築150年を越える古民家をアートで再生

上越市と十日町市の境に位置する星峠集落にある「脱皮する家」。日本大学芸術学部 鞍掛純一教授と彫刻コースの有志が160日以上妻有に滞在して完成させた上越市と十日町市の境に位置する星峠集落にある「脱皮する家」。日本大学芸術学部 鞍掛純一教授と彫刻コースの有志が160日以上妻有に滞在して完成させた

世界でも最大級となる新潟・越後妻有の「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(以下、「大地の芸術祭」)。「人間は自然に内包される」という基本理念のもと広大な越後妻有のエリア面積約760km2、約200もの集落を舞台に現代芸術作品が作られ公開される。その特徴は、公共エリアのみならず集落に作品を点在させていることだ。しかも、作品の中には集落に残る空家や廃校がこぞって利用されている。

そうした作品は展示するばかりでなく、芸術祭期間以外に宿泊施設として一般に公開されていることが多い。

実際にその作品の1つ、日本大学芸術学部彫刻コースの有志により築150年を越える古民家をアートとして再生させた農家民宿「脱皮する家」に宿泊体験をしてきた。今回はその様子をご紹介しよう。

古民家といえども、もとは廃屋同然!?

立派な梁があるが、空家になっていた当時はこうした梁も見ることができなかった。説明をしてくれているのがNPO法人 越後妻有里山協働機構 飛田晶子氏(写真上)。木という木に彫刻が施されている(写真下:左)。彫刻はすべて鑿(のみ)と木槌で彫られている。写真は実際に使用されたもの(写真下:右)立派な梁があるが、空家になっていた当時はこうした梁も見ることができなかった。説明をしてくれているのがNPO法人 越後妻有里山協働機構 飛田晶子氏(写真上)。木という木に彫刻が施されている(写真下:左)。彫刻はすべて鑿(のみ)と木槌で彫られている。写真は実際に使用されたもの(写真下:右)

2000年から3年ごとに開催されている大地の芸術祭だが、2006年から始まったのが「空家・廃校プロジェクト」だ。もちろんそれまでも空家や廃校を使ったアートは展示されていたが、このプロジェクトでは特に集中して越後妻有に残る膨大な空家、そして年々増える廃校を作品として再生している。その数はこれまでに100軒以上。

「脱皮する家」もこの年のアート作品として再生されたものである。その後、2008年より宿泊施設としても活用されるようになった。

この家のアートたる所以は、築150年を超えた木造民家の壁、床、柱など木という木の全てが鑿(のみ)で彫り込まれていることだ。「空家・廃校プロジェクト」で作品を募集した際に、当時日本大学芸術学部 助教授であった鞍掛純一氏が提案した「彫る」という行為で空家をアートとして脱皮・再生させようという構想が採用されたものだ。2年半もの制作期間と日本大学芸術学部彫刻コース有志によって、延べ3000人工という長い時間と手間をかけて創造されている。

なぜこれほどまでに時間を要したのであろうか? 古民家といえどもその様相はほぼ「廃屋」に近く、掃除や片付けに大半の時間が割かれているのだという。「脱皮する家」には、現在も土間に一連の制作過程が分かるVTRが置かれていて見学者や宿泊者が観ることができる。これを観るともとの家の状態に呆然とさせられる。現在は吹き抜けの高い天井に大きな梁の出た味わい深い古民家だが、空家となっていた当時は梁は天井板で塞がれ、部屋も暖房効率を高めるために壁で小さく区切られ、木で組まれた様子がほとんど見た目には分からない状態。長年の暮らしの変化に合わせてツギハギだらけになった家屋は、ただの廃屋にしか見えない状況だった。

これを、家財道具を全て運び出し、壁を壊し、天井板を剥がし、彫刻ができるようにするまでは大変な苦労だ。例えば天井板をはがすとそこには、かつて貯蔵する習慣のあった屋根の葺き替え用の茅が大量に埃をかぶって放置されていたり並大抵ではない。

しかも、「脱皮する家」の管理運営を行うNPO法人 越後妻有里山協働機構 飛田晶子氏によれば、建物として人が住めるだけの改修を行うことも大変であったという。

「空家・廃校プロジェクトでは、事前に空家の保存状態を調査してもらいましたが実はこの家は利用を勧められるものではなかったと聞いています。アート作業を行うための予算はあるものの、建物自体は民間の物件ですので改修にあたっては公的な資金は充てられず主旨に賛同いただけるオーナーを探して、改修を実現しています」

泊まること自体が目的の宿

建物としても、アート作品としても、人々の多大な労力によって再生されたのが「脱皮する家」だ。その家の中は不思議な空間だ。入口は雪国らしい二重扉の引き戸で、扉を開けると広々とした土間が広がる。ここはかつて農家の人々が馬と生活をした名残だという。

土間の廊下を進むと左手には居間と二階を含む数室の部屋がある。居間につながる障子を開けると圧巻だ。重厚感溢れる天井の梁など、家の内側全体が彫られている。その彫りあとが何かの流れのように感じられたり、建物の奥行と相まり不思議な空間が作られている。何と言ってよいのか分からないが、次元が異なるとでも言えばしっくりくるのだろうか。不思議なことだが木造の民家にも関わらず宇宙の中心に存在する、そんな感覚にもさせられる。

「脱皮する家」は基本的に1棟貸しとなり1階には居間と個室が1部屋(3名)、2階に1部屋(5名)の客室があり、10名までは宿泊できるという。実際のところは居間が広いため数人増えたところで十分寝られると思う。2階の個室からは広い窓があり、里山の風景が一望できる。水周りは、改修時に新たに作られているため近代的な作りのキッチン+バス+トイレが完備されている。

「ここに宿泊される方はご家族の方が多いです。親子3世代ですとか、先日も娘さんのお誕生日をこちらで祝いたいとお見えになった方もいらっしゃいます。あとは職場の仲良しグループでそれぞれご家族を連れてお見えになったりしました。みなさんわざわざこちらに泊まることを目的にいらっしゃるようです。アート作品ということもありますが、この里山の古民家という環境そのものに魅力を感じていただいているようです」(飛田氏)

夜の静けさもまたこの宿ならではの体験。夜の光と影の陰影もまた情緒的だ(写真上:左)。食事は近くの料理店からの仕出しも可能。写真は2000円の夕食。素朴だが味わい深くてボリュームも満足(写真下:左)。キッチンやバスの水周りは改修時に近代的なものに変えられている(写真上:右、写真下:右)夜の静けさもまたこの宿ならではの体験。夜の光と影の陰影もまた情緒的だ(写真上:左)。食事は近くの料理店からの仕出しも可能。写真は2000円の夕食。素朴だが味わい深くてボリュームも満足(写真下:左)。キッチンやバスの水周りは改修時に近代的なものに変えられている(写真上:右、写真下:右)

“不便さ”がまた“贅沢さ”を生む

星峠集落の棚田には、「脱皮する家」から徒歩約10分。素晴らしい景観に出会える。この風景を見られることもまた、「脱皮する家」に滞在する楽しみの1つだろう星峠集落の棚田には、「脱皮する家」から徒歩約10分。素晴らしい景観に出会える。この風景を見られることもまた、「脱皮する家」に滞在する楽しみの1つだろう

「脱皮する家」まで行く道程は正直言えば不便である。しかも筆者は公共の交通機関を利用したため、なかなか大変な思いをした。東京からは新幹線で越後湯沢まで行き、そこから在来線で「まつだい」駅まで。さらに1日に2本しか運行していないバスで脱皮する家のある「星峠」まで約30分揺られる。

星峠集落は約30世帯が暮らし、ほとんどが70代以上の農家だ。そのため、脱皮する家の周りには商店は一切ない。コンビニはもちろんのこと自動販売機すら見あたらない。何かを買うには「まつだい」駅まで車で30分かけて戻らなければならないそうだ。

しかし、だからこそここでは静かな夜、そして澄んだ朝の空気を体験できる。この日筆者は広々とした居間に布団を敷いて寝た。もう10月も終わりで夜になるとなかなか冷える。灯油ストーブを出してもらえていたので、寒いということはなかったが冬の空気の乾いた匂いを感じた。天井を眺めるとその空間に吸い込まれていきそうになる。なんだか横になりながら家と対話している気分になった。とにかく時間がゆっくりと流れた夜だった。

次の日の朝は、「脱皮する家」から徒歩約10分の星峠集落の「棚田」に向かった。山間の傾斜地に階段状につくられた田んぼは、先人たちの苦労の末に切り開いた里山の歴史だ。山々に囲まれた空間に美しい風景が広がっていた。言葉もでなくてそこでしばし見入ってしまう。朝の散歩から戻ると仕出しの朝食が届けられていた。昨夜の夕食もそうだったがこの食事が美味しい。釜で焚かれたツヤツヤのご飯に、芋がらなど土地の野菜を使った田舎料理。素朴なのに本当に美味しかった。

自然以外に何もないという贅沢な時間を過ごして、おいしい土地の食事をいただく。しかしこれも、地元の人々やNPOなどさまざまな人々の協力があって実現していることだ。

作品づくりだけで終わらない、集落と学生の絆

「脱皮する家」からほど近いところには、2009年に日本大学芸術学部彫刻コースの有志がまた新たな空家を利用した作品をつくった。その名も「コロッケハウス」。なぜコロッケなのかというと、木造の建物全体を金属の衣で包んでいるからだ。

こうした集落に入っての作品づくりというのは、単に物を作ればいいというものではない。地元の人々とのコミュニケーションや理解が必要になる。日本大学の制作チームでは作品をつくる前に住民へのワークショップを時間をかけて行ったという。作品をつくる間も地域の人々とコミュニケーションを図り、時には田んぼのお手伝いもした。

いまでは、星峠集落の運動会やさまざまな行事に参加する人の半分が日本大学芸術学部の生徒たちだという。しかも、最近では棚田の再生にも取り組み始めている。ここでは確かにアートを媒介に地域の人々と若者がつながっている。そういった意味でも芸術際は地域再生を確かに担っているのだと思う。

集落の人々と都会の若者たちが出会った場。「脱皮する家」はそんな視点からも楽しむことができる家ではないだろうか。

2009年の芸術祭でつくられた「コロッケハウス」。脱皮する家から見えるところにある。空家となっていた木造民家を金属でコーティングしている。これは常時展示されている作品で芸術祭以外の時期でも見学が可能だ2009年の芸術祭でつくられた「コロッケハウス」。脱皮する家から見えるところにある。空家となっていた木造民家を金属でコーティングしている。これは常時展示されている作品で芸術祭以外の時期でも見学が可能だ

2015年 12月17日 11時02分