盛り上がる日本橋室町エリア。江戸の頃の活気が取り戻せるか?実際どんな事が行われているのか迫ってみた

2014年に入り各種メディアで東京の「日本橋」の変化に関する情報を目にする機会が多くなってきた。

コレド室町2・コレド室町3の開業や、TOHO(トーホー)シネマズ日本橋のオープン。また、日本橋スマートシティ、日本橋の真上を通る首都高速道路の高架橋を巡る問題など。また、蒼井優さんや長澤まさみさんを起用したCMや雑誌広告など様々なプロモーションが行われ、少なくとも一度や二度、目にしたことがある人は多いだろう。

日本橋と聞くと歌川広重の浮世絵を思い出す方も多いのでは?江戸時代から交通中心地としてのNo.1スポットというイメージがあるが、近年どちらかと言えば地味な印象があった。その「日本橋」で今、一体何が起こっているのだろうか?今回、日本橋で行われている計画に深く関わっている三井不動産に取材を行い、日本橋開発の実態について迫ってみた。

盛り上がる日本橋室町エリア。その再開発の内容に迫ってみる盛り上がる日本橋室町エリア。その再開発の内容に迫ってみる

日本橋の歴史、そして三井不動産との関わり

三井不動産株式会社 広報部 広報グループ 主事 西田弥生氏三井不動産株式会社 広報部 広報グループ 主事 西田弥生氏

「日本橋」といっても、本来は人形町や馬喰町まで入るのでエリアには広い地域だが、今回は日本橋室町エリア周辺の再生について取り上げたい。

まず、ざっと日本橋エリアの歴史をおさらいしよう。
1603年に徳川家康によって江戸幕府が開かれる。同年に全国の道路整備計画が行われ、その際に今も名所となっている「日本橋」が架橋された。日本橋の周辺は、物資や両替商の集積地として発展。言わずもがな、この地域一帯は江戸の中で最も賑わうスポットになった。1600年の半ばになると、江戸三座の内、中村座と市村座が日本橋にできて、経済・商業・金融・物流のみならず、娯楽でも中心地となった。

そうした江戸の中心地に、三井グループの創業の父、三井高利が呉服店「越後屋」を開いたのが1673年。それを機に、三井と日本橋の関係は構築されていく。明治時代になると、三井グループは大きくなり、今の三井銀行(現:三井住友銀行)や三井物産、三井呉服店(三越)が誕生。昭和に入り、戦後を迎えると財閥解体とともに三井財閥の不動産部門が独立。それが現在の三井不動産になる。

越後屋時代から含めると、三井不動産と日本橋との付き合いは実に約350年。その中で、現在の“日本橋再生計画”のきっかけになったのが、1999年の東急百貨店日本橋店(旧白木屋)の閉店だという。

「日本橋の街は江戸時代発展していましたが、明治、昭和を経て少しずつですが段々と活気を失っていきました。百貨店さんが存続できない街ということが、三井不動産そして地元の商店街も、とても危機感を覚えました。その中で、『日本橋を盛り上げていこう』という声があがり、日本橋再生プロジェクトが組まれました。2004年、東急百貨店日本橋店の跡地に建てた現在のコレド日本橋(日本橋一丁目ビル)の竣工を機に、日本橋再生計画は盛り上がっていきました」(三井不動産株式会社 広報部 広報グループ 主事 西田弥生氏)

三井不動産は2004年にできたコレド日本橋、2005年の日本橋三井タワー、2010年のコレド室町を第一ステージとくくる。そして今年、2014年は日本橋再生運動第二ステージとして、個別プロジェクトではなく、「日本橋の街づくりプロジェクト」へと起動し始めた。

2014年始動した日本橋再生計画、第二ステージとは?

左がCOREDO室町2。右がCOREDO室町3左がCOREDO室町2。右がCOREDO室町3

2014年、日本橋室町エリアでは「界隈創生」「地域共生」「水都再生」「産業創造」という4つのテーマをもとに、次々と“再生”計画の実施が行われている。

まず「界隈創生」で言えば、2014年3月20日にオープンしたコレド室町2(室町古河三井ビルディング)、コレド室町3(室町ちばぎん三井ビルディング)だ。コレド室町2の低層部には、かつおぶしで有名な老舗にんべんの初の飲食業態「日本橋 だし場 はなれ」など飲食中心の店舗を揃えた。また、TOHOシネマズ日本橋が新設され、オールナイトでの鑑賞も実施している。一方、コレド室町3には、ライフスタイル系の物販店舗がメインになっている。

「開発コンセプトとして、『にぎわいのある通りづくり』『食の提案』『夜のにぎわいの再生』『ライフスタイルショップの集積』という4つの切り口を作り、店舗誘致をかけました。今まで日本橋で夜遅くまで営業している店舗は少なく、実際この場所で働いている私たちも、就業後には神田や銀座の方へ行っていました。しかしそうではなく、“夜も人が集まる街”にしたいという思いがあり、深夜まで営業する店舗さんを幾つか誘致しました。映画をオールナイトで観て、その後に食事を楽しむ、という人の動線を実現できたと思います」

人の動線を意識した今回の計画。店舗の誘致以外にも“にぎわい”を取り戻すべく、なるべく店舗が路面に顔が向くような計画が行われている。中央通りに面した日本橋三井タワーでは、それまで1階部分がクローズド空間だったが、フルーツで有名な老舗「千疋屋総本店」がその部分も活用しオープンカフェを設置。コレド室町が面する江戸桜通りでも、オープンカフェを設置するのと同時に、江戸桜(染井吉野)を34本通りに植えて、通りの名前と同じく桜の通りにした。また、中通りでは、宝くじのご利益で有名な福徳神社を再建設。(2014年10月竣工)神社で参拝して、食べ歩きできるような動線を企画しているという。

エリア初の賃貸住宅。「憩」だけでなく、「職・住・憩」の街へ

日本橋室町エリア初の賃貸住宅「パークアクシス プレミア 日本橋室町」日本橋室町エリア初の賃貸住宅「パークアクシス プレミア 日本橋室町」

コレド2の中には、商業施設だけでなく日本橋室町エリア初の賃貸住宅も誕生している。
18~21階にあり全54戸。賃料は月額40~160万円台と少々ラグジュアリー価格だが、四季の移ろいが感じられる庭園やロビーラウンジなどの豪華な共用部や、日本橋三越本店の御用聞きサービスなど嬉しいサービスが提供されている。三越前の駅に直通、東京駅にも徒歩10分の距離と利便性がよく、出張の多いビジネスマンには嬉しい立地だ。現在、ほぼ住戸は満室という状況だ。

今後このエリアに具体的に住戸物件を増やしていく具体的な計画はまだないが、職・住・憩が結実している街が理想だという。

職に関して言えば、「産業創造」として新たな試みを計画している。
これまでも三井不動産をはじめとして多くの企業が集う日本橋だが、昔から製薬メーカーなどが多い。そうした理由から、ライフサイエンス分野において大学と製薬会社が協働できる場所を、中央区と協働で企画。コレド室町3内にそうした場所を作るプランだ。

江戸時代の頃のように再び活粋あふれる街へ

日本橋は再び皆に愛される街になるのか?日本橋は再び皆に愛される街になるのか?

日本橋では都心型スマートシティ、日本橋川を生かした川床など、他にも様々な日本橋における計画が遂行している。

変わりゆく日本橋。一方で、日本橋には古くからの老舗が軒を連ねている。再生と老舗。相反する2つに思えるが、実際のところ彼らとの関係はどうなのだろうか?
「歴史的にみると三井グループの創業の地ではありますが、日本橋の街づくりに密着していなかった時期もありました。しかし、地元の一員として一つひとつ老舗として日本橋を守ってきた地元の方のコミュニティにいれていただき、少しずつ信頼関係の構築に努めてきました。地元の方と一緒に街をつくっていこうとする視点を共有させて頂き、『残しながら、甦らせながら、つくっていく』をコンセプトに、今後も新しい日本橋の街づくりをしていきたいですね」

ハード面だけでなく、ソフト面でも日本橋を盛り上げる取り組みを行っている。人は徐々に日本橋に足を向けつつあるが、国際都市を目指す東京のシンボルとしてはどうなのか。外国の観光客誘致についても聞いてみた。2020年のオリンピックに向けても気になるところだ。
「外国の方向けに、日本橋の文化・歴史や街めぐりの楽しさを体験していただく『日本橋おもてなしプロジェクト』を今年3月から実施しております。日本の文化の魅力を感じていただける取り組みを今後も強化していきたいと考えています」

日本橋の街づくりプロジェクトに終わりはないという。2020年以降も八重洲二丁目などの計画もあり、時代にあわせて少しずつ変わっていく日本橋。渋谷や新宿といった大勢の人が集まる街ではなく、日本の街の象徴としてに江戸時代の頃のように再び「活粋あふれる街」として、復活することができるか。今後も、日本橋の動向は追っていきたい。

2014年 06月06日 14時20分