さまざまな時代・用途の建物が織りなす金沢の街並み
九谷焼や加賀友禅などの伝統工芸で知られる石川県金沢市は、“建築のまち”でもある。
加賀百万石の城下町として築かれた町割りの上に、江戸・明治・大正・昭和の歴史的建造物が蓄積され、さらに金沢21世紀美術館や鈴木大拙館といった現代建築の傑作も加えられている。空襲や自然災害による激変を免れたこともあり、さまざまな時代の、さまざまな性格の建物が混在しているのが特徴だ。
こうした金沢ならではの豊かな建築文化を発信する拠点として、2019年7月に誕生したのが「谷口吉郎・吉生記念金沢建築館(以下、金沢建築館)」だ。中心市街地から見て犀川を挟んだ対岸の、寺町通りに面して建つ。寺町という名前の通り、周辺は仏教寺院が建ち並ぶ、重要伝統的建造物群保存地区だ。
館名に冠せられた谷口吉郎(1904ー1979)は、金沢生まれ・金沢育ちの建築家で、東宮御所や東京国立博物館東洋館などを手掛けた。金沢建築館がある場所は、吉郎氏の生家の跡地にあたる。敷地は谷口家が金沢市に寄贈した。
金沢建築館の建物は、吉郎氏の子息・谷口吉生氏が設計した。吉生氏もまた、東京国立博物館で法隆寺宝物館を手掛け、ほか豊田市美術館や京都国立博物館平成知新館などでも知られる。金沢の鈴木大拙館も、吉生氏の設計だ。金沢建築館は、建物そのものが展示作品の一部ともいえる。
モダンな形状に和のエッセンスを加えた端正な建物
金沢建築館の外観は、写真では大きく見えるが、実際に現地を訪れてみると、前面の歩道から控え気味に建ち、圧迫感を与えない、コンパクトな建物だ。
クリーム色の花崗岩の外壁の前に、いぶし銀の庇を長く差し掛けている。道路に面した部分はガラス貼りで、その上は簾(すだれ)のようなアルミのスクリーンに覆われている。隣町・にし茶屋街のお茶屋を、高度に抽象化したデザインにも見える。
東京の迎賓館「游心亭」を再現した常設展示
常設展示は、谷口吉郎氏が東京の迎賓館赤坂離宮の和風別館として設計した「游心亭」の広間と茶室を、丸ごと再現した空間だ。
金沢建築館専門員の髙木愛子さんは『建築館だより volume1』で、このユニークな展示の目的の一つは「日本の伝統的な建築美とそれを実現する職人技を鑑賞していただきたいという点」だと書いている。原寸大の空間で、そのプロポーションを体感できる。
広間は四十七畳と十二畳の二間続きという広さ。天井の竿縁と広縁まで続く垂木、畳縁、障子の桟が同じ向きに並び、規則正しいリズムを感じさせる。床柱はまっすぐな絞り丸太で、書院も極めてシンプルなデザインだ。
施工を手掛けたのは、オリジナルの「游心亭」も担当した水澤工務店。前出の髙木さんによれば、広間の式台の楠材や茶室の床板のやに松などは、水澤工務店の倉庫から発見された、当時の余り部材なのだそうだ。東京の「游心亭」は1974年完成で齢50近くになるが、こちらはまだ築2年で、素材の風合いを比べてみると面白いかもしれない。
玄武岩貼りの広縁の外には、床と同じ高さで水盤が続く。水鏡に木々の梢と空が映り、まるで障壁画のような風景だ。この水庭は吉生氏のオリジナル。水盤の向こうは犀川に面した崖地になっており、木々を透かして市街地の眺望が広がる。
茶室は四畳半の畳席と、椅子席を組み合わせたもので、吉郎氏が創案したという。床の間は、畳席と椅子席をつなぐように設けられている。天井の六角形の照明は、移転前の東京国立近代美術館工芸館にあった、吉郎氏設計の展示和室を想起させる。
公立では初の建築専門館。企画展では国内外の建築を紹介
近年は美術館でも建築関連の企画展を開催する例が増えたが、建築分野専門の展示施設は数少ない。国立では近現代建築資料館があるが、公立では金沢建築館が全国初だそうだ。
2019年7月26日〜20年2月16日に開催された開館記念特別展は「清らかな意匠―金沢が育んだ建築家・谷口吉郎の世界」。金沢建築館では、谷口吉郎・吉生親子の資料を収蔵し、ふたりの業績や思想を伝えていくことも使命としている。「游心亭」の前室に当たる常設展示室1には、両氏の作品や著作を紹介するコーナーが設けられており、定期的に展示替えを行っている。
20年3月20日に開幕した第2回企画展「日本を超えた日本建築 ―Beyond Japan― 」は、コロナ禍によって中断。6月に再開し、会期を11月29日まで延長した。この展覧会は、日本を代表する8人の建築家が、海外で手掛けた建築作品を紹介するというものだった。
谷口吉生氏による「ニューヨーク近代美術館(MoMA)」が出展されたほか、安藤忠雄、磯崎新、伊東豊雄、隈研吾、SANAA、坂茂、槇文彦とビッグネームが並んだ。日本ではあまり知られていない海外作品を、大型の模型や映像、プレゼンテーションボードなど、各建築家が自ら手掛けた展示を通して知ることができる、刺激的な展覧会だった。
現在開催中(21年1月5日〜9月12日)の第3回企画展は、「金沢のチカラ―重層する建築文化―」。「展覧会趣旨」には、“建築のまち”金沢の魅力がつくられたのは「偶然のことではありません」とある。「各時代のターニングポイントにおいて、進むべき方向を見定めて来た市民の力があってこそ現在の金沢があります」。金沢市は、谷口吉郎氏の尽力もあって、1968年に全国に先駆けて「金沢市伝統環境保存条例」を制定。さらに、「金沢都市美文化賞」や「兼六園周辺文化ゾーン」は、市民の力によってつくられたという。展示では、写真をはじめ、資料や模型を通じ、時代に沿って市内の建築物を通観し、金沢の建築文化の発信と継承を企図する。
金沢建築館はコンセプトの一つに「世界に開かれた交流施設」を挙げており、国内外の博物館・美術館との連携を目指している。開館後は、谷口吉生氏設計の国内外の文化施設による「建築交流ネットワーク」に加わり、事務局を務める。20年6月24日には、愛知県犬山市の博物館明治村と交流協定を締結。数々の歴史的建造物を移築展示する明治村は、谷口吉郎氏が金沢時代の旧友である土川元夫氏(元名古屋鉄道株式会社会長)と協力して創設したものだ。
金沢に行くなら併せて訪れたい、谷口吉郎氏・吉生氏の建築
最後に、金沢建築館と併せて訪れたい、地元の谷口吉郎氏・吉生氏の建築作品を紹介しておこう。
兼六園の一角にある、いしかわ生活工芸ミュージアム(石川県立伝統産業工芸館)は、はじめ吉郎氏の設計で「石川県美術館」として1959年に完成した。隣接する幕末の御殿建築「成巽閣」に遠慮してか、控え目なデザインだが、やさしい色合いのタイルで建物の縦横のラインが強調され、モダンながらどこか和の雰囲気を漂わせる。
現在、西町教育研修館として使われている建物も、原設計は吉郎氏で、1952年に「石川県繊維会館」として建てられた。こちらも正面外観はいたってシンプルだが、色違いのタイルや玄関庇の石貼りの柱に素材の味わいを感じる。吹き抜けのロビーは壁の面ごとに石やレンガなどで貼り分けられており、2階の高さから下がる、折り鶴の形の照明器具が愛らしい。
金沢市立玉川図書館・近世史料館(1978年)は、吉郎氏・吉生氏親子による唯一の合作だ。大正時代に建てられたレンガ造りのたばこ工場を一部保存し、これに接続して新しい図書館を新築している。総合監修を吉郎氏が、図書館設計を吉生氏が担当した。
吉生氏設計の鈴木大拙館(2011年)は、金沢出身の仏教哲学者・鈴木大拙の生涯と思想を伝え、また来館者が自ら思索する場として建てられた。玄関から内部回廊を抜けると展示と学習の空間があり、さらに水鏡の庭を巡る外部回廊をたどって思索のための空間に至る。時折水音を立て波紋を広げる水庭が、観る者にさまざまな感慨を抱かせる。
谷口吉郎・吉生記念金沢建築館 https://www.kanazawa-museum.jp/
参考文献
『谷口吉郎・吉生記念金沢建築館』金沢市、谷口建築設計研究所編著、金沢市発行、2019年
『建築館だより』volume1、2 谷口吉郎・吉生記念金沢建築館、2020年
『[谷口吉郎・谷口吉生]の建築~金沢が育んだ二人の建築家~』谷口建築設計研究所企画編集、谷口建築展実行委員会・金沢市発行、2014年
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