金沢駅近く、水路沿いの築140年の元呉服店がゲストハウスに

厚生労働省によると2016年3月末で日本の旅館業(ホテル、旅館、簡易宿泊所)の営業許可施設数は約7万8000施設。同年、それだけの数の施設の中から、世界最大のシェアを誇る英語による旅行ガイドブック「ロンリープラネット」が日本で一番泊まりたい宿として選んだ6施設のうちのひとつに、金沢市にあるゲストハウスポンギーがある。部屋数3室、最大宿泊人数10人という、同時に選ばれた都心一等地にある大手資本のラグジュアリーなホテルなどとは比べようもない規模ながら、開業以来8年間で5回も海外から泊まりに来た人がいるなど、人気の宿である。

立地するのはJR金沢駅から歩いて数分。六枚町という、江戸時代から商人が多く住んできた一画で、周囲には趣きのある建物が点在しており、ポンギーも築140年近いという、元呉服店の町家を利用している。

「少し離れたところに母屋があり、そこの離れとして使われてきたようですが、私が探していた時には空き家となっており、貸家と札が出ていました。駅、銭湯に近い日本家屋を条件に探していたのですが、この建物はそれらの条件に加え、夏には蛍も飛び交う鞍月(くらつき)用水沿いという魅力的な立地。さらに建物裏には蔵が付属しており、いびつな形の建物ながら面白いと、ここで開業することを決めました」(ゲストハウスポンギー代表・横川雅喜氏)。

元々は呉服屋さんだったというポンギー。三角形の不思議な形状をしている。前を流れる鞍月用水は香林坊など中心部に向かって流れており、川沿いには地元でも話題の店などが並ぶ元々は呉服屋さんだったというポンギー。三角形の不思議な形状をしている。前を流れる鞍月用水は香林坊など中心部に向かって流れており、川沿いには地元でも話題の店などが並ぶ

ミャンマーでの得度経験を経てゲストハウス経営へ

柔和な笑顔で来客を迎える横川氏。ゲストにはマサキと呼ばれている柔和な笑顔で来客を迎える横川氏。ゲストにはマサキと呼ばれている

京都生まれの横川氏は生まれてすぐに親の転勤でパラグアイに7年、小中学校の4年間をブラジルで過ごし、大学生の時にはポルトガル語を学んで1年間ブラジルに留学したという経験の主。大学卒業後は15年ほど金融機関に勤め、その後、会社を経営。2005年に縁あってミャンマーの高僧と出会い、短期間ながら得度。僧侶の経験をする。それが人生の転機になったという。

「ブラジルにいた子どもの頃、車が横断歩道で止まり、貧しい地元の少女が車内にいた私にチューイングガムを買わないかと声をかけてきた時のことを今でも覚えています。ガラス一枚の隔たりを大きく感じ、それがずっと心の中にあった。得度した時、『自分を大切にするのはもちろん、他人も大切に』というシンプルな言葉に自分ができることはなんだろうと思いました」。

その後、日本でアジアの子どもたちを支援するNPOに加わり、その活動拠点の移転に伴い、石川へ。NPOはその後、石川を離れたが、「自分で働き、奉仕する道を歩もう」とNPOを離れた後、横川氏は観光と生活、古いものと新しいもののバランスの良い金沢に惹かれ、留まってゲストハウスを立ち上げることになった。

「ミャンマーの子どもたちに全財産を寄付してしまい、40過ぎで無一文という状態。このままでは他人への援助どころではない。そこで、アルバイトを始め、どうせ住むなら一人で住むより、広い家で他の人を呼んで一緒に住めばいいんじゃないかと、経験はないものの、ゲストハウス経営を思い立ったのです」。

日本の家の狭さが新鮮、楽しいという評価

蔵を利用したドミトリーと次の間付きの和室。薄暗さも情緒蔵を利用したドミトリーと次の間付きの和室。薄暗さも情緒

訪ねてみると、宿は前述したように客室3室にパンフレットなどが置かれた4畳半ほどの共用ラウンジ、6畳の談話室と2畳ほどのフロント、キッチンにシャワールーム、トイレがある、サイズ的にはさほど大きくない普通の民家。欧米の人々からすると、かなり狭く感じるのではないかと思うが、横川氏はそれが面白がられているという。「よくドールハウスみたいと言われます。蔵の中を使ったドミトリーで寝るという体験は、日本人、外国人問わず好評で、特に紫外線に弱い欧米系の人達には薄暗い室内は落ち着くと好まれています。」

しかも、わずか6畳の談話室では毎夜、折り紙や習字、箸の使い方やお茶の飲み方、一緒にスーパーに買い物に行って鍋を作るなどのアクティビティが行われており、それ以外にも和菓子を作ったり、用水沿いのバルコニーや玄関の橋を利用して、三味線や琴、バイオリン、能楽を楽しむなどといった本格的なイベントが開かれているという。冬などこたつの周りに10人以上が集まることもあり、隣の人と肩寄せ合う状態である。

「そこまで密着した状態になっても、山手線内で隣同士が話すことはないけれど、ポンギーでは最初に私が互いを紹介するので、すぐに仲良くなれる。畳の上に座った時の距離感には不思議に人を仲良くさせる効果があるのかもしれません。狭さも使いようでは悪くないのです」。

特に海外から来た人にとっては和室は非日常の空間である。そこで日本の生活を体験できるとあれば得難い旅になるはずだ。

本当の魅力は「我が家のような寛ぎ」

市内で発行されている英文フリーペーパー以外に宣伝していないにも関わらず、2009年6月のオープンから1年ほどで、世界最大の旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」の日本でホテル以外に泊まりたい宿としてベスト5に登場。2013年には同サイトでホテル・旅館も含めた上で日本で12位になるなど評価が高まっていった。訪れてみて分かったのは、建物やイベントも魅力ではあるものの、本当に人を惹きつけているのは代表である横川氏をはじめとした宿の人々のフレンドリーな温かさであるということ。

談話室で話を聞いている間にも戻ってきたゲストには「おかえりなさい」、次の土地に旅立つゲストには「いってらっしゃい」と声がかかり、会話が弾み……。『我が家のように寛いで』とはどの宿でも聞く言葉だが、それがここまで実践されている宿は実際のところ、珍しいのではなかろうか。

宿泊した人達のコメントが記されたゲストブックを見せていただいたのだが、そこには宿で覚えたのであろう、たどたどしい日本語で書かれた数多くの「ありがとう」に代表される、滞在を楽しんだ人たちの声がびっしりと記されていた。中には「せっかくの旅先で風邪をひいて寝込んでしまったが、夜中に持ってきてもらった湯たんぽに泣きそうになった」と、読んでいるほうも泣きそうになるようなコメントも。泊まるだけではない宿と言われるのは体験に加え、こうした触れ合いがあるからだろう。

宿泊した人達が残した言葉が綴られたゲストブック。すでに20数冊に及んでおり、ゲストたちが宿を楽しんだことが伝わってくる宿泊した人達が残した言葉が綴られたゲストブック。すでに20数冊に及んでおり、ゲストたちが宿を楽しんだことが伝わってくる

「こういう旅をしたいからこの宿」という選択

日本人も3~4割はいるものの、宿泊者の過半は欧米、オーストラリア、台湾などからの旅行者というポンギー。横川氏は海外の人たちは安いからゲストハウスを選んでいるのではないという。日本人の場合、高い宿=良い宿と思いがちだが、彼らは「どんな旅をしたいか」で宿を選んでいるというのだ。

「一緒に旅行している友人は高額なホテルを選んだが、私は日本の生活を味わいたいからポンギーにしたという人、ポンギーに泊まって金沢屈指の料亭に食事に行く人もいる。金額ではなく、自分のやりたいことができる場所に泊まる。それが彼らの選択方法です」。
考えてみると、同じことは住宅にも当てはまる。高額なものであるだけに、私達はどうしても家選びを金額、駅からの距離や専有面積などから考えるがちだ。だが、本当は「こういう暮らしがしたいからこういう家」という考え方があっても良いはず。宿選び、家選びはともにもっと自由になっても良いのかもしれない。

ところで、最後にポンギーという不思議な名まえの由来を。これはミャンマーの言葉でお坊さんを意味しており、横川氏の得度体験からきたもの。と、聞くと、宗教絡みの、胡散臭さを想像する人もいるかもしれない。実際、建物改装時に談話室に仏像が飾られているのを見て、ご近所の人達は怪しい宗教施設ができるんじゃないかと心配したそうだ。

だが、宿泊料金のうち100円をアジアの子ども達支援に使っている点は他とは違うものの、宗教色はゼロ。逆に横川氏の、宿泊者に接するのと同じ笑顔での付き合いにこのまちの人々はすっかりめろめろ。今では玄関に野菜が置かれていたり、花が生けてあったり、宿のイベントに来てくれたりとすっかりまちの一員に。さらに今年からは町会長をやることになったという。3室のゲストハウスが日本の旅行業界のみならず、歴史あるまちをも変えることになるのかもしれない。

ゲストハウスポンギー
http://pongyi.com/index.html

左上から時計周りに玄関を入ったところにある談話室、共用ラウンジ、ラウンジに置かれた茶道具を入れた箪笥、貴重品を入れるロッカー。廃品を上手に利用している左上から時計周りに玄関を入ったところにある談話室、共用ラウンジ、ラウンジに置かれた茶道具を入れた箪笥、貴重品を入れるロッカー。廃品を上手に利用している

2017年 04月19日 11時06分