建物も用途も、新しい切り口でリメイク

都心部にある一軒家に、住み手がいなくなったら――。あなたが不動産屋だったら、どんな使い途を検討するだろうか。「掘り出し物件が見つかった」と喜び、一戸建てのまま売る人もいるだろう。しかし、今回ご紹介する物件は違う途を選んだ。それは、インバウンドを取り入れた活用法だった。

福岡市中央区今泉に、外国人が訪れている場所がある。名前は「SUiTO FUKUOKA」。福岡の方言「好いとう(「好き」という意)」とインフォメーションの「i」を掛け合わせた、全国でも珍しい民間企業が運営する観光案内所だ。コンセプトは「訪日外国人とローカルがつながる場所」だが、“観光案内所”という割には少し奥まった場所にある。「特別感を感じてくださるようで、ニューヨークのジャーナリストやニュージーランドの動画ブロガーさんなども来てくださるんです」と女将の七條さんは話す。

「SUiTO」は、ただの観光案内所ではない。日中はランチやカフェ、夜はバーや懐石料理をいただける飲食店を併設し、レンタルスペースもある。何より一番の目玉は、握り寿司やたこ焼きづくり体験、利き酒、利き明太子など、様々な日本文化の体験ができるのが特長だ。「わたしたちはSUiTOを、インターナショナル公民館と呼んでいるんです」と七條さんは言うが、なぜ一軒家を改修して観光案内所を始めたのだろうか。それには、立地の良さを活かした福岡ならではの切り口があった。

女将の七條さん。タイと上海で暮らしていた経験があり、以前は日本語教師として30か国以上の生徒たちと接していたそうだ女将の七條さん。タイと上海で暮らしていた経験があり、以前は日本語教師として30か国以上の生徒たちと接していたそうだ

福岡は、インバウンドの伸びしろが大きな都市

夜の懐石料理は、中国語・韓国語・英語のメニューあり。英語の説明を受けながら料理をいただくことができる夜の懐石料理は、中国語・韓国語・英語のメニューあり。英語の説明を受けながら料理をいただくことができる

「福岡は10回以上来訪している外国人の数がとても多いのに、世界的に見るとあまり知られていないんです。以前、中国の友だちに福岡のことを知っているか尋ねると『食べ物の名前?』と返ってきたほど、知名度はまだ高くない」と七條さん。「SUiTO」を運営する株式会社イーストは、丸の内にある「新東京ビル」1Fで、日本政府観光局(JNTO)が経営する訪日外国人旅行者向けの総合観光案内所の運営を請け負っている。

確かにここ数年で、一気に福岡に訪れる外国人の数は増えたが、京都や東京、大阪に比べると正直まだまだ無名だ。海外の人にとってメジャーな都市ではないのに、なぜリピート率が高いのだろう。「わたしたちの普段の行動に置き換えてみると、短いスパンで何度も訪れるということは、国内旅行の感覚で福岡に来ているのではないかと考えたんです。また、何度も福岡に遊びに来ている外国の方たちにその理由を聞いてみると、多くは『アクセスがいいから』と答える。つまりは、楽に行けるということ。そこに着目しました」。

「アクセスがいい」は、海外からの交通手段だけを指すのではない。九州各県や九州外に行く際の移動の便利さや、福岡市内のコンパクトな交通網をも含む。また、近年ではそれらに加え、クルーズ船による中国からの来訪者が年々増えている。初めは団体客として訪れた外国人が、いずれは個人客として福岡に来る可能性だって十分にある。リピートされるには、福岡に何かしらの理由がある。そう睨んだのだ。

土地の宝は、住んでいる人よりも外から見た人の方がよくわかる

観光を対象とするとき、福岡は「通過する場所」とよく言われる。「柳川や太宰府はあるけれど、それ以外は特に見るものがないものね」、これは福岡の人たちがよく口にする言葉だ。実際、九州外から訪れる人は、福岡空港に降り立った後、博多駅からJRに乗って大分へ温泉に行ったり、熊本へお城を観に行く人が多い。だから福岡で過ごすとなると、どうしてもグルメや買い物に目が向いてしまう。七條さんは言う。「日本人は、観光名所がないと観光ができないと思っている人が多いと思うんです」。

外国人が日本に遊びに来る目的が、ここ数年で、“買い物”から“体験”に変化してきた。アニメやマンガ、ドラマの影響もあり、わたしたちが考えている以上に外国人は日本人の習慣をとても知っているという。過去には、「日本人は仕事が終わると居酒屋に飲みに行くから、居酒屋がどこにあるのか教えてほしい」と「SUiTO」に聞きに来た訪日外国人もいたのだとか。食堂みたいなところでごはんを食べるのがうれしかったり、何でもない田舎道を歩くのが楽しかったり。日本人の何気ない日常に触れること。それが「観光」というのだ。

また、北海道や京都、東京など各都市を巡った外国人旅行者がお気に入りの場所として、福岡を選ぶケースが多いということも「SUiTO」を通してわかったという。「九州に一度訪れると、これからは福岡を拠点に動こうという人が多いんです。都心から30分ほど行けば自然があるし、ごはんもおいしい。そして、物価も安い。福岡に行けば事足りる、と思っている人が多いようです」。

“きっかけづくり”を販売している「SUiTO」

「SUiTO」には英語ができるバイリンガルのスタッフが常時いて、そのうち2名はフランス人だ。日本の文化を体験したいという外国人を日本人が連れて来るケースも多いらしいが、意外なことに地元の人もよく遊びに来ているのだとか。「この間、『俳句の会』という体験イベントをしたんです。俳句って国語の授業で習うぐらいで、普段から俳句に接している人って少ないですよね。参加者は、地元の人と外国の方が半々ぐらいだったのですが、3回開催して3回とも大盛況! 外国の方だけでなく日本人にも自分たちの文化を体験できる場所として活用してもらえるとうれしいです」と七條さんは笑顔で話す。

「SUiTO」が行なっているのは国際交流ではなく、あくまで“きっかけづくり”。俳句の会というイベントに参加したら、日本には俳句というカルチャーがあることを知ったり、味噌づくり体験に来たら、隣り合わせに座ったことがきっかけで隣人同士に会話が生まれ、お互いに関心が生まれたり。自分の興味や関心があることに対して、同じように面白いと思っている人とつながることができる場所が「SUiTO」なのだ。だからこそ、“インターナショナル公民館”なのである。

そんな「SUiTO」だが、2015年の夏に開館してそろそろ2年が経とうとしている。2017年4月29日現在、Facebookページには3384人のフォロワーがいる。この間、Facebookのウォールを見ていたらうれしいことがあったそうだ。「少し前に香港から遊びに来てくださった方が、巻き寿司体験を申し込まれたんです。その方が香港に戻った後、Facebookに自国で巻き寿司をつくっておもてなしをしている写真をアップしていました。『SUiTO』での和文化体験を楽しんでくださったんだなあと心からうれしくなりました」。

握り寿司づくり体験の他、随時、日本文化を体験できるプログラムを毎日実施中。日本人の参加もOK!握り寿司づくり体験の他、随時、日本文化を体験できるプログラムを毎日実施中。日本人の参加もOK!

「地域の価値を上げる=住む人の意識を変える」が大事

こちらはお花見のときの記念写真で、「SUiTO」では毎月6~8つの様々なイベントを企画している。福岡へ出かけた際は遊びに行ってみよう!こちらはお花見のときの記念写真で、「SUiTO」では毎月6~8つの様々なイベントを企画している。福岡へ出かけた際は遊びに行ってみよう!

わたしたちはよく、地域の価値を上げよう、地域を見直そうと言葉を唱えている。施設の誘致や環境・交通網の整備、イベントの開催などが代表例だが、訪日外国人とローカルをつなぐ「SUiTO」の取材を通して、遠くだけでなく足元を見つめる大切さを教わったような気がする。取材中、「外国人に対する日本人の苦手意識が、外国人たちを少し悲しませている」と教えてくれた七條さんの言葉が印象的だった。例えば、コンビニのレジで買い物をするときに、「ありがとうございました」と日本人にはお礼を言うけれど、外国人だとわかると表情がこわばり無言になる、という声をよく聞くそうだ。「表向きにはウエルカムさをアピールしている日本人が多いけれど、“日本の中”にはなかなか入れないと寂しそうに話す外国人が本当に多いんです。日本人同士でもそうですが、特別扱いは時に人を傷つけてしまうことがあります。自分たちの輪の中に入れてこそのおもてなしじゃないかと思うんです」。

普段、わたしたちはそれぞれの土地で“普通に”暮らしているが、一人ひとりがその地域の代表であり、日本の代表なのだ。すべては一期一会であり、相手に対する一瞬の態度で、その地域の、また日本の印象が決まってしまうと言っても過言ではない。一人ひとりが意識することによって、巡り巡って自分たちが暮らす地域の価値を上げることにもつながるかもしれない。
七條さんは「外国の方と日本人の交流・新しい観光の楽しみ方をどんどん提示していきたいと思う」と「SUiTO」が担う今後の役割や展望を話してくれたが、「SUiTO」が世の中に与えるのはそれだけでなく、もしかしたらわたしたち日本人にこびりついた意識変化かもしれない。

2017年 05月12日 11時07分