才能溢れるアイリーン・グレイという女性
映画の中でビバンダムに座るアイリーン・グレイ© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.史上最高額1950万ドル(約28億円)で落札された椅子がある。
イヴ・サンローランとピエール・ベルジェの家にあったその椅子は、2009年「イヴ・サンローラン&ピエール・ベルジェ・コレクション 世紀のオークション」で落札された「ドラゴン・チェア」。その椅子の作者は、1920年代に活躍した家具・インテリアプロダクトデザイナーであるアイリーン・グレイだ。彼女はまた才能豊かな建築家でもあった。
1920年代にインテリアプロダクトデザイナーとして活躍したアイリーン・グレイ……彼女はアームチェア<ビバンダム>やサイドテーブル<E-1027>など、インテリア好きの方なら見ればわかる、リプロダクトでも人気が高く名作と呼ばれる家具を残している。
アイリーンは1926年、自身の別荘を南仏カップ・マルタンに完成させる。<E.1027>と呼ばれるその別荘は、彼女が建築家として最初に設計し、手掛けた住宅であるが、長い間建築界ではル・コルビュジエの作とされていた。また、その誤解をコルビュジエ自身あえて否定しなかったようだ。
現在(※2017年11月)、近代建築の巨匠ル・コルビュジエと、同時代に生きたアイリーン・グレイの交流と愛憎のドラマを描いた『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』という映画が公開されている(※2017年11月現在 Bunkamuraル・シネマほかにて上映中)。
映画では、2人の才能と建築に対する考え方、そしてアイリーンに対するコルビュジエの嫉妬と欲望が描かれている。アイリーンをオーラ・ブラディ、コルビュジエを「インドシナ」のバンサン・ペレーズが演じている。
アイリーン・グレイの名作住宅<E.1027>とル・コルビュジエ
映画の楽しみのひとつは、名作家具の数々と共にモダニズム建築史上に残るカップ・マルタンに建つ<E.1027>の映像であろう。<E.1027>という名前は、アイリーンのE、別荘の法的所有者でありアイリーンの恋人でもあったジャン・バドヴィッチのJとBのアルファベットの順番号10と2、おなじくグレイのGの7番目を組み合わせた暗号である。
建築批評家であるジャン・バドヴィッチを通じて、アイリーンはコルビュジエの「近代建築の5原則」と本人の才能を高く評価していたようだ。「近代建築の5原則」の5つの要素、1)ピロティ 2)屋上庭園 3)自由な平面 4)水平連続窓 5)自由な立面 は、コルビュジエ自身が手掛けたクック邸で実現され、その後サヴォア邸でより完成度の高いものとして実現されたとされるが、サヴォア邸完成前に既に<E.1027>でその理念は生かされていた。
映画では、実際に修復された<E.1027>が撮影場所として使われている。モナコ湾を臨む緑の崖に建つ<E.1027>は周囲の自然とも調和しており、シンプルでオープンで機能的であり、スタイリッシュである。その普遍的な洗練された美しさは、まったく古さを感じさせない。
最初はお互い才能を認め合っていたはずのアイリーンとコルビュジエ。しかし、2名はこの<E.1027>をきっかけに確執を深めていく。
「住宅は住むための機械である」VS「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」
映画の中で<E.1027>にフレスコ画を描くル・コルビュジエ© 2014 EG Film Productions / Saga Film © Julian Lennon 2014. All rights reserved.巨匠ル・コルビュジエの名言「住宅は住むための機械である」は、さまざまな憶測をうむ言葉ではあるが、建築に機能主義(建物はその建物の目的に基づいて設計されるべきであるという原理)をもたらした。アイリーンはインテリアプロダクトを手掛けていることから自身の物づくりに「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」と言っている。
映画では、2人の住宅設計に対する考え方を対比させている。特にアイリーンは<E.1027>に対して、内装も外装も、住宅に置くインテリアの細部に至る隅々まで、自身とバドヴィッチの快適さを追求したようだ。
そして、意外なことにコルビュジエもこの<E.1027>に固執する。アイリーンのこの住宅への挑戦に怒りながら、アイリーンが既にこの家を離れた後も、この家を訪れ外壁に勝手にエロティックなフレスコ画の落書きまで施している。しかしながら、所有者であったバドヴィッチが亡くなった後、自分の手の届かない人手にわたらないように知人女性にこの家を購入させ、頻繁に様子を見に行き、またこの家を見下ろす場所に休暇小屋まで造っている。
“アンビヴァレント”という言葉は、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すことを指すが、映画に描かれているコルビュジエはまさにアイリーンと<E.1027>にアンビヴァレントな想いを抱いている。
<E.1027>のたどった運命
<E.1027>という住宅自身がたどった運命もまた、数奇であった。
戦時中はナチスによる接収を受け、その後、ルーマニア政府が所有者になり、海運王オナシスも加わったオークションにかけられ、前出したコルビュジエの知人によって落札される。庭では殺人事件まで起こり、アイリーンが手掛けた貴重なモダニズム家具が海へ投げ捨てられそうなところをコルビュジエが「これはとても価値のある物なのだ」と止めたというエピソードまで残っている。時代を経て、注目されなくなり、貴重な建築として再び光があたるまで、この家は相当に破壊されていたらしい。
2000年代に入ってようやくフランスの国による修復作業が始まった。
映画ではその名作住宅を見ることができる。『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』の公開は2017年11月現在Bunkamuraル・シネマ他にて全国順次公開中である。
実際に撮影に使われた<E.1027>を色彩を抑えた抒情的な美しい映像と共に、ぜひ堪能してみてはいかがだろうか。
ちなみにル・コルビュジエは1965年、<E.1027>を臨むカップ・マルタンで海水浴中に心臓発作によって死去している。どこまでもドラマティックな運命を見てきた住宅である。
■取材・資料協力
『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』
http://www.transformer.co.jp/m/lecorbusier.eileen/theater/
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