ものすごく賑わっていた「はけのおいしい朝市」

小金井市の多くは武蔵野台地の上にあるが、中央線の南側に、台地から野川に下る河岸段丘(はけ)が続いている。そのはけに沿って散歩に最適な道があり、小金井では「はけの道」として昔から親しまれている。特に春の桜の季節の風景は、実にのどかで、心が安らぐ。

はけの道の南に野川が流れていて、そのまた南に武蔵野公園がある。小高い丘のある、なかなかよい公園である。
野川を下ると三鷹市になるが、そこにも野川公園がある。どちらの公園も休日には子ども連れの家族で賑わう。夏には川でザリガニなどを捕る子どもが集まる。ここが東京?という平和な風景が広がる。

思えばここはジブリ本社がある土地だ。実際、街を歩くと宮崎駿がここでスケッチしたんじゃないかという風景に何度も出合うことできる。

宮崎駿がスケッチしそう宮崎駿がスケッチしそう

コーヒーを屋台で売る理由

「はけのおいしい朝市」はすでに10年ほど前から実施されているという。
今年は小金井市内を中心に各地から集まった屋台が30店ほど出た。飲食、雑貨、古本、マッサージ、写真館など、「業種」はけっこう多様だ。
行ってみてびっくりしたが、正午時点で1,000人以上が集まっていた。飲食の屋台はどこも行列である。客層は30代中心で、ファミリーや若いカップルが多い。

はけのおいしい朝市を当初から主催してきたメンバーのひとりが鶴巻麻由子さんだ。15年ほど前、新居をあくまで家賃の基準で探していたが、小金井に初めて来て、一目で気に入った。自然が豊かで、のんびりしていたからだ。
鶴巻さんは学生時代から喫茶店が好きで、神保町の喫茶店でアルバイトをしていた。そこで小金井では屋台を引いてコーヒーを売る仕事を始めた。軒先を貸してくれる店を探し、そこに屋台を出して売るのだ。

最近は建築の世界で若い建築家らが屋台をつくるのが、なぜか流行っている。だが十数年前から、鶴巻さんの他にも軽トラや屋台や自転車の荷台でクッキーやベーグルを売る女性が増えていた。そのひとつ、阿佐ヶ谷や西荻窪でベーグルを売っていたのが、数年前、西荻「乙女ロード」に店を開いた女性2人組の「ポチコロベーグル」だ。

そうするうちに知り合ったのがペタルという花屋をしている森このみさん。そこに野川の近くでおむすび屋さんの「アヤキッチン」をやっていた潮田彩さんが加わり、3人が意気投合して朝市を開こうということになった。それがはけのおいしい朝市の始まり。
「都心に通勤するのに便利な駅前のマンションに住んで駅前のスーパーで買い物をするというライフスタイルもありですが、せっかく小金井に住むなら、はけを知らないのは惜しい。はけを知った人は、はけが気に入って、その近くで暮らしたくなったり、子どもを連れてきて遊んだり、そういう人が増えてきて、朝市にも来てくれている」

屋台をしたり、朝市をしたりするのは、顔の見える関係の中で物を売りたいからだという。会話をしながら売りたい。何ということはない会話だが、どこから来たんですかとか、これはどういうコーヒーなんですかとか、そういうやりとりをしながら売り買いする。だから「売る側と買う側の信頼関係が生まれるのがよい」と鶴巻さんは言う。

はけのおいしい朝市で。鶴巻さん(中央の女性)は小金井の水を使い炭でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。はけのおいしい朝市で。鶴巻さん(中央の女性)は小金井の水を使い炭でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。

「丸田ストアー」は懐かしくて新しい

鶴巻さんと森さんは今、小金井市前原の同じ店に出店している(鶴巻さんは屋台も続けているし、小金井の梶野町にも店があるが)。
店の名は「丸田ストアー」という。一目見て気に入った。懐かしい気持ち。でも新しい店が入り、かつオープンな雰囲気。ありそうで、なかなかない。これはいい!と思った。

こういう店は、昔、日本中、どんな町にもあったと思うが、八百屋と肉屋と魚屋などがひとつ屋根の下に集まった小さな市場(いちば)のような場所だ。「〜デパート」「〜〜スーパー」と名乗るところもある。
しかし丸田ストアーでも、店主たちが高齢化し店を閉め始めた。最初に抜けた駄菓子屋さんのあとに入ったのが眞嶋麻衣さんの惣菜と焼き菓子の店「スプンフル」だった。

取材当日、正午を過ぎると、子どもを連れた近くのママたちが自転車で集まってきた。そしてスプンフルなどで食事を買い、2階の「とをがギャラリー」に上がって食べる。2階は、アート教育などの仕事をしている男性とそのパートナーと仲間たちが借りて、現在は子どものためのフリースペースとして使う場所なのだ。子どもたちもママたちもみんな楽しそうだ。

右上:眞嶋さんのスプンフル 左上:とをがギャラリー</br>
左下:昔からある惣菜店 右下:どこで買った物も食べられるラウンジ
右上:眞嶋さんのスプンフル 左上:とをがギャラリー
左下:昔からある惣菜店 右下:どこで買った物も食べられるラウンジ

郊外住宅地に地域の方に愛されるストアをつくる

眞嶋さんは丸田ストアーの目の前で育った。小学生時代からお使いにも来た。専門学校卒業後はずっと飲食関係の仕事をしていた。田舎暮らしをして農業をしたこともある。マクロビオティックも実践した。

田舎暮らしから実家に戻ってくると丸田ストアーに空きが出た。早速そこに自分の惣菜屋を出したのが9年前。
しかし魚屋さんと、その奥さんがしていた乾物屋さんが高齢化により退店した。肉屋さんも入院して一時休業。これはまずいと眞嶋さんは思った。子どもの頃からずっと慣れ親しんできた、自分の原風景とも言える店がなくなるのはさみしかった。

そこで鶴巻さんと森さんに声をかけた。ふたりとは朝市で知り合っていた。ふたりは快諾してくれた。それが2年足らず前。鶴巻さんは自分で焙煎したかったので、丸田ストアーでは森さんのパートナーから借りた焙煎機を使えることも出店の理由だった。
さらに八百屋さんも抜けたが、そこにも江頭みのぶさんという小金井で数年、地場野菜の販売をしている女性が入った。朝採れたばかりの旬の野菜を売るので葉っぱが青々として、見るからに新鮮だ。

自分の娘のような女性たちが店を始めると、残っていた肉屋と惣菜屋のおじさん、おばさんたちも、俄然やる気が復活した。眞嶋さんから見れば、彼らは商売の先輩であり、9年間でたくさんのことを学んできた。自分の店に来ないお客さんにも挨拶をするとか、店とお客さんとの信頼関係が、こういう地域の小さな店にとってはとても大事だと背中で教わった気がするという。

眞嶋さんも顔の見える関係を重視する。それは、どこで採れたかわかるから、安心、安全。そしてお金の流れがわかるということでもある。実際、野菜も肉も丸田ストアー内で買う。お互いに自立しつつ協調しあう関係ができている。
自分がやりたいことはやっぱり地域に愛されるストアなんだと今は再認識していると眞嶋さんは言う。

右上:丸田ストアー外観 左上:森さんの花屋さんと奥が鶴巻さんのコーヒー屋さん</br>
左下:もともとからの肉屋さん 右下:江頭さんの店の野菜は新鮮そのもの
右上:丸田ストアー外観 左上:森さんの花屋さんと奥が鶴巻さんのコーヒー屋さん
左下:もともとからの肉屋さん 右下:江頭さんの店の野菜は新鮮そのもの

顔の見える人間関係

18年前、私は吉祥寺に自分の仕事場を移した。近くのマンションの一室にかわいい雑貨を売る女性がいた。当時20代後半だったろうか。彼女も、顔の見える関係の中で雑貨を売りたい、自分のつくった物がどんな人に使われるのか知って売りたい、だから他のお店には卸さないと言っていた。
また当時私は井の頭公園のフリマもよく取材していたが、帽子や絵や雑貨を売る彼らが言うことも同じだった。

顔の見える人間関係を楽しむ消費社会。山崎正和が1985年の著書『柔らかい個人主義の時代』で予言したようなことが起きていると感じた。それが私の著書『第四の消費』の大きなテーマにもなった。
たしかに朝市、マルシェは全国でブームである。日常的には行かないお店であっても、朝市として店を出すと人が集まるという不思議な現象が起きている。そこに人々は、チェーンストアとは違う、顔の見える関係を期待するのだろう。

たくさんの人が、顔の見える関係を求めて集まるたくさんの人が、顔の見える関係を求めて集まる

2019年 05月31日 11時05分