東洋では生活の多くに陰陽五行説の影響が見られる

台北にある儒教の孔子廟に彫られた龍のレリーフ。龍は仏法の守護者でもあり、道教の聖獣でもある台北にある儒教の孔子廟に彫られた龍のレリーフ。龍は仏法の守護者でもあり、道教の聖獣でもある

風水と聞くと、玄関の整理整頓をすると運気が上がる、財布の色が金運を左右するなど、ゲン担ぎ的なイメージを持つ人が多いことだろう。

しかし風水の基礎となった陰陽五行説は、本来は森羅万象の摂理のことで、キリスト教でいうところの「神意」であり、仏教の説く「因果」のことである。近代科学的表現をすれば、大自然の法則またはガイア理論と言ったものだろうか。いずれにしろ東洋では生活の中の多くに、この陰陽五行説の影響が見て取れる。

例えば最近、コマーシャルでよく見掛ける、桃太郎、金太郎、浦島太郎の三太郎も、陰陽五行説に大いに影響を受けている。この3つの昔話は、日本人にとってなじみ深く、心のヒダに深く溶け込んでいるため、テレビに出てくればすんなりと受け入れる土壌ができていて、また誰もがそのストーリーを簡単に思い出すことができる。それほどまでに、日本人の心に深く根付いているこれらの昔話は、いったいいつ頃にできたものなのだろうか。今回は、その昔話に残された、陰陽五行説の足跡を辿ってみることにしよう。

金太郎は鬼の子?劉邦と同じく赤龍の印しの元に産まれた

足柄山に住む山姥の子供として生を受けた坂田金時が幼少期を過ごした土地足柄山に住む山姥の子供として生を受けた坂田金時が幼少期を過ごした土地

まずは金ちゃんこと金太郎から、検証してみよう。金太郎は、神奈川県の足柄山でクマにまたがって馬の稽古をしていたところを、平安時代中期の源頼光に見出され京都へ行く。成長してからは頼光の四天王として坂田金時と名乗り、鬼を退治した豪傑として名を上げている。

ただし、この坂田金時という人物については、確かな史実を伝えるものはほとんど残っておらず、そういう名前の人がいたらしい、ということぐらいしか分かっていない。しかし、古より物語の中では大変人気のキャラクターで、「今昔物語集」を始め、絵や掛け軸にも多く登場する。

例えば、「今昔物語集」では、頼光の家来の平貞通、平季武、坂田金時の3人が加茂祭にでかけたが、牛車に酔い、その酔いをごまかすために酒を飲んで更に酔い、寝込んでしまって本来の目的である祭りの行列を見逃してしまったという、ユーモラスな話が描かれている。

また、室町時代の絵巻「大江山絵詞」、謡曲「大江山」、御伽草子「酒呑童子」などの作品中には、頼光の四天王として、大江山に巣食う鬼の酒呑童子を退治し、大活躍したという話が残されている。

この坂田金時というヒーローの人気がどれだけ凄かったかと言うと、江戸時代初期の寛文年間に金時の子供である金平という架空の若者が、天下の平安を乱す盗賊や妖怪を退治するといった内容の金平浄瑠璃が大流行したほどであった。

この金平浄瑠璃の作中で、坂田金時の出生の秘密が語られている。それは、親の仇を討つために死んだ夫の憤怒の魂魄を宿した八重桐という女が、遊女に身をやつして子供を身ごもり、その後、山に隠れて山姥となって産んだ子が金太郎だとされた。後に、この八重桐が金太郎を身ごもった時に、赤竜が夢に現れたという話も付加されている。

さてこの金太郎、古来描かれた多くの絵でも、最近のコマーシャルでも、顔の色や腹掛けが赤く染められているなど、イメージカラーは赤である。陰陽五行説では赤色は火の気に属し、特に煉獄の炎は強い「破邪・破魔」を意味している。八重桐が見た夢の龍や、仁王像、不動明王が赤い色をしているのもこのような理由によるもので、鬼という魔を祓う金太郎が赤い色をしているのも同じ理由による。ちなみに八重桐が見た夢の赤龍は、同じ逸話が漢の高祖劉邦の出生譚でも残されている。

また金太郎は、夫の無念の魂魄を体内に宿した女から産まれるわけだが、この無念の魂魄とは中国では「鬼」を意味する。つまり金太郎は鬼の子として生まれたからこそ、鬼が退治できたというストーリー構成であり、これこそがまさに陰陽五行説の世界観なのだ。鬼の概念についての詳細は、「鬼門との正しい付き合い方、日本人が恐れる鬼の正体とは」で解説しているので、ご覧頂ければと思う。

浦島太郎が暮らした乙女は亀だった、300年の年月は陰陽五行説の単位

京都府与謝郡にある浦島神社。主祭神は浦島太郎で平安時代825年の創祀と伝えられる京都府与謝郡にある浦島神社。主祭神は浦島太郎で平安時代825年の創祀と伝えられる

次は浦島太郎について検証してみよう。浦島太郎は、助けた亀に連れられて、竜宮城に行った漁師の話として童謡にも残されている。そのルーツを探っていくと、はっきりと2系統に分かれていることがわかる。

一つは、「日本書紀」「万葉集」「丹後国風土記」に残される「浦島子伝承」であり、もう一つは、中世末期から近世初期にかけて流行した「御伽草子」の中の「浦島太郎」である。

一つ目の「浦島子伝承」とは、丹後の国の漁師が釣り上げた大亀が乙女に変身し、その後夫婦となって共に蓬莱山、つまり常世の国へ赴いた話である。「丹後国風土記」では主人公の浦島子の名前を「筒川嶼子(シマコ)」としている。

蓬莱山で3年を過ごした嶼子は、望郷の念にかられ、乙女の嘆きを振り切って故郷へ戻るが、懐かしい故郷は300年も経ってしまっていて、すっかり様変わりしていた。呆然と立ち尽くした嶼子は、乙女から決して開けてはならないと手渡された玉手箱を開けて、一気に年老いてしまい、二度と蓬莱山に戻れなくなってしまう。

二つ目の「御伽草子」とは、室町末期から江戸初期にかけて、成立した庶民向けの短編小説の総称である。この御伽草子の中でも、特に有名で人気を博した作品が浦島太郎であった。こちらの物語の主人公は、題名の通り浦島太郎である。

昔、丹後の国(京都府北部)に、24歳になる浦島太郎という男がいた。年老いた両親を養うために、ある日釣りに出かける。そこで亀を一匹釣り上げるが、逃がしてやり、次の日に、また海に釣りに行くと、海上に小舟が一艘浮かんでいて、美女が一人乗っていた。その女曰く「船が難破して、国へ帰ることができなくなった。ついては私を国へ送ってほしい。」それを聞いた浦島太郎は、10日余りの船路で女を送り届けた。

さて、故郷にたどり着いた女は、浦島太郎に自分と夫婦になって欲しいと語りかけ、またこの地は竜宮城だと告げる。この竜宮城は、四面を四季に囲まれ、東は春の、南は夏の、西は秋の、北は冬の景色をそれぞれ表していると言うのである。

その後は、一つ目の「浦島子伝承」と同じようなルートを辿るが、結末が異なっている。こちらはハッピーエンドで、浦島太郎は鶴となり、女房の亀と共に丹後の国の明神となって幸せに暮らす。

これらの浦島太郎伝説にも、陰陽五行説の影響が色濃く出ている。まず蓬莱山とは、道教(陰陽五行説を体系化した民間宗教)で言うところの、仙人が住む東海に浮かぶ島で、仏教で言えば極楽浄土のようなところである。また蓬莱山で過ごした現世での300年は、干支60年×五行の一巡を表す期間を指し示している。また竜宮城が、四面を四季に囲まれ、東は春、南は夏、西は秋、北は冬の景色を持っているというのは、まさに陰陽五行説の世界観そのものである。

ちなみに亀が恩返しをするという下りは、仏教の報恩思想の影響を受けているなど、時代によって様々な思想が取りこまれて、昔話として醸成していったのである。

桃太郎の物語には、蛙・烏・蟹を家来とした柿太郎が存在した

岡山県総社市にある古代の山城跡。桃太郎伝説の鬼ヶ島の候補地として有名岡山県総社市にある古代の山城跡。桃太郎伝説の鬼ヶ島の候補地として有名

桃太郎伝承における陰陽五行説の影響は、かなり有名なので、ご存知の方も多いことだろう。名前の由来である桃は、中国の「山海経」に鬼を退治する道具として出てくる。

また猿雉犬が家来として選ばれたのは、十二支で西の方位に属するものだからである。桃と西は陰陽五行説では同じ仲間に属する。つまり桃と猿雉犬は仲間というわけだ。十二支と方位の関係については、「2017年の干支は「丁酉」。どんな年になる?60種類ある干支の意味とは」を参照して頂ければ幸いである。

このように桃太郎は全ての設定が陰陽五行説の影響を受けているので、その源流を簡単に辿ることができてしまうのだが、桃太郎という物語の面白さは、江戸時代に流行った赤本や黒本、青本、黄表紙と言った草双紙のバリエーションの多さにある。話は少し逸れるが、その幾つかをご紹介しよう。

「後日 百太郎寿草子」(1759年)
百太老と名を変えた桃太郎の娘、桃園は、気性が優しく日頃から雉や犬に大変なつかれている。近所に住む婆は息子の五喜平を桃園の婿にと望むが、桃園は、落ちぶれて名前を弥助と変えた平惟盛と恋仲であった。様々な妨害もあるが、最後は雉・犬に加え、五喜平の飼っていた猿も桃園に味方して、ついに二人は結ばれる。

「風流 桃太郎柿太郎 勇力競」(1764年)
正直者夫婦と意地悪夫婦が、川でそれぞれ桃と柿を拾って食し、若返った結果、桃太郎と柿太郎が誕生する。柿太郎は桃太郎を出し抜いて蛙・烏・蟹を家来にして鬼ヶ島に乗り込むが、生け捕りにされてしまう。後から猿・犬・雉を供にやって来た桃太郎は、鬼を退治して財宝を手に入れて帰郷する。助けられた柿太郎は、今までの非礼を詫びて、桃太郎の家来となる。

「桃太郎後日噺」(1777年)
鬼ヶ島行の後日譚。16歳の桃太郎は、鬼ヶ島から白鬼を連れ帰る。白鬼と猿は、桃太郎と共に元服し、それぞれ当世風の身なりになり、下女のお福は白鬼に惚れるが、猿が横恋慕する。

「桃太郎一代記」(1781年)
桃太郎が鬼ヶ島に鬼退治に出かけるが、実は鬼たちの手許には財宝がない。そこで桃太郎一行は鬼ヶ島の両国で鬼姫と船遊びをし、色里見物の後、財宝を手に入れ故郷に帰る。

「現金猿が餅」(1783年)
桃太郎の鬼ヶ島退治から帰った犬は、財宝の分け前を貰って酒屋を始めるが、貸し倒れに泣く。それを見た猿は、現金商売の餅屋を始めて大当たりして一財を成す。
(参考資料:「桃太郎」物草双紙考/松原哲子著)

と言ったようにバリエーション豊かな桃太郎伝説が数多く出版された。現代の、桃太郎の親友が鬼ちゃんだったり、配偶者がかぐや姫だったりというストーリーも、結構使い古されていたりするのである。

かぐや姫が5人の求婚者のウソを見破った、陰陽五行説のトリック

竹取の翁の物語の舞台となったと言われる藤原京跡に建つ橿原神宮。この回廊から見上げた月へかぐや姫は去っていった竹取の翁の物語の舞台となったと言われる藤原京跡に建つ橿原神宮。この回廊から見上げた月へかぐや姫は去っていった

さて、三太郎の他に、かぐや姫も陰陽五行説の影響を大きく受けている。竹取物語は、九世紀末から十世紀初頭にかけて、成立した物語だとされている。多くの人は、竹から生まれた美女のかぐや姫が、帝に求婚されるも故郷である月界に帰ってしまう話として覚えていると思うが、実は無体に言い寄られる5人の求婚者たちを遣り込める恋愛譚である。

この物語の本筋は、5人の求婚者が用意した偽物の至宝を、如何にしてかぐや姫が見破るのかという探偵ミステリーの部分にある。この謎解きのトリックに使われたのが、陰陽五行説である。では、一人目から謎解きの解説をしていこう。

一人目の石作の皇子は、「仏の御石の鉢」を天竺に探しに行くと偽って、大和国の山寺で見つけたそれらしく見える「ひた黒に墨付たる」一品を、豪華な袋に入れて持ってきた。しかしかぐや姫は、その鉢を手にして中を覗き込み、「蛍ばかりの光だになし」と確認するや偽物と見破る。

実は陰陽五行説では、石は「金」属性であるため、「仏の御石の鉢」の色は輝く金色でなくてはならない。ところが持ち込まれた鉢は黒色であり、偽物と見抜いたのである。

二人目、くらもちの皇子に出題された「蓬莱の玉の枝」は、「東海の蓬莱山に生える銀を根とし、金を茎とし、白き玉を実として立てる木」であった。そこで、くらもちの皇子は、金細工の匠に偽物の製作を依頼し、それを持ってかぐや姫と父である翁に結婚を迫る。本物と見分けがつかないほどの出来栄えだったため、求婚を迫られたかぐや姫はピンチを迎えるが、その後、金細工の匠の裏切りによって、偽物であったことがばれる。

ここで使われた陰陽五行説トリックは、数字のマジックである。陰陽五行説の五行、木・火・土・金・水は、それぞれ1=水、2=火、3=木、4=金、5=土と数字に相対している。

最初の登場人物は、くらもちの皇子とかぐや姫と翁の3人であるため「木」を意味している。「蓬莱の玉の枝」も「木」に属するため、すわ本物か?と思わせておいて、後に金細工の匠の出現で登場人物を「4」にすることで、「木」が一転「金」に変わり、偽物であることが露見するという謎解きである。

三人目、安倍右大臣は、唐国に使者を送って、「火鼠の皮衣」と言う決して燃えない布を手に入れて来た。この時点で、安倍右大臣はなんら策を弄して騙そうとはしていない点に注意しておきたい。そして、入手した至宝を献上するのだが、そこに「青金の毛の末には、金の光し」という姿を見たかぐや姫は、属性が違うことを見抜き、「本物の火鼠の皮衣なら燃えないはず」と翁に言って、火の中に投じて燃やしてしまう。

これは、五行の相克である「火剋金」を利用したトリックで、皮衣の色が金色に輝いているということは、火に負ける事を意味する。火に燃えないのは「水」であり、水に属していれば金色ではなく黒色である必要があったのだ。ちなみに相克とは、陰陽五行説における強弱関係を意味し、詳細は「2017年の干支は「丁酉」。どんな年になる?60種類ある干支の意味とは」でご紹介しているので、興味のある方はご覧頂ければ幸いである。と言うわけで、かぐや姫は、その衣が燃える様を見ながら、これは偽物だったと安倍右大臣の求婚を断るのであった。

四人目の大伴の大納言の「龍の顎の玉」も、五人目の石上の中納言の「燕の子安貝」も、同じように陰陽五行説の相剋のトリックが使われている。このように、かぐや姫の求婚阻止ミステリーは、全て陰陽五行説のトリックによって解明されるのである。

さて、かぐや姫の求婚譚の中で、かぐや姫は手に入らなかったものの、一人だけ無傷な人物がいた。本名、安倍御主人(あべのみうし)である。彼以外の人物は、人を騙したり、大怪我をしたりと散々な目にあうのだが、彼はあくまでも偽物を掴まされただけであって、それほど悪くは書かれていない。

実はこの人は、天才陰陽師、安倍晴明のご先祖様である。竹取物語が成立した時代には、安倍晴明はすでに神格化された存在であり、陰陽道の大家であり、伝説的な術者であった。そんな有名人の晴明本人を物語中に登場させるわけにはいかず、しかしこの物語の推理の糸口が陰陽五行説にあることを暗示するために、ご先祖様の安倍御主人が選ばれたと思われる。

このように古くから親しまれて来た昔話や物語には、現代小説顔負けのトリックが使われた秀作が多く存在し、陰陽五行説の影響を受けているものが少なくない。また物語だけでなく、陰陽五行説の概念は、身近なところでもたくさん見ることができる。神社の鳥居が赤いのも、僧侶の衣が黒いのも、お墓が石でできているのも、大相撲の屋根の房の色も、陰陽五行説の影響を受けている。仏教しかり、神道しかり、風水しかり、普段見慣れた物の中に隠された中国の古の世界観を探して楽しんで頂ければと思う。

2017年 04月30日 11時00分