日本一のモザイクタイル生産量を誇る多治見市笠原町

岐阜県の南東部に位置する多治見市。近年では、国内最高気温を記録するなど、暑い街としてたびたび話題にもなっている。そんな同市の南東にある笠原町に、2016年6月、モザイクタイルミュージアムがオープンした。

2006年に合併して多治見市となった笠原町は、施釉磁器モザイクタイルの発祥の地であり、今では日本一の生産量を誇る。多治見市一帯は古くから美濃焼の産地として発展し、その技術を活かしつつ、町の一大産業へと成長したのだ。以前、筆者がショールームを取材させてもらった名古屋モザイク工業の本社も同地にある。

壁や床、装飾用などに使われる陶磁器製のタイルのなかでも、表面積50cm2以下のものがモザイクタイルと定義されている。近年ブームとなっているDIYの素材としても人気が高まっているモザイクタイル。今回はミュージアムの学芸員・市原萌絵さんに案内していただきながら、その歴史と魅力に迫ってみた。

市街地に突如現れる独特の造りの外観。</BR>すり鉢状の土地に建てられているのもユニークで、入り口のドアが小さく見える不思議な現象も市街地に突如現れる独特の造りの外観。
すり鉢状の土地に建てられているのもユニークで、入り口のドアが小さく見える不思議な現象も

建築家・藤森照信氏が設計を担当した目を引く建物

「館長の各務寛治はじめ地元の人々が長い間、モザイクタイルの絵などを集めていたんです。例えば銭湯で男湯と女湯の仕切りに使われていたものや、流し台などです。それらは建物が壊されるときに一緒になくなってしまうので、保存したいという思いからでした。そうしているうちに、1万点ほど集まり、これをたくさんの人に見てもらいたい、見せる場所が必要ではないかと、ミュージアム開館のきっかけとなりました」と市原さん。

設計は建築史家・建築家の藤森照信氏に依頼。日本各地で独創的な建築を設計していることで知られる藤森氏は、ここでもその世界観を最大限に発揮する。前項の写真の通り、こんもりとした山のような形だ。

「外観のデザインは、タイルの原料を掘り出す採土場をイメージしたものです。外側と内部の階段のところはあえてタイルを前面に出さず、タイルを作る“土”をモチーフにしました」。また、外観には茶碗が埋め込まれているのもポイントだ。「笠原町は古くは茶碗を作っていたんです。その茶碗が山から出てきたというイメージで埋め込みました。また、採土場の山の形でもありますが、内部の階段は焼き物の登り窯をイメージしているのです」。ユニークさで目を引きつつも、ひとつひとつに町の歴史を感じる深い意味が込められているのだ。

モザイクタイルをミュージアムの壁に張り付ければ、わかりやすい。だがあえてそれをしないで、訪れる者に原材料の土からイメージさせる。その不思議な魅力は、藤森氏の建築物のファンや、建築好きの興味を引き、建築をきっかけに同館を訪れる人も多いという。

(左上)内部の階段が登り窯をイメージしていることから、外観にも煙突が(左下)外壁に埋め込まれている茶碗</BR>(右)2階から4階への階段。4階入り口から差し込む陽光が幻想的な雰囲気を作り出す(左上)内部の階段が登り窯をイメージしていることから、外観にも煙突が(左下)外壁に埋め込まれている茶碗
(右)2階から4階への階段。4階入り口から差し込む陽光が幻想的な雰囲気を作り出す

数々のコレクションを通し、モザイクタイルの可能性を感じる

1階の受付で入場料の支払いのあと、4階へ進むのがこちらのルート。エレベーターもあるが、ぜひとも土の温もりを感じる階段を利用してほしい。その4階にあるのは、これまで収集されてきた数々のモザイクタイルの製品から建築家の藤森氏が選んだものだ。銭湯にあった大きな絵や、家庭で使われていた風呂、流し台、かまどなど。多くが昭和時代のころのものだが、どれもきれいだ。「目地の部分は汚れますが、タイル自体は汚れに強いんです」。

また、そのデザイン性の高さにも驚く。「いろいろなモザイクタイルを組み合わせてひとつの絵を作るものと、タイルそのものに絵を描くものがありますが、どちらもこの地域では職人自身が担当していました。今でいう、デザイナーという存在があったわけではないんです。職人がタイルそのものを作りつつ、例えばお風呂を楽しんでもらうにはどうしたらいいかと模様を考え、絵が得意な職人は直接描いたりしていました」。今ではその職人がいなくなって、作れなくなってしまったものもあるという。

4階での見どころがもう一つ、藤森氏が作った“タイルのカーテン”だ。なんと、このカーテンがあるところは屋根がない。モザイクタイルが水に強いことを生かし、雨が降っても大丈夫というわけだが、色とりどりのモザイクタイルがつながれていて、太陽に照らされてキラキラと輝く様が美しい。

(左上)通称、タイルのカーテン。床にうつる影もきれい(左下)どこか懐かしさもあるが、今でも使いたくなるかわいい模様が描かれている(右上)モザイクタイルの絵の数々。その精巧さに驚くばかりだ(右下)昔のかまど。かまどにはこの色のタイルが多く使われていたという(左上)通称、タイルのカーテン。床にうつる影もきれい(左下)どこか懐かしさもあるが、今でも使いたくなるかわいい模様が描かれている(右上)モザイクタイルの絵の数々。その精巧さに驚くばかりだ(右下)昔のかまど。かまどにはこの色のタイルが多く使われていたという

モザイクタイルの歴史を知り、そして地場産業とつなぐ懸け橋に

3階はモザイクタイルの歴史をたどる展示だ。笠原町でモザイクタイル産業が発展したのは、山内逸三氏の存在があった。幕末ごろに西洋からタイルが輸入され、次第に日本でも製作されていったが、それはまだ土自体の成分や顔料を加えて色を出した素焼きのままの無釉タイルだった。やがて、笠原町出身の山内氏が釉薬を施し、表面に磁器質の美しさを出した施釉タイルを成功させ、1935(昭和10)年ごろから量産化できるようになった。それが同町の産業発展のきっかけとなったのだ。

モザイクタイルの製造機械や、モザイクタイルを1枚のシート状にするときに使う貼り板と呼ばれる道具の展示もある。貼り板は、同町を含めた近隣の女性などの内職でもあったという。

次に、2階へ。ここでは現代のメーカーの製品を見ることができる。ふと気づいたのが、3・4階で見たモザイクタイルとの色合いの違いだ。言葉で表すのは難しいところもあるが、現代の方がやわらかい色が多いように感じる。もちろんすべてがというわけではなく、時代の流行などもあると思うが…。「モザイクタイルには、出しにくい色というのもあり、今もメーカーさんが工夫しています。とくに、原色を出すのは今の技術でも難しいのだそうです」と市原さんが教えてくれた。「色の違いに気づくのも、昔と現代のものを順に見られるからだと思います」。

この2階はただ現代製品が展示されているだけではない。産業振興のフロアとして、商談が可能なのだ。コンシェルジュカウンターを設け、家の施工の相談を受け付け。展示された中に好みのタイルがあれば、その会社とつないでくれる。歴史を知る展示を楽しめる施設でありつつ、地場産業の活性化を図る存在でもあるのだ。市原さんいわく、「ここは古いタイルから新しい可能性を広げるミュージアム」とのことだ。

(左上)モザイクタイルをシート状にする道具、貼り板(右上)昭和30年代なかば、海外に輸出されていたタイルの器など</BR>(左下)現代のタイルメーカーの製品一例(右下)2階にあるコンシェルジュカウンター(左上)モザイクタイルをシート状にする道具、貼り板(右上)昭和30年代なかば、海外に輸出されていたタイルの器など
(左下)現代のタイルメーカーの製品一例(右下)2階にあるコンシェルジュカウンター

モザイクタイルに実際に触れる体験工房

1階は受付のほか、体験工房とショップがある。体験工房では、500円とリーズナブルな価格で、フォトフレームなどの小物にモザイクタイルを貼り、オリジナル作品を作ることができる。多彩な色のモザイクタイルの中から好みの組み合わせを自由にでき、ここでの体験をきっかけに、実際に家でDIYに挑戦してみようと思う人もいるそうだ。

ショップでは地元メーカーのタイルを使った製品が販売されているほか、タイルの詰め放題のコーナーもあり、取材当日も多くの人々が好みのタイルを選んでいて人気だった。体験工房とショップは入館料が必要ないので、後日あらためてショップを訪れることもできる。

4階から1階まで、モザイクタイルの魅力を改めて知り、活用してみたくなる流れになっていると思った。

最後に、市原さんにモザイクタイルの今後の課題について聞いてみた。「原料の土が少なくなってきているんです。替わる素材を見つけられるか、それが今後の課題のひとつですね」とのこと。とても難しいことではあるが、モザイクタイルの美しさ、可愛らしさを失うのは惜しい。ぜひともクリアし、未来へつながっていってほしいと思う。


■多治見市モザイクタイルミュージアム
http://www.mosaictile-museum.jp/

(左上)学芸員の市原さん。後ろのモザイクタイル画は下の窓から見える約17年前の風景となっている</BR>(左下)体験工房での作例(右)ショップで大人気のモザイクタイル詰め放題(左上)学芸員の市原さん。後ろのモザイクタイル画は下の窓から見える約17年前の風景となっている
(左下)体験工房での作例(右)ショップで大人気のモザイクタイル詰め放題

2016年 09月17日 11時00分