放置された古い建物をコミュニティーハウスとして再利用

石畳の通りに面して、れんが造りの建物がびっしり並ぶフランクフルトの街並み。それが現在でも、典型的なドイツの都市の街並みである。れんが造りの建物は数百年持つため、内部を改修すれば長く住むことができる。

私が住んでいる北ドイツのハノーファーにあるアパートは、100年以上前のれんが造りで、天井の高さは3メートル20センチ。このような建物は、戦後に建てられた建物よりゆったりとした造りで「趣がある」と人気が高い。しかし戦後は、モダンな建物や高層住宅が好まれる風潮となり、多くの古い建物が放置された。

それを近年、市民有志が安く借りたり、買い取ったりして改修、コミュニティーハウスとして生まれ変わった例がドイツ各地で見られるようになった。「住民の交流を重視する」「省エネルギー仕様とする」など、独自のコンセプトを打ち出しているところもあり、新しい形の住み方として市民権を得つつある。

重厚な趣の家が立ち並ぶドイツの街並み重厚な趣の家が立ち並ぶドイツの街並み

若者が注目した「東西ドイツ統一で取り残された旧東の空き家」

1990年、東西ドイツが統一した。旧東ドイツの一部の地域では、古い建物を修理して使うよりも、新しい集合住宅を建てた方が効率的だと、れんが造りの建物が放置されてきた。加えて、統一により行き来が自由となると、東から西に人が流れ、東に空き家が目立った。このようなぼろぼろになった古い建物をみんなで改修して住もうと、若者たちが勝手に占拠して住み始めたのだ。特にベルリンやライプチヒなど旧東ドイツで、放置されていたれんが造りの建物は人気だった。

コミュニティーハウスには、共同スペースを持っているところもあればないところもあるが、住人は計画を立てるところから一緒のため、結びつきが強い。ベルリンのある区域ではアーティストたちが集まり、独自文化が花開いている。 世界各国からの若者が住みついているのは、他にはない独特の魅力があるためだろう。ドイツでは高校を卒業したら親元を離れ、自立するのが一般的である。若者や学生が知らない者同士、アパートをシェアして住むのが珍しくないことから、コミュニティーハウスへの抵抗も少ない。お金がない若者にとってシェアハウスや、自分で修理や改修をして住むコミュニティーハウスは安上がりなのだ。

訪ねた30人超のコミュニティーハウスの雰囲気は「和気あいあい」

ベルリンで私が訪ねたコミュニティーハウスは、30人ぐらいで住んでおり、シェアハウスの拡大版のようになっている。戦前に建てられた天井の高い建物で、複数のバスルームがあり、それぞれグループがあるが、全体としてひとつのコミュニティーとなっている。

平日は週替わりで3人ずつ夕食の調理当番があり、みんなで一緒に食べる。朝食は各自だが、買い物は共同で行い、食材は主にオーガニックショップから調達している。冷蔵庫に置いてある食べ物は、名前を明記しておかない限り、みんなのものである。友人が住んでいる縁でゲストルームに泊めてもらったが、居間も台所も広々とし、夕食時には大きな食卓を囲んで、和気あいあいとした雰囲気だった。子どもたちは兄弟のように育っており、人懐っこい。

このように、若者たちが占拠した建物は、ベルリンで1970年から2014年の間に630以上あったが、そのうち約200を市民有志が買い取るなどして合法化された。私が泊まったコミュニティーハウスは1992年から占拠がはじまり、1994年に合法化された。現在、非合法に占拠しているところはほとんどないという。一般的に他と比べて家賃が安く、共同生活や連帯を重視しているところが多い。

省エネ仕様のコミュニティーハウスも登場

ドイツでは日本ほどマイホーム神話はなく、賃貸の人が多い。しかし土地投機や利益追求の不動産業の影響で、家賃が値上がりし、払えなくなる人がでてきた。そこで手頃な価格の住居を求めて、人々がデモをするなどしてきたが、その中で 「将来も安定した家賃で住みたい」「不動産の所有はしたくない」「共同で住みたい」 と考える人たちが集まり、コミュニティーハウスを作り始めたのだ。

ハノーファーでも、学校だった建物を改修してコミュニティーハウスとして住んでいるところがある。この建物は1960年代に盲学校として建てられたが、2005年に閉鎖され、その後の活用方法が議論されてきた。市の支援を受け、2009年から市民有志が住居にすべく討論を重ね、2011年に大幅改修してコミュニティーハウスに生まれ変わった。

15世帯の住居だけでなく、事務所が3つと市立の図書館も入っている。小さい子を持つ家庭もあれば、年金生活者もおり、文字通り老若男女が暮らす。特筆すべきは、改修の際、省エネルギー仕様としたことだ。窓は三重ガラスとし、壁や天井に断熱材を入れ、熱を逃さないよう空気循環装置を導入して窓の開け閉めを最低限にした。住民のひとりは「建物や庭がみんなのものであり、大家族のように生活している」と満足そうに話す。暖房費は以前の住居と比較して4分の1程度であると言う。

盲学校から大幅に改修してコミュティーハウスになった(ハノーファー)盲学校から大幅に改修してコミュティーハウスになった(ハノーファー)

住みたいスタイルをみんなで決める

また新築でコミュニティーハウスを作ろうとする人たちもいる。ドイツでも少子高齢化が進み、老後に不安を覚える人は少なくない。そこで同じ建物に複数の年配者や若いファミリーが一緒に暮らすことで、お互いに助け合おうというものだ。もちろん各人が独立して台所やバスルーム、居住スペースを持っており、共同スペースがあるという形。私もそのコミュニティーハウスを見学に行ったが、実際のところ入居したい年配者はたくさんいるが、若いファミリーの候補が少ないのが悩みとのことである。

核家族が増えたことから、大家族への回帰が起きているのだろうか。各人が一軒家を構えて暮らす時代はもう終わりなのかもという錯覚に陥る。コミュニティーハウスはシェアの時代の先端を行くが、他人同士が暮らすのだから、周りへの配慮やコミュニケーションなど快適に暮らすための心がけも必要だろう。シングルマザーだけ、シングルファーザーだけのシェアハウスもあるなど、まさにドイツでは住み方の多様化が進んでいる。

世代を超えて助け合いながら、住みたいスタイルで「住む」時代へのシフトが始まっている世代を超えて助け合いながら、住みたいスタイルで「住む」時代へのシフトが始まっている

2019年 09月04日 11時05分