「減災館」で展示中の耐震改修模型をつくったのは

質問。そもそも工務店とは何だろう?

「工務店って、住宅をつくるレベルの工務店から大手のスーパーゼネコンさんまであって、広い意味でいうと建設会社のことですかね」

そう答えてくれたのは、“三河樹で家を造る工務店”がキャッチフレーズの、愛知県蒲郡市にあるオダ工務店の小田貴之さん。

筆者がオダ工務店を知ったのは、前回の記事【次の地震でこの国は滅ぶ?名古屋大学減災連携研究センター長に伺った防災・減災の心得】で紹介した「減災館」で見た展示物がきっかけ。同館に木造建築の耐震改修模型が展示してあり、スタッフの方が「木造住宅の骨組みの、実際の耐震改修の様子を一般の方が見る機会はまずありませんから、貴重な模型ですよ」と説明していたので、これをつくった人に、なぜそんな珍しい模型をつくったのか聞いてみたいと思った。

展示模型の説明パネルに「この骨組みは“あいちの木で家を造る会”の会員:オダ工務店様のご指導のもと一般社団法人大工育成塾の塾生さんが作成しました」とあったので、オダ工務店を訪問させていただいたのである。で、さっそく尋ねてみた。

こういう模型をつくったのはなぜですか?

耐震改修の大切さを伝えたかったのか、安全な家づくりについて訴えたかったのか、木造住宅に住む心構えを伝えたかったのか、どんな特別な想いがあったのだろうかと想像が膨らむ。

減災館に展示されている木造住宅の耐震改修模型。改修部位ごとにパーツの名称や役割など詳しい説明が付いている減災館に展示されている木造住宅の耐震改修模型。改修部位ごとにパーツの名称や役割など詳しい説明が付いている

木造住宅の骨組みを一般の人に見せ、触ってもらおう

小田さんの返答は、特別な想いというよりも不思議な縁によるものだった。

2006年頃のこと。小田さんが「あいちの木で家をつくる会」の活動を通じて、Kさんという設計士さんと知り合いになった。ちょうどその頃、オダ工務店では一般の人が見て触れることのできる骨組みのモデルをつくっていたのだが、どこかで話を聞いたのか、Kさんはそのことを知っていたという。Kさんは一般社団法人 日本建築構造技術者協会(略称JSCA)という団体に加盟しており、JSCAが開催するイベントで展示物を担当していたことから、小田さんに耐震改修模型づくりを依頼したという流れだったそうである。

小田さんはイベント終了後の模型の行方を知らなかったのだが、減災館に展示されていることを伝えると「今もちゃんと役立っていて良かったです」と喜んでいた。

模型がつくられた経緯は偶然が重なったことによるが、突然そんな協力を頼まれてすぐに応じられるオダ工務店は、タダものではなさそうだ。一般の人に木造住宅の骨組みを見せようという発想は、どこから思いついたのか?

「1995年の阪神淡路大震災後、全国の自治体で木造建築の耐震診断や耐震改修をすすめようという取り組みが始まりました。その頃、うちでも耐震改修をやるようになったんですが、安全性を高めるためということを言葉で説明しても一般の方にはわかりにくいじゃないですか。だから骨組みのモデルで見せればわかりやすいかなと思ってつくったんです」

普段、素人が見られない骨組みを見せてもらえるのはありがたいことだが、技術をさらけ出す側にしてみれば、勇気のいることではなかろうか。小田さんはよほど技術に自信があるのか、それとも大学や専門学校で木造建築の技術や知識を専門的に学んだことがあるから、そんなことができたのだろうか?

木組みの家では1本の丸太をそのまま使う。手前は手で仕上げた8mの中桁(なかげた)。「短い材料をつないだ場合、1本の材料を使ったときと比べると強度が1割ぐらいしかないんです。意匠的にも1本をそのまま使うほうがいいですしね」と小田さん木組みの家では1本の丸太をそのまま使う。手前は手で仕上げた8mの中桁(なかげた)。「短い材料をつないだ場合、1本の材料を使ったときと比べると強度が1割ぐらいしかないんです。意匠的にも1本をそのまま使うほうがいいですしね」と小田さん

木造建築は農学分野だった。技術は職人のコミュニケーション力で現在へ

「いえいえ、まったくですよ。今は建築学部で木造建築を学ぶ大学も増えているようですけど、10年以上前には木造は農学部の林産業の分野だったと思います。私自身も10数年前にこの世界に入ったとき、木造(木組み)ってどうやって勉強するのかな……? と思いましたから」

驚いた。日本古来の木組みの家が、最近まで学術的な研究をされていなかったとは。ということはつまり、木組みの家の構造や技術や知識は、職人さん同士のコミュニケーションだけで現在まで正確に伝えられてきたということになる。逆にいえば、だからこそ画一的でない多様な技術を持つ職人が生まれ、多様な工務店が誕生したということかもしれない。

では、多様な工務店の中の一軒であるオダ工務店は、いったいどんな個性を持っているのか。
始まりは1943年。大工を始めたのは小田さんのおじいさんだったが、どちらかというと頑固な職人というよりも「あしたはあしたの風が吹く~」という楽観的タイプだったという。

そんな親の姿に反発を覚えたのが2代目の小田紀充(のりみつ)さん。紀充さんは、15歳のときから72歳になる現在まで50年以上も大工一筋に生きてきたベテラン職人で、今もオダ工務店の親方として腕をふるっている。親方の兄弟ふたりもオダ工務店で大工をしているそうだが、3人そろってまさに絵にかいたような頑固職人だという。

「親方たちが『安普請の家をつくるんだったら大工なんかやめだ!』っていうんで、じゃあ、やめりゃいいじゃん……と思ったこともあるんですよ正直」と小田さんはこぼす。

オダ工務店の親方・小田紀充さん(右)と3代目の小田貴之さん(左)。照れくさいのか、3代目は「一緒に写真はイヤだなぁ」と後ずさる。そう言いながらも「自分では絶対言わないけど、親方は若い頃、骨組みではけっこう名の売れた大工だったらしいんですよ」と、さりげなく親方への尊敬を口にするオダ工務店の親方・小田紀充さん(右)と3代目の小田貴之さん(左)。照れくさいのか、3代目は「一緒に写真はイヤだなぁ」と後ずさる。そう言いながらも「自分では絶対言わないけど、親方は若い頃、骨組みではけっこう名の売れた大工だったらしいんですよ」と、さりげなく親方への尊敬を口にする

木組みの家は儲からない。利益を取るか、職人の誇りを取るか

現在、オダ工務店の代表を務める3代目の貴之さんは1級建築事務所・木輪組の代表でもあり、仕事の受注から材料の仕入れ、木組みの家の設計、こうした取材の対応まですべてを任される、いわばオダ工務店の大黒柱だ。だから当然、経営に関するいろいろなことが見えてしまうし、事業の将来のことも心配する。

「私がここに入った頃、木組みの家は単価的なところでぜんぜん勝負できないとわかり、経営的には完全に敗者の選択をしていると思ったんです」

先の「やめりゃいい……」の言葉は、そんな状態を目の当たりにしての本音だったのだ。それなのに、やめずに続けることにしたのは、なぜだったのか。

「5年、10年先のことを考えると、親方衆がそこまで木組みの技術にこだわるなら、どこまでもその技術を極めていくよりほかに、うちが生きていく道はないと思ったんです。まぁ、もし会社がなくなったとしても私の責任じゃないしな、という開き直りもありましたし」

こうしてオダ工務店は、昔ながらの日本の伝統構法「木組」に、こだわりすぎるほどこだわるマニアックな工務店となった。“木組みの家”がどんな家かは、オダ工務店のホームページやHOME’S PRESS【【木組みの家①】通常の木造住宅とは似て非なる、本来の日本の伝統技術を生かした家】で詳しくわかりやすく説明しているので、そちらを参考にしていただきたい。

オダ工務店の敷地内に建っている小田さんの家は事務所兼モデルハウスにもなっている。車知栓(しゃちせん)、込栓(こみせん)、胴差し(どうさし)、小屋梁(こやばり)といった木組みの家ならではの技術を間近で見ることができる。もちろん壁は漆喰、瓦は三州瓦(さんしゅうがわら)オダ工務店の敷地内に建っている小田さんの家は事務所兼モデルハウスにもなっている。車知栓(しゃちせん)、込栓(こみせん)、胴差し(どうさし)、小屋梁(こやばり)といった木組みの家ならではの技術を間近で見ることができる。もちろん壁は漆喰、瓦は三州瓦(さんしゅうがわら)

マニアックなお客さんが職人や木材産地を育ててくれる

さて、そんなマニアックなオダ工務店に家づくりを依頼するのは、どんなお客さんなのか。

「やっぱりマニアックですね。なるべくコストを下げようと思ってこっちはユニットバスを提案するんですが『いや、槇風呂(まきぶろ)がいい』とか『家具もつくってくれ』とか、こだわりが止まらなくなるみたいで。でも、そのおかげで私たちは職人を育てることができますし、木材産地を育てることもできるので、本当にありがたいと思っています」

漆喰を塗る左官さんなどは、年に1~2回しか壁を塗る機会がないそうで、普段はセメントを塗っているという。「仕事がなくて道具を置いてしまった腕利きの職人さんもたくさんいますよ」と小田さんは、やむなく一線を退いた職人を惜しむ。

木組みの家づくりにこだわるマニアックなオダ工務店と、そんな家を求めるマニアックなお客さんの間には、共通する一つの想いがある。

「次の代だけでなく、その次の代まで住み継ぐことができる家をつくりたいんです。そして最終的にゴミにならない、素材のほとんどを自然に返せる家をつくり続け、住み続けてもらいたいですね」

ちなみに、オダ工務店では手間ひまかけて丁寧な家づくりをするため工期は長めになるという。これも個性の一つだ。

世の中にはオダ工務店をはじめ多種多様な個性を持つ工務店が数多くある。工務店を選ぶときは技術や理念などをじっくり見極めて、ぜひ運命の工務店に出合っていただきたい。


■取材協力/~三河樹で家を造る工務店~オダ工務店・一級建築事務所 木輪組(きりんぐみ)
http://www.oda-ie.jp/


■関連リンク/あいちの木で家をつくる会 http://aichinoki.jp/


      一般社団法人 日本建築構造技術者協会(JSCA) http://www.jsca.or.jp/

腕の良い大工さんは道具の手入れが行き届いている。オダ工務店を訪問したとき、ちょうど若手大工の杉浦佑輔さん(21歳)が真剣な表情でカンナの刃を研いでいた。28歳の先輩と一緒に日々汗をかきながら修行に励んでいるという腕の良い大工さんは道具の手入れが行き届いている。オダ工務店を訪問したとき、ちょうど若手大工の杉浦佑輔さん(21歳)が真剣な表情でカンナの刃を研いでいた。28歳の先輩と一緒に日々汗をかきながら修行に励んでいるという

2014年 07月23日 11時15分