昔の引越しは「小さなことは気にしない」精神が必要だった?

江戸時代、長屋に住んでいた住人の引越し荷物は少なかった江戸時代、長屋に住んでいた住人の引越し荷物は少なかった

実家から離れた学校への入学、転勤、新居の購入など、現代人にとって引越しは、避けて通れなくなりつつある。しかし、ほんの少し前まで、生まれた家で死ぬまで暮らす人も少なくはなかった。奉公に出ることはあっても、家は故郷にある。特に農村では、生まれてから一度も村をでたことがない人も多かったのだ。

江戸時代になり、江戸や大阪の町部では長屋から長屋へと引越す町人も増えたが、特に大阪では「裸貸し」が主で、家具は引越してきたときに古道具屋で調達して、引越していく際には売り払うことが多かった。だからたくさんの家具を運ぶ必要はなく、引越しも手軽だったようだ。「裸貸し」とは、畳もなにも入っていない状態で部屋を貸し出すこと。大阪の長屋は柱と柱の間の長さ(規格)が決まっていたので、借り物の家具も部屋にぴったりはまったのだ。

江戸では、持ち家具を引越し先に運ぶ町人もいたが、庶民の家財道具はそんなに多くなく、移動距離も短かったので、大八車で事足り、業者は必要なかった。落語の「粗忽の釘(上方落語では宿替え)」でも、主人公は風呂敷一つで引越しをしている。

引越し業者の誕生はいつ?

引越し業者の誕生は第一次オイルショック以降といわれる引越し業者の誕生は第一次オイルショック以降といわれる

ところが、戦後の高度成長期には、転勤で引越しをする企業戦士たちが増えた。
家財道具が多く、移動距離も長くなり、自分たちでは運べなくなったので、利用されたのが運送業者だ。しかし引越しに特化した業者はなく、あくまでも運送が業務だったため、梱包サービスなどはない。「ご近所づきあい」の一環として、近所の人たちが梱包や荷解きの手伝いをしてくれたりしたようだ。運送業者は梱包を手伝わないどころか、移動中に家具が破損しても、家電が壊れても、食器が割れてもおかまいなしといった状況だった。依頼者も食器が割れたぐらいではさほど気にする人は少なく、「皿は割れても当たり前」といった風潮だったという。

現代の引越しでは、業者に依頼をして荷物を梱包しておけば、当日は荷物の搬出から新居への搬入まで任せておいても大丈夫。契約によっては、梱包から荷解きまで代行してくれる業者もあるから便利になったものだ。割れ物や精密機械は丁寧にクッションを入れて梱包し、大きなものから小さなものまで、慎重に運んでくれる。

それでは、引越し専門業者ができたのはいつだろう。
実は、引越し専門業者の歴史はさほど古くない。第一次オイルショックが起きたころ、不況で運送業務が減ったうえ、原油の値段が上昇した。運送業界、特に中小規模の業者は経営が困難になったので、検討を重ね、引越し専門の共同組合を発足したのだ。これをきっかけに続々と引越し専門業者が誕生し、さまざまなサービスが生み出されていった。

引越し業者の種類

ところで、引越しサービスを提供しているのはどの業種かご存知だろうか。
実は荷物を運んで料金を受け取る、引越しサービスを行うには、運送業の認可が必要だ。だから、運送業者ではない便利屋などが引越しサービスを行うと実は違法にあたるが、梱包の手伝いなら問題はないようだ。便利屋に引越し作業の手伝いを頼もうと考えているなら、梱包までにしておきたい。もし「荷物が少ないので新居まで届けましょうか」と提案されても、依頼すれば、違法になるから注意が必要である。

次に、引越し専門業者にも、大規模な業者と中堅業者、そして軽貨物利用の業者がある。
CMで有名な業者は大規模といえるだろう。サービスも充実しており、人材教育もしっかりしているので、家具が傷つけられるようなトラブルも少なく、トラブルが起きた際は補償されるのが一般的だ。しかしその分、料金は比較的高めに設定されているようだ。

中堅業者は地域密着型の運送業者が多い。料金は低めだが、補償がしっかりしていなかったりする場合や、近距離しか対応していなかったりする場合もあるので、利用者が引越しを頼む際に契約内容をしっかり確認しなければならない。軽貨物の引越し業者は個人経営が多く、軽トラックを使用するので、一台で運べる荷物も少ない。サービス内容も様々なので、梱包などは自分でしなくてはいけない場合もあるが、その分料金は比較的抑えられることもある。

また、運送業者が引越しサービスを行っていることもある。料金の割に補償内容などが充実しているが、担当者によっては段取りに問題がある可能性もあり、サービスに満足できるかどうかは、まずは最初にしっかり調べて見極めることが必要だ。

引越し蕎麦の意味と起源

さて、引越しの際は、ご近所にタオルや洗剤などを持参し、引越しの挨拶をすることが一般的だろう。実は一昔前まで、引越しの挨拶といえば、蕎麦がつきものだった。

引越し蕎麦の起源は江戸時代中期で、「そばのように末長いおつきあいをお願いします」という意味があった。また、「おそばで末長く」という洒落もあったという。本来は祝い事に食べるハレの料理、たとえば餅やあずき粥などをふるまっていたが、高価なため、庶民には手痛い出費だった。そこで蕎麦が主流になったようだ。
しかし、蕎麦はご近所に配っても伸びてしまい日持ちがしない。そこで、江戸時代には「蕎麦切手」と呼ばれるクーポンがあり、それを配った例もある。もらった方は、自分の都合の良いときに切手を蕎麦屋にもっていくと、湯がきたての蕎麦と引き替えてくれるのだ。江戸時代には、「蕎麦切手」だけでなく「鰻切手」のような、現代の商品券のようなものが既にあったようだ。

引越し業者の歴史は浅いが、短い期間でサービスは格段に向上した。
年末や春先には、転勤や学校の入学などで引越しをする方も多いだろう。さまざまな引越しのサービスを比較し、上手に利用してほしい。

引越し蕎麦の起源は江戸時代中期引越し蕎麦の起源は江戸時代中期

2017年 01月21日 11時00分