漆喰をコテに取る練習だけで1時間! 施主さんの果敢な挑戦
左官職人の漆喰塗りを見学させてもらおうと建設中の木組みの家に上がらせていただいたところ、職人らしからぬカラフルな色の服を着た男性が壁を塗っていた。この家のあるじのSさんだ。その傍らには、旦那様の作業を見つめるSさんの奥様の姿。聞けば、ご夫婦そろって押し入れの漆喰塗りをやっているというので「そんなことさせてもらえるんですか!」と思わず驚きの声を上げてしまった。
前回、木組みの家を造るオダ工務店の建築現場に密着させてもらったが、今回も再びオダ工務店の建設現場におじゃまさせていただいた。ただし、今回の主役は大ベテランの左官職人さん……のはずだったのだが、いきなりデコボコな壁を前に奮闘しているド素人のSさんに遭遇。職人技の壁塗りを見るのは、あとの楽しみに取っておくことにして、まずはSさんに話を伺った。
―漆喰塗りの作業を始めるにあたって最初にどんなことをしましたか?
「コテ板に漆喰を乗せてコテに取るところから教えてもらいました。最初、職人さんと同じように漆喰を大量に板に乗せたら、動くたびに漆喰がボタボタ落ちてしまって……。板に乗せる量を少なくしたら落ちなくなったので、コテに取る練習をして、1時間後にやっと塗れるようになりました」(Sさん)
―塗るのはどんなところが難しいですか?
「全部難しいです。漆喰をコテに取ったときは柔らかくて塗りやすいんですが、厚いから薄くしようと思っているうちに乾いて固まって、表面がガタガタになってしまうんです」(奥様)
昔ながらの「荒壁・砂漆喰・本漆喰」仕上げ
Sさん夫妻が塗っているのは押し入れの壁。最終的に扉が付いて見えなく部分なら塗らせてもらうことができるという。仕上げも職人さんは手を付けないそうなので、押し入れの扉を開けるたびに自分で塗った壁を見られるというのが、また施主さんにはたまらない喜びかもしれない。
Sさんが塗っているのは壁の表面を仕上げるための「本漆喰(ほんしっくい)」。壁の中心には「プラスターボード(写真1)」という下地が張ってあり、そのプラスターボードに下塗り剤が塗ってあり、その上から本漆喰を塗っている。
押し入れの壁は厚みがないためプラスターボードを使っているが、ほかの大部分の壁は「荒壁(あらかべ)」(写真2)と「砂漆喰(すなしっくい)」(写真3)そして「本漆喰」の、自然素材100%で造られている。
「昔ながらの荒壁はとてもいいんだけれど、材料を確保するのが難しくなってきているし工期もかかるから、今は100軒に1軒も注文がないんじゃないかな。オダ工務店のお客さんはマニアックだから、ほとんどの方が荒壁を付けたがるけどね」
そう話すのは、左官業を営む小林業務店の親方・小林さん。
この日は3人の職人さんが来ていたが、壁を塗っていたのは親方の師匠でもある職人歴49年の牧原さんと、親方の弟の小林さん。親方は「本当は私も壁を塗りたいんだけどねぇ……」と言いながら“養生”という壁塗りの下準備をしたり(写真4)、Sさんたちに壁塗りのコツを教えたり、ひたすら裏方的な仕事に徹していた。
微妙な変化を読み取る左官職人の技
自然素材100%の壁の造り方をざっくり説明すると、次のような流れだ。
●荒壁塗り→●中土の下塗り→●中土の中塗り→●中土の上塗り→●本漆喰塗り×3回→●押さえ×3回
親方いわく「材料や仕上げ方、職人のこだわりなんかで工程は変わるから必ずこうとは限らないけど、だいたいこんな感じ」だという。荒壁の上に15~20mmの中塗土が塗ってあるところに、ベテラン職人の牧原さんが1回目の本漆喰を塗っていく。見ていると、塗り始めてから終わるまでの時間はほんの数分で、まさにアッという間だった。
壁塗りは、ひとことで言ってしまえば“塗って乾かす”を繰り返すという単純な作業なのだが、どんな状況でも必ず同じ仕上がりにしなければならないという点で、技術の難易度がぐっと高まる。
「塗るのも乾かすのも材料によって違うし、季節によっても違うし、天気や湿度、朝昼晩でも違う。夏は1週間ぐらいで乾くけど、冬は乾くのに20日ぐらいかかるから次の工程に取りかかるのも遅くなる。それを人にどう説明していいかわからんね。言葉じゃ説明できんな、左官の仕事は」(親方)
どれくらいの厚みで塗るかというのも職人の感覚次第だそうだが、親方は、本漆喰なら1回1㎜を基準に、砂漆喰と本漆喰を合わせると5~6㎜の仕上がりになるよう塗っているという。
水分を制する職人が壁を制する……?
親方に話を伺っているうちに、牧原さんはすでに3回の本漆喰塗りを終え、押さえの作業に入っていた。
「水引きが早いと左官泣かせって言って、夏は1年で一番大変な時期だね」(親方)
水引きというのは材料が乾く速度のこと。左官の材料は水分があるうちでなければ塗りも仕上げもできないため、水引きの調整が重要なのだという。ちなみに、本漆喰の前に砂漆喰を塗るのも、接着性を良くするためと水引きを調整するためで、職人によっては砂漆喰を塗らないこともあるそうだ。
本漆喰を塗って水が引いたら、波を消すために表面を押さえ、また水が引いたら波を消すために押さえ、水の引き加減を見ながらそれを繰り返して壁を平らにしていく。素人の目には押さえなくても十分平らに見えるのだが、これはまだまだ序の口で、この押さえの作業は突き詰めていくと、もっと緻密な職人のこだわりがあるという。
「細かいことを言うと、右から押さえた壁と左から押さえた壁では表面の表情がまったく違う。漆喰はそこまでじゃないけど、材料によってはコテの引き具合や光の加減で色が変わるから、右か左のどちらか一方からしか押さえたらいけない材料もある。そんなことにこだわるのは職人だけだけど、それを知ったうえでやるのとやらんのとでは仕事の良さが全然違うと思うね」(親方)
デコボコの壁も、味があっていいモンだ
作業が一段落して休憩に入ったので、漆喰の壁にこだわりのあるSさん夫妻に再び話を伺った。
―なぜ漆喰塗りを体験しようと思ったのですか?
「彼が何でもやりたがりだからです。できることなら自分で家を造りたいぐらいの人なんですよ」(奥様)
「たぶん普通はこんなことやらせてもらえないんでしょうけど、オダ工務店はできることなら何でも体験させてくれるんです。漆喰塗りも『やってみますか?』っていうから『やります!』って、竹小舞(※)や荒壁などいろいろやらせてもらいました。自分の家なんで、もう割り切って何でもやってみようと思ったんです。押し入れの壁も、あとはデコボコを直したら完成です!」(Sさん)
そもそも木組みの家を造ることになったのは、奥様のアレルギー体質を気遣ってのことだという。
「科学物質に過敏で頭痛を起こしやすい体質なので、シックハウス症候群を発症しないように、呼吸する自然素材の家に住みたいと思ったんです。自分の家造りに参加できるのは楽しいですし、愛着もわきますし、住むのがますます楽しみになりますね」(奥様)
そんなSさん夫妻に「デコボコの壁もまた味わいがあっていいよね」と声をかける親方。
和やかに談笑するSさん夫妻と職人さんたちの姿を見ているうちに、昔の家造りというのはきっとこんな様子だったのだろうな、という思いがした。
※竹小舞…土壁の下地に使う細い竹のこと。土壁の下地を小舞といい、竹などの素材を格子状に編み込んで構成されている。(HOME‘S 不動産用語集より)
2014年 09月25日 11時16分