京都市立芸術大学が2023年に京都駅東側に移転予定

古都だけに京都市には日本初がいくつもあるが、そのひとつが京都市立芸術大学。1880年に京都府画学校として創立された、芸術系大学としては日本でもっとも長い歴史を持つ大学で、美術と音楽を両軸とする。1980年にそれまで別々の土地にあった美術学部と音楽学部を西京区大枝沓掛のキャンパスに合体させたが、それから30年以上。都心から離れた立地や建物の耐震性能、バリアフリーの問題などが生じ、2013年には京都市に移転・整備に関する要望書を提出するに至った。

その移転先として選ばれたのが京都駅の東側、歩いて数分ほどの距離にある崇仁エリアである。京都には室町時代の自治組織「町組」や明治時代の小学校「番組小学校」の歴史を受け継ぐ学区という、独特の地域活動単位があるが、そのひとつ、崇仁学区の塩小路通りから北側、JRの線路までの間が対象となるエリアである。

崇仁地区は、京都駅のすぐ隣という非常に好立地でありながら人口が急減、高齢化が急速に進んでいる。しかし、駅の近くにそうした空白地帯があることがまち全体として良いことかどうか。京都市立芸術大学の移転は大学にとって、京都市にとって単なる移転というだけでなく、地域を変えようとする新しいチャレンジなのである。

崇仁新町から京都駅方面を望む。右手に京都タワーが見えていることからも分かるように京都駅至近と言ってもよいほどの立地崇仁新町から京都駅方面を望む。右手に京都タワーが見えていることからも分かるように京都駅至近と言ってもよいほどの立地

土地の歴史を踏まえた屋台街で賑わい、繋がりを

道を挟んで行列のできるラーメン店などが並ぶ。このエリアをたかばしという。崇仁新町の位置はもっとも京都駅寄り<br><画像下>京都市『「崇仁新町(すうじんしんまち)」の開設について』より、崇仁新町の位置図道を挟んで行列のできるラーメン店などが並ぶ。このエリアをたかばしという。崇仁新町の位置はもっとも京都駅寄り
<画像下>京都市『「崇仁新町(すうじんしんまち)」の開設について』より、崇仁新町の位置図

だが、移転は決定したものの、供用開始までにはまだまだ時間がかかる。当該エリアには市営住宅があり、空室が増えてはいるものの、まだ6割ほどが入居中。2016年2月に公表されたスケジュールによると2017年から2019年までが設計期間となっており、その後に既存の建物を解体、工事が始まる予定で、供用開始は2023年。2018年からでも5年ある。その間、当該エリアを空白のままとし、その後に突如芸大完成では、地域と大学の繋がりを醸成することができない。また、京都駅近くの一等地である。それを全く使わないのはもったいない。

そこで京都市が考えたのはこの地域にこれまで来ることのなかった若者、観光客が集まり、芸大生が関わる施設を作ること。模索の結果、2018年2月に生まれたのが崇仁新町と名付けられた屋台街である。

「屋台街のある一角はたかばし(*)と呼ばれる行列の絶えないラーメン店、お好み焼き店があり、かつては闇市があった場所。ここの市営住宅には風呂がないため、区画内の銭湯を利用、その帰りにこの辺りにあった屋台で飲み食いしたという歴史があり、何か作るのであれば、そうした歴史を再現するものにしようと考えました」とはこのエリアの賑わい創出を手がける一般社団法人渉成楽市洛座で事務局長を務めるwalksの小久保寧氏。

(*)たかばし→京都駅の東側にあり、屋台街が面している高倉通りが東海道本線、奈良線などを跨ぐ高倉跨線橋の通称

オープン以来月に2~3万人が集まるスポットに

学生スタッフが作った、描いたあれこれ。自分たちが関わったという思いがあるからか、友人その他知り合いを連れて来ることも多いという学生スタッフが作った、描いたあれこれ。自分たちが関わったという思いがあるからか、友人その他知り合いを連れて来ることも多いという

場所は京都芸大移転予定地のもっとも京都駅に近い角地の約1,000m2。店舗はコンテナを並べて作られており、1丁目から4丁目までで計15店が並ぶ。コンテナの前は飲食スペースで奥には舞台があり、たき火ができるイベントスペースも作られている。

コンテナが使われたのは企画の立上がりから完成までが半年という信じられないようなスピードだったため。時間、費用等を節約する必要があったのだ。本来カーポートに利用する屋根や工事現場で利用する単管パイプが使われているのも同様の理由からだ。

ステージやベンチなどDIYできるものは芸大生を中心にした大学生のスタッフが作った。舞台やトイレに行く途中の壁などに描かれている絵ももちろん、彼らの作品。この施設には将来の芸大移転を告知する意味もあるため、毎月1日にアート系のイベントなどを開いたりもしている。

ただ、アートというとハードルが高くなる。そのハードルを下げているのが美味しい飲食だ。出店しているのはすべて地元の飲食店で、この仕事が始まるまで関西にも、飲食にも縁が無かった小久保氏が一軒ずつ口説いて回った。回った店の3分の2には断られたというから、かなり大変だったはずだが、その結果、崇仁新町はオープン以来好調だ。オープンした2月には2万4,000人、3月に3万人、4月に2万5,000人、1日平均に直すと2,000~3,000人は来ていることになる。

最強のエンターテインメントはコミュニティ

地元のソウルフード、ちょぼ焼き。薄い板の上で焼いたもんじゃとお好み焼きの間のような品。一時廃れていたものを復活させたという地元のソウルフード、ちょぼ焼き。薄い板の上で焼いたもんじゃとお好み焼きの間のような品。一時廃れていたものを復活させたという

「こんなに来るとは思っていなかった」と企画した小久保氏が言うほどの盛況ぶりだが、来街者を惹きつけている本当の魅力は飲食ではない。もちろん、美味しくなければ人は来ないが、それ以上にこの場所を面白くしているのは人との出会いだ。まちの看板はコミュニティスペースと謳われているが、それがここの本質なのである。

普通の飲食店では初めて会ったビジネスマン、海外からの旅行者、地元の若者がひとつのテーブルを囲むことはないし、たき火で一緒にマシュマロを焼くこともない。だが、ここでは初対面同士が飲食を媒介に会話をし、盛り上がり、時にはナンパをするなどして出会いを楽しんでいる。小久保氏を始めとするスタッフも来街者と挨拶し、軽口を叩くなどして場の雰囲気はとても明るい。

大地の芸術祭のテントサイトやイベントの運営、沖縄のホテル経営、映像制作など、ウェブ、映像、そしてリアルと幅広い仕事を手がけてきた小久保氏は最強のエンターテインメントはコミュニティだという。

「映画やウェブは受け身で済みますが、人間関係だけは自分からも求めて発信しないと作れない。その分、面倒でストレスも感じるはずですが、それだけにコミュニケーションがうまく行った時のうれしさは他とは段違い。一度経験するとやみつきになる。人間関係なんて面倒、うざいという人にほど来ていただき、体験して欲しい。人は人無しではいられないんですから」。

素の自分で人と出会う楽しさ

実際、崇仁新町にはリピーターが多い。取材の時に声を掛けられた3人組は岡山、横浜などにある支社から京都に研修に来ているそうで、研修期間の4日間、終了後に毎日来ているという。さほど酒は飲まないという3人は「ここはいいよ」を連発する。その理由を訪ねるとフレンドリーな雰囲気に加え、気軽に入ってこられ、飲んで食べて、気軽に出ていける点が良いという。

他の人からは構えず、素の状態で見知らぬ人と会話できる点が楽しいとも聞いた。肩書きや役職、立場その他を忘れ、単に人と人として出会う。そういう場が世に少ないということなのかもしれない。

もちろん、問題はある。平日昼間、雨の日の利用客は少なく、夜も本当はもう少しやりたいそうだが、これまで住宅しかなかった近隣からすると今の状態でも十分うるさいと思う人もいる。酔った挙句、トイレを利用せずに立ションする人もおり、これも近所からの苦情の種。

そして最大の問題というべきか、残念な事実はここが2年半の期間限定営業であること。団地の入居者立退きが終わり、工事が始まればこの屋台街は消滅する。最初からそういう予定だから仕方ないのだが、せっかく、今まで活用されなかった土地にこれだけの人が集まる場が生まれたのである。「こんないい場所が使われてこなかったのはもったいない」とまで評価されるのである。工事はすべての土地で一度に行われるわけではあるまい、少しずつ場を移すなどして完成までの間、続けることはできまいか。幸い、コンテナは移動が容易。関係各位にはご検討いただきたいものである。

崇仁新町
http://sujin-shinmachi.com/

日曜日の日暮れ時にはこんな状態。若い人、外国人に加え、子ども連れ、結婚式帰りなど様々な人が集まっていた。旅行の最後、帰る間際にちょっと寄るという人、他のまちから訪ねてきた人を案内する京都人なども日曜日の日暮れ時にはこんな状態。若い人、外国人に加え、子ども連れ、結婚式帰りなど様々な人が集まっていた。旅行の最後、帰る間際にちょっと寄るという人、他のまちから訪ねてきた人を案内する京都人なども

2018年 07月05日 11時05分