フランスの特殊な不動産システム「ヴィアジェ」が設定の映画

先日、不動産にまつわる映画の試写招待を受けた。フランスの不動産システム「ヴェアジェ=(Le Viager)」が設定の映画『パリ3区の遺産相続人』である。

映画は、パリの3区と4区にまたがるマレ地区が舞台。マレ地区は長く貴族が住んだ地区であり、歴史・建築的重要性の高い多くの優れた建造物が残るパリの歴史的地域である。主人公のマティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)は、絶縁状態だった父が亡くなり、マレ地区に残るアパルトマンを相続する。3回もの離婚歴があり、子どももなくアルコール中毒寸前で借金だけが残っている…そんなお世辞にも幸せな人生を送っているとは言えない彼にとって、遺産相続はチャンスだと思ったであろう。相続したパリのアパルトマンは美しく、部屋も多く庭もついており、良い地区にあることもあって、普通ならば高額で取引が可能な優良物件である。

だが、その物件はフランス伝統の不動産売買制度「ヴィアジェ」によって取引された物件であり、元の所有者である老婦人マティルド・ジラール(マギー・スミス)が住んでいた。驚いたことに元の所有者であるマティルドが亡くなるまで、「ヴィアジェ」付きでなければ物件を売却できないうえ、持ち主であるにもかかわらず、毎月2,400ユーロを年金のようにマティルドに支払い続けなければならない。物件に興味があるというビジネスマンのロア氏にアパルトマンを売る方法を模索しながら、仕方なくマティルドに部屋を借りることとしたマティアス。そこに、母が亡くなると住む家を失い、さらに思い出のある家が近代的なホテルになるのでは…と恐れるマティルドの娘クロエ(クリスティン・スコット・トーマス)が加わり、3人の絶妙なセリフ回しでそれぞれの人生の傷と、家族や愛する人への想いが明かされていく…。

物語は主人公のマティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)が絶縁状態だった父が亡くなったことで、</br>マレ地区に残るアパルトマンを相続するところから始まる(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)物語は主人公のマティアス・ゴールド(ケヴィン・クライン)が絶縁状態だった父が亡くなったことで、
マレ地区に残るアパルトマンを相続するところから始まる(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)

ヴィアジェとリバース・モーゲージの違い

さて、映画のあらすじはともかく、一見買主にとっては不条理な制度とも見えるこのフランスの不動産システム「ヴィアジェ」とは、いったいどのような制度なのであろうか?

似たように見える仕組みに、近年、日本でも増えてきたリバース・モーゲージがある。リバース・モーゲージは土地や建物を担保に一定年齢以上の人を対象として、銀行が融資を行う商品である。利用者は自宅の土地や建物を担保として差し入れ、必要な現金を銀行が定めた金額の範囲で借り入れを行うことができる。借り入れた金額は生きている間に返済する必要はなく、亡くなった後、遺族などが不動産を売却するなどして一括返済をする仕組みだ。総務省統計局のデータによると平成25年の高齢無職世帯の1世帯当たり平均1か月間の家計収支は、実収入で217,412円となっており、一方消費支出は246,085円と、可処分所得よりも毎月58,986円多くなっているという。この差額分はいわゆる貯蓄の取り崩しによって賄われており、蓄えがつきることの不安を抱えているといえる。住み続けながら、家を現金化でき、生活費として充てることが可能なリバース・モーゲージの需要は今後増えていくと思われる。

一方、フランスのヴィアジェは、持ち家の売却である。売却直後に売主は一時金(ブーケ=bouquet)を受け取り、その後は毎月定期収入(レント=rente)が入る。売買契約は終了しており、家の所有は買主に渡っているが、生きている間は買主に家を明け渡す必要がなく住み続ける権利を有する。また、毎月年金のように定額が入ることで、住まいと生活費の不安はなくなる。不動産の売却金額は、当然その時の不動産の相場で決められるものの、一時金と月々の定期金の割合は売主の年齢で決められるようだ。

ヴィアジェにまつわる本当の話…ヴィアジェのギャンブル性

マティルドの年齢は90歳。本来であれば、ヴィアジェ契約は買主に有利なはずであるが…(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)マティルドの年齢は90歳。本来であれば、ヴィアジェ契約は買主に有利なはずであるが…(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)

リバース・モーゲージは不動産を担保とした借金の制度であり、限度額が決められている。が、ヴィアジェは「生きている限り」という命の長さが不動産に支払う額の総額となる。つまり、例えば80歳でヴィアジェ契約をしたとする。90歳まで生きる10年を支払額として見立てたとして、もしも85歳で売主が亡くなれば5年分の支払額が無くなり、結果的に安く不動産を取引した計算となる。ここにヴィアジェのギャンブル性が出てくる。

映画でも売主である老婦人のマティルドの健康さに、なんともいいがたい思いを抱くマティアスが描かれているが、実際にフランスでは有名な例がある。

1965年、ジャンヌ・カルマンは90歳の時にヴィアジェの契約を結んだ。買主の年齢は当時47歳であったという。10年分の支払を見立てて結んだその契約は、ジャンヌが100歳まで生きてようやく不動産価値に見合う支払いとなるはずである。普通であれば、買主にとって"お買い得"な契約であるはずであった…。
ところが、ジャンヌは100歳を過ぎても健康この上なく、1995年めでたく120歳の誕生日を迎えた。一方、買主はジャンヌが120歳を迎えた1995年に、遺族にジャンヌへの月々の支払いを託して77歳でこの世を去った。結局ジャンヌは122歳まで生き続けた、という実話である。

たしかに、住まいと生活費の不安のないジャンヌはストレスも軽減され長生きでき、いったいいつまで月々の定額を払い続けなければならないのだろうと思う買主はストレスがたまったのかもしれない。

また、逆の例としてあと20年は生きるだろうと見立てて購入したアパートを、たった2年後に売主の不幸により市場の相場よりも相当安く手に入れたという例もあるようだ。

日本もフランスも…高齢化社会と不動産の関係

ヴィアジェ制度は前出のジャンヌの例などを考えると「なかなか浸透しないのでは?」と思われる。が、フランスのパリ近郊だと一等地の不動産価値が上がり、簡単に買主が見つからないということもあり、フランス政府は不動産取引の活性化と高齢者対策の双方で推進を行っているようだ。たしかに、買主にとってヴィアジェ付きの不動産は、普通なら高額を用意しなければ購入できない不動産を、ローン形式をとりながら安価に手に入れるチャンスでもある。

日本もフランスも、世界の先進国は高齢化に伴う諸問題に頭を悩ませている。特に少子化による人口減もあり、日本では不動産の相続の問題、空き家の問題が今後深刻化することが指摘されている。高齢化社会と不動産の関係をどう考えるのか…。高齢者が住まう不動産が流動化も資産化もせず、塩漬け状態になってしまうことは、今後の高齢化社会を考えると課題が大きい。"命があるからこそ、住まいと生活の安定が必要"という考え方に基づくと、ヴィアジェのような制度は確かにギャンブル要素も大きいが、不動産の資産化・流動化、そして「老後、人が安心して住まう終の棲家の確保と取引方法」としては、実は一つの解決策なのかもしれない。

映画に戻ると、元々がブロードウェイの舞台劇であった珠玉の脚本とアカデミー賞俳優達のテンポのよい演技で最後まで引き込まれて観ることができた。パリの趣のある風景と味わいのある音楽が、映画にまた魅力を加えている。
ヴィアジェを設定にしたパリを背景として、それぞれの大人たちの心情描写が心に響く映画である。

『パリ3区の遺産相続人』は11月14日(土)より、Bunkamuraル・シネマ他、順次全国40館以上で公開される予定である。
詳しくは、映画『パリ3区の遺産相続人』公式HPより
http://www.souzokunin-movie.com/

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ヴィアジェを遺産相続したことをきっかけに明かされる秘密と、それぞれの癒しきれない想いが再生される物語</br>(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)ヴィアジェを遺産相続したことをきっかけに明かされる秘密と、それぞれの癒しきれない想いが再生される物語
(『パリ3区の遺産相続人』 © 2014 Deux Chevaux Inc. and British Broadcasting Corporation. All RightsReserved)

2015年 10月22日 11時08分