「まちやど」という新しい宿が増えている

「まちやどシンポジウム」が、広島県福山市で3月12日に開催された。場所は、福山駅前シネマモードという映画館。第1回は、昨年9月に東京で開催され、今回は第2回となり、西日本では初となる。
会場には、宿関係やまちづくり関係、さらに地元の福山市民等、約200名が参加し、登壇者は、以下の日本まちやど協会理事6名だ。
・岡昇平 氏 (仏生山まちぐるみ旅館/仏生山温泉番台)
・大島芳彦 氏(街の抒情詩人/bluestudioクリエイティブディレクター)
・宮崎晃吉 氏 (HAGISOオーナー/まちやど協会代表)
・嶋田洋平 氏 (らいおん建築事務所 代表取締役/リノベーションまちづくりプロデューサー)
・市来広一郎 氏 (熱海のまちづくり/NPO法人atamista代表)
・中村功芳氏(瀬戸内海のまちやどプロデューサー/アースキューブジャパン代表)

最初は、主催の日本まちやど協会の代表である宮崎晃吉氏から、「まちやど」についてのコンセプトが披露された。
宮崎氏によると、「まちやど」とは、街を一つの宿と見立て、宿泊施設と地域の日常をネットワークさせ、街ぐるみで宿泊客をもてなすことだという。例えば、宿泊事業で利回りを単にあげていくものではなく、街ぐるみで地域価値の向上を目指すことで、ネットワークした旅館が、その街の記憶や町のマナーを旅行者に伝える活動も担う。まさに新しい街のコンシェルジュ機能である。旅行者は、街の人とのコミュニケーションを楽しむことができ、特に海外から来たお客さまには、地域の日常的なことを体験できる。なるべく夕食を宿ではなく、街中でしてもらうことで、地域にお金が落ちて、地域内経済が循環する。

同協会の活動内容は、このコンセプトを普及させる事業と地域再生事業の2つがある。
参考事例としては、イタリアのアルベルゴ・ディッフーゾ協会があり、こちらは、90年代から始まっている運動で、アルベルゴ・ディッフーゾとは、イタリア語で「分散した宿」という意味があり、これまでの建物一つに完結していたレセプション、ロビー、客室、朝食ルーム、レストランなどのサービス空間を街全体に分散させた宿泊施設形態の一つだ。日本と同じように、イタリアの地方でも、高齢化し、過疎化していた。そこで、空き家を宿やレストランにして、それをつなげていく取り組みが約30年に渡って試行錯誤しながら続いている。そういった形を日本でつくるべきだと考えたという。

日本まちやど協会の代表の宮崎さん日本まちやど協会の代表の宮崎さん

向いの干物屋さんと宿がつながり、宿のミシンと布が街の記憶をつなげる

続いて、6名の理事によるそれぞれの活動報告だ。

最初の登壇は、熱海でまちづくりをする市来広一郎氏。
同氏は、2011年に熱海にUターンして、最初に始めたのは、地元の人に向けた熱海のファンづくりだった。地元の人のためのツアーをつくり、数年、活動して、1ヶ月間に70種類以上の体験ツアーを企画するまでになり、町の再発見をする良い機会となったそうだ。そのとき、なかなか自分が泊まりたい宿がないことに課題を感じ、2年半前にゲストハウスを開業した。そのゲストハウスの向かいに、魚の干物屋さんがあり、宿泊者はそこで魚を買ってきて宿で焼いて食べる。宿はご飯と味噌汁のみ提供するのみ。このように宿泊者は必然的に町に出ていき、つながっていくようになった。今後は、観光と暮らしが混ざりあった熱海を目指すという。

次にbluestudioの大島氏が、池袋の隣の駅、椎名町で始めた「シーナと一平」をプレゼンテーションした。
宿とコモンスペースがある建物の再生だ。1階がカフェ、お茶を飲ませるスペースになっていて、2階が宿になっている。商店街にある店舗併用住宅で、その建物を使っての再生だ。商店街は、元気な方が多く、特に女性が頑張っているが、やがて年をとっていき商売をやめてしまう。その前に彼女たちの活力を巻き込み、みんなで元気になれるようなスペースを目指している。それを象徴する意味で、カフェには、昔ながらの足踏みミシンがあり、布も置いている。宿では、食を提供していないので、外国人を含め宿泊者にお惣菜屋さんを紹介し、さらにお風呂屋さんも紹介している。大島氏によると、商店街のおじいさんおばあさんは、外国人がやってくるとコミュケーションをとろうとして笑顔になり、活力が高まっていくそうだ。
2周年の際に宿の集計をしてみると、6割が外国人で、6割のほどの稼働となった。中心市街地では老老介護が増えていて、そういった日常を含め、旅行者をつなぐ建物となっているのだ。

左が市来氏、右が大島氏左が市来氏、右が大島氏

宿そのものの魅力よりも近隣の飲食店の魅力にそそられる

次の岡昇平氏は、香川県高松市の仏生山温泉での自身の取り組みを紹介した。
同氏がまちやどを始めたきっかけは、仏生山温泉にUターンしてきて、どうすれば自分がニヤニヤできる楽しい生活を送れるかを考え始めてからだ。例えば毎日美味しいカフェに通う、美味しい定食屋さんがあるなど、大それたことではなかったという。それで始めたのが、仏生山まちぐるみ旅館というコンセプトで、宿には4部屋があり、街を旅館に見立て2012年に開業した。旅館は、本来は集合体の名前で、旅館はそもそも巡る行為が重なっていると同氏。例えば、お風呂、ご飯、寝る、朝ごはん等、それをチームのように考え、役割を外の町に切り出した。おすすめできる新しいお店が、1年間に2軒から3軒増えていて、現在は10軒ぐらいになったそうだ。今後も、このように自分がニヤニヤできることを進め、みんなを無理に巻き込まず、無理に町を盛り上げず、無理に観光地化させず、普通の町を目指すという。日常の魅力こそを大切にしたいからだろう。

次に、嶋田洋平氏による 「TANGA table」という福岡県の小倉の宿についてプレゼンテーションがあった。
宿がある一角は、もともと旦過(たんが)市場というのがあり、神嶽(かんたけ)川に、出っ張って存在し、その川の反対側のビルの4階のワンフロア230坪をTANGA tableという宿にしようとなった。60ベッドがあるゲストハウスだ。小倉には、北九州国際空港があり、当時のまちづくりの担当者が、その後、空港の担当になり、韓国LCCのジン・エアに営業した際に、釜山から北九州往復で行きたい客層が喜ぶ宿ができたと、このTANGA tableを紹介。すると実際に定期便が就航するまでになった。さらに台湾や中国からも国際線の定期便が増えそうだ。
北九州は旅の最終目的地というには、観光資源があまりなく、しかし宿から歩くと、お店が多い。夜中の2、3時時でも楽しめるお店があるのだ。北九州を味わう旅の始まりをコンセプトにして、この町の安くておいしい食のコンテンツ、商売しているおじさんとも出会える。そんなまちを体験できる宿を進めている。

日本まちやど協会の理事が並ぶ。左から4人目が岡氏、その右が嶋田氏。日本まちやど協会の理事が並ぶ。左から4人目が岡氏、その右が嶋田氏。

本物のツーリズムを求め、瀬戸内海の島に出会う

アースキューブジャパン代表であり、瀬戸内海のまちやどプロデューサーとして活動する中村功芳氏が登壇。
アースキューブジャパンは、21世紀型の新たな心の豊かな生き方を過ごして継続する方法を構築、実践、モデル化し全国へ広めて行くための事業を展開していくことを目的として、2010年からスタートしている。中村氏は、映像によって、瀬戸内海にある下蒲刈島の取り組みを紹介し、また、福山を生かした瀬戸内ディープラインの提案にも言及した。

最後に、まちやど協会代表の宮崎氏が、自身で運営する東京・谷中にあるHAGISOについてプレゼンテーションをした。
宮崎氏によると、もともと学生時代に住んでいた古いアパート「萩荘」が、3.11を機に壊されて駐車場になる予定となり、そこで最後に「お葬式」というイベントをやった。すると1,500人ほどが3週間でやってきて、オーナーさんの気が変わってしまい、リノベーションしてカフェとギャラリーになったそうだ。すると、ここが街のハブになり、同氏はここを中心にまちづくりをやったら面白いと思いついたのだ。街には銭湯があり、おすすめの飲食店があり、文化体験ができる場があり、お土産は商店街で買え、レンタルサイクルまであるからだ。しかし、宿泊施設がなかったので同氏が空き家を探したところ、ちょうどめぼしい物件を見つけ、登記を調べて、福井の方だったので、手紙を出して貸してもらえるようにお願いしたらOKとなったそうだ。築50年の家をリノベーションし、11人が泊まれる5部屋の宿が生まれた。それがHAGISOだ。オリジナルマップを作って宿泊者に配布して、街のことを説明するコンシェルジュ機能となった。イタリアのアルベルゴ・ディッフーゾ協会で、HAGISOはヨーロッパ以外で初めて認定された宿になったのだ。

中村氏の関わっている瀬戸内海の島を映像化中村氏の関わっている瀬戸内海の島を映像化

今回の開催地、福山は、再生に向かっている。その可能性について

今回、シンポジウムが福山で開催されたのは、この街がまちやどとしてのポテンシャルが高く、同協会理事の嶋田氏が関わっていることに起因する。
嶋田氏の福山の現状と可能性についてのプレゼン、そして福山をハブとし瀬戸内ディープライン構想を同理事の中村氏から提案が行われた。嶋田氏によると、福山駅の南口の衰退が課題となっていて、新しいビジョンは、伏見町地区の有休不動産の活用、老朽化したものを順次建て替えていくことだ。

実は、30年前から再開発の計画があり、それが足かせになってしまい、ビル等が修繕や建て替えをしないで放置されてしまった。魅力的な施設が減っていくため地元の人も足が遠のき、ますます廃れていったのだ。結果、戦後のある時期に建てられたものがそのまま残り、それもある意味、伏見町のポテンシャルと言えると嶋田氏。また空き家、空き店舗が多く、全体を宿とみたてると可能性が広がるという。

続いて中村氏による瀬戸内ディープラインの提案がされた。福山を瀬戸内海の玄関口とすることで、ここに立ち寄る必然性をつくり、福山の活性化につげようというもの。そのために島々の魅力が大切になってくる。
中村氏の提案するコースは、福山を起点として、鞆の浦>大崎上島>大崎下島>下蒲刈島>四国・九州へ抜けるコースだ。
他に、鞆の浦>沼隈>因島>生口島>大三島>大崎上島>大崎下島>下蒲刈島>内子、大洲、八幡浜、そして大分県の臼杵に抜けるコースを提案。

島の魅力として下蒲刈島をフォーカスして、集落全体を宿にみたてたガーデン・アイランド構想の説明があった。
また島にある民芸館に中村氏は驚いたそうだ。なぜ有名作家の器が、小さな離島にあるのかと…。美的感覚の高い人がいて、この島は文化度が高かったのではと中村氏はみる。先人が、それを子どもたちに残そうと考えたのかもしれない。このように島にはお宝がたくさんあり、発見があり、それが本物のツーリズムではないかと中村氏。福山は、瀬戸内海の玄関で、新幹線ののぞみも止まり、鞆の浦へバスが20分おきに出ているので、瀬戸内海の海に出るのは早い。つまり玄関口としての福山は、大きなポテンシャルがあるようだ。

今回のシンポジウムは、福山の新しい可能性とまちやどの可能性を感じるシンポジウムとなったようだ。

瀬戸内ディープラインに登場する広島県の島々瀬戸内ディープラインに登場する広島県の島々

2018年 05月24日 11時05分