福岡を代表する数々の建築が建つ天神明治通り

日本建築学会が主催する今回のイベント。セミナーには建築学会の関係者をはじめ140名が参加した。セミナー会場となったのは、同じく天神明治通り沿いにある西鉄イン福岡の大ホール日本建築学会が主催する今回のイベント。セミナーには建築学会の関係者をはじめ140名が参加した。セミナー会場となったのは、同じく天神明治通り沿いにある西鉄イン福岡の大ホール

九州最大の繁華街の一つである「福岡市天神」。この天神を東西に貫く「天神明治通り」には戦後、福岡を代表する個性的な建築がいくつも建てられた。その代表的な建物には、天神ビル、福岡銀行本店、アクロス福岡などがあり、その特有の外観は、現在も天神地区のシンボルとして佇んでいる。
歴史のある建造物が多く建つ一方、天神地区では、今後10年間で30棟の民間ビルの建替えを促し、新たな空間と雇用を創出しようとするプロジェクト「天神ビックバン」が進んでいる。
すでに天神エリアでは再開発が始まっており、天神セントラルプレイス(旧・福岡三和ビル)が解体され、地上16階建て(高さ約75メートル)の大型ビル1棟の建設が予定されている。1960年に竣工した天神ビル、1975年に竣工した福岡銀行本店も近い将来、建替えの可能性があるのだ。

2016年8月27日、これら3つの建築設計にそれぞれ携わったゲストスピーカーを招いた「天神明治通りのこれまでとこれから」と題したセミナーが開催され、天神ビル、福岡銀行本店、アクロス福岡を巡るツアーも同時に開催された。
これらの建築は、どのような思想で設計され今日に至るのか?その歴史的な価値を知ることで、今後大きく変わっていく未来の天神のまちの姿を改めて考えてみたい。

天神の戦後復興の象徴ともいえる天神ビル

(写真上)天神ビルの外観。「歩道に面して作られた歩行者のための空間」のデザインは、その後、天神ビルの発注者でもある「九州電力株式会社」の別社屋にも継続的に採用されている
(写真下)今回の見学ツアーで特別に開放された天神ビル屋上からの景色(写真上)天神ビルの外観。「歩道に面して作られた歩行者のための空間」のデザインは、その後、天神ビルの発注者でもある「九州電力株式会社」の別社屋にも継続的に採用されている (写真下)今回の見学ツアーで特別に開放された天神ビル屋上からの景色

天神エリアの主要な道路である渡辺通り、明治通り、昭和通りが交差する"かなめ"に位置し、天神のシンボルともいえるのが「天神ビル」である。セミナーでは、当時天神ビルの設計施工を担当していた株式会社竹中工務店 現九州支店長の吉田寛史氏より、施工当時の様子が収められた貴重なフィルムが上映された。

戦後、焼け野原だった福岡市に新たなまちができあがっていく中、"復興の象徴"ともいえる天神ビルが完成したのは1960年(昭和35年)。設計施工を手掛けたのは竹中工務店である。オフィス用途の他に、クリニックや電化製品のショールーム、結婚式場を併設するなど、当時としては珍しい複合ビルは「最新のビジネスセンター」として注目を集めた。また、テナント収益が最も多い1階部分を「公共的な歩道空間」として建物内に取り込み、歩道を歩く市民が立ち寄りやすくするための工夫がされるなど、現在の「公開空地」を先取りした計画ともいえる。

設計者である当時竹中工務店九州支店設計部長 岩本博行氏は、「自然に溶け込む日本建築の伝統的な色による統一」という基本的な考えのもと、日本の都市を再興するべく、外壁に褐色の有田焼を用いた。復興期だった当時、この褐色のタイルに対しては、「濃すぎはしないか」「街を暗くする」とその賛否が新聞紙上で論争になるなど、高い注目も伺える。
先進的な設計は、窓サッシにも取り入れられていた。新しい材料の性能や耐久性を突き詰め、当時としては画期的なステンレススチールを採用し、四隅の角が丸い特徴的なデザインとなっている。

竣工から48年が経った2008年、天神ビルは長年にわたって良好に維持管理され、市民に受け入れられている優れた建物に対して与えられる「BELCA賞ロングライフ部門表彰」を受賞した。周辺が現代的な建物に建替わる中でも、当時のままその姿を残し、後の福岡の街並みに影響を与える存在となった。

福岡銀行本店、アクロス福岡から考える都市の中にある公共空間とは

天神ビルの西隣にある「福岡銀行本店」。世界的な建築家黒川紀章氏が設計を手掛け、1975年(昭和50年)に竣工した建築である。
その特徴はなんといっても、敷地のおよそ3分の1にも及ぶ広さの"吹き抜け"の存在である。天神ビル同様、1階の敷地部分を市民が利用できる「公共空間」として開放してる。当時、このプロジェクトに意匠設計チーフとして黒川紀章事務所に勤めていた高井實氏からは、最終的な設計案に至るプロセスやその際に描かれた黒川氏のスケッチなどが紹介され、基本構想から設計完了までの様子が語られた。また、福岡銀行本店の地下には地下大ホールもあり、金融機関としての利用以外にも、公共性の高い施設としての設計思想を伺い知ることができる。

続いて紹介するのがアクロス福岡だ。
天神中央公園から一続きに、公園と建築が一体化して見える小高い丘。「ステップガーデン」と名付けられたその段々状になった公園は、福岡市民にとって馴染み深い存在である。
旧福岡県庁跡地に計画された「福岡県国際会館提案競技(アクロス福岡の当時の名称)」において、最終選考に残ったのがエミリオ・アンバーツ×日本設計×竹中工務店のチームによって、1995年(平成7年)竣工した。
このアクロス福岡に、エミリオ・アンバーツ(以下、アンバーツ)氏と共にデザイン携わった川口英俊氏から、アンバーツ氏の"都市建築"に対する思想が語られた。
まず設計段階では、「昔からあったものをどのように今後の都市、まちづくりに活かしていくか」という点から始まった。アンバーツ氏は京都の景観や庭に対しての大変造詣が深く、「公園、庭、植物が都市にどれだけ影響を与え、人の舞台のための装置になるのか」という点を突き詰めていたという。

現代建築では、設計上、省エネ性や採光性などが重要な要素のひとつとなっている。しかしアンバーツ氏は、こうした要素はあくまで"コンペを通すためのエクスキューズ(言い訳)であり、本当の目的ではない"と割り切り、"あくまで天神中央公園をひとつづきの空間として天神の都心に開放する"ことしか考えていなかったという。
公園と建築物の一体化は、都心部の敷地の有効活用という都市が抱える課題に対してのひとつの解決策を示しているのではないだろうか。

(写真左上)天神中央公園から眺めるアクロス福岡。公園の緑地からひとつづきのなだらかな丘のようにも見える<BR />(写真左下)屋根部分は、ステップガーデンと名付けられ、階段状にすることで実際に人が登っていける公園にもなっている<BR />(写真右)敷地を大胆にもピロティとして開放している福岡銀行本店(写真左上)天神中央公園から眺めるアクロス福岡。公園の緑地からひとつづきのなだらかな丘のようにも見える
(写真左下)屋根部分は、ステップガーデンと名付けられ、階段状にすることで実際に人が登っていける公園にもなっている
(写真右)敷地を大胆にもピロティとして開放している福岡銀行本店

天神ビックバンによる規制緩和によって、新しい動きを見せる天神エリア

セミナーの最後には、今回のイベントの共催でもあるNPO法人福岡建築ファンデーション(以下、FAF)代表理事で建築家の松岡恭子氏から、福岡のまちの歴史的特性と、同じく天神明治通り沿いにある水上公園の再開発について語られた。
「福岡は古くから中国、韓国をはじめとするアジア諸国と貿易を通じて"商都"として栄えてきました。特にこの天神エリアは、商業の中心として、意識的にデザインを取り入れてきた都市だと感じています」という松岡氏。松岡氏は、2016年7月15日にリニューアルされた水上公園のSHIP'S GARDEN(シップス ガーデン)の設計を手掛けており(建築家・井手健一郎氏と共働)、その設計コンセプトが解説された。

福岡市が掲げる「天神ビッグバン」構想の第1号として実行されたこのプロジェクトは、「公園」という公共性の高い空間に対し、運営を「公園部分」と「建物部分」で分けているのが特徴である。民間企業が自らの負担で建物を設計・運営し、その地代を福岡市に払うという仕組みだ。その反対に、公園部分の整備は福岡市がコスト負担し、イベント時などは、民間企業がその使い方を想定し運営管理を行うという、行政と民間企業が共に連携しあう体制になっている。

水辺というロケーションを活かし、朝も昼も夜も、老若男女が気軽に訪れる場所にしたいという要望に対し松岡氏は、限られた敷地を有効活用するため、建物の屋根部分と公園を一体にした案を考案。公園面積を建物で減らさぬよう、建物の屋根部分まで一般の人が利用できるようにして、公共空間を減らさない策を取った。

天神ビッグバンのプロジェクトのひとつ水上公園。2016年7月15日にリニューアルオープンした天神ビッグバンのプロジェクトのひとつ水上公園。2016年7月15日にリニューアルオープンした

天神明治通りの建築の歴史から見えてくる都市と建築の関係

天神ビル、福岡銀行本店、アクロス福岡、そして水上公園…。今回のセミナーで紹介された建築の設計には、それぞれが"都市の中に、そして人々の生活にどのように溶け込むか"という思想が現れている。

戦後の復興時に建てられた天神ビル、バブルの建設ラッシュ期に考案されたアクロス福岡、そして人口減少時代に突入し、土地が余っていく状況でリニューアルされた水上公園など、天神明治通りの建築の歴史は、様々な社会情勢の変化の中で求められる都市と建築のあり方を示す歴史でもあるともいえる。

松岡氏は、天神明治通りの将来について、
「これから天神地区の建物が建て変わっていくときに、福岡天神の明治通り沿いに立つんだから恥ずかしいものは建てられない。福岡のまちのデザイン、ひいては日本のまちの景観を牽引していく存在になっていくこと期待している」と語る。

今回のセミナーとツアーに参加し、建築の歴史や設計者の思想を知ることで、これまで見過ごしていた建物の見方が大きく変える機会となった。市民に愛された建築が、この先形を変えて、天神のまちにどのような新しい景観をつくりだすのだろうか。非常に楽しみである。

「天神ビックバン」構想によって、天神交差点から半径約500mのエリアを対象に、ビルだけでなく、地下通路や公園、インフラなどの整備も進められる予定。建替えなどが進むことで、一体どのような空間が生まるのだろうか「天神ビックバン」構想によって、天神交差点から半径約500mのエリアを対象に、ビルだけでなく、地下通路や公園、インフラなどの整備も進められる予定。建替えなどが進むことで、一体どのような空間が生まるのだろうか

2016年 12月04日 11時00分