風呂なし、トイレ共同、4畳半の文化アパートにニーズはあるか?
もともとの建物は1963年竣工の築58年の木造2階建て。道路に面した玄関を開けると中央に建物を貫く廊下があり、左右に4畳半の部屋が合計10室。2階にも同数の部屋があったので計20室。もちろん、風呂はなく、トイレは共同。かつてはニーズがあったはずの文化アパートだが、近隣の間取りの長屋も入っているのは数戸ほどらしく、賃料も1万~2万円とか。
場所は東大阪市永和。大阪難波駅から近鉄奈良線で12分。近鉄奈良線に加え、おおさか東線も利用でき、河内永和駅、JR河内永和駅からは歩いて7分。都心部に通勤するには便利な場所である。
周辺には似たような文化アパートや長屋なども残されているが、最近はそれらが解体されて建売住宅になることも多いと、3年前に建物を取得した地元の大家さんから相談を受けた株式会社アートアンドクラフトの枇杷健一氏。
「以前、大家さんが所有する近隣の長屋の改装と入居者を見つけるお手伝いをしたご縁で、大家さんがこの建物の取得を考え始めた段階からお声がけをいただきました。地域の産業構造の転換でニーズ低下の一途をたどる文化アパートですが、建売住宅へ更新される以外の選択肢を模索し、高齢者から若者へと入居者層を変えることでまちの雰囲気を元気にしていくことができれば面白いのではないか。大家さんとは『一緒に考えながら地元の課題解決のお手本になる実例になればいいですね』と話をして計画を進めてきました」
20年前の物件のコンセプトはそのままに、デザインと内容をバージョンアップ
間取りや設備をそのままに文化アパートとして再生するだけで20戸を埋めるのが難しいのは言うまでもない。だが、立地から考えると大阪市内から若い人を呼ぶことは十分に可能だ。だとしたら、どんなリノベーションが有効だろう。
周辺の長屋の賃貸住宅を調べたところ、外はそのままだが、内部だけを改装した物件が数件あった。外は長屋だが、室内はマンションといった感じの住宅である。「それと同じものを作っても特徴がなく埋没してしまう。だったら全く違うものを作ろうと考えました。そこで思い出したのが2001年に弊社が手がけた『クラフトスタジオ神路』です」
クラフトスタジオ神路は元材木倉庫を利用したもので、建物には手を入れず、倉庫の中には居住スペースとなる箱が置かれており、キッチン、バスルームやトイレは箱の外に作られている。天井の高い、広い倉庫内を自由に使えるのは大きなメリットだが、住環境として考えると倉庫は断熱その他が施されておらず、暑くて寒い、快適とは言い難い状況だ。しかし、居住スペースの箱があればとりあえずは冷暖房の効く空間は手に入る。
世の中一般には住環境の快適さを優先して住まいを考える人が多いだろうが、なかには好きに使える大きな空間がある住まいを選ぶ人もいるかもしれない。均質化されていない住まい、新しい都市居住のスタイルをテーマにしてきた同社にとってクラフトスタジオ神路はその考えを具現化したものなのだ。
カビ部屋もあるボロボロの状態からスタート
そんな家には住みたくないと思う人もいるだろう。だが一方では、他にはない住まいを支持する人もいる。実際、クラフトスタジオ神路は2001年から現在の2021年までの20年間、住民の入れ替わりはありつつも、ずっと入居者が絶えない人気物件だ。
「これまでの入居者では車、バイクを所有している人が多かったのですが、これから入居される5人目の入居者は倉庫部分を利用、作業場にする予定とか。その人が使いたいように使える空間がある住まい。数は多くはないかもしれませんが、そういう住まいを求めている人は確実にいる。20年前のコンセプトは今も通用すると考えました」
そこで河内永和の文化パートではまず建物内をスケルトンにして、壁や屋根など既存の建物部分はほとんどそのまま使い、その中に箱を置く形で3戸の長屋にすることにした。
「長い間空き家になっていたため、内部はボロボロ。台風で屋根が飛び、修理を依頼しても半年以上先にならないと工事ができない状態だったので雨漏りもひどく、カビだらけの部屋も出現していました。給排水も詰まりがあったため、すべてやり直し。ひとつの水道メーター、ガスメーターから分岐していたライフラインを3軒分にするなど設備の整備には費用がかかりました」
屋根が高く開放的、使い方自由な広い土間もある空間
内部はシンプルだ。住戸内に入ると目の前に土間が広がり、右手にL字形の箱が置かれている。それが居住空間だ。2001年のものよりは居住性は高い。床、壁、天井ともに今の標準の性能で断熱材を入れて作られており、サッシも二重。引き戸内にも断熱材が使われているので、閉めてしまえば快適な生活を送ることができる。
キッチンやトイレなどの水回りも今回は箱の中に収められた。しかも、バスルームは1616サイズと賃貸では大きめ。洗面所などもゆったりと作られている。広さは水回りを除いて約15畳。すとんと広い。
だが、快適なのは箱の中だけ。「雨漏りしていた屋根は金属屋根に改変をして雨は漏らなくなっていますが、室内側で断熱その他はしていませんし、壁も土壁の上に木材下地を渡し、ガルバリウム鋼板を張っただけ。歪み、隙間のある建物ですから、夏は暑く、冬は寒いと思います」
キッチンのある9畳ほどの土間はもちろん、箱を作ったことで生まれた階下と同じ広さの2階も同様。ここは天井の高い、気持ちのよい大空間だが、壁、屋根は言ってみれば板一枚というような環境である。窓を開ければ風は抜けるだろうが、夏、冬は厳しいだろう。
その分、使い方は自由だ。土間はバイクや自転車のガレージとしてはもちろん、広さを必要とするさまざまな趣味、作業の場となる。業種にもよるが住居兼事務所という使い方もでき、事務所登記も。全体で74m2、2フロアの住まいなら職住一体の暮らしも十分に可能だろう。
DIY可、耐震性能も大幅アップ
使い方が自由になるのに加え、インテリアも自由にできる。DIYが可能になっているのである。手を加えていい部分は箱の内部、15畳の床部分、土間に面した箱の壁部分、そして2階の中央部の柱や梁部分の3ヶ所。床部分は14枚の板が張られてできているのだが、その上に好きな床材を張る、あるいは置くことができ、壁や柱、梁はビス止めが可能だ。
推奨されるビスの長さなどを具体的に記載した取扱説明書が用意されているので、それを見ながら、何をどうしたいかを相談するのが現実的なやり方だろう。取扱説明書にはそれによって原状回復費用が発生した場合の目安なども書かれており、後日のトラブルを防止する配慮もある。
古い建物と聞くと耐震が気になる人もいよう。それに関しては長手方向に3戸に分けるために2ヶ所に1階から2階までを通す界壁が作られており、それが耐力壁になっている。加えて屋根を軽量にしたこと、コンクリートの土間を打ったこと、2階の床となる箱の天井部分に24ミリの構造用合板を張ったことで従前と比べて耐震性能は大幅に改善されている。
魅力、安心要素もあるが、同時に夏冬のつらい環境もあるという物件だが、物件広告ではその点はきちんと書かれている。「迫力のある空間と引き換えに、夏の暑さや冬の寒さの影響は説明するまでもありません」
正直である。
バイク好きを中心に広告のリツイート多数
それに対し、どのような反響があったか。2月に行われた3日間の内覧会では入居を考えている人11組、地主や不動産オーナーなど長屋や空き家を持っている人たち11組が訪れたという。住みたいという人たちだけなく、不動産の使い方の参考にしたいという人にも興味が湧く物件だったのである。
「地元密着でやっており、いつもは全国から反響があることは少ないのですが、今回は広告用に撮影した土間にバイクを置いた写真が分かりやすく目を引いたのか、バイク関係のメディアや店舗、バイク好きのDJなどがツイートしてくれ、バズりました」
ガレージハウスなどと名づけられたバイク置き場のある物件はあちこちに存在しているが、バイクが置ければそれでよいと考えて企画されている物件が多いのだろう、住宅部分は狭いワンルームという例が少なくない。
察するところ、バイクに乗る人は若くてお金がないと想定して作っているのかもしれないが、住戸内に入れておきたいと思うようなバイクには高額なものもあり、それを大事にしている人たちはそれに見合った収入のある人たちである。バイクが置けるだけではなく、住まいにもそれにふさわしい空間を求めるはずだが、現状の供給はそうはなっていない。そのニーズを満たす物件があれば人気を集めるのは当然だろう。
しかも、この物件はバイクを置くだけにとどまらない。入居者が自由に使える広さがあり、手を入れる楽しみもある余白の多い住まいである。単身者だけでなく、カップルの来訪者もいたそうで、どんな人たちがどう使いこなすか、入居後を見せていただきたいものである。
不動産の使い方としても参考にしたい
もうひとつ、不動産の使い方の参考という意味では、戸数を多くすることが収益を上げる方法と考えている人がいまだにいるが、長屋や古い住宅に関しては必ずしもそうではないという事例として面白い。安くてどこにでもあるものを多数作るより、ほかにはない面白いものを少数作るほうが価値を高めることがあるのだ。
また、建物の一部だけに手を入れるという考えも今後の空き家急増時代には重要な考え方だろう。空き家でも規模が大きい住宅は改修費が多額になることから活用に二の足を踏む例を聞くが、使う場所だけに手を入れることにすれば問題は解決するかもしれないのだ。特に賃貸として貸すことを考えると、建物にかけられる予算は賃料に左右される。建物にかけた費用は賃料で回収することになるが、賃料は立地や広さなどによって相場がある。もちろん、ある程度なら賃料を高くすることも可能だが、それにも限度はある。
だが、河内永和の文化アパートの場合、戸数を減らし、同じ間取りの3戸にし、箱部分のみ居住環境を向上させると割り切ったことで設備その他に費用をかけても収支が合うようになっているという。その知恵がまちの風景の一部になっていた文化アパートを取り壊すことなく、再生につながったわけである。
ガレージを内包する賃貸住宅(アートアンドクラフト)
https://www.a-crafts.co.jp/works/10304/
クラフトスタジオ神路(アートアンドクラフト)
https://www.a-crafts.co.jp/works/1303/
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