日本橋馬喰町に、ブルートレインを再利用したホステルが誕生

トレインホステル北斗星はJR馬喰町駅の出口に直結。写真はR.projectの岡崎明子さんトレインホステル北斗星はJR馬喰町駅の出口に直結。写真はR.projectの岡崎明子さん

1988年、“日本初の豪華寝台特急”として、鳴り物入りでデビューした『北斗星』。青函トンネルを経由して上野-札幌間を運行し、個室寝台を備えた本格派ブルートレインとして人気を博したが、2015年8月、多くのファンに惜しまれながら引退した。

その『北斗星』が、都内の宿泊施設として復活し、外国人観光客や鉄道ファンなど幅広い層の支持を集めているという。その名も、『トレインホステル北斗星』。2016年12月、日本橋馬喰町にオープンした、バジェットトラベル(低予算旅行)向けの宿泊施設(ホステル)である。

現役時代の『北斗星』には、筆者も一度だけ乗車したことがある。奮発して個室寝台を予約したが、“動くホテル”ともいうべきブルートレインの旅は、その快適さといい独特の旅情といい、格別のものがあった。
あの『北斗星』が、どのような宿に生まれ変わったのか。期待と不安が相半ばする思いで現地を訪れた。

JR馬喰町駅の4番出口を出ると、そのすぐ脇が『トレインホステル北斗星』のエントランスである。フロントの上には、駅の時刻表示板を再利用した看板があった。「特急北斗星 受付 AM7:30~AM12:00(注:深夜0時の意)」とある。いよいよ、往年の名列車と再会する”仮想鉄旅”の始まりである。

鉄道ファン垂涎のヴィンテージ部品を惜しみなく活用

建物の2階には、客室のほかに共用キッチンとラウンジがあった。ラウンジの椅子とテーブルは、『北斗星』の食堂車『グランシャリオ』で使われていたものだ。残念ながら、『北斗星』の目玉であった往時のフランス料理を味わうことはできないが、お茶とコーヒーは無料。共用キッチンに食材を持ち込んで、自炊することも可能だ。
旅のブログでも書いているのか、テーブルでノートパソコンに向かっている人も多い。ラウンジに出入りする宿泊客も国際色豊かで、まるで大陸横断鉄道の旅でもしているような気分にさせられる。

ラウンジへと続く通路の壁には、折り畳み式の椅子がはめ込まれていた。これらは、『北斗星』の車両の通路に実際に設置されていたものだ。『北斗星』の乗客はこの椅子に座り、駅弁を食べたり、車窓の景色を眺めて物思いにふけったりしていたのだろう。オールドファンの郷愁をかきたてる、心憎い演出である。

客室フロアは2~5階。5階のみ女性専用となっている。3階と5階にはデスク付きの半個室もあるが、これらは『北斗星』の個室A寝台ロイヤルの設備を再利用したものだ。
ドミトリータイプの客室には開放式のB寝台が転用されており、折り畳み式の昇降用の梯子も、『北斗星』で実際に使われていたもの。また、ドミトリー内のデスクの裏には栓抜きが仕込まれている。これも、省スペースを極限まで追求した、寝台特急ならではの工夫といえる。

このように、館内の各所には、『北斗星』で使われていたヴィンテージ部品が惜しみなく使われており、往時の姿を偲ぶことができる。そんな“お宝探し”が楽しめるのも、このホステルならではといえるかもしれない。

(左)半個室の元A寝台ロイヤル。(右)5階客室(ドミトリータイプ)。宿泊料金は半個室が4000~6000円、ドミトリータイプが2100~4400円とリーズナブル(左)半個室の元A寝台ロイヤル。(右)5階客室(ドミトリータイプ)。宿泊料金は半個室が4000~6000円、ドミトリータイプが2100~4400円とリーズナブル

インバウンドにより東北への誘客を目指す、JR東日本の思惑

そもそも、『トレインホステル北斗星』はいかにして誕生したのか。
このユニークなプロジェクトは、JR馬喰町駅の出口に直結した築44年の空きビルを、グループ会社のJR東日本都市開発が買い取ったことに端を発する。

もともと日本橋馬喰町は、隣接する日本橋横山町とともに、江戸以来の伝統を誇る老舗問屋街。浅草橋のたもとに関東郡代の屋敷が置かれ、各地から人が集まったことから江戸土産を商う店が増え、やがては日本最大の問屋街に成長したという歴史を持つ。
だが、流通構造の変化やインターネット通販の普及とともに、問屋の存在意義は急速に失われつつある。廃業や撤退も相次ぎ、馬喰町問屋街には空きビルが目立つようになった。

JR東日本都市開発が買い取った物件も、こうした空きビルの1つである。
買い手がつかず、テナントに見放された空きビルを再生させるためには、どうすればいいのか――模索を続ける中で浮上したのが、空きビルを「ホステル」として再生させる案だった。

折しも馬喰町では、R.projectが2015年秋、空きビルを再生してホステル『IRORI』を開業。外国人や若い世代の観光客を呼び込むことに成功し、問屋街に新風を吹き込んでいた。
一方、JR東日本グループにとっても、観光立国の実現に向けたインバウンド事業の強化は危急の課題。馬喰町に訪日観光客の受け皿を作り、東北の観光情報を発信すれば、外国人にも鉄道旅行の魅力を知ってもらい、東北地方まで足を伸ばしてもらえるのではないか、という期待もあった。

「この空きビルなら、十分なベッド数も確保できるし、宿泊施設として一定の稼働率が見込める。そう考え、R. projectに共同事業を提案しました。当社が買い取った空きビルをリノベーションしてホステルにしたい、一緒にやりませんか、とR. projectに持ちかけたのです」
JR東日本都市開発・オフィス賃貸部の古澤薫さんは、こう語る。

(左)ホステル受付の表示板が、鉄道旅行ならではの旅情を感じさせる。(右)ラウンジ通路には、北斗星で使われていた折り畳み椅子が(左)ホステル受付の表示板が、鉄道旅行ならではの旅情を感じさせる。(右)ラウンジ通路には、北斗星で使われていた折り畳み椅子が

列車としての再現性と、快適性のバランスをどうとるか

2階の共用ラウンジ。国内外から集まるツーリストの交流の場となっている。椅子とテーブルは、食堂車のレストラン『グランシャリオ』で使われていたもの。2階の共用ラウンジ。国内外から集まるツーリストの交流の場となっている。椅子とテーブルは、食堂車のレストラン『グランシャリオ』で使われていたもの。

とはいえ、このホステルも、最初から『北斗星』とのコラボを狙っていたわけではない。
「当初は普通のホステルを考えていたのですが、アイデアを持ち寄るうちに、『せっかく鉄道会社が絡むのだから、列車をテーマにしたらどうか』という話が持ち上がったのです」と、古沢さんは言う。

折も折、車両基地で解体を待っていたのが、2015年夏に現役を引退した『北斗星』であった。
「『北斗星』の部品を使ってホステルを作ったら、面白いのではないか」
話はトントン拍子に進み、JR東日本都市開発がグループ会社として『北斗星』の部品を買い取る段取りもついた。かくして、日本の鉄道史に名を刻んだ往年の名寝台特急は、誰もが予想しなかった形で甦ることとなったのである。

だが、『トレインホステル北斗星』のリノベーションにあたっては、思わぬ壁に突き当たった。
『北斗星』の名を冠する以上、“聖地巡礼”に訪れる鉄道ファンの期待を裏切らないためにも、寝台列車時代の雰囲気をできるだけ再現しなければならない。とはいえ、再現性にこだわりすぎれば、宿泊施設としての快適性が損なわれてしまう。相反する両者のニーズの間で、落としどころを見つけるのは容易ではなかった、と、R.projectの岡崎明子さんは振り返る。

「たとえば、『北斗星』の寝台の幅は70cmしかない。それだと寝返りを打つこともできないので、ホステルでは寝台の幅を少し広げて80cmにしたんです。ところが、鉄道好きな方にしてみれば、『北斗星』を寸分違わず再現して欲しい、という思いが強いんですね。『北斗星の寝台をそっくりそのまま持ってきて欲しかった』と、お客様から言われたこともあります。寝台列車の再現性を求める鉄道ファンの声と、快適性を求める旅行者の声のそれぞれにどう応えるか。そのせめぎ合いに頭を悩ませましたね」

変わりゆく伝統的な問屋街。空きビル活用で新しい文化の発信地に

1階では、観光情報を提供。PRの一環として東北や北海道のお酒や限定のソフトドリンクも販売中1階では、観光情報を提供。PRの一環として東北や北海道のお酒や限定のソフトドリンクも販売中

現在、同ホステルの宿泊者の4割は外国人。残りの6割は日本人だが、鉄道ファンや家族連れ、修学旅行生や就活生、ビジネス客など利用者層は多岐にわたる。

「昔『北斗星』に乗ったことがあり、懐かしくて来たという方もいれば、『北斗星』に乗れないまま終わってしまったので、ぜひ泊まりたいという人もいます。年配の鉄道ファンの方が、ラウンジで相席になった若い人たちに、『北斗星』の魅力を熱く語る――そんな光景を目にすることも多いですね」と、岡崎さん。ラウンジに置かれた落書き帳には、年齢も立場もさまざまな宿泊客の熱い思いが綴られていた。
 
ホステルの相次ぐ開業は、伝統的な問屋街の風景も変えつつある。
馬喰町界隈を歩いていると、外国人観光客の姿が目に付いた。特別快速『エアポート成田』を使えば、成田空港から1時間強で来られるという地の利もあってのことなのだろう。東京駅から電車で5分という立地ながら、2000円ちょっとで泊まれる手軽さは、外国人のみならず日本人ツーリストにとってもたしかに魅力的だ。

では、インバウンドは、廃れゆく問屋街を活性化させる”救いの神”となりうるのか。
残念ながら、話はそう簡単ではない。というのも、日本橋馬喰町・横山町は伝統的な卸専業の町。「素人お断り」が暗黙のルールとなっており、一般消費者を対象にした小売は原則として行っていない。

「この辺りの卸問屋は、一部を除き、一般の人には門戸を開放していません。観光客の方が来店されても、商品を買っていただくことはできないのが実情です。とはいえ、今後の方向性については、問屋街の中でもさまざまな考え方があり、足並みがそろっていない。問屋街の活性化に向けて、今後どのような手を打っていけばいいのか。行政とも連携しながら、模索を続けているところです」と、ある関係者は語る。

とはいうものの、まち全体を見れば、変化の兆しは着実に表れている。
最近は、空きビルを利用したアートギャラリーやスタジオ、カフェ、レストランなどの開店も相次ぎ、馬喰町は新しい文化の発信地に変貌しつつある。増え続ける空きビルや空き店舗が風穴となって、伝統を守り続ける問屋街に新風を吹き込むという、逆説的な現象が起こりつつあるのだ。

『トレインホステル北斗星』もまた、馬喰町界隈のニューウェイヴを牽引する存在であることはいうまでもない。同ホステルの開業が、地域の再生にどのような役割を果たしていくのか。今後の展開に注目したい。

2017年 06月25日 11時00分