地方への移住・空き家活用の現状

津屋崎の海。澄んだ水と広大な白い砂浜は遠くリゾート地のようだが、博多から1時間もしない場所にある津屋崎の海。澄んだ水と広大な白い砂浜は遠くリゾート地のようだが、博多から1時間もしない場所にある

今、地方への「移住」という選択肢が注目されている。
しかし、単なる「転居」感覚では、移り住む人と地域の人がうまく結びつくことができず、過干渉に感じたり、逆に地域コミュニティーからの疎外感を味わうこともある。

同時に、地方に蔓延る「空き家」の増加問題。倒壊のおそれや不審者の侵入など、空き家の近隣への影響は大きい。そして空き家の大半は、不動産賃貸市場に出てこない。貸せる状態になかったり、見知らぬ他人が住むことへのオーナーの抵抗感からだ。

そんな中、空き家を活用し、移住者を増やし、定着させ、豊かに暮らすお手伝いをしている人がいるという。福岡県福津市津屋崎で地域に根ざした不動産屋「暮らしの問屋」を営む古橋範朗さんだ。

津屋崎は、博多駅から電車とバスで約1時間のところにあり、市街地とそう離れていないにも関わらず、ウミガメがやってくるほど自然豊かな海が広がる。広大な砂浜と遠浅の海は泳ぎやすく、海水浴場として適している。暮らしの問屋のある津屋崎千軒(つやざきせんげん)と呼ばれる集落は、かつては製塩業で栄えたという。昔ながらの風情を残す立派な家も多い。
しかしここも、集落の約360戸のうち、約60戸ほどが空き家となっている。

きっかけは遠距離恋愛

取材中の古橋さん。一言一言から、その温かい人柄がにじみ出る取材中の古橋さん。一言一言から、その温かい人柄がにじみ出る

古橋さんは京都生まれ。もともと津屋崎に地縁はない。大学時代を大分で過ごし、東京のディベロッパーに就職した。だがここで、現在の奥様が津屋崎でまちづくりの団体(津屋崎ブランチ)に関わり始めたことをきっかけに、津屋崎というまちを知ることになる。
リーマンショックの頃、北欧のコレクティブハウスの考えを汲んだ集合住宅「マージュ西国分寺」の1階に店を構える「クルミドコーヒー」(東京都国分寺市)の立ち上げに関わり、4年半ほど住みながら働いた。カフェで働いているうち、「お店のような内装の部屋に住みたい」や「クルミドコーヒーがあるこの街に住みたい」という話が飛び交い、そこから「クルミド不動産をやってはどうだろうか」という構想が浮かんだ。街が元気になっていく様子を肌で感じていたそうだ。
その後結婚を機に津屋崎に移り住み、2013年11月にクルミド不動産の構想と津屋崎ブランチの事業の一部を引き継いで、「暮らしの問屋」を始めた。子育てなどの今後の生活のイメージと、津屋崎での暮らしが彼らの選択肢の中で1番しっくりきたという。
古橋さん自身が移住成功者であることもまた、移住を検討する側からすれば安心感がある。
そこに暮らし、祭りや地域の活動に積極的に参加する。人との繋がりの中で徐々に得られる「信頼」がある。奥様がまちづくりをやっていたことは大きな土壌でもあった。地域の人たちからも、津屋崎ブランチの事業を引き継いだことで信頼感を得られている。

住む人目線の暮らしのコーディネート

古橋さん宅で毎年開いている、大家さんとご近所さんを招いての餅つき古橋さん宅で毎年開いている、大家さんとご近所さんを招いての餅つき

古橋さんが心がけるのは、相談に来る人がどんな暮らしをしたいのかをじっくりと聴くこと。
住まいはその先にあるからだ。
駅近・築年数・間取りなどのスペック重視で不動産を紹介するのではなく、相談者のイメージや人や地域の特性を結びつけ、暮らしに深みを持たせる。活動は従来の不動産屋さんの枠には収まらない。

暮らしの問屋に訪れる人は、普通の不動産屋さんでは対応が難しい人が多い。例えば、“ギャラリーにするために納屋つきの古民家が欲しい”というと、なかなか物件を紹介できないのではないだろうか。
けれど住む先がすぐには見つからなくても、時間をかけて話を聞く。家を探すというよりも、その人のライフスタイルを探す手段としての移住相談だからだ。それをコーディネートしていく。
現在まで100人ほどが実際に移り住んできた。週に1度は古橋さんの元へ相談が舞い込む。
「あまり人間関係が濃いのは苦手なら、ここよりあっちの地区が合います。」や「まずはアパートに住んでみて、徐々に地域の輪に入っていきましょう。」など、アドバイスはその地域をよく知っているからこそ。移り住んだ後も、住む人に寄り添う伴走者となる。

空き家の相談は地域の人を経由して入ってくることがほとんどだ。ただし物件を貸すには、手直しが必要な状態が多く、空き家のオーナーは費用を捻出できない場合も少なくない。そこで、暮らしの問屋はその空き家を一定期間借り上げて、150万円ほど自らの費用で手直しして貸すというサブリースも行っている。大きなリノベーションはできないが、借主が物件をDIYできるように、自由度を高めることもしている。暮らしの問屋が自らリスクを負うことで、空き家のオーナーとの長期的な信頼関係も築けるという。現在7件この形で空き家の活用がなされている。

そのほか、田舎に暮らす上で不可欠になる車をみんなが気軽に利用できるようにと、カーシェアリングのプラットフォームもつくった。利用プランは「ちょこっと」や「いっとき」などそのユルさにほのぼのとする。

もっと地域に根ざして(地域愛が見える仕組みをつくる)

「ものがたり銀行」という地域でお金を集める仕組みも作っている。
いわゆるクラウドファンディングの“地域版”だ。集められたお金は空き家改修や店の開業資金などに役立てられ、一定期間後に全額戻ってくる。利子はつかないが、代わりに「祭りの神輿の担ぎ手になる」や「コーヒー1杯無料」など、地域に関わりがある内容を今後検討中だ。
出店にお金を出した地域の人は、お店や移住した人への愛着が湧き、地域に移り住んだ人は地域に助けられた事実で土地への愛着が増す。

また、古い家に住むと、不具合も出てくる。そんな対処の学びの場になればと、「棲み家(すみか)塾」を始めた。自分たちで家をつくりあげていく、その過程から得られるものを共に体感する。体験から移住へのハードルも下がるだろう。

古橋さんの発想は常に暮らす人目線で、それは地域と共にある。暮らしの問屋があることで、まちが元気になるのが理想だという。移り住んでくる人もまちを元気にしてくれそうな人を優先する。

長らく誰も住んでいなかった隣の家に人の声が聞こえるようになり、1番喜んだのは近所の人々だ。移り住んだ人も「ずっとここに住みたい」と満足度が高い。オーナーからは「彼らになら住み続けてほしい」という話が出た。今後は、空き家の賃貸から売却になる際のさらに住まい手に寄り添った仕組みづくりを考えたいそうだ。

「どんどん僕の活動を真似してください。」そう朗らかに古橋さんは言う。「全国でまちが元気になれば嬉しい」と、取材の際も、取り組みやノウハウを細やかに教えてくださった。2017年5月には、棲み家塾でつくり上げた場所でカフェを始める予定だ。その時は、おいしいコーヒーでも飲みながら、古橋さんの話をぜひ聞きに行ってみてほしい。

「棲み家塾」初回顔合わせと作業の様子。これから前期8回・後期8回の全16回で、来年5月オープン予定のカフェを作っていく「棲み家塾」初回顔合わせと作業の様子。これから前期8回・後期8回の全16回で、来年5月オープン予定のカフェを作っていく

2016年 10月12日 11時05分