浪速、黒門市場近くにある強烈なインパクトの建物

築60年の木造3階建ての文化住宅がアートの力を借り、</br>時代も国も飛び越えているような不思議な建物ができあがった築60年の木造3階建ての文化住宅がアートの力を借り、
時代も国も飛び越えているような不思議な建物ができあがった

奇跡的に残った木造三階建ての大阪の“文化住宅”

昔の文化住宅の入り口に「道草アパートメント」の看板がかかる昔の文化住宅の入り口に「道草アパートメント」の看板がかかる

大阪市中央区高津…浪速の台所、黒門市場近くにその建物はある。強烈なインパクトを与えるその建物の外観は、古さと斬新さを兼ね備え、見る者に不思議な印象を与えている。つけられた名前は「道草アパートメント」。

現在は、複数の店舗が入る「道草アパートメント」は、実は築約60年の木造三階建ての賃貸共同住宅…いわゆる“昭和の文化住宅”だった。数年前まで、最後の住人が住居として使っていたというそのアパートは、バブル時期に取り壊されることもなく、駐車場になることもなく、周囲でもめずらしくそのまま残っていた。

この建物を引き継いだのは、この地で三代不動産業(株式会社 三光園)を営んでいる田中雄一郎さん。最初は、“稼業を継ぐつもりなどなかった”、という田中さんは、料理人を経てミュージシャン・アーティストとして活動してきた異色の経歴をもつ。

「祖父、父とそのままにしてきたこの建物を引き継いだとき、正直“どうしたものか”と思いました。建てなおし、取り壊しもお金がかかる…。いろいろ考えた結果、この建物を活かして何かできないか、とリノベーションをすることにしました。」

既成概念ではできなかった、アパートの再生

道草アパートメントの大家さん、田中雄一郎さん(左)と建築士の山口恵介さん(右)道草アパートメントの大家さん、田中雄一郎さん(左)と建築士の山口恵介さん(右)

相談をしたのは、現A STORY(ア ストーリー)の代表で一級建築士の山口恵介さん(当時、GRID DESIGN株式会社在籍)。「最初、建物の中に入った時は、これは本当にどうしようか…と思いました。とりあえず、耐震は施さなくてはならない…それ以外はどうするのか、予算と相談しながら、田中さんと話し合いながら進めました。」

田中さんは、「内装はこうしたい、ということはなかったです。お金もありませんから(笑)。ただ、水回りの不便さもあり、住居として使うのは無理だなと感じていましたし、漠然と店舗として使おうとは思っていました。あとは、一緒に取り壊しや補強を手伝いながら、これは使えるのでは?と現場現場でアイディアを出してリノベーションを進めた感じですね。」

設計士とアーティスト…リノベーションを進める際に意見がぶつかったりしなかったのであろうか?
「いや、もう二人とも全然畑が違うというか、耐震や設計のことになると僕は"ふーん、そんなものか"という感じで山口さんにお任せでした」と田中さん。
山口さんは、「がちがちの設計では、考えられないというか…。えっ、こんなものが使えるのか?とか、ここはそのまま残すんだ、とか田中さんにかかるとアーティストならではの閃きがあって…実際に出来てみると"なるほどなあ"と。大変でしたが、刺激的でした」と語る。

よく見ると道草アパートメントの外壁には、アーティストのペイントだけでなく、ドアや板が打ちつけられている。これらはすべて、道草アパートメントから出た廃材だ。作業をしながら、どんな建物が出来上がるのか、誰もわからない…しかし、そうして昭和の雰囲気を残しながら、未来的な感覚もある“ネオアジア的”建物、「道草アパートメント」は出来上がった。

建物を残すだけではない、「居場所をどう残すのか」をクリエイトする

建物自体のリノベーションは自由に変化しながら進んでいった。
しかし、建物のコンセプトについては、田中さんには実現したいある想いがあったという。
「僕には二つの課題感がありました。綺麗に区画整理され、外部から閉ざされた都市に“人が自然に集う居場所”がなくなってきていること、そしてその人とのつながりが断たれた状態でよいクリエイティブは生まれない、ということでした。
このアパートは、僕も小さいときに遊びに来ましたし、地域のおっちゃん、おばちゃんに見守られながら育ってきた感覚があります。どこまでできるか未知数ですが、この建物を使って地域の人々とアーティストたちを巻き込みながら、そういう自然な交流が生まれる居場所をつくりたかった。」

最初は、自らの音楽事務所やショップを移転させたり、知り合いのアーティストに声をかけ店舗を開いた。
今ではカフェやセレクトショップなどが入り(HCS:コーヒースタンド、CORNER SHOP:ジャマイカンスタイルBAR、ツギハギ堂:家具&アンティーク、Orb Jewely:ハンドメイド宝珠装飾品、420RECORDZ:音楽レーベル)、休日になると一階部分が街に向かって開かれて、アーティストや若者だけでなく地域の子供やお年寄り、いろいろな人々が立ち寄ってくる場所となっている。

写真左:襖に書かれたアートはアジアのアーティストの作品。まだ未完成だという</br>写真右上:海外から雑貨を輸入して置いているPAK-CHEE-CHOBのミホさん(左)とレイカさん(右)</br>写真右下:休日は、たくさんの人が建物前に集う。元料理人の田中さんの焼くホルモン串は、タレの味も絶品写真左:襖に書かれたアートはアジアのアーティストの作品。まだ未完成だという
写真右上:海外から雑貨を輸入して置いているPAK-CHEE-CHOBのミホさん(左)とレイカさん(右)
写真右下:休日は、たくさんの人が建物前に集う。元料理人の田中さんの焼くホルモン串は、タレの味も絶品

「道草」の名前に込めた想い…新しい大家のかたち

「いろいろな事件や事故を見ていると、現代の社会は、物事に名札をつけて決めつけすぎているんだと思います。成功・失敗、出来る子・出来ない子、○や×だけでは人生は語れないし、味わえない。
人というのは、本当はもっとグラデーションになっていると思います。人との交流を通じて、そういった実感を持てる居場所がここであればいいな、と。だから、建物自体も決めつけていないし、まだまだ自由でこれから変化します。
僕自身も、不動産屋の息子に生まれながら料理人を志し、でもアーティストに変わり、そして今、大家をやっている…。実は、“道草”という言葉には、寄り道をしていろいろ感じて、見て、生きていこうという想いを込めているんです。」

ところで、田中さんには“アーティスト”“不動産業”などの肩書がかかれた名刺がない。
「自分の仕事は何と問われたとき、困るんですよね。やりたいことはあるけど、知られている肩書には当てはまらない…。でも、今はあえて言うなら、“大家さん”かなあ」とてらいがない。

昭和の初期に建てられ、奇跡的に残った「道草アパートメント」。廃材とアートでリノベーションされたこの建物は人々の活気とともに新しいエネルギーを発しはじめた。田中さんは、“今後は他の地域にもこういった場所をクリエイトしていきたい”という。建物の再生から発せられる今後のメッセージに期待したい。

「祖父が生きていて、この建物を見たら“おまえ、むちゃくちゃしよるなあ。なにしてくれとんねん”と、あきれると思います。でも、きっとその顔は笑っていると思うんです」とアートな大家さんは笑顔で話してくれた。

参考動画:道草アパートメント
http://www.mtv81.com/videos/japon/yuichiro-tanaka-segment-1/
http://www.mtv81.com/videos/japon/yuichiro-tanaka-segment-2/

田中さん、山口さんだけでなく、多くの仲間が関わって「道草アパートメント」はリノベーションされた田中さん、山口さんだけでなく、多くの仲間が関わって「道草アパートメント」はリノベーションされた

2015年 06月18日 11時06分