「消えゆく猫の命を救いたい」という思いから生まれたホステル

ねこ蔵を手がけた森さん(右)と、フロント・シェルター責任者の井上さん(左)。ふたりが出会わなければねこ蔵はできなかったと口をそろえ、言葉の端々からお互いへの敬意が感じられたねこ蔵を手がけた森さん(右)と、フロント・シェルター責任者の井上さん(左)。ふたりが出会わなければねこ蔵はできなかったと口をそろえ、言葉の端々からお互いへの敬意が感じられた

「殺処分される猫を一匹でも救いたい」。猫を愛する女性ふたりの切実な願いによって誕生した、保護猫シェルター付のゲストハウス「ねこ蔵ホステル」(通称、ねこ蔵)。オープンから1周年を迎えた2018年3月23日、福岡市博多区千代のねこ蔵を訪れた。ここは、ゲストハウスと飲食店の売上からシェルターの運営費を捻出し、保護猫の活動を継続できるようにした画期的なホステル。シェルターと宿泊施設を連動させてゼロから立ち上げるという試みはおそらく日本初で、注目を集めている。

ねこ蔵を運営するのは、福岡市のDM都市開発株式会社。同社マネージャーの森信子さんは仕事の傍ら、20代の頃から猫の保護活動をしてきた。そんな中、3年前に福岡県の動物愛護センターで殺処分される予定だった猫を譲り受けたことがきっかけで、殺処分の問題を強く意識するように。「目の前にいるうちの子が生死の分かれ目にいたと思うと、胸が締め付けられて…殺処分される猫を救うためにシェルターを作りたいと本気で考え始めました」

猫の譲渡の橋渡しをしたのは、市民ボランティア団体「福ねこハウス」代表の井上惠津子さん。井上さんは、殺処分される直前の猫を自宅で引き取り、飼い主を探す活動を長く続けていた。しかし、ボランティアや寄付ベースでは運営が不安定で、疲弊してしまう。「シェルターを併設した宿を作り、その売上金でシェルターを運営できればという構想は、私の中で5年ほど前からありました」

不動産事業と保護猫活動、それぞれの得意分野を生かす

柔らかな春の陽射しに包まれたねこ蔵(写真上)。2階の客室は男女混合と女性専用ルーム、ダブルルームがあり、1泊2,900円~/1階の飲食店(写真下)では、昼は和テイストのスイーツ、夜はこだわりの地酒や郷土料理などを提供。店の奥に猫シェルターが見える柔らかな春の陽射しに包まれたねこ蔵(写真上)。2階の客室は男女混合と女性専用ルーム、ダブルルームがあり、1泊2,900円~/1階の飲食店(写真下)では、昼は和テイストのスイーツ、夜はこだわりの地酒や郷土料理などを提供。店の奥に猫シェルターが見える

そんな森さんと井上さんが知人の紹介で出会い、意気投合。森さんは会社の事業として、保護猫シェルター付のゲストハウスを立ち上げることを決断した。「当社には不動産や建築、飲食店などのノウハウがあり、井上さんには猫シェルターの運営経験がある。まさに運命的な出会いでした。それに、福岡県は殺処分頭数が全国のワースト上位である一方、国内外から観光客が集まり、泊まる場所が足りない。シェルター付ゲストハウスを作るのに最適な福岡から、保護猫の現状を多くの人に伝えていこうと決めました」

とはいえ、同社にとって前例のない事業。森さんは融資してくれる金融機関を探し、土地を買うところから始めた。足りない資金はクラウドファンディングを活用して1ヶ月で133万円集めるなど、数々の高いハードルをクリア。そうして2017年3月23日、ねこ蔵のオープンにこぎつけた。

清潔感あふれる空間が広がり、飲食店と廊下から猫が見える

木造2階建てのねこ蔵を案内してもらった。1階の「カフェ茶蔵(さくら)」は、夕方から「日本酒バー夜茶蔵(よざくら)」に変身。朝10時から夜8時までは、店内から保護猫シェルターの様子を見ることができる。地元の人や宿泊しない人にも保護猫のことを知ってもらえる、貴重な場所だ。

ホステルの玄関を入ると、一面ガラス張りの部屋で猫たちが思い思いに過ごす姿が見える。階段を上って2階にはゲストルームをはじめ、男女別のシャワールームとトイレ、共用のリビングとテラス、洗面所がある。どこも明るく清潔感が漂う。壁には、消臭や空気清浄効果がある炭入りの特殊な塗料を使用。隅々まできれいに保つために、掃除は清掃会社のプロに依頼するのも森さんのこだわりだ。「猫がいるから汚いなんて思われたら、猫に申し訳ない」と胸の内を明かす。

2階は限られたスペースをうまく活用。全てのベッドの横に窓を設けているため、圧迫感がない(写真右上)。「新築だから、窓をつけることができました」と森さん2階は限られたスペースをうまく活用。全てのベッドの横に窓を設けているため、圧迫感がない(写真右上)。「新築だから、窓をつけることができました」と森さん

殺処分される直前の猫を引き取り、信頼できる里親のもとへ

シェルターの猫と触れ合えるのは、基本的に宿泊客と、事前に予約した里親希望の人のみ。夜8時から朝10時までは、シェルターのカーテンを閉めて猫を休ませるというルールを貫く。オープン当初は、無料でいつでも猫と触れ合える施設と勘違いされて、困ったことがあるという。

シェルターにいるのは、愛護センターで殺処分される予定だった猫たち。初対面の私が部屋に入っても、警戒する様子は全くない。猫たちにとって、ここは安心できる居場所なのだろう。片目が開かない猫が寄ってきて「ニャ~ン」と甘えた声を出す。「この子は家族がほしくて、新しい人が来たら、けなげにアピールするんですよ。早くいい家族を見つけてあげるから、ごめんね…」、森さんが愛おしそうに声をかけた。

ねこ蔵では里親を募り、これまで30匹以上が新しい家族のもとへと巣立った。「でもね、私たちは誰にでも猫をお譲りするわけではありません」と、フロント・シェルター責任者を務める井上さん。森さん曰く「保護猫活動に全てを捧げている井上さん」は泊まり込みで働く。「里親を希望する方としっかり話し合い、家を訪ねて飼育環境を確認し、トライアルでお預けした上で、うまくいった場合は猫を家までお届けします。安易に譲り、猫が虐待されたという話を耳にすることもありますから。私の体は少しくらい無理したって死なないから大丈夫。だけど、私が諦めることで、この瞬間にも命が消えてしまう猫がいる。絶対に後悔したくないんです」

シェルターでゆったり過ごす猫たち。取材当日は窓の外の桜が満開で、しばらく外を眺めている猫もいたシェルターでゆったり過ごす猫たち。取材当日は窓の外の桜が満開で、しばらく外を眺めている猫もいた

保護猫のことを多くの人に広めつつ、持続可能な活動モデルを確立したい

ホステルに泊まることや、飲食店を利用することが支援になるーそんなコンセプトに賛同して訪れる人も多いホステルに泊まることや、飲食店を利用することが支援になるーそんなコンセプトに賛同して訪れる人も多い

森さんと井上さんの思いが重なり、ねこ蔵をオープンして1年。宿泊の稼働率は7割ほどで、週末は予約が取れないほどの人気ぶり。口コミサイトには好意的なコメントが並び、コンセプト・設備・スタッフの対応などが高く評価されている。お客さんは、日本人と外国人が半々くらいだ。
井上さんは「国内外のお客さんに現地の保護猫の状況を聞くことができて、勉強になります。この前、東京から来られた若い女性2人は、殺処分という言葉すら知りませんでしたが、話をすると興味を持ってくれました。ねこ蔵をきっかけに、保護猫について考えてくれる人が一人でも増えることがうれしい」と話す。

保護猫の医療費が予想以上にかかるなど、大変なこともいっぱいある。宿泊のキャパが最大18人と限られているため、事業規模には限界がある。それでも「大きな一歩」とふたりは確かな手応えを感じている。「まずは小さくとも、着実に誠実にやっていきたい。シェルターと収益事業をつなぐことで、保護猫活動を持続可能にしたねこ蔵のモデルを成功させて、ゆくゆくは日本や世界に広められるといいですね。そして不幸な猫を一匹でも減らしたい」と森さん。ふたりの夢は、どんどん広がっている。

■取材協力:ねこ蔵ホステル https://www.nekokura.co.jp/

2018年 04月17日 11時05分