入居待ちが途絶えない猫専用アパート
猫専用アパート「Gatos Apartment」(ガトスアパートメント)は、杉並区の住宅地にある賃貸併用住宅だ。一戸建ての1階部分は2つの賃貸物件、2階にはオーナーである木津イチロウさんご家族が住んでいる。
「Gatos Apartment」は9年ほど前に建てられ、一時期は最大で50人の入居待ちがあったという。近隣の家賃と比較して、3割ほど高いのだが、それでも入居待ちが絶えない。
木津さんは、コンサルタントとして不動産会社やオーナーから相談を受けるほど、猫共生物件に長けた大家さんとして有名だ。だが、「Gatos Apartment」をはじめる前まで、大家になることはもちろん、家を建てるなんて全く考えていなかったと言う。
"ペット共生"は犬向けの物件ばかり
木津さんとウーちゃん。木津さんは、長年、大手IT系企業で新規事業や新サービスの開発などを行ってきた。ターゲットである誰の、何を解決するのかは、ビジネスの基本中の基本で、賃貸経営も全く一緒であると話す。今後、猫が飼いたくても最後まで飼えない高齢者向けに、猫の引き受けサービスも検討しているそうだ「当時、一戸建てを借りて妻と暮らしていました。収入や状況に合わせて住まいを変えればいいと思っていたのと、借金が大嫌いなので家を買うなんて考えてもいませんでした。ところがある日、住んでいた一戸建ての庭に元々住み着いていた猫が、赤ちゃんを連れてきたんです。目ヤニで目が開かなくなってしまっていて、2回手術をしました。外に出しておくこともできないので部屋に入れたのですが、その物件はペット不可で…。急いで猫と一緒に暮らせる賃貸物件を探しましたが、"ペット共生"と言われて見に行くと、ドックランに、足の洗い場、玄関にはリードフックが掛けられる…と、ペット共生といいつつも、全て犬用の物件だったんです。」
そこで、木津さんは大きく発想を転換する。「ないならば、作ってしまえ」と。
「自分たちと同じように、猫と快適に暮らしたくとも住宅の事情により飼えない人がいるだろう。それなら、自分たちの家を建てて、一緒にそういう人たちに暮らしてもらえればと思いました。様々な調査を複合してみると、猫を飼う人は女性が多く、最も多い層は一戸建てに居住している40代女性。そして、20~30代の女性が猫を飼いたくても変えない理由の多くは、"ペット可の住宅に住んでいないから"と、"世話をする自信がないから"。この自信がないというのは、旅行や出張などで不在時に世話ができないのが不安だと言うことだと思います。この課題を解決したいと思いました。」
人が暮らしやすく、猫も快適な住居 4つのポイント
「Gatos Apartment」には、猫はもちろん、人が暮らしやすいための工夫が4つあると言う。まずはその1つめは、清潔さを保ち、掃除しやすい動線を考えた設計だ。
「よくあるワンルームの物件だと部屋の狭さもあって、皆さん猫のトイレをリビングなど生活スペースのすぐそばに置くことになります。どうしても匂いがしてしまうので人間が快適に暮らせない。そうならないよう、居住スペースは広めに、かつ、猫のトイレを置く場所も設けています。人間用のトイレのそばにトイレの置き場所を作り、猫が用を足したらすぐにトイレに流せる。ドアに猫用の出入り口を設けることで、夜中に起こされることもありません。」
木津氏によれば、猫にとって理想的なトイレの数は猫の頭数+1だそうだ。猫専用アパートなら、洗面室があらかじめ広く作られていて、それも叶う。トイレ用換気扇、収納もしっかり備え付けられている。かつ、賃貸は1戸あたり35平米と一般的な一人暮らし向けの物件と比較しても広めである。
2つめは、脱出防止ドアだ。これは意外にも、脱出以外の用途で入居者に大変重宝されているそうだ。
「この脱出防止ドアが必要なケースは、野良猫を保護したときなどに限られています。猫を飼っていてよくあるのが、身支度をして猫の毛を取ったのに、すぐそばから猫が『ニャー』とすり寄ってくる(笑)そういうとき、この玄関そばにある脱出防止ドアの内側で身支度するんです。米袋や猫砂など、猫にいたずらされたくないものは、このドアの中側にある収納庫に保存すれば大丈夫です。」
敬遠されがちな1階を希望する人続出の理由
前述の通り、猫専用アパートのターゲットは、20~30代の女性。であれば、防犯面で1階の物件というのは敬遠されそうであるが、意外にも、ほかに木津さんが監修している物件でも1階から入居者が埋まり、2階に住む人も、空いたら1階に住みたいと言うそうだ。その理由は、ポイント3つめの専用バルコニーにある。
「野良猫など、一度外で暮らしていた猫は、室内飼いになっても外に出たがります。とは言え、放し飼いにすると危険が伴う。気兼ねなく外で猫と寛げる空間を設けたいと、1階には2mの木の板で塀で囲んだ5平米のバルコニーがついています。これを作るために、土地も吟味しました。一般的に旗竿地は敬遠されますが、駐車場が作れたり、奥まっているのでプライバシーが確保できるメリットもある。ちょうどよい旗竿地があったので、ここに決めました。バルコニーの周辺は人の往来もありませんし、塀もある。人の目を気にせず、猫と寛げます。」
4つめのポイントは、キャットウォークだ。猫向けの物件ではよく大きなキャットタワーが設置されるが、「Gatos Apartment」では、ぱっと見てどこにあるのかが分からないのだ。
「よくある大きなキャットタワーは、日常の暮らしには溶け込みにくいと感じています。部屋の雰囲気を阻害しないよう、キャットウォークは目立たないように、さりげなく付けているんです。猫が運動したくなるような環境づくりも意識しています。猫は日が当たる、風が通る、外の景色が見えるところが好きです。日が入るところに窓を設置して、そこに行ける動線にキャットウォークを作ることで、猫が自然と動きたくなるんです。」
"猫飼育可"にしただけではない、暮らしやすさも考えられた物件が求められている
猫専用アパートにしたとこや、木津さんのフォローもあり、入居者同士の緩やかなコミュニティが出来ていると言う。
「『Gatos Apartment』や、監修している物件に入居してくださっている方たち限定のFacebookページを作りました。旅行などで不在の時は、そのページで猫を預かってくれる人を募ったり、お互い協力し合っていますよ。猫が好きという共通点もあって、お互い助け合う環境が出来ています。たまに飲み会を開いたりするのですが、そういった交流も猫専用アパートの魅力です。」
保護猫の里親を探すボランティア活動に参加するなど、プライベートでも猫のために時間を費やす木津さんは、「"ペット可の住宅に住んでいないから"や、"世話をする自信がないから"。この課題を解決し、より多くの猫が幸せに暮らせる環境を作りたい」と、猫専用アパートへの想いを語ってくれた。
木津さんは、不動産会社やオーナーから、よく相談を受けるという。その中でも多いのが、『「猫飼育可」にしたのに、人が入らない』という相談だと言う。
「よくあるのが、築古や駅から遠い物件1棟の、そのうち1物件だけを『猫飼育可』に、キャットタワーを設置して、猫のドアノブを付けたり猫のステッカーを貼ったりと、表面的なリフォームをしたケースです。『トイレの設置場所はどうしましたか?』と尋ねると、何も考えられていないことが多い。ただ1室だけ飼育できるようにして家賃を上げても、コミュニティも生まれませんし、人間にとって暮らしやすい環境でなければ、選ばれませんよね。」
徐々にではあるが、猫が飼える賃貸物件も増えてきた。その中でも、より暮らしやすさを追求した物件とそうでない物件との差が出てきているように感じる。これからさらに空き室が増えていくことが予想されるなか、猫飼育可にさえすれば、入居者が増える…安易に考えるのではなく、入居者の立場になって考えることが求められているのだろう。
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