東京メトロ有楽町線の延伸で、新駅の設置が計画されている江東区の千石地区と枝川地区。同じ江東区の清澄白河は、地下鉄開業後に住宅が増え、カフェや文化施設に人が集まる街として知られるようになった。

この2つの街も「第二の清澄白河」になり得るのだろうか。本稿では、住む場所としての発展と、街を訪れる楽しみの広がりという2つの面から考える。現地の街並みを歩き、航空写真や土地利用、人口の変化を調べると、枝川は水辺と住宅・産業の関わり、千石は既存の住宅地や商店街とのつながりに、それぞれの特徴が見えてきた。清澄白河で起きた変化を確かめながら、新駅の先に考えられる暮らしと、街の将来像を探っていく。

有楽町線の延伸計画と千石・枝川に加わる鉄道アクセス

東京メトロの公表資料によると、有楽町線の延伸区間は豊洲駅で分岐し、東西線の東陽町駅を経由して住吉駅に至る約4.8km。途中には枝川駅と千石駅が設けられる計画だ。両駅名は現時点では仮称だが、本稿では以降、仮称の注記を省略する。

延伸工事は2024年11月5日に着手し、2026年9月現在、2030年代半ばの開業を目指している。

延伸区間は、東陽町駅で東西線、住吉駅で半蔵門線と都営新宿線に接続し、東西方向に走る路線を南北につなぐ。下の地図からも、その役割が読み取れるだろう。枝川と千石では、住宅や事業所が立地する市街地の中に、鉄道駅が加わることになる。

■関連リンク
江東区枝川の不動産・住宅を探す
江東区千石の不動産・住宅を探す

有楽町線延伸と周辺路線。新駅位置は概略。※出典:国土数値情報、東京メトロ・江東区資料、地理院タイルを基に作成。有楽町線延伸と周辺路線。新駅位置は概略。※出典:国土数値情報、東京メトロ・江東区資料、地理院タイルを基に作成。

現在、枝川から鉄道を使う際には、住まいの位置に応じてJR京葉線の潮見駅や有楽町線の豊洲駅などを利用する。JR潮見駅の出入口は高架下にあり、駅を出て運河沿いの道や橋を通ると枝川へ向かうことができる。ただし、河川や運河が多い地域では、直線距離で近くても橋のある場所を経由する必要があり、徒歩ルートや所要時間は橋の位置に左右される。

今回歩いた枝川側からは、潮見駅への行きやすさが印象に残った。新駅が住まいの近くにできれば、駅までの徒歩や路線バスでの移動を短くできる人もいるだろう。バスを待って駅へ向かっていた人が、歩いて鉄道を使えるようになる。その変化は、毎日の通勤の組み立て方にも関わってくる。

通勤先によっては、新駅から東陽町駅や住吉駅で乗り換える経路も選べるようになるため、枝川地区の交通利便性は向上すると考えられる。実際の暮らしへの効果は、駅間の所要時間に加え、自宅から駅出入口までの距離や乗り換えの手間と合わせて確かめたい。

有楽町線延伸と周辺路線。新駅位置は概略。※出典:国土数値情報、東京メトロ・江東区資料、地理院タイルを基に作成。JR京葉線の潮見駅。※2026年9月撮影。

路線図だけでは見えにくいのが、駅まで歩く道の使いやすさだ。新駅に近い住宅でも、出入口との間に大きな交差点があれば、横断する時間が加わる。出入口の位置が具体化したら、普段使う道路と照らしてみるとよいだろう。枝川地区は豊洲からも比較的近く、開放感のある緑地と水辺が広がっている。興味がある方は、一度歩いて街の様子を確かめてみてほしい。

運河と産業の歴史を受け継ぐ枝川の街並み

枝川地区の北側に位置するしおかぜ橋から枝川方面を望むと、汐見運河沿いに比較的大きな事業所が建ち並び、その間に新旧の集合住宅も見える。江東区の公表資料によれば、現在の枝川1・2丁目にあたる土地の埋立てが完成したのは1928年だ。

枝川の街並みには、周辺の港湾整備の歴史も重なる。隣接する豊洲では、1950年に石炭ふ頭が一部操業を始めた。当時、東京港の運河は港から内陸へ物資を運ぶ役割を担っていた。現在の枝川にも工場や倉庫が集まる地区があり、住宅と産業施設が混在する街並みが見られる。

しおかぜ橋から枝川方面を望む。汐見運河沿いには事業所が並ぶ。※2026年9月撮影。しおかぜ橋から枝川方面を望む。汐見運河沿いには事業所が並ぶ。※2026年9月撮影。

地区内の道路沿いには集合住宅や事業所が続き、都の住宅団地一覧にも、枝川に1970年代建設の都営住宅があることが記されている。住宅地としても長い時間を積み重ねてきた場所だ。暁橋から見た水際沿いにも集合住宅が並び、既に多くの人が暮らす街であることを実感した。

新駅の話題を聞くと、これから建つ住宅に関心が向きやすいが、既存の住宅から駅や買い物先へ向かう道も大切になる。通勤帰りに買い物を済ませられるか、子どもと無理なく歩けるか。長く住んできた人にとっても、新駅を今ある暮らしとどう結ぶかは、日々の使いやすさに関わる問題だ。

しおかぜ橋から枝川方面を望む。汐見運河沿いには事業所が並ぶ。※2026年9月撮影。枝川駅予定地。住宅や事業所が並ぶ枝川の道路沿い。※2026年9月撮影。

一方、幹線道路沿いでは高速道路の高架や交差点が目に入る。地図上で近く見える場所でも、横断歩道の位置や高架下の歩行環境によって、歩く際の印象は変わるものだ。

江東区の「枝川駅周辺地区まちづくり方針(2025年3月)」では、新駅周辺へ飲食店や日用品を買える商業施設を誘導し、運河沿いに交流空間や散歩道を整備する方針を掲げている。行政が目指す方向を示したもので、個々の店舗の出店や建物の更新が決まったわけではないが、駅周辺で今後どのような取り組みが進むのかを見ておきたい。

しおかぜ橋から枝川方面を望む。汐見運河沿いには事業所が並ぶ。※2026年9月撮影。枝川駅予定地周辺。枝川の高速道路高架下と交差点。※2026年9月撮影。

住宅地と商店街に囲まれた千石の生活環境

もうひとつの新駅、千石駅は、東陽町駅と住吉駅の間、四ツ目通りの地下に設けられる計画だ。予定地には延伸工事を知らせる掲示があり、その脇を多くの車両が行き交っていた。周囲に集合住宅が連なる様子を見ると、工事が日々の生活空間の中で進んでいることを実感する。

2020年国勢調査による千石1〜3丁目の人口は7,090人で、人口密度は1km2当たり約2万900人。枝川1〜3丁目も約1万6,800人で、ともに江東区全体の約1万2,200人を上回っていた。両地区には、新駅の開業前から既に多くの住民が暮らしている。

※人口密度は各地区1〜3丁目および江東区全体の面積をもとに算出。区全体には水面や業務用地なども含まれるため、数値の違いがそのまま住宅地の混雑度を示すものではない

千石駅予定地周辺。千石の四ツ目通り沿い。既存の街並みの中で延伸工事が進む。※2026年9月撮影。千石駅予定地周辺。千石の四ツ目通り沿い。既存の街並みの中で延伸工事が進む。※2026年9月撮影。

千石周辺では、仙台堀川公園の水辺や緑も身近だ。住宅に囲まれた公園は、市街地の中で散歩や休憩を楽しめる場所となっている。

江東区の「千石駅周辺地区まちづくり方針(2026年3月)」が示すのは、駅周辺の生活利便施設に加え、美術館通りや宇迦八幡宮を生かした交流、道路沿いの低層階への店舗誘導、公園と駅周辺をつなぐ空間づくりである。駅と周囲の施設を結び、既存の住宅地の中で移動や買い物をしやすくする方向が読み取れる。

千石で新駅の効果を考える際には、駅前に何ができるかとともに、今ある店や公園へどう歩けるかにも目を向けたい。例えば、帰宅途中に商店街へ寄れる経路があれば、日常の買い物先の選び方にも変化が生まれるかもしれない。文化施設を訪れる人にとっても、駅と目的地の間に立ち寄れる場所があれば、街を歩く楽しみが増えるだろう。

千石駅予定地周辺。千石の四ツ目通り沿い。既存の街並みの中で延伸工事が進む。※2026年9月撮影。千石周辺の仙台堀川公園。名称は、江戸時代に現在の清澄公園の西隣にあった仙台藩の蔵屋敷へ、米などを運んだ堀に由来する。川の東側を埋め立てて整備した親水公園は1980年に開園した。※出典:仙台市、江東区。2026年9月撮影。

航空写真と土地利用に表れる2つの街の変化

国土地理院の航空写真で1974〜1978年と2019年度を比べると、枝川も千石も、市街地に建つ建物の配置が変わってきた様子を追える。新駅ができる前から、建物や敷地の使われ方は少しずつ変化してきた。現在の街並みは、こうした長い時間の積み重ねの上にある。

航空写真では、屋根の形や建物の大きさ、敷地内の空間を見比べられる。次の土地利用図と合わせれば、写真だけでは判断しにくい建物の用途も確かめられ、見た目と使われ方を結び付けて理解できる。

枝川では大きな敷地が目を引くが、現在も事業が続く場所があり、建て替えの時期や方針は所有者や事業者によって異なる。新駅開業後に一斉に更新されると考えるのではなく、地区の中で変化する場所と、使われ続ける場所の両方に目を向けたい。

枝川・千石の1974〜1978年と2019年度の航空写真。同じ範囲で比較し、現在の新駅計画概略位置を両年代に表示。※出典:国土地理院、東京メトロ・江東区資料。枝川・千石の1974〜1978年と2019年度の航空写真。同じ範囲で比較し、現在の新駅計画概略位置を両年代に表示。※出典:国土地理院、東京メトロ・江東区資料。

東京都の2021年土地利用現況調査を使い、枝川と千石の周辺を同じ縮尺で比較した。色分けからは、住宅が広がる場所、工場や倉庫・運輸施設がまとまる場所、公園や公共施設の位置関係を読み取れる。枝川では運河と比較的大きな敷地、千石では周囲に続く住宅地に注目すると、街の構造を把握しやすい。

※地図は新駅周辺を表示し、次のグラフは各地区1〜3丁目全体を集計している。土地利用の調査時点は2021年、現地写真の撮影は2026年9月で、両時点の間に用途や建物が変わった場所もあり得る

枝川・千石の1974〜1978年と2019年度の航空写真。同じ範囲で比較し、現在の新駅計画概略位置を両年代に表示。※出典:国土地理院、東京メトロ・江東区資料。枝川・千石周辺の土地利用を同縮尺で比較。2021年調査、新駅位置は概略。※出典:東京都、国土数値情報、東京メトロ・江東区、© OpenStreetMap contributors。

両地区の各1〜3丁目について、1996年と2021年の工場・倉庫運輸施設用地の割合を集計すると、枝川は17.8%から9.7%、千石は11.6%から7.0%へ低下していた。清澄・白河・平野・三好の4町でも11.7%から5.0%へ減っている。

3地区とも産業系の用地が減る一方、千石の割合は両時点とも枝川より小さい。2つの地区は、異なる土地利用の変化を経て新駅を迎えることがわかる。

では、減った工場や倉庫の用地は、何に変わったのだろうか。先に地下鉄が開業した清澄白河について、店舗や文化施設の歩みと、土地の用途が実際にどう変わったかを見ていこう。

※割合は道路や水面等を含む地区全域に対する土地面積の比率。倉庫運輸施設には車庫なども含む。この集計だけでは転換先の用途や、今後の開発可能性までは判断できない。数値は丸め前に計算しているため、図中の内訳を足しても表示上の合計と一致しない場合がある

枝川・千石の1974〜1978年と2019年度の航空写真。同じ範囲で比較し、現在の新駅計画概略位置を両年代に表示。※出典:国土地理院、東京メトロ・江東区資料。工場・倉庫運輸施設の用地割合。枝川・千石は各1〜3丁目、清澄白河は清澄・白河・平野・三好。道路・水面等を含む。※出典:東京都土地利用現況調査を集計。

清澄白河における住宅地の発展とカフェ文化の定着

清澄白河駅から南側へ歩くと、幹線道路沿いに集合住宅や店舗が並んでいる。カフェを目的に訪れた人も、こうした住宅地の中を歩いて店へ向かう。

清澄白河で確かめたいのは、住宅地としての変化と、街の外から人が訪れるようになった経過である。住民が普段使う店は地域の暮らしを支え、特色ある店や文化施設は遠方から足を運ぶ理由にもなる。両者は関わり合うものの、住宅が増える過程と、訪れたい街として知られる過程には、それぞれの事情がある。

新駅周辺に飲食店が増えたとしても、利用者の中心が近隣住民なのか、地域の外から来る人なのかで、街に生まれる人の動きは違ってくる。枝川と千石の将来像を考える際も、店の数だけでなく、誰がどのような目的で訪れるのかまで想像すると、清澄白河との共通点や違いが見えてくる。

■関連リンク
清澄白河駅周辺の不動産・住宅を探す

清澄白河における住宅地の発展とカフェ文化の定着

東京都現代美術館が開館したのは1995年3月である。その後、清澄白河駅には2000年12月12日に都営大江戸線、2003年3月19日に東京メトロ半蔵門線が開業した。美術館が先に立地し、鉄道のネットワークが後から充実した順序になる。

現地では、美術館の周囲にも住宅地が続いている。駅から目的地まで歩く途中に立ち寄れる場所があれば、来訪者の行動も広がり得る。清澄白河の文化的な印象は、美術館という目的地や、その周囲の街を利用する人々の活動によって育ってきたものと考えられる。

清澄白河における住宅地の発展とカフェ文化の定着1995年開館の東京都現代美術館。※2026年9月撮影。

ブルーボトルコーヒーの日本1号店が清澄白河に開店したのは2015年2月6日で、大江戸線の開業から14年以上が経過していた。同社の公式記事では、創業者が美術館や公園の近くにある倉庫を紹介され、出店を決めた経緯を振り返っている。利用できる建物と周囲の環境が、店の立地に関わっていたことがうかがえる。

現在の店舗を訪れると、周囲の住宅や道路とともに、街の一角に定着した様子が見える。新駅が開業すれば、人が訪れる経路の選択肢は増える。その先でどのような店が育つかは、建物の使いやすさや賃貸条件、出店する人の判断などにもよる。清澄白河では、美術館の開館、地下鉄の開業、カフェの出店が、それぞれ異なる時期に起きていた。

この時間の流れからは、交通の便が良くなった後も、場所を選んで事業を始める人や、その店に通う人によって街の特徴が育っていく、という見方ができる。枝川や千石についても、開業時点の姿に加え、その後に既存の建物がどう使われ、どのような活動が続くかに関心を向けたい。

清澄白河における住宅地の発展とカフェ文化の定着ブルーボトルコーヒー清澄白河の店舗。※2026年9月撮影。

清澄白河の工場・倉庫等から住宅への土地利用の転換

清澄白河では、1996年に工場や倉庫等だった土地の約4割が、2021年までに住宅用地へ変わっていた。ここからは現在の清澄白河駅を中心とする半径800mの範囲で、地下鉄開業前後の土地利用を見ていく。

東京都の土地利用現況調査によると、1996年から2021年にかけて、集合住宅と独立住宅を合わせた住宅用地は約42.3ヘクタールから約57.9ヘクタールへ増加した。一方、工場・倉庫運輸施設用地は約28.4ヘクタールから約14.0ヘクタールへ減少。下の新旧の地図を並べると、住宅用地が増えた場所を確認できる。

※対象は水面等を含む約201ヘクタールで、先に集計した清澄・白河・平野・三好の4町とは境界が異なる。2021年の産業系用地の割合が4町では5.0%、駅800m圏では7.0%となるのは、この範囲の違いによる。本節では800m圏の境界をそろえて新旧を比較している。古い地図の鉄道は当時の開業状況に合わせて表示した

清澄白河の1996年と2021年の土地利用。円は半径800m、鉄道は各年の開業状況を反映。※出典:東京都、国土数値情報を基に作成。清澄白河の1996年と2021年の土地利用。円は半径800m、鉄道は各年の開業状況を反映。※出典:東京都、国土数値情報を基に作成。

駅800m圏の構成比を見ると、住宅用地は21.0%から28.8%へ上昇し、工場・倉庫運輸施設用地は14.1%から7.0%へ低下した。住宅が占める面積は増え、産業系の用地はおよそ半分になった。

「未利用地等」は約3.1ヘクタールから約1.9ヘクタールへ、「屋外利用地・仮設建物」は約5.1ヘクタールから約4.1ヘクタールへ減少している。1996年にこの2区分に属していた土地のうち、約3.0ヘクタールは2021年に住宅用地になっていた。清澄白河の住宅化には、産業用地の用途変更とともに、こうした土地の利用が進んだことも関わっている。

※比較しているのは土地面積で、住宅戸数や建物の階数ではない。「屋外利用地・仮設建物」には駐車場等も含まれ、未利用の土地だけを表す区分ではない。構成比とその差は丸め前の数値から計算しているため、図中の表示値を差し引いた結果と一致しない場合がある本文

清澄白河の1996年と2021年の土地利用。円は半径800m、鉄道は各年の開業状況を反映。※出典:東京都、国土数値情報を基に作成。駅800m圏の土地利用構成比。水面等を含む同一範囲で比較。住宅は集合住宅と独立住宅。※出典:東京都土地利用現況調査を集計。

1996年に工場や倉庫等だった場所を、2021年の用途で色分けすると、住宅化した土地の分布がより明確になる。半径800m圏では、元の約28.4ヘクタールのうち約10.9ヘクタール、38.5%が住宅用地へ変わっていた。内訳は集合住宅が約8.4ヘクタール、独立住宅が約2.5ヘクタールで、集合住宅への変化が大きい。

一方、元の工場・倉庫等の用地の約4割は、2021年も同じ産業系の分類に残っていた。住宅化が進む中でも、産業系の土地利用は続いている。住宅用地がどれだけ増えたかに加え、以前は何に使われていた土地なのかを追うことで、街が住宅を受け入れてきた経過が見えてくる。

※ここで追っているのは土地の用途の変化で、既存建物の改装か、解体後の新築かは判別していない。カフェの事例に見られる倉庫の活用とは区別される。また、住宅用地全体の増加約15.6ヘクタールは増減を差し引いた面積、約10.9ヘクタールは産業用地から住宅へ転換した面積で、数え方が異なる

清澄白河の1996年と2021年の土地利用。円は半径800m、鉄道は各年の開業状況を反映。※出典:東京都、国土数値情報を基に作成。1996年の工場・倉庫運輸用地を2021年の用途で着色。円は駅800m圏。※出典:東京都、国土数値情報、地理院タイル。

清澄白河の人口増加と江東区・東京23区との比較

清澄白河駅から800m以内の推計人口は、2000〜2020年に約3万4,500人から約4万8,400人へ増えた。増加率は40.4%で、東京23区全体の19.7%を上回り、江東区全体の39.1%とは近い伸びだった。駅周辺だけでなく、江東区全体でも人口が増えていたことが分かる。

折れ線グラフは2000年の人口を100として、その後の変化を比べたものだ。人数の規模が異なる駅周辺、江東区、23区全体でも、増え方を同じ目盛りで見比べられる。

住民が増えれば、買い物や飲食などの日常的な需要も変わり得る。ただし、どの店が利用されるかは通勤経路や品ぞろえなどにもよるため、この数字だけでカフェの集積や商店街の売上までは説明できない。

※駅800m圏の人口は国勢調査の地域別データによる推計値で、住所ごとに数えた実数ではない。800mは土地利用と同じ範囲を比較するための設定で、駅利用者全員の居住範囲を示すものではない。推計方法と範囲による違いは本節末に記した。グラフの指数140は、2000年から40%増えたことを表す

2000年を100とした人口推移。駅800m圏は500mメッシュの面積按分による推計。※出典:国勢調査、東京都統計。2000年を100とした人口推移。駅800m圏は500mメッシュの面積按分による推計。※出典:国勢調査、東京都統計。

開業前後をもう少し長く追うため、清澄・白河・平野・三好の4町について、1995年からの人口推移も調べた。

4町の人口は、開業前の1995〜2000年には0.8%減少したが、大江戸線と半蔵門線の開業を挟む2000〜2005年には16.0%増加していた。同じ5年間の江東区全体は11.7%増で、4町の増え方が大きい。1995年を100とすると、2020年の指数は4町が152.1、江東区全体が143.4となる。

4町では開業前後に人口の減少から増加へ転じ、その後も増加が続いた。ただし、この推移だけで鉄道の効果を切り分けることはできない。住宅が供給された時期や、江東区全体の人口増加と合わせて見る必要がある。

※4町の町域を集計した人口で、駅800m圏とは範囲が異なる。棒グラフは5年ごとの増減率、折れ線グラフは1995年を100とした指数を示す

2000年を100とした人口推移。駅800m圏は500mメッシュの面積按分による推計。※出典:国勢調査、東京都統計。清澄・白河・平野・三好の4町と江東区全体の人口増減。800m圏とは集計範囲が異なる。※出典:国勢調査・東京都統計、e-Stat。

人口の増え方を場所ごとに見ると、駅の周りでも増加率が大きい場所と小さい場所がある。下の地図は一辺がおよそ500mの区画「500mメッシュ」ごとに、2000〜2020年の人口増加率を示したものだ。駅周辺で一様に人口が増えたわけではないことが分かる。

枝川や千石の将来人口にも、住宅を建てられる場所や供給の時期、住みたいと考える人の需要が関わる。清澄白河の数字は、鉄道が開業すれば同じ割合で人口が増えるという予測値ではなく、先行する街の変化を考えるための比較材料と捉えたい。

※駅800m圏の人口は、境界にかかるメッシュの人口を、円内に入る面積の割合で配分する「面積按分」で推計した。例えばメッシュの半分が円内なら人口も半分を集計するため、メッシュ内の住宅の偏りは反映できず、概数として扱う

※半径を600mにすると人口増加率は30.4%、1,000mでは46.9%となる。いずれも23区全体を上回るが、江東区全体との大小関係は範囲によって変わる。「区全体と近い伸び」は800m圏についての結果である

2000年を100とした人口推移。駅800m圏は500mメッシュの面積按分による推計。※出典:国勢調査、東京都統計。2000〜2020年の500mメッシュ人口増加率。円は駅800m圏。※出典:国勢調査、国土数値情報、地理院タイル。

日常の移動を支えるバスと水辺の暮らしへの備え

現在の暮らしを支えるバスも、鉄道が加わる意味を考える材料になる。都営バスの運行データを2026年9月の平日で集計すると、「千石2丁目」の東22系統は、東陽町駅前方面が1日200本、錦糸町駅前行きが203本。8時台は各21本、12時台はそれぞれ11本と10本だった。千石では日中にも便数のあるバスが、既存駅へのアクセスを担っている。

「枝川2丁目」から東陽町駅前へ向かう陽12-1系統は1日36本で、8時台は4本、12時台は3本だった。新駅への徒歩とバスを使い分けられれば、移動先や時間帯に応じた選択肢が増えるだろう。

通勤時の便数を知りたい人と、昼間に買い物へ出かけたい人では、確認する時間帯も変わる。新駅ができた後も、目的地によってはバスで近くまで行くほうが使いやすい場合がありそうだ。新しい鉄道と現在のバスを合わせて、自宅から目的地までどのように移動できるかを考えると、新駅の役割がより具体的に見えてくる。

※東22系統の東陽町駅前方面200本には、同駅で終わる便と東京駅丸の内北口まで進む便を含む。枝川2丁目の36本は陽12-1系統のみで、停留所の全系統の合計ではない。いずれも時刻表上の本数で、等間隔の運行や実際の待ち時間を示すものではない

主要バス路線と既存駅への徒歩経路例。2026年9月14日、新駅出入口は未反映。※出典:都営バスGTFS、国土数値情報、東京メトロ・江東区、© OpenStreetMap contributors、地理院タイル。主要バス路線と既存駅への徒歩経路例。2026年9月14日、新駅出入口は未反映。※出典:都営バスGTFS、国土数値情報、東京メトロ・江東区、© OpenStreetMap contributors、地理院タイル。

住まいとして選ぶ際には、水辺の魅力とともに、江東区の低地で暮らすうえでの水害への配慮も必要になる。区の水害史には、1949年8月のキティ台風による高潮で、区内に甚大な浸水被害が生じた記録がある。その後、堤防や水門などの整備が進められてきた。居住を検討する場所では、区の水害ハザードマップで想定浸水深や浸水継続時間を調べ、避難先・避難の時期を家族で確認しておきたい。

江東区作成の「浸水対応型まちづくりビジョン(2024年3月)」では、避難スペースや非浸水階の設備等を備えた建築物の整備を示している。住宅を選ぶ際も、住戸の階数に加えて、受変電設備や備蓄の位置、浸水時に生活をどう維持するかまで確認する視点を持ちたい。

まとめ

千石と枝川は「第二の清澄白河」になり得るのだろうか。

住宅地としての利便性が高まり、新たな店や活動を受け入れるという面では、共通する発展の可能性があると考える。一方、清澄白河で文化やカフェが定着した背景には、美術館の存在や、事業者が選んだ建物と周辺環境があった。新駅を迎える2つの街でも、今ある場所を誰がどのように使うかによって、特徴の育ち方や街並み形成は違ってくるだろう。

今回の調査とまちづくり方針をもとに、枝川と千石の現状、暮らしの変化として考えられる姿、その実現に関わる条件を表に整理した。枝川では水辺と住宅・産業の関係、千石では既存の住宅地と商店街や文化施設への行き来が、将来像を考える軸になりそうだ。なお、下表の将来像は、現況や方針から考えたものであり、個別の開発・出店の決定を示すものではない。

枝川と千石の現状、まちづくり方針と考えられる将来像。将来像は筆者の考察であり、開発・出店の決定を示すものではない。※出典:枝川駅周辺地区まちづくり方針(2025年3月)、千石駅周辺地区まちづくり方針(2026年3月)、本稿の土地利用分析・現地調査。枝川と千石の現状、まちづくり方針と考えられる将来像。将来像は筆者の考察であり、開発・出店の決定を示すものではない。※出典:枝川駅周辺地区まちづくり方針(2025年3月)、千石駅周辺地区まちづくり方針(2026年3月)、本稿の土地利用分析・現地調査。

枝川で考えられるのは、運河に囲まれた住宅地に、鉄道と日常の買い物の便利さが加わる暮らしである。仕事から帰る途中に駅の近くで買い物をし、休日には自宅から水辺へ歩いていく。方針に示された商業施設の誘導や散歩道の整備が進めば、こうした日常を過ごしやすくなる可能性が高い。豊洲や潮見との行き来も含めて、住み、働く場所としての選択肢が広がる可能性がある。

その際、水辺を眺められることと、誰もが水辺まで歩いて出られることには違いがある。運河沿いに立ち寄れる場所があり、住宅や駅から道がつながっていれば、水辺の魅力を日常的に楽しみやすい。一方、事業所が続く場所では車の出入りと歩行者の移動への配慮も関わる。大きな敷地が住宅に変わるかどうかに加え、敷地の周囲をどのように使えるようになるかも、街の変化を見るポイントになりそうだ。いずれにしても、南部の豊洲に続き、新駅の設置は枝川地区の街並みに大きな変化を加えていくだろう。

千石では、既に多くの人が暮らす住宅地を基盤に、駅、商店街、公園を歩いて利用しやすくする発展が考えられる。通勤の帰り道に店へ寄り、休日には公園や文化施設へ向かう。そうした住民の日常の動きと、地域を訪れる人の散策が、既存の店舗や公共空間を利用する機会につながる可能性がある。美術館通りなどを通じて、清澄白河方面への新たな入口となる姿も想像できる。実際に人が足を運ぶかどうかには、店や施設の魅力に加えて、途中の道の分かりやすさや歩きやすさも関わる。駅前の整備と周辺の商店街を別々に見るより、住宅から駅、その先の目的地まで続く道として見ると、千石ならではの変化を捉えやすいだろう。

以上から、千石は、既存の住宅地や商店街、周辺の文化施設を生かし、清澄白河に近い発展をたどる可能性がある。一方、比較的大きな敷地が目立つ枝川では、敷地更新時の建物配置や低層階の用途、水辺へ通じる歩行空間のつくり方が、街の将来像を左右すると考えられる。特に豊洲との接点や連続性の形成が期待されるところである。

両地区を一括して「第二の清澄白河」と捉えるより、千石は既存市街地の魅力をつなぐ発展、枝川は大区画と水辺を生かした発展として見ることができるだろう。両地区ともに今後の発展に注目したい。