両親、義理の両親を介護、看取った経験が荻窪家族に繋がった

荻窪家族プロジェクトが立地するのはゆったりした一戸建ての並ぶ住宅地。そこに合わせたデザインもポイントのひとつ荻窪家族プロジェクトが立地するのはゆったりした一戸建ての並ぶ住宅地。そこに合わせたデザインもポイントのひとつ

荻窪駅から歩いて7分。2015年早春オープンを目指して建設中の賃貸住宅、荻窪家族はプロジェクト代表である瑠璃川正子さんの、10年に及ぶ両親、義両親の介護の経験から生まれた。

「義理の父は呼吸器を付け、口が聞けないままに病院で亡くなりました。医師に言われるままに付けたのですが、それで良かったか、今も反省があります。また、義理の母は介護老人保健施設から特別養護老人ホームを経て病院で亡くなったのですが、施設で立派な個室に暮らし、栄養状態などが良くなっても、足をぶつけて痣ができているのに誰も気づいてくれないなど、やはり、自宅で家族と暮らすのとは違うことも知らされました。私自身の父母はどちらも自宅で介護、看取りましたが、私と姉、ヘルパーさんが8時間交代で待機するなど、それはそれで大変でした。そうした経験を経て、私自身は家で亡くなりたいと思っているものの、父母の世代ならいざ知らず、これから先の世代は家族だけをあてにしてはいられない、ではどうしたら良いかを考えるようになりました。そこで考えたのは友人や地域の人達と繋がることで、互いに助け合う暮らしでした。家族以外の手助けがあれば年をとっても地域、我が家で暮らし続けるための力になるだろうと思ったのです」。

この考えの背後にあるのは、介護に関わる傍ら、介護や子育てを支援する地域活動に携わってきた経験。活動を通じて様々な人と知り合い、繋がってきた瑠璃川さんからすると、住まいを地域に開くことは自然に感じられたのだろう。

もうひとつ、父のために様々な病院、介護施設を見学して回った体験から「介護施設は高齢者のみが暮らしていて、静かだけれど活気が無く、好きになれない。高齢者、障害者、ペットなども含め、子育て世代やシングルなど、幅広い年代の男女が共に暮らせるような場を作りたい」と思うようになったとも。地域に開かれ、多世代が交流する住まいという荻窪家族のコンセプトはこうして生まれたわけである。

高齢者、子育て世代、地域活動の拠点……、多機能な施設作りにはハードルも

真ん中で座っているのが瑠璃川さん。左から澤岡さん、関屋さん、連さん、山道さん、西川さん。これ以外にも多くの人が関与、様々な知恵を集めた住まいになりそうだ真ん中で座っているのが瑠璃川さん。左から澤岡さん、関屋さん、連さん、山道さん、西川さん。これ以外にも多くの人が関与、様々な知恵を集めた住まいになりそうだ

作りたい住まい像は介護期間中を経て少しずつ固まってきたものの、実現までには時間がかかった。老年学を研究する公益財団法人ダイヤ高齢社会研究財団の澤岡詩野さんが瑠璃川さんと会ったのは7~8年前。
「今のケア付き住宅や老人ホームなどの住まいは外に開かれておらず、それがために高齢者の暮らしは家族や施設の職員といった限られた人だけに支えられる形。そうなると、どこでどのように暮らすかといった選択肢はほぼなくなり、受身にならざるを得ません。当然、高齢者が主体的に最後を迎えるのは難しくなります。そうした問題意識を持っていたところに、瑠璃川さんに出会い、彼女が考えている住まい方であれば、問題を解決できるかもしれないと思いました。そこで、応援させて欲しいと申し出て、以降、一緒になってプロジェクトを推進しています」。

瑠璃川さんは自分の考えを形にするためにいろいろな人の意見を聞こうと、高齢者居住やコミュニティビジネスなど、地域に開かれた住まい作りに参考になりそうなセミナー、講座などに参加、自分がやりたいことをあちこちで発言、意見を聞く作業を繰り返した。だが、反応は厳しかった。
「そんなの無理でしょう、カフェでもやったらなどと否定的な反応が多かったのです。現在の縦割り社会の中では高齢者、子育て支援はそれぞれ別物。瑠璃川さんが思い描いた住まい方はそこに横串を刺すようなもの。高齢者向けに限定した住まい方なら、福祉施設として申請、国の助成を受けることができますが、そこに子育て支援、地域活動の拠点などと要素が加わると、既存の考え方、制度では対処ができなくなってしまうのです」(澤岡さん)。

計画を具体化するために設計を依頼したこともあったが「高齢期というライフステージを理解していないハウスメーカーや建築家が多かった」そうで、こちらもなかなか前進せず。そんな時に澤岡さんが声をかけたのが建築家の連健夫(むらじたけお)さん。イギリスで学んだ利用者参加のデザインを意識した建物作りをしている人である。

広々とした、多種の共用施設を有する設計が完成

連さんが澤岡さんからの紹介で現地を訪れたのは2年前。荻窪家族は瑠璃川さんの亡き両親が住んでいた築60年の母屋と瑠璃川さん夫婦が暮らす築40年のアパートを建替える計画である。話を聞いた連さんは、公共に期待せず、自らのお金を使って地域に貢献しようという瑠璃川さんの熱意に賛同し、プロジェクトに参加することになった。

「施主に設計プロセスに参加してもらうため、設計前に新しい住まいに望むイメージをコラージュ(切張り絵)として作ってもらうのですが、そこに出てきたデザインキーワードは人のつながり、ルーツ、安全性、開かれた場所などでした。そこで、地域に開かれ、荻窪という街にあった住まいとして3つの案を提案しました」。連さんによると複数の案を提案して、そこから選んでもらうことも参加のひとつの方法だという。

そこで決まったのが、25m214室の賃貸住戸、オーナー住戸に加え、1階の約半分ほどのスペースにラウンジ、集会室、アトリエ、2階にラウンジ、ホール、3階に屋上ガーデン、浴室と、共用施設の多い設計。「1階は地域に開かれた空間ですが、2階になると入居者のみの空間となり、同じ共用部分でもプライベートな雰囲気が強くなるように設計しています。つまり、プライベートな空間からパブリックな空間へ段階的に繋がるような設計です。また、コアメンバーである施主、澤岡さん、島村八重子さん(全国マイケアプランネットワーク代表)、河合秀之さん(会社員)との何度ものミーティングで地域と繋げることが大切ということが共有されました」(連さん)。

ところが、この設計に確認申請が下りるまでには1カ月以上かかった。「高齢者だけが住むなら福祉施設、サービス付き高齢者向け住宅でしょう、だったらそれに合わせた消防設備が必要ですと言われ、そうじゃない、住宅ですと言うと、それならどうしてこんなに広いラウンジがあるのですかと言われた。こんなものがあるなら、これはホテルでしょうとも。最終的には多世代が住むということを理解していただき、集合住宅として通してもらいました。つまり、このような広い共有部分を持つ民間の集合住宅は従来のカテゴリーには収まらない、新しいタイプであるということです」(連さん)。集合住宅に地域に開かれた空間を作ろうとするだけで不審がられる。建築行政とは面白いものである。
次回、【荻窪家族の話を聞いてきた②】では、様々な人が関与しての設計終了から現在までの様子をお伝えする。

■記事でご紹介した情報についてはこちら
荻窪家族:http://ogikubokazoku.jimdo.com/
ダイヤ高齢社会研究財団:http://dia.or.jp/
連健夫建築研究所:http://www.muraji.jp
ツバメアーキテクツ:http://tbma.jp/
『「自分の家で死にたい」と言われたら読む本』:https://www.facebook.com/iejini

1階の左半分はラウンジ、アトリエ、集会室。道路に面してウッドデッキも作られる。</br>3階右側には屋上庭園、窓のある浴室が配される1階の左半分はラウンジ、アトリエ、集会室。道路に面してウッドデッキも作られる。
3階右側には屋上庭園、窓のある浴室が配される

2014年 09月18日 11時37分