保育園+シェアハウスが生まれた経緯

2つの用途の建物がひとつになったスミタス溝ノ口、アプリコット保育園2462つの用途の建物がひとつになったスミタス溝ノ口、アプリコット保育園246

東急田園都市線溝の口駅、JR南武線武蔵溝ノ口駅から二ケ領用水に沿って歩くこと数分。住宅街の中にかすかに子どもの声が聞こえる3階建ての新しい建物が現れる。声の主は1階にある、2017年4月から子ども・子育て支援制度の事業のひとつとして始まった小規模認可保育園「アプリコット保育園246」の子どもたち。0-2歳まで子ども10人が通園している。だが、建物玄関にはもうひとつ、「スミタス溝ノ口」なる表示もある。

「?」

不思議に思う人がいるのは当然だ。この建物内には保育園と全29室を有するシェアハウスが同居しているのである。元々は築50年を超すアパートが建っていた。それを相続し、建替えたのは現在の経営者であるアプリコット倶楽部の廣部嘉一氏。なぜ、この2つの用途がひとつの建物内に収まることになったのか。

廣部氏は25年余に渡り、幼稚園情報を発信するサイトを運営していた。いずれは応援する側ではなく、自分が経営する側になりたいと考えており、保育園自体は最初から作ることにしていた。だが、それなりにまとまった土地でもあり、また、単一の機能の建物を作ることへの不安があった。今は保育園不足だが、それがずっと続くとは限らない。だとしたら複合的に使える建物にしたほうが良い。では、何と組み合わせるか。一般的な賃貸住宅ではないと廣部氏は考えた。

一人暮らしの良さと誰かと住む温かさを共存させる

上が以前の建物。下は現在の建物の玄関。左は保育園の入り口、正面がシェアハウス。互いの様子がなんとなく分かるような設計上が以前の建物。下は現在の建物の玄関。左は保育園の入り口、正面がシェアハウス。互いの様子がなんとなく分かるような設計

「数年前から少しずつ親に代わり、経営に関わるようになったのですが、そこで実感したのは賃貸経営の難しさ。武蔵新城にあったマンションは順に設備が壊れ、その修理に多額の費用が掛かりましたし、こちらのアパートでは滞納している人がいたり、契約書がきちんと作られていなかったりとでたらめな状態。それ以外で不動産セミナーに行ってみてもサブリースなら任せて楽とは言うものの、本当に収益が上がるのか、かなり怪しい話ばかり。どうすればよいか、悩みました」。

築50年である。リノベーションができる状態ではなく、建て直そうとは思っていたものの、建設費が高騰している現在、3階建て、18室のアパートを建てる試算は割に合わなかったと廣部氏。だとしたらどうすればよいか。

そこで考えたのがシェアハウスだ。だが、すぐに飛びついたわけではない。渋谷にオフィスがあったことから知り合ったシェアハウスポータルのひつじ不動産に学び、シェアハウスが一時のブームで終わるものなのか、それとも賃貸住宅同様に、長く社会に必要とされるものとなりうるのかを考え続けたという。

「ワンルームに住んでいる人たちに聞くとキッチンはあっても使わないというし、バスタブに湯を張ることも少ない。トイレ掃除は面倒とも。だったらシェアという考え方はありうると思いました。もうひとつ、入居者は大学生や就職前の若い人たちだろうと思っていたら、実際には25~30歳代の、結婚の一歩手前くらいの年代の人たち。ある程度一人暮らしをしており、寂しさを実感しているとも。だとしたら、元々作りたかった保育園との相性が良いのではないかと思いました」。

スミタス溝ノ口とアプリコット保育園246は玄関を共有しており、なんとなくではあるが、互いの雰囲気を感じられる作り。「この形なら一人暮らしの良さと、誰かと住むという温かさを共存させられるのではないかと考えたのです」。

新築だからこそ、多様に使えるしっかりした建物を

かくして保育園とシェアハウスという異色の取り合わせが誕生したわけだが、実際には用途はまだある。川崎市の認可を得て3室を簡易宿所で運用しているのである。また、現在、近隣に建てているもうひとつの保育園の職員のための社宅としてシェアハウスを活用することや、コワーキングスペースを付け加えるなども考えており、目指すのは24時間使われ続ける空間だという。そこまで考えたのは新築だから。

「たいていのシェアハウスは古い建物をリノベーションするなど初期投資を抑えて作られています。ところが、ここは新築。ローンが終わる25年後まで考えて経営をしないといけない。用途を熟考することに加え、建物、作りにもこだわり、長く選ばれるものをと考えました」。

30人(!)以上もの建築家に会って地盤改良から始めたという建物は完全耐火重量鉄骨造という遮音が配慮された構造。賃貸住宅では音を巡るトラブルが多く、解決が難しい。特にここでは保育園併設。より注意が必要という考えである。

1階には保育園と共有部を配し、それぞれメインで使われる時間帯がずれるようにした。保育園は朝から夕方に利用され、シェアハウスの共有部に人が集まるのは夜、保育園が休みの週末や祝日。お互いの雰囲気は感じるが、建物の作りと時間帯のずれでうるさく思うことはないのだ。1階にある風呂やシャワーブース、洗濯機室利用なら(他フロアにもあり)夜間でも音を気にせず洗濯、入浴できるのもうれしい。

左上から1階のキッチン、リビングの水回り。シェアハウスには珍しくシャワーブースのほかに風呂もある。また、2階以上の廊下の広さにもびっくり。長く選ばれるための作りである左上から1階のキッチン、リビングの水回り。シェアハウスには珍しくシャワーブースのほかに風呂もある。また、2階以上の廊下の広さにもびっくり。長く選ばれるための作りである

みんなで、一人で使える空間多数のシェアハウス

同じフロアに使う時間帯が異なる施設があることが互いにプラスにもなっている。「保育園にとっては昼間、同じ建物内に子ども以外に大人がいることが災害、不審者対策として安心に繋がっていますし、シェアハウスのリビングは職員の気分転換の場。よくランチに使われています。入居者にとっても自分が留守でも建物内に誰かがいる安心感は大きい。保育園の人が宅配便を受け取ってくれたりもしますしね」。

顔を合わせれば挨拶を交わす関係も生まれている。入居者間では民泊の常連である外国人を囲んでのパーティー、昼間は保育園の遊び場として使われている2階テラスでのバーベキューが開かれることもあるそうで、緩やかながら人間関係も生まれつつあるようだ。

建物内にはそうした、人が触れ合う、あるいは一人で使えるいくつもの共有スペースが作られている。1階には70m2ほどの広さがあるLDK。明るいリビングにはテレビやソファが置かれており、時間帯によっては独り占めも可能。よく利用されているというキッチンには本格的な調理も可能なプロユースのキッチンセットが2台。オーブンもある。私物を収納するスペースも豊富だ。

2階のテラスに面した場所にはソファのある寛ぎスペースがあり、反対側にはデスクコーナー。読書にも仕事や勉強にも使えるわけである。書棚にはそのために漫画を中心に書籍が置かれている。3階にも建物中央に当たる位置に大型テレビ、ソファセットが置かれたスペースがあり、入居者は好きな場所で好きなように過ごせる。部屋自体は6畳大(9.4m2)とコンパクトだが、建物内にこれだけ居場所があれば使える空間はかなり広く感じるはずだ。

左上から時計周りに2階の共用スペース2カ所、3階、そして現在は簡易宿所として使っている室内。洗面所、鏡と収納は備え付けられている左上から時計周りに2階の共用スペース2カ所、3階、そして現在は簡易宿所として使っている室内。洗面所、鏡と収納は備え付けられている

2019年 06月17日 11時00分