江戸時代に整備された2,000kmのクリークを活用

佐賀市の街なかを歩くと、いたるところで「クリーク」を見かける。クリークはおよそ400年前の江戸時代、干拓地の上に造られた佐賀城下で、生活や農業用の水を確保したり、物や人の輸送に利用したりするために張り巡らされた人工水路。総延長は約2,000km、貯水量は約2,100万m3におよぶ。
今ではあまり使われなくなったクリークを豊かなまちづくりに活かそうと活動している団体がある。「さがクリークネット」代表の川﨑康広さんに話を聞いた。

佐賀市街地を行き交うカヤックと和舟。定期的に体験イベントを行っている佐賀市街地を行き交うカヤックと和舟。定期的に体験イベントを行っている

東京に出て、地元佐賀の素晴らしさを実感

「無理に人を集めるのではなく、佐賀らしくゆったりとあたたたかみのある水辺の風景や活動をつないでいきたい」と川﨑さん「無理に人を集めるのではなく、佐賀らしくゆったりとあたたたかみのある水辺の風景や活動をつないでいきたい」と川﨑さん

川﨑さんは1983年佐賀生まれ。大学で土木を学び、憧れていた東京で大手ゼネコンに就職すると、現場監督として多忙な毎日を送っていた。だがある日、ふと気づいたのだという。「佐賀には何もないと思い、都会に憧れて東京で働いていたけれど、帰省したとき、生まれ育った佐賀の素晴らしさをしみじみと感じたんです。東京に比べると時間がゆったり流れていて、自然が豊かで、ストレスが少なくて、人があたたかくて…。一度外に出たからこそ、見えるものがありました」。20代半ばで佐賀市にUターンして、一級建築士の資格を取得。建築設計と不動産業を営んでいる。
江戸時代、人々の生活に重要な役割を果たしていたクリークは、佐賀藩の指導により掃除を徹底していた。しかし昭和になると、排水が流されたままで“ドブ川”に。やがて下水道が整備され、川の掃除も再び行われることになったことで水はきれいになり、今は小さな魚が悠々と泳いでいる。とはいえ、「僕が子どもの頃、クリークは危ないから近づかないようにと言われるような存在でした」と川﨑さんは振り返る。

街なかでカヤックや舟に乗り、水辺でマルシェ

「さがクリークネット」の原点は、2010年に地元商店街と住民、行政が連携して立ち上げた「佐賀市街なか再生会議」。佐賀市は定住人口が増加しているにも関わらず、中心市街地は空き店舗が目立ち、歩く人が減っていた。その状況を打破すべく設立された同会議が2014年に開催したシンポジウムで、佐賀ならではの歴史あるクリークに着目。「クリークを活かした佐賀の暮らしの風景づくり」を目標に掲げて、同会議や佐賀県建築士会、NPO法人、大学、市民などが活動をスタートし、2017年春に「さがクリークネット」を設立した。現在は約30人のメンバーがいる。
川﨑さんたちは2015年の夏、佐賀市中心部の十間堀川をカヤックで航行できるかどうか試してみた。低い橋のところは頭を下げて通り、ちょっとした冒険気分を味わうことができて、普段とは違う景色が見えた。「これはすごくいい」と自信を深めたメンバーたちは、行政ともしっかり連携。それまでなかった船着場を作って、一般の人向けにカヤックや和舟での周遊体験を行ったり、水辺でマルシェを開いたり、川床を設置して映画の上映イベントを開催したりと、多彩な企画を展開してきた。同時に、川底や護岸の清掃などにも取り組み、美しくにぎやかな水辺づくりを着々と進めている。

クリークや水辺をさまざまな形で活用クリークや水辺をさまざまな形で活用

地元の理解を得るためにイラストを作成

クリークをどのように活用するか、一目でわかりやすいようにイラストを作成クリークをどのように活用するか、一目でわかりやすいようにイラストを作成

クリークを使うにあたり、ひとつ気がかりだったのは、周囲の住民たちの理解を得ることだったという。クリーク沿いの建物は道路に面した側が入口で、クリークは建物の裏手にあたる。誰かがクリークを通れば、洗濯物など生活の様子が見えることもある。そこで川﨑さんたちは、クリークを活用してどんなことをしたいのか、理想の未来を描いたイラストを作成。それを手に周辺の家を一軒ずつ訪ね、説明して回った。「年配の方が多い地域なのでダメと言われるかなと少し心配していましたが、実際には皆さんが『いいね』『おもしろいね』と好意的に受け止めてくださって、『昔はここを舟が通っていたみたいだね』と話される方もいらっしゃいました。とてもありがたく、安心して活動を進めることができました」。活動を始めてからも、クリークを活用するために定期的に清掃するため、きれいになったと喜ばれているという。

佐賀ならではのクリーク文化を未来につなげる

佐賀市では 2019年1月14日まで「肥前さが幕末維新博覧会」を開催中。船着場の横にある、昭和9年に建設された旧銀行をパビリオン「オランダハウス」(写真下)にして、水辺の暮らしを提案。佐賀とアムステルダムを比べるパネル(写真上)は川﨑さんがデザインに参加した佐賀市では 2019年1月14日まで「肥前さが幕末維新博覧会」を開催中。船着場の横にある、昭和9年に建設された旧銀行をパビリオン「オランダハウス」(写真下)にして、水辺の暮らしを提案。佐賀とアムステルダムを比べるパネル(写真上)は川﨑さんがデザインに参加した

水辺を活かしたまちづくりの例として、国内には福岡県の柳川や岡山県の倉敷がある。川﨑さんたちは海外にも目を向け「イタリアのヴェネチアやオランダのアムステルダムのように、人の生活に水路が溶け込んだ、明るい水の都になれば」と夢を語る。
さがクリークネットが目指しているのは、住んでいる人たちがクリークを普段使いしつつ、まわりの人たちも集まってにぎやかで楽しい空間になること。暮らす・使う・維持するの3つを軸に、クリークをまちづくりや観光に活かし、未来につなぐ取り組みを展開している。「街なかにあるクリークの魅力を高めて、佐賀ならではの暮らしの風景や楽しみ方を発展させていきたい。佐賀の人たちにとってクリークが誇りになるといいですね。一緒に活動してくれる仲間も大歓迎です」。そう語る川崎さんの柔らかな笑顔は、水辺でひときわ輝いていた。

2018年 10月31日 11時05分