日本一の分譲住宅供給戸数(※)を誇るリーディングカンパニー。飯田グループホールディングス

戦後から高度経済成長期を経て平成・令和へと時代は移りかわり、日本の住まいは需要を満たす時期から「住まいを選ぶ」「自分らしい住まいづくり」の時代へと変化してきた。また、社会的課題である少子高齢化・エネルギー問題・頻発する自然災害なども、住まいとの大きな関連性を持ち、住宅の役割はますます重要さを増すであろう。一方で、情報とテクノロジーは進化の一途をたどっており、その技術は住まいの豊かさを変えていく可能性があるといえる。

日本の未来の住まいはどのように変化をし、住まいに関わる企業の使命はどういったものであるのかーー。

【NEXT日本の住まい】企画では、日本の住宅に関わる業界のリーディングカンパニートップにインタビューを行い、日本の住まいの未来を考えていく。インタビュアーを務めるのは、「あらゆるLIFEを、FULLに。」がコーポレートメッセージの株式会社LIFULL 井上 高志 代表取締役社長。

今回のトップインタビューは、年間46,000戸という日本一の分譲住宅を供給する飯田グループホールディングスの西河 洋一 代表取締役社長。少子高齢化が進み、業界全体も伸び悩む中、供給戸数を伸ばしてきた企業である。(以下、インタビュー表記は井上社長は井上氏、西河社長は西河氏で統一させていただいた)
※分譲住宅供給戸数は、2020年1月現在のデータ 

写真左)飯田グループホールディングス株式会社代表取締役社長 西河 洋一氏。</br>写真右)株式会社 LIFULL 代表取締役社長 井上 高志氏。写真左)飯田グループホールディングス株式会社代表取締役社長 西河 洋一氏。
写真右)株式会社 LIFULL 代表取締役社長 井上 高志氏。

より多くの人々が幸せに暮らせる住環境を創造し、豊かな社会作りに貢献する

<b>西河 洋一:</b>飯田グループホールディングス株式会社代表取締役社長。2000年株式会社アーネストワンの代表取締役社長に就任。2013年に飯田グループ6社の経営統合を行い、持株会社として設立された飯田グループホールディングス株式会社の代表取締役社長に就任。現在は、国内外併せて約65社のグループ会社、世界5ヶ国に進出している。西河 洋一:飯田グループホールディングス株式会社代表取締役社長。2000年株式会社アーネストワンの代表取締役社長に就任。2013年に飯田グループ6社の経営統合を行い、持株会社として設立された飯田グループホールディングス株式会社の代表取締役社長に就任。現在は、国内外併せて約65社のグループ会社、世界5ヶ国に進出している。

井上氏:大きく時代が変化していき、高度経済成長から低成長、少子化・高齢化の時代へとなってきています。一方で企業の社会的責任としてはSDGsやエネルギー問題への対応などが求められていく。今の経営者は複雑な課題を紐解きながら、未来をつくっていくという高度な経営が要求される時代になったと思います。今回は、圧倒的な供給戸数を誇る飯田グループホールディングスが、どういった企業姿勢やお考えで住宅の今後を担っていかれるのかをお聞きしたいと思います。まず最初に創業時からここにいたるまでに支柱となった、御社の理念からお聞かせいただけますでしょうか。

西河氏:当社は1963年4月に創業者である飯田 一男が立ち上げ、分譲事業を始めたのは1975年7月からです。創業時から、弊社は“住宅業界のNo.1になろう”を目標としてきました。一時期、バブルの崩壊にダメージを受けた時期もあったのですが、またそこから成長を遂げてきました。当初からの当社の理念は、“住まいを持てない人に住まいを持ってもらう”ということでした。“いい家を、より早く、より安く”が弊社の原点なんです。

井上氏:まだまだ住宅の量も質も足りないその時代に「すべての人たちが住まいを持てるように」というのが創業者の想いだったんですね。

西河氏:そうです。当社が株式会社化した1973年といえば、第一次オイルショックの時期で物価が高騰し、物の値段があがったときでした。このままだと住まいを手に入れられない人が増えていく…と1975年から建設省と通産省が共同で100m2の住宅を500万円台で供給する「ハウス55」という工業化住宅の開発計画をつくりました。その手法が民間企業に引き継がれており、日本のハウスメーカーは、その工業化住宅の考え方がベースとなっています。一方、我々パワービルダーと呼ばれる企業は、その後に出てきた在来工法をベースとしたプレカット工法の家づくりです。これにより、大工でなければ建てられなかった木造住宅の加工精度が飛躍的に伸びてきた。ハウスビルダーが量を供給することができ、コスト努力もできるようになったのです。

井上氏:御社の主要企業グループの皆さんのお話をさまざまなところでお聞きすると「上質な住宅」を「より安価に提供する」、さらにその上に「幸せ」というキーワードが出てきます。現在の御社のスローガンである「より多くの人々が幸せに暮らせる住環境を創造し、豊かな社会作りに貢献する」という言葉を掲げられたのはいつになりますか?

西河氏:バブル崩壊時にいったん分解したグループでしたが、6社の再統合が2013年にありました。創業者の想いをもとにそれぞれの会社が成長してきて、おかげさまで住宅業界に相応の影響を与えられる企業になってきたということで、統合を機に改めてグループの方針の指標となるスローガンを掲げたのです。創業者である飯田は、その統合をみとどける形でこの世を去りました。

購入者の生命と財産を守る住宅には、手を抜かない。質への努力と工夫

<b>井上 高志:</b>株式会社 LIFULL 代表取締役社長。1997年株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。インターネットを活用した不動産情報インフラの構築を目指して、不動産・住宅情報サイト「HOME'S(現:LIFULL HOME'S)」を立ち上げ、日本最大級のサイトに育て上げる。現在は、国内外併せて約20社のグループ会社、世界63ヶ国にサービス展開している。井上 高志:株式会社 LIFULL 代表取締役社長。1997年株式会社ネクスト(現LIFULL)を設立。インターネットを活用した不動産情報インフラの構築を目指して、不動産・住宅情報サイト「HOME'S(現:LIFULL HOME'S)」を立ち上げ、日本最大級のサイトに育て上げる。現在は、国内外併せて約20社のグループ会社、世界63ヶ国にサービス展開している。

井上氏:日本の住宅が取り巻くさまざまな課題について、御社として考える企業責任についてお聞かせください。

西河氏:住宅産業を手がける私たちの責任は「質」にあると思います。グループとして一番こだわっているのは住宅の品質です。以前、社会的に大きくとりあげられた耐震偽装の問題があったときには、住む人々を守れない住宅は絶対作ってはいけない、と肝に銘じました。標準強度の1.5倍という基準をつくり、自社住宅の品質の底上げをした。耐震実験も行いましたが、我々の住宅は5mm程度しかゆがまなかった。家は購入者の生命と財産を守る砦です。

井上氏:今まで量を供給することであった住宅業界はこれからは質を追求しなければならない、ということですよね。御社は、耐震だけでなく、断熱や省エネなど、さらに住まいの品質を追求されている。住宅の基本性能部分については、最高等級を取得されている。さらに、全棟住宅性能評価書付という対応。これはすごいことですよね。

西河氏:全棟の住宅性能評価書については、かなり準備をしてのぞみました。これだけの供給戸数をもつと、評価をする人も足りなく、すぐに全棟にとは簡単にいかない。何年も準備をして導入をしました。何のために住まいの品質をあげるのか、というとやはり自然災害への対応です。たとえば、2019年の台風19号で千葉に大きな被害がありましたが、屋根にかけられたブルーシートの映像がニュースで流れたように多くの家で瓦が飛びました。しかし、我々の家は非常に被害が少なかった。

井上氏:家の品質をあげることが、自然災害の対応にもつながるということですね。

西河氏:そのとおりです。また、我々がいち早くできることでいえば、災害後にすぐに駆けつけて住宅の復旧ができるようにすることです。たとえば、長野の水害などがありましたが、家は水が入ってしまうと劣化が早くダメージをうけますから、床下に送風機をもちこんで乾かしたりしていました。そういう動きをとれることが、非常に大事だと考えています。

井上氏:それは購入者からすると心強い。本来アフターサービス外のところではありますよね。

西河氏:たしかにアフターサービス外ですが、しかし、それだけの責任はあると考えています。たとえば東北の震災後の住宅分譲の当社シェアは50%を超えています。かなり高い数字ですが、それはやはり震災後の当社の対応が支持されているのではないか、と思っています。

一戸一戸の住宅スペックをあげていく研究

一戸一戸の住宅スペックをあげていく研究

井上氏:地球環境問題等についてのお考えはいかがでしょうか?

西河氏:特に住まいを取り巻く課題のなかでも、エネルギーの問題ですね。今、ホールディングスと大阪市立大学が協同してすすめているのですが、宮古島で人工光合成の研究をしています。どういった研究かというと、太陽光エネルギーを利用して二酸化炭素と水から水素を作る、という研究です。水素で保存するためにはタンクが必要ですが、一時的にギ酸溶液に液体として水素を貯めると太陽が出ている昼間だけでなく、夜間に電気を使うことができます。現在、宮古島に実験棟を建て、準備を進めている最中です。いずれは、化石燃料を使わずに自立したエネルギー供給のできる住宅を作り、供給していきたいと考えています。

井上氏:トヨタ自動車がコネクテッド・シティの構想を立ち上げました。テクノロジーやスマート化なども進んでいきますが、御社として何かお考えはありますか?

西河氏:我々の研究は地道ではありますが、研究したものを自社の供給する住宅にのせることができる。すばらしい研究や発明がなかなか広まらない、もしくはコストが高くなる、という要因のひとつは売り先を見つけるのに苦労するということですが、そこは我々の強みです。先ほどお話した人工光合成もそうですが、一戸一戸のスペックをあげるということをしていきたいと考えています。

井上氏:なるほど、御社が開発する先端技術を年間5万戸近くもの住宅に一気に導入することができる、ということですね。地方や空き家の課題についてはいかがでしょうか?

西河氏:地方の課題としては、やはり雇用の問題があります。国とか企業として、地方に生産拠点をつくり、雇用を生み出すということはできるかと思います。空き家の課題は、できれば2拠点3拠点と住まいを持てる暮らし方が広がっていけば、と思います。
一方で、家の性能を満たしていないものは残念ながら取り壊すことも選択していかなければならないでしょう。また、地方に実際に触れて感じることは、案外住宅の価格が高いということ。大工さんの人手不足や人件費の問題などもありますが、そこは弊社で住宅を供給するなど、できることがたくさんあると感じています。

井上氏:地方のポテンシャルはまだまだある、ということですね。

「誰でも住まいを手に入れられる」というコンセプトを世界にも

井上氏:日本だけでなく、グローバル展開などについてはいかがでしょうか?

西河氏:少子高齢化で国内市場が伸び悩むことを考えると、当社もグローバル展開は視野に入れて動かなければいけないと考えています。世界に目を向けると、日本に比べ住宅性能が低い地域もある。現在、ロシアとインドネシアなどに進出をしていますが、例えばインドネシアは経済成長を続けている国ですが、住宅は日本の昭和40年代のような家が多いんです。自然災害が起きると住宅は大きなダメージを受ける。インドネシアには、グループ3社が進出し、合計で数千戸規模の住宅分譲用地を手当てし、造成・建築に取り組んでいます。

井上氏:御社は住宅工法についても「I.D.S工法」「IGストロングCB工法」など、ユニークな独自工法をもっていますよね。

西河氏:I.D.S工法は、木造軸組工法の設計自由度と構造用合板パネル工法の耐震性の高さを併せ持った工法です。この工法ですと、職人の技量に左右されない均質な住宅の提供を可能にしていますし、「SI住宅(スケルトンインフィル)」の性能も備えているので間取り変更などにもフレキシブルに対応できます。
ブロックを採用したIGストロングCB工法は、東南アジアなどの高温多湿地域での住宅事業展開にあたり開発した工法です。ブロック自体の形状を変えて互いがかみ合うようにすることで強度を強めています。レンガやブロック造りが多く、日本と同様に地震の多いインドネシアの住宅に採用しています。品質を担保するのに現地に工場をつくり、工程を管理する社員を派遣するなど、自社の責任がしっかり行き届くようにしています。

井上氏:今後、企業の責任として重要となるSDGsへの取り組みについてはいかがでしょうか?

西河氏:「すべての方々に家を持ってもらう」というのが飯田グループのコンセプトです。安心・安全な暮らしのために、やはり自然災害への対策を考えると、住まいの強度をあげていくことや、全棟最高等級をとる、といった取り組みを続けていくことが大切だと考えています。それがSDGs 17のゴールの「11.住み続けられるまちづくりを」や「13.気候変動に具体的な対策を」につながる取り組みとなっていきます。また、現地に工場をつくり品質に責任をもつことなども「12.つくる責任、つかう責任」だと思っています。

井上氏:お話しいただき、ありがとうございました。最後に、西河社長のお考えになる「住まいの幸せ」をお聞かせください。

西河氏:住まいの幸せの姿は「この家を買ってよかった」と実感していただくことです。これからは、社会の変化によって、住まい方も変化していく。単身世帯も増える社会になりますが、時代に対応していろいろなサイズの住まいを展開していくことや、ゆるぎなく住宅の品質を追い続けることで、すべての方々に「この家でよかった」を実感していただけるように企業努力を続けていきたいと思います。

井上氏:ありがとうございました。


■取材協力:
飯田グループホールディングス株式会社 https://www.ighd.co.jp/

「誰でも住まいを手に入れられる」というコンセプトを世界にも

2020年 02月17日 11時05分