土地として売られていた家屋

少子高齢化による人口減をむかえ、既存住宅を取り巻く課題は深刻化しつつある。HOME'S PRESSでもたびたび取り上げているように、空家の問題はますます深まるだろうと予測される。要因としては、実家を相続したが高齢のため空家管理ができない、遠方に住んでいるため管理が不可能、固定資産税が上がってしまうので壊せない、などである。
よって、空家のまま放置されるか、売る判断をせざるを得ない家もあるが、その中には昭和初期に建てられた住宅…今となっては貴重な木造の日本家屋も含まれる。その状況は、地方だけでなく都市部、また京都や鎌倉といった古都と呼ばれる人気の地域でも例外ではない。

北鎌倉の駅から徒歩約5分、古くからの風情が残り有名な寺院の集まる場所に、昭和12年に建てられた日本家屋がある。築約80年となるその日本家屋は、"土地"として売り出されていた。購入者による取り壊し、建替えが前提だったのである。

オーナーの奥野さんは、「土地として売りに出されていたこの家を見たとき、既に空家で廃屋に近い状態でした。でも、よく見ると家のいたるところに心惹かれるところが多々ある…。もともと、古い日本家屋が好きで、今までも仕事上住むことになった京都や鎌倉でも古い物件を借りて住んでいました。この地(鎌倉)でこの家(日本家屋)であることが景観を含めて、とても貴重な存在であると思えました。たぶん私達のような人間が買わなかったら、取り壊されて普通の新築住宅になるのだろうと思うと残念な気持ちになり、思い切ってリノベーションすることを前提に購入することにしたんです」という。

小さいけれど豊かで心地よい空間

築80年の日本家屋は昨年末に購入され、基礎土台や耐震改修、屋根の葺き替えを含め丁寧に改装された。8畳と6畳の和室に台所と、決して大きな家ではない。水まわりの設備などは機能的な新しいものに取り換えられたが、間取りはそのまま、住居の中も活用できるものはそのまま残しているという。

三方を山に囲まれた鎌倉には、丘陵地が浸食されて形成された谷状の地形・谷戸(やと)があり、そこに寺や住居が建てられた。この住まいは、古くは明月院の敷地内であったこともあるのであろう…家の後ろには、谷戸の地形を活かしたやぐらがあり、台所に隣接した部屋からその様子がうかがえる。また縁側からは、谷戸の岩石部分を活かした小さな庭がのぞめる。住まいからの眺めは、季節ごとに様々な表情をもち、小さいけれど豊かな気持ちになる空間がある。
そのほかにも、「古いものが本当に好きで、凝り性なんです」という奥野さんが少しずつ集めた、表具や建具などが欄間や障子に使われ、いたるところにセンスの良さが感じられる。

写真左:台所に隣接した小さな部屋から見えるやぐら</br>写真右上:部屋にしつらえられたインテリア類にもオーナー奥野さんの趣味の良さが見える</br>写真右下:縁側と庭。奥には岩石を利用した小さな石庭が作られている (c) Toru Hiraiwa写真左:台所に隣接した小さな部屋から見えるやぐら
写真右上:部屋にしつらえられたインテリア類にもオーナー奥野さんの趣味の良さが見える
写真右下:縁側と庭。奥には岩石を利用した小さな石庭が作られている (c) Toru Hiraiwa

日本家屋の一番良い残し方とは

家を購入し住めるように手を入れながら、奥野さんはこの家に住んでいない。
現在、この家はオーナーと賃貸借契約を結び、利用者が転貸借契約を結んで借りることのできる仕組みをもつSTAYCATION(ステイケイション)によって運営・管理されている。一般の私たちが、一週間からの別荘として借りることが可能だ。
「仕事もあり、今は家族で住むには少し手狭なので、購入してリノベーションを手掛ける段階からこの家をどうするかを考えていました。賃貸物件として貸してしまうと、借りる方の状況も考えなければならないし、管理も大変だなあと感じていました。将来的には、ここに住むとしても、現在の活用をどうしようかと…。縁あって、賃貸としてではなく別荘として活用してもらう仕組みを前から知っていたこともあり、STAYCATIONさんに相談したんです」と奥野さんはいう。

STAYCATIONの代表 吉村さんは、
「日本家屋の良さが感じられる"暮らしサイズ"の規模の住宅は、実はなかなか出てこないんです。実際に住まいとして使われていた家はオーナーさんの想いもあり、空家状態になってもなかなか賃貸にも売買にも出てくるまで時間がかかります。それで家が結果的に放置されることになり、住まいとしては傷んでしまい、結果、将来に残せない…というケースがみられるんです。日本家屋を購入して、リノベーションする段階からバケーションレンタルとしての活用までをしっかりと考えられている奥野さんのようなケースはまだまだ少ない…。今後増えていくことを期待しています」と話してくれた。

「鎌倉のような歴史の続いている地、またその中でも寺を中心とした谷戸の集落でこういった日本家屋が残っていくことは、実は都市景観的にも大きな意味があると思います。すべて古いものを残す、ということではないのですが、少しでもまちの景観や住まいのクオリティが高いものは残していければ…と考えています」と吉村さん。

旅館やお寺の宿坊など、日本家屋に泊まる機会はないわけではないが、"暮らしサイズ"のもともと住まいとして使われていた日本家屋に泊まれる経験は、今ではなくなりつつあるのではないだろうか。

リノベーションされた「どんげ庵」の和室の様子。</br>障子や欄間なども新しく設えられたとは思えないほど、建物そのものの風格になじんでいる (c) Toru Hiraiwaリノベーションされた「どんげ庵」の和室の様子。
障子や欄間なども新しく設えられたとは思えないほど、建物そのものの風格になじんでいる (c) Toru Hiraiwa

いったん無くなったら取り返しがつかない…“どんげ庵”の名が象徴するもの

この住居には、オーナーの奥野さんがつけた名前がある。その名前が"どんげ庵"だ。
"どんげ"とは、京都の洛北周辺に伝わる藁で作られた椅子で、古くは平安時代の宮中でも使用されていたようである。
「京都に住んでいた時、"どんげ"の存在を知りました。座ってみると、ふんわり馴染んで心地よく、なにより自然の風合いが素敵な椅子なんです。でも、このどんげも既に作る方がたった一人のおばあさんだけで、もう作れる人がいないといいます…そこで、洛北に住むそのおばあさんに、どんげの作り方を一から習って、ようやく作れるようになったんです。この家に名前を付けるとき、この椅子の"どんげ"という響きに魅かれて"どんげ庵"と名付けました」と奥野さん。

私たちの周りでは、今まで継いできた暮らしの小さなことが少しずつなくなりつつあるように感じる。"どんげ"もそうであるが、住まいとして使われてきた小さな日本家屋、そういった家がつくってきたまちの景観も失われつつあるのだろう。しかも一度なくなると、それを再現したり取り戻したりするのには、なくしたときの何倍も時間も労力もかかるに違いない。

"どんげ庵"の縁側には、奥野さんの作った大小3つのどんげが置いてある。
そこに座って庭をながめ、谷戸の静けさの中から聴こえてくる鳥の鳴き声に包まれていると時間を忘れるようである。この贅沢な時間が、オーナーさんの"古き良き日本家屋を大切にしたい”という想いと“家を活用して欲しい”という気持ちに支えられているのだと思うと、本当に貴重な体験なのだと感じた。

【取材協力】
 どんげ庵 http://www.staycation.jp/kita-kamakura/

気持のいい縁側には、「どんげ庵」のネーミングの由来にもなった、</br>オーナさん手作りの藁で編んだ椅子、気持のいい縁側には、「どんげ庵」のネーミングの由来にもなった、
オーナさん手作りの藁で編んだ椅子、"どんげ"が置いてある (c) Toru Hiraiwa

2015年 07月27日 11時07分