新米大家の新たな挑戦

舟橋謙一さんと陽子さん舟橋謙一さんと陽子さん

2020年春に取材させてもらったDIYができる賃貸アパート「コウノミBASE」(新築賃貸物件でDIYを可能に。名古屋市の「コウノミBASE」で部屋を受け継いでいくという住み方)。大家の舟橋謙一さん、陽子さんご夫婦から、あらたに一戸建て賃貸物件の取組みを始めたと聞き、伺った。

コウノミBASEは新築アパートだったが、今回は中古の一戸建て。どのような経緯があったのだろうか。

「実は将来、昔ながらの2階建ての古いアパートをリノベーションして、賃貸アパートの経営を手がけたいと思っているんです。東京などでは事例がありますが、こちらではまだあまり聞きません。おそらく数年後には壊されてなくなってしまうような古いアパートを、かっこよくリノベーションすることで存続させられたら。新築ではなく中古物件をどうするかというのは社会問題のひとつですし、生まれ変わらせることで価値のあるものになります」と謙一さん。

コウノミBASEの住人に近隣を案内しているとき、謙一さんがいつか手がけたいと思う古いアパートの前を通ったら、住人がそのアパートに興味を持ったそうだ。「僕がリノベーションしてあらたにつくりあげたら、コウノミBASEを選んでくれるような人が住んでくれるのではないだろうか」。そんな思いを抱き、“夢”へと進むことに。

しかし、何戸もあるアパートのリノベーションにはまだ自身のDIY能力が追いついていないと感じ、いくつかの一戸建てをじっくりDIYして、経験を積んでいこうと考えたという。

築47年の物件との出合い

今回の物件「ツシマBASE」は、名古屋駅から電車で約35分、愛知県西部の津島市にある。当初、自分たちでDIYをすることを考えて、名古屋市にある自宅の近隣で探していたが、本業であるタイ料理・カオソーイの移動販売車で津島市に出店をしたときに、ちょっと田舎なまちの雰囲気を気に入り、候補に入れた。

すると、陽子さんが立ちあげた移動販売車の企画に賛同した人のご主人が不動産業で、津島の物件を見つけて教えてくれたという。

津島駅から徒歩約10分。旗竿地といわれる、公道から細い通路の先にある5DK+サンルームという広さの築47年の住宅。まだ物件を探し始めたばかりの謙一さんだったが、いいなと感じ、紹介してくれた人のアドバイスや、その物件が紹介されたサイトで登録数がどんどん増えて、かなり注目されていたことから、購入を決断。2020年9月に取得した。

築年数の経った一軒家の自宅をコツコツとDIYしている舟橋さんご夫婦。屋根裏など大がかりな改修も行っているが、「自宅のDIYとはまったく違いました。甘く見ていましたね。経験が足りず、時間がどれだけかかるかを分かっていませんでした。1ヶ月ほどで行えると思っていましたが、まったく追いつきませんでした」と語る。

雨漏りしていた天井、床が抜けてしまっていた押し入れ、長年の汚れが蓄積した壁やサッシ…。友人にも教えてもらいながら汚れ落としや、修繕を行い、時には時間節約のために泊まり込むことも。

また、大きな問題点のひとつが、昔ながらの200ボルトの電気で動く温水器だった。起動したものの、かつては深夜電力で、電気代が安くなるメリットがあったが、現在はそれほどではなく、請求をみると1ヶ月で3万円ほど電気代がかかる計算に。「水回りの修繕にお金と手間がかかるのは知っていましたが、やはり…と実感しました」(謙一さん)

10月から少しずつDIYを進めながら、11月に入居者の募集を開始したが、11月半ばには入居者が決まった。まだ、壁は下地処理剤を施しているような段階。それでも入居者は、かなりDIYの経験があるそうで、温水器を持ち込んで設置するなど、自身で手がけていく予定とのことだ。

左/ツシマBASEの外観。右上・右下/リノベ中の様子。今後は入居者とDIYについての連絡を取り合いながら、1ヶ月に1回程度、物件を訪れて進捗を見せてもらう予定とのこと。その際、手伝いや相談にのったりもするそうだ左/ツシマBASEの外観。右上・右下/リノベ中の様子。今後は入居者とDIYについての連絡を取り合いながら、1ヶ月に1回程度、物件を訪れて進捗を見せてもらう予定とのこと。その際、手伝いや相談にのったりもするそうだ

リノベーションの進み具合で変わる家賃設定

DIYできる賃貸一戸建てというほかに、特徴的なのが家賃設定だ。リノベーションの進み具合によって価格が上がっていく。

「内覧に来てくださった方はみなさん、リノベーションによって家賃が上がっていく仕組みがおもしろいと言っていました。ただ、家賃の上限は7万円にしたのですが、内覧に来られた方はほとんど、水回りまでしっかりとリノベした状態で借りることを希望され、家賃の上限に近くなってもいいと仰っていました」(陽子さん)

家賃設定のアイデアは謙一さんが出し、それを階段状の絵にして説明を分かりやすくしたのが陽子さん。詳細は写真の参照を。

家賃のアイデアについて「アイデアはいくつかあったんです。例えば、リノベーションを入居者さんが行ってくれたときは、本来、僕たちが時間といくらかのお金をかけてやるものなので、お代を払ってもいいくらいだと思うんです。それをフリーレントとして代替にするのか、お金でお支払いするのか、いろいろ考えましたが、現状はまだそれを仕組みにするのは難しいと思いました。なので、土地柄などで7万円が最高額、5万円を最低額として、私たちが行うDIY作業量に応じて5,000円刻みで設定してみようと」と、謙一さん。

賃貸というと、退去時には原状回復が必要になる場合があるが、ツシマBASEはそのまま退去する契約にしている。これは、コウノミBASEも同じで、DIYされたかっこよく、便利な部屋を住み継いでいくという考えだ。

「DIYをして住み継いでいくのは入居者次第というところがあるので、かっこよくしないかもしれないし、ボロボロになってしまう可能性もあると思うんです。コウノミBASEの場合でも、無垢の床板をいい状態で保っていくにはワックスをかけて日ごろの手入れが必要ですが、必ずしも全員が最高の状態で行ってもらえないかもしれない。なので、リノベーションしてもらったことにお金を払うというのは難しいなと思ったんです。退去時はクリーニングや補修をして、その費用分は1ヶ月分の保証金から差し引いて清算する、というのが一般的ですが、逆に僕らの物件の場合はバリューが上がっていて、貸す前よりもいいから補償金は丸ごとお返しするとなるかもしれないです」(謙一さん)

アイデアとしては、入居者との良好な関係が続けば、希望する人にはその物件を買ってもらうことも考えているそうだ。「入居者としてDIYを行い、労力をけっこう注ぎ込むことになります。それで、家賃を払い続けるか、もしくはずっと住み続けられるとなると、DIYが活きるので頑張ることもでき、その人にとっても価値が出てくる。計算が合うようだったら、家賃をこれだけ払ったら、購入ということを提案するような、そんなこともできるかもしれませんね」(謙一さん)

謙一さんのアイデアを陽子さんが描いた家賃設定の図謙一さんのアイデアを陽子さんが描いた家賃設定の図

ターゲットを明確にしてPRする大切さ

今回の入居希望者は、不動産会社を通じてと、舟橋さんが配布したチラシとで半々の反応があったそうだ。

チラシとは、先にご紹介した家賃設定の図のほか、間取りや、大家である舟橋さんご夫婦の紹介が書いてある。陽子さんが手書きしたものだ。

国土交通省でも、空き家の増加などから賃貸住宅の流通を促す一環として、DIY型賃貸借の普及に取り組んでいる。
出典:国土交通省ホームページ
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000046.html

また、DIYのブームもあり、「DIY可物件は確実に需要はあると思うのですが、同じ大家をやっている仲間に聞いても、なかなか入居希望が来ないそうです」と謙一さん。

そんななかで、今回も早々に入居者が決まった背景にはどんなことがあるのだろうか。

「それはPRの仕方だったり、言葉のニュアンスが大事だと思います」(謙一さん)
「不動産屋さんにネット上に掲載してもらう場合でも、DIYがOKというだけでなく、大家側の思いを、もう少しいくつか踏み込んでしっかりと伝えられないと」(陽子さん)

舟橋さんたちは、「暮らしをDIYする楽しさ」という思いをチラシやInstagramなどのSNSでしっかりと表して、伝えている。「私たちの本業である、移動販売車で販売するタイヌードルのファンになってくださるお客様のような人が、DIYを行う手間をかけた暮らしが好きなことが多いなと感じるんです」と陽子さんが言うように、ターゲット層に近いところでつながれることも大きい。

あまりにもすぐに決まったこともあり、ほかの入居希望者のため、別の物件を探し始めているそうだ。「物件ありきじゃなくて、先に人ありき、それができると強いなとも思って」と謙一さん。

「まだまだ面白いことをやりたいと思っている」とのことで、夢に向かって大家業に邁進していく。

ツシマBASEインスタグラム @tsushima_base

「ツシマBASE」をPRする手作りのチラシ「ツシマBASE」をPRする手作りのチラシ

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