訪れる理由には、リーズナブルな価格で寝泊まりできることだけではなく、旅の中での出会いや交流を通じて、知られざる地元の魅力に触れることができる点にあるのかもしれない。

「外国人観光客の増加や2020年のオリンピックに向けて、ゲストハウスをはじめとする簡易宿所が各地で増えています。でも、長い目で見た時に、今の界音の雰囲気を大事にしながら維持し続けることが今の目標です」と語る原さん。
昭和の趣を残すこの長屋が、この先も旅行者の出発起点として、活用され続けていくことを期待したい。

取材協力:博多町屋ゲストハウス界音
http://www.kaine-g.com/

旅行者を誘うような一際目立つ界音のエントランス部分旅行者を誘うような一際目立つ界音のエントランス部分

2017年 02月26日 11時00分