2016年8月11日~10月23日「あいちトリエンナーレ2016」開催

2016年8月11日(木・祝)から10月23日(日)の74日間、愛知県で「あいちトリエンナーレ2016」が開催される。トリエンナーレというのは3年に1度開かれる国際展のこと。世界各地で行われているが地域によって内容はまったく違い、さまざまな個性がある。

あいちトリエンナーレは2010年からスタートし、今回で3回目の開催となる。その特長や過去2回実施した手応え、2016年の見どころなどについて、あいちトリエンナーレ実行委員会事務局の水野亜依子さんとアーキテクトの武藤隆さんから興味深いお話を伺ったので、これから3回にわたって紹介していく。

今回の記事でお伝えするのは、あいちトリエンナーレの成り立ちや目的などにまつわる話。まずは、なぜ愛知県でトリエンナーレを開催することになったのか、水野さんにお聞きした。

あいちトリエンナーレ実行委員会事務局の水野さん(右)とアーキテクトの武藤さん(左)。<br />アーキテクトというのは広義では建築家のことだが、あいちトリエンナーレでの武藤さんの役割は、一般の空きビルや空き店舗を作品展示ができるよう会場づくりをすること。「作家やキュレーターと一緒に場所の下見に行き、作品のプランを聞きながら、壁を立てたり、仕上げをどうするかといったことを決めたりします。会場全体を客観的に見ながら、最前線で作家と一緒に展示物をつくっています」と武藤さん。ちなみにキュレーターは、展示会の企画や運営など中枢的な仕事に従事する専門家あいちトリエンナーレ実行委員会事務局の水野さん(右)とアーキテクトの武藤さん(左)。
アーキテクトというのは広義では建築家のことだが、あいちトリエンナーレでの武藤さんの役割は、一般の空きビルや空き店舗を作品展示ができるよう会場づくりをすること。「作家やキュレーターと一緒に場所の下見に行き、作品のプランを聞きながら、壁を立てたり、仕上げをどうするかといったことを決めたりします。会場全体を客観的に見ながら、最前線で作家と一緒に展示物をつくっています」と武藤さん。ちなみにキュレーターは、展示会の企画や運営など中枢的な仕事に従事する専門家

美術・舞台芸術・まちなかアートの総合的な芸術祭

「2005年に愛・地球博という国際博覧会が開催され、愛知芸術文化センターも共催イベントを実施するなど関わりがありました。愛知から世界に向かってさまざまな情報を発信し、人と人とのつながりによって長期間のイベントを成功に導いたことから、その実績を1度きりで終わらせてしまうのはもったいないということで、次に検討されたのが国際的な現代アートの祭典『あいちトリエンナーレ』でした」

2008年に準備室が立ち上がり、2年間の準備期間を経て始まったあいちトリエンナーレ。現代美術作品を展示するだけでなく、映像プログラム、ダンスや音楽などのパフォーマンス、オペラなどの舞台芸術、参加型の普及・教育プログラムを複合的に展開し、さらに、それらをまちなかでもイベントを行うという特徴がある。なぜそうした特徴を持つようになったのか、続けて水野さんに伺った。

「愛知芸術文化センターは美術館だけでなくいくつもの劇場を持つ複合的な施設であることが、着目点になりました。初回の芸術監督だった建畠晢(たてはたあきら)さんの“アートが美術館からまちにも出るようにしよう”という発案もあり、美術と舞台芸術が合わさった総合的な芸術祭を実施することに決まったんです。同時に“まちにアートが飛び出していくことで、まちとあいちトリエンナーレが互いに影響し合って良い効果を生み出していく”という愛知ならではの個性が生まれました」

あいちトリエンナーレ2010の展示風景<br />草間彌生 《命の足跡》と名古屋テレビ塔、オアシス21あいちトリエンナーレ2010の展示風景
草間彌生 《命の足跡》と名古屋テレビ塔、オアシス21

初回は“なごやトリエンナーレ”だった?

では、ここで第1回目の開催概要をご覧いただきたい。

■あいちトリエンナーレ2010(2010年8月21日~10月31日 [72日間] )
【テーマ】都市の祝祭 Arts and Cities
【会場】[名古屋地区]愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場、名古屋城、オアシス21、中央広小路ビル、七ツ寺共同スタジオなど
【芸術監督】建畠 晢 氏(国立国際美術館館長 ※就任当時)
【参加アーティスト数】131組(24カ国・地域)
【来場者数】572,023人

特に注目していただきたいのが会場で、第1回目の展示や催しはすべて名古屋市内で行われた。アーキテクトの武藤さんは、それについてこう語る。

「第1回目は納屋橋や長者町、大須や名古屋城など、名古屋市内の開催での盛り上がりだったため『あいちトリエンナーレじゃなくて名古屋トリエンナーレじゃないか』と揶揄されたりもしました。そうした反省点を踏まえ、やはり“あいち”とうたっているからには名古屋市内だけでなく愛知県内で実施しようということで、2013年の第2回目は岡崎市が新たな会場となりました。そして今回も市制100周年を迎える岡崎市と、市制110周年を迎える豊橋市が会場として加わります。また、2013年からは〈モバイルトリエンナーレ〉という移動しながらの展覧会も開催しており、今回は北設楽郡設楽町、大府市、一宮市、安城市で移動展示を行い、名古屋だけでなく愛知県内の広域で展開していきます」

モバイルトリエンナーレの会場となる市町村は事務局が選定するわけではなく、自治体のほうから手が挙がり、展示会場などについて事務局と話し合いをして決定されるそうだ。参考に2013年の開催概要も紹介しておく。

■あいちトリエンナーレ2013(2013年8月10日~10月27日 [79日間] )
【テーマ】揺れる大地 ―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活
 Awakening –Where Are We Standing ? – Earth,Memory and Resurrection
【会場】[名古屋地区]愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場、中央広小路ビル、オアシス21、名古屋テレビ塔、若宮大通公園など[岡崎地区]東岡崎駅会場、康生会場、松本町会場
【芸術監督】五十嵐 太郎 氏(東北大学大学院工学研究科教授〈都市建築学〉)
【参加アーティスト数】122組(34カ国・地域)
【来場者数】626,842人

あいちトリエンナーレ2013の展示風景<br />studio velocity / 栗原健太郎+岩月美穂 《Roof》2013<br />photo:栗原健太郎あいちトリエンナーレ2013の展示風景
studio velocity / 栗原健太郎+岩月美穂 《Roof》2013
photo:栗原健太郎

会期が終わればすべて撤去。その年にしか出会えないアートや建物

さて、あいちトリエンナーレには、もう一つ大きな特徴がある。それは、会場として活用した建物を残すという視点がないということだ。ほかの地域で開催するトリエンナーレのなかには、たとえば廃校になった小学校を改修して展示スペースとして使い続けるというように、一度使った民家や建物を作品ごと会場として残すケースもある。

だが、あいちの場合、市民団体等の取り組みとして残る建物も一部あるものの、多くはトリエンナーレ終了後に取り壊される。というより、もともと取り壊す予定のある場所を会場として利用するのだという。会場の選定について武藤さんに詳しく伺った。

「あいちの場合、会場となる建物を買い上げることや会期後も引き続き借り上げることはなく、会期が終わったら完全に手放すというケースが多いんです。ですから、会場を探すときには“3カ月間空いていて使える場所”という視点で探します。どういうところを選ぶかというと、その建物を取り壊す予定があり、テナントを募集していないため11月ぐらいまでなら使える場所。それを有効活用というのか、壊す直前にギリギリ使えたということになるのかはわかりませんが、トリエンナーレで使わせていただいた会場の7割ぐらいが、会期終了から1~2年後ぐらいには解体されていきます。空き店舗の多かった地下街がトリエンナーレの会場になったことで空き店舗がなくなり、有効活用されているというケースもあります」

過去のトリエンナーレでは愛知各所から参加したボランティアスタッフの活躍にも注目が集まった。</br>実行委員は「アーティストと鑑賞者の間に立つ支援者の存在がトリエンナーレを成功に導いた。あらゆる人の参画を待っている!」<br />と伝えている過去のトリエンナーレでは愛知各所から参加したボランティアスタッフの活躍にも注目が集まった。
実行委員は「アーティストと鑑賞者の間に立つ支援者の存在がトリエンナーレを成功に導いた。あらゆる人の参画を待っている!」
と伝えている

アートのあった場所が、まちとして発展し、生き続けてほしい

買い上げをせず一時的に借りられる場所を選定しているため、ときには経済の動向で会場が決まることもある。第1回、第2回で納屋橋会場として使われた「東陽倉庫テナントビル」がその典型的な例だ。東陽倉庫テナントビルは、もともとボウリング場として建設され、展示ではボウリングレーンを利用したリチャード・ウィルソン(※1)のインスタレーション(※2)が注目を集めた。

(※1)イギリスの現代美術家。
(※2)展示空間の壁や床に、空間と環境を結びつけて互いに影響を及ぼす関係を持つような立体作品を設置した作品。

だが、実はこのビル、場合によっては会場になっていなかった可能性もあったのだ。第1回目のあいちトリエンナーレが開催される前、すでにボウリング場は閉鎖されており、ビルはマンションのモデルルームなどに使われていた。本来、再開発によりマンションが建設される予定だったのだが、リーマンショックの影響で延期されたため、その間に開催されたあいちトリエンナーレの会場として使うことができたのだという。

また、第1回目開催時には空き店舗が多かった長者町会場の繊維街は、トリエンナーレによってまちが活気づいて空き店舗が減った。第2回目には会場として使える場所を探すのに苦労し、今回はさらに会場探しが大変だったそうだ。

「過去に会場となった長者町のビルは新しく建て直しているところをよく見かけますし、納屋橋会場は再開発によってまったく違うビルが建とうとしています。まちは生き物ですから、アートとして残すのではなく発展していってもらい、まちの記憶として生き続けてもらいたいと思います」

と武藤さん。あいちトリエンナーレは3年ごとに開催されている芸術祭だが、作品や建物は、その年にしか出会えないものがほとんどなのだ。そんな背景を知ったうえで鑑賞すると、あいちトリエンナーレの新たな面白さや魅力を発見できるかもしれない。

次回は、過去2回のあいちトリエンナーレが開催されたことで、まちや人にどんな変化が起きたのかをお伝えする。

【取材協力】
あいちトリエンナーレ実行委員会事務局(愛知県県民生活部文化芸術課国際芸術祭推進室内)

あいちトリエンナーレ2013の展示風景<br />リチャード・ウィルソン《レーン61》
あいちトリエンナーレ2013の展示風景
リチャード・ウィルソン《レーン61》

2016年 08月02日 11時06分